学生の相互扶助という伝統のもと結実したオンラインでの学生支援/京都橘大学

京都橘大学キャンパス


日比野英子学長

 今回ご紹介するのは、京都橘大学である。1902年創立の京都女子手藝学校を祖に持ち、現在では男女共学の6学部13学科、4研究科を擁する伝統校だ(大学の沿革は図1参照)。京都市山科の地に約4850人が学ぶ(2020年5月現在)。2020年度の春先以降、コロナ禍における学生支援をどのように展開したのか。特に困難に直面した新入生をどのようにケアしたのか。成果のひとつである「たちばなConnect Project」を中心に、日比野英子学長に伺った。

コロナ禍によって途絶えかけたもの

 京都橘大学には、人と人とのつながりのなかで支えあう文化が大切に受け継がれてきた。

図1 大学の沿革(概略)

 学生同士のつながり、とりわけ新入生向けのもので言えば、最たるものにオリター制度がある。春先に実施される2日間の新入生セミナーでは、2回生・3回生がオリターとなって、新入生歓迎のために心を砕く。企画や運営に積極的に参画し入学間もないタイミングでの行事に緊張している新入生をリードする。先輩にリードしてもらって学科全体の交流が進み、楽しい時を過ごすことで、帰る頃には笑顔になっている。こうした新入生のなかからは、自分達を歓迎してくれたオリターの先輩に憧れ、次年度のオリターを目指す者が出てくる。ボランティアであるにも拘わらずこうした循環が起こり、例年希望者が殺到する「難関」になる学科もあるほどであったことが、この取り組みの意義深さを示す証左だろう。京都橘大学が女子大であった1980年代頃から実施しており、2005年の共学化を経てもなお連綿と受け継がれてきた伝統である。

 授業に関わることでも先輩学生が活躍する姿を頻繁に見ることができた。京都橘大学にはLA(ラーニングアシスタント)の制度が置かれており、学修面においても学生同士で支え合う仕組みが備わっている。LAを置いていない学科もあり、また、学部学科によって業務範囲は異なるものの、学修上のサポートやアドバイスはもとより、学科企画への参加や運営補助、ワークショップや自主企画の運営までをもこなす。さらには、特定学科に限られるが、事前学習と授業準備への参画を経たうえで、演習科目内における下回生への技術指導や振り返りのファシリテーションといった、重要な役割を担っているLAもいる。また、学内の学習スペースであるラーニングコモンズの管理・運営を担い、機器備品や書籍の貸し出し、学習内容に適したブースへの案内等を担当するLAもいる。

 学修そのものとは少し異なるが、SA(スチューデントアシスタント)という制度もあり、授業に使用されるパソコンや機器がトラブルを起こしたときに、教務部から先輩学生が飛んできて解決する姿を見たことがある学生も多い。先輩学生達が、後輩である自分達を支えるべく活躍する姿を目の当たりにする機会が多いのが、京都橘大学の日常であった。

 コロナ禍によりこうした日常風景がキャンパスから失われた。特に2020年4月の新入生の中には、キャンパスに足を踏み入れたのは入試の時のみという者や、場合によっては一度も来たことがない者もいた。それはつまり、まだ馴染みのない大学という新しいコミュニティで、誰ともつながることなく孤独を抱える学生を大量に生む可能性があるということにほかならない。「居ても立っても居られなかった」と日比野学長は当時を回顧する。京都橘大学の挑戦が始まった。

「たちばなConnect Project」へ

 多くの大学がそうであるように、京都橘大学でも2020年の4月頃は「コロナ禍にあっても授業をいかに継続して提供するか」が議論の中心であった。それが一段落した5月頃からは、学生支援体制の整備に注力することとなった。

 その最たる成果と言えるのが、6月から約3カ月間展開したオンライン学生支援「たちばなConnect Project」(https://www.tachibana-u.ac.jp/2020/08/-connectproject.html)である。

たちばなConnect Project

 プロジェクトには、「3つのWa!」として次の支援が統合されている。1つ目は「学科のWa!」であり、修学支援、ピアサポーターがこれに当たる。2つ目は「みんなのWa!」であり、オンラインでの新歓イベントが実施された。3つ目は「未来のWa!」、キャリア支援である。本特集の趣旨を踏まえ、特に「学科のWa!」、そして「みんなのWa!」にスポットライトを当てていこう。

