リカレント教育

リカレント教育と日本の大学⑦大学にとってのリカレント教育の「成功」とは?〜ある公共セクターでの事例から考える

日野市立中央図書館の外観
日野市立中央図書館



「利用者はいい本があると喜んでくれたが、本を使わない利用者はそうではなかった。」

「「ひまわり号」がスタートして五十年、日本の図書館の数は773館から3261館となり、貸出冊数は約870万冊から6億9000万冊へと増加した。これは、受験勉強の場から、市民の図書館へと、本来あるべき図書館へと大きく舵をきった結果にほかならない。」

(前川恒雄『移動図書館ひまわり号』夏葉社・2016年※原文では下線部は傍点、算用数字は漢数字)


 この連載ではこれまで数回にわたり、大学がリカレント教育に取り組むことを、企業の多角化戦略になぞらえて考察してきた。社会人向けプログラムを「新しい商品」、学び手である社会人を「新しい顧客」と捉えたとき、「どのような社会人に対し、どのような手段を用いて、その社会人にそれぞれのキャリア課題の解決をもたらすのか」を首尾一貫して設計することが重要だと指摘した(第四回:成長戦略としてのリカレント教育(2)~多角化戦略としての社会人マーケット~、第五回:社会人向けプログラムの「ターゲット設定」と「商品戦略」)。

 とはいえ、大学経営は、営利を目的とする企業活動と同様には考えられない、とお感じの方もおいでだろう。

 もちろん、企業活動においても、営利のみを目的としていては、継続的な成長は得られない。特に近年では、経営において、利益、株主にとっての価値だけではなく、社会を含めた多様なステークホルダーのメリットの考慮が求められるようになってきている。それに、顧客の抱える不満や不足、不便…何らかの<不>の解消が何らかの形で社会課題の解決につながっていなければ、そもそも成功など望めない。とはいえ、例えば新規事業への投資等、都度都度の意思決定においては、「利益」を中心に置いてコミュニケーションを行うことで、多様な立場の人々によるスピーディーな合意形成が可能になっている。

 この点で、大学経営は企業活動とは大きく異なる。

 さらに、社会人マーケットへの進出においては、18歳マーケットでの「受験者数」「倍率」「進学ブランド力」のような指標も定まってはいない。様々な事例の検討を行いながらどのような状態を成功と呼ぶのかを考え、成功への道筋を描き出していくことは、今後の課題である。

◆「図書館革命」

 そこで今回は、ある公共セクターの事例で考えてみたい。

 題材とするのは「日野市立図書館」。

 その初代館長であり、2020年4月に亡くなった前川恒雄氏による記録『移動図書館ひまわり号』にもとづいてその事績を紹介しよう。

 日野市立図書館の創立は1965年。

 当時、「図書館は貸出よりも閲覧を重視しており、その結果、入館者の大部分が閲覧すらしない受験生によって占められていた」(以下、引用は上記『移動図書館ひまわり号』より)。図書館に入るには入館票が必要で、「なかにはそれに住所、氏名から性別、年齢まで書かせる館もあった」。本は書庫に収められていて請求しないと手に取ることもできないばかりか、図書購入費の少なさから、いきおいその蔵書は、利用者が求めるものよりも、図書館側が選ぶ「良書」に限られていく。魅力が感じられない品揃えに「市民は失望して寄り付かず、図書館員は利用の少なさを市民のせいにして、読書運動によって利用を増やそうとするか、あきらめてごく一部の読書人のためのものになっていた。あまりにも貧しく、その貧しさに気づきさえしていなかった」。その根底にあったのは、「図書館の働きによって住民を教育しようという考え」「多くの住民に利用してもらうよりも、一部の知識人にサービスするほうが重要だという考え」だったと前川は言う。

 停滞した状態を打ち破ったのが、のちに市長となった当時の日本図書館協会会長・有山崧(たかし…山かんむりの下に松)が前川を招聘して設立した、日野市立図書館の快進撃だった。

 そのスタートは、なんと一台のバス。著書のタイトルともなっている「移動図書館ひまわり号」である。図書費が毎年必要、と聞いて驚く職員がいるほどだったくらいだから、もともと、市の行政組織や地域住民が、図書館についての理解が深かったわけではない。獲得できる予算も限られている。そのなかで、蔵書を新鮮に保つための図書購入費を確保するための工夫が、建物を作らず、蔵書を一杯に詰め込んだ改造バスが市内各地を定期的に巡回する移動図書館という方法だったのである(写真下)。

 その発想の根本には、日本図書館協会で有山や前川らがまとめた『中小都市における公共図書館の運営』(通称:「中小レポート」)があった。交渉を繰り返すなかで(職を賭した折衝もあったという)、「本を読みたい人、資料を必要とするすべての市民」というターゲット像が明確になり、「求める資料の提供」という提供価値が研ぎ澄まされていった。そうなると、譲れないこと、捨ててもいいことが明確になっていく。必要なのは、利用者が求める本をいつでも便利に借り出せること。いつでも蔵書が新鮮に保たれていること。一方で、最初から立派な建物は要らない。

 ひまわり号の巡回がはじまると、これまで図書館で魅力的な本が借りられるとは知らなかった市民が、つぎつぎと熱心な利用者となっていった。「ひまわり号」の立ち寄り先のうち、利用者の多い場所には分館が作られていった。最初に作られたのは団地の一角に廃車になった都電を改造した児童図書館。一人当たりの貸出冊数は日本一を記録し、1973年には写真上の中央図書館も完成。まさに、「図書館が動き、それによって市民が変わり、その市民がまた図書館を変えて」いったのである。

 小さなスタートは、近隣の市へ、そして全国へと波及していった。戦前より農村での図書館創設に取り組んできた浪江虔は、その過程を「図書館革命」と呼んだ(ちなみに日野市立図書館のこのエピソードは、有川浩『図書館戦争』シリーズの重要なモチーフになっている。「図書館革命」はその第四部のタイトルでもある)。

 現在私達が当たり前だと考える図書館の姿は、こうして生まれたのだ。


移動図書館ひまわり号(写真:日野市立図書館)
移動図書館ひまわり号(写真:日野市立図書館)


◆社会人マーケットへの進出の理想としたい「非関連多角化」の成功事例

 日野市立図書館の設立以前の公共図書館の状態がそのまま、現在の大学のリカレント教育の状況というわけではない。しかし、18歳・22歳に最適化された学位プログラムが中心であり、かつ学び手が大きな自己負担を余儀なくされているなか、利用の少なさを社会人の学習意欲の低さによるものとだけ考えてしまうのであれば、日野市立図書館が実現した「成功」への道をたどることなどできはしないだろう。

 そして、大学の社会人マーケットへの進出を考えたとき、この事例から学べるポイントは非常に多い。なんといっても、日野市という自治体にとって図書館は「多角化戦略の成功」だったからだ。それは、移動図書館と「団地」の関わりについての記述を見るとよく分かる。

 当時の日野市は、ベッドタウン化による人口急増期。自治体が新たな住民へのサービスに苦慮していた。前川を招聘した市長の有山もそれに続く市長たちも、住民の流入により増大する人口への対応は大きな政策課題であった。そんななか、ひまわり号は団地住民から絶大な支持を受ける。住民の要望から団地内に児童図書館が設立され、次々と図書館に、ひいては住民自治に参画する住民が登場するのだ。まさに、「既存の技術・マーケティングと関連しない新しい製品」で「新しい市場・顧客」を狙った「非関連多角化」だったのである。

 その成功のポイントを