 まず、「学科のWa!」の核は、ピアサポーターである。

 京都橘大学には、もとよりクラスアドバイザー制があり、教員1人がおよそ20~30名の学生を受け持ち、履修や学習上の相談、大学生活全般にわたっての個人的な相談に乗る体制があった。とはいえ、新入生のなかには見知らぬ教員を相手に緊張してしまう者もいる。ましてやオンラインでは、対面で会うことに比して心理的な距離を感じてもおかしくはない。

 そこで活躍したのが、オリターに代わる先輩学生ピアサポーター達であった(5月25日に先行して開始)。ピアサポーターは1人で学生5~7人を担当する。ピアサポーターになるには事前研修を受けることになっており、新入生とのファーストコンタクトの取り方から、チャットでのコミュニケーション方法、質問への答え方まで様々なことを身につけたうえで支援に当たる。新入生の迷いや悩みを拾い、教職員との連携を密にし、分からないことは担当部署につなぎ、指示を仰ぐ。大学や教員と新入生の間で双方に利するように立ち回ることが彼らの仕事だ。こうしたピアサポーターによって、縦のつながりが時間の経過とともに整ってきた。

 次に注目されたのは横のつながり、即ち同級や学部学科を超えた学生同士の人間関係をいかに醸成していくかであった。その軸となったのが「みんなのWa!」である。6月の11~12日、16~18日に、京都橘大学のクラブやサークル計25団体がWeb新歓としてオンラインでPRイベントを行った。その様子は全て、先に紹介したURLから視聴可能である。「みんなのWa!」のページに行くと、【団体一覧とSNS紹介】、【新歓PR動画】、【新歓パンフレット】、【クラブ・サークル紹介チラシ】等、キャンパスを訪れることができない状況であっても、クラブやサークルの様子を身近に感じることができるように工夫が凝らされている。

 今回は詳細を割愛したが、4回生やOBOGとつながるキャリア形成支援である「未来のWa!」も含め、「人と人とのつながり」を大切にしてきた京都橘大学だからこそ、そうしたつながりをオンライン上に創出して助け合うという考えが生まれたのであり、それが結集したのが「たちばなConnect Project」であった。

横断的な実施体制により現状を包括的に把握

 以上のように「たちばなConnect Project」が、つながりを意識した多面的な支援を展開したことには、理念のほかにも理由がある。

 前節で述べたように、5月はいかに学生支援体制を整えていくかが中心的な課題であったが、この難題に取り組むべく、各部署から横断的にメンバーが招集された。招集されたのは各学部の修学支援、学生支援、就職支援、人事部門を担当する部署で、普段であれば日常的に学生と直接会話し、必要な支援を行う機会の多い部署が中心である。まさしく多面的な支援を展開するのにふさわしい陣容が整えられたと見て差し支えないだろう。

 それのみならず、プロジェクトを立案する過程で、メンバーが日頃感じていた各部署の業務遂行上のニーズを考慮した内容を盛り込んでいった。この「たちばなConnect Project」にはそうした内容が「総合的に詰まっている」と日比野学長は端的に言う。

 こうした横断的なチームだからこそ多面的な支援を展開できたわけだが、その裏には以下に示す重要な2つの狙いがある。

  • 新入生への支援(入学後の学生生活や一部修学支援)
  • 上回生をアルバイト雇用することでの経済支援

 特に②については、読者諸氏の大学等でも議論があったことと思われる。学費の議論のみならず、感染症の流行でアルバイトができなくなったことも起因し、全国的にも大学生の経済状況は極めて悪化した。大学独自の修学支援制度の申し込み状況等からも、その兆しが窺われた。そこで、プロジェクトでは、無報酬であるオリターとしてではなく、雇用契約を伴う「ピアサポーター」として体制を制度化し、オンラインで安全に業務にあたってもらう仕組みを整えた。

 また、「たちばなConnect Project」を含む学生支援に関して申し添えておかねばならないのは、コロナ禍という困難な状況下だからこそ、教育的視点が大切にされており、また、その根底には学生への信頼があったように筆者の目には映ったことである。支援というと強者が弱者を支えるようにイメージされるかもしれないが、少なくとも京都橘大学においては、これまで見てきたように、大きな枠組みや仕組みを大学が整えつつ、その枠内で自分に必要なことを自分で選び取ることができる存在として学生を信じている。そうした認識が通底にあるからこそ、オリターやピアサポーターのように主体的に活動する存在が象徴としてあるのであろう。「本学にとってこうした認識や体制はコロナ禍に限ったことではありません」と日比野学長は補足される。主体性を育むきっかけとしてこうした伝統がある点は見逃せない。

プロジェクトがもたらしたものと今後への動き

 多岐にわたる支援である「たちばなConnect Project」は、大いに学生の支えになったことだろう。プロジェクトとしては8月末を以て一旦終了を迎えたが、助け合いの精神は色々なかたちでその後も受け継がれている。

 学生からはオンライン環境だからこその工夫を凝らした企画も多く出た。ピアサポーターが自主的に立てたオンライン企画には学習に関するものも多く、TOEIC©対策企画には多くの1回生が参加し、学習時間の増加やモチベーションアップに大きく貢献した。また、伝統ある大学祭―橘祭―を学生主導でオンライン実施し(11/29開催)、成功裡に幕を閉じることができたことも、学生が状況にただ流されるのではなく、経験から何かを掴み取ってきた証左だろう。

 後期の授業は、対面形式とオンライン形式を使い分ける方針でスタートしたが、「受講者数80人」という水準と「対面の必要性を軸にした科目特性」という2つの観点で判断し、結果約9割が対面授業となった。「コロナ禍以前より本学は、元々クラスはできるだけ小さくしようという方針があります。学生の一人ひとりの顔を見ながら教育しようという考え方が元からあったためです」と日比野学長は言う。9割対面を以てキャンパスの様子がかつてに戻ったと取ると見誤るだろう。かつてに戻ったのではなく、オンライン大学祭に表れているように、教職員も学生も、伝統を受け継ぎつつ新しい学園生活を営み始めている。

 もちろん、9割もの授業を無事に対面実施できている裏には、「感染対策を徹底している」という学生と教職員の努力があることは想像に難くない。学内での感染対策は功を奏しており、日々の授業が守られている。

 こうした少人数授業による丁寧な教育と徹底した感染対策の双方がもたらしたのは、学生の学びであり、これは何より日比野学長を始めとする教職員が春先からずっと守りたかったもの、守ってきたものであり、同時に学生も渇望してきたものだ。6月末に行われた学生と教職員の対話では、学生の将来への悪影響を避けるべく継続可能な大学教育を模索してきた大学の考えが、学生に投げかけられることになった。その末には、学生から「自分達も大学に協力したい」という声が上がったそうだが、この対話が勝ち得たのは、上述した日々の学びから、キャンパスに学生が戻ってきたことを喜ぶ教職員の姿、画面の中で見ていた先生をリアルに見かけて驚く新入生の表情といった細やかな(しかしかけがえのない)ものまで、多くのものがある。そもそもこうした検証に学生の声を盛り込んでいること自体から、我々は読み取れることがあるのではあるまいか。

 今の京都橘大学は、次の春に向けて、感染症の流行状況や学生アンケート調査の結果等を検証しながら、これからの大学の在り方について様々な可能性を検討しているところだ。対人援助分野の学科が多い中で、下期に際して検討したように、適切なハイブリッドの形を模索中だという。「状況に応じた調整を行いながらも、本学の学びがこれまで以上に良くなるように検証と検討を進めています」と日比野学長は力強く語ってくれた。

 ところで、橘は「非時香菓」、即ち、時を選ばず香る果物だともいわれている。モニター越しにしかつながることができない苦難の時でも、教職員や学生の活躍や可能性が閉ざされることはなかった。今年度の新入生が得た経験は例年とは違うものだったかもしれないが、先輩学生や温かく見守る教職員の存在を確かに感じ、次は自分がそうした支援側に立つべく、精進してくれることだろう。


(立石慎治 筑波大学教学マネジメント室 助教)


【印刷用記事】
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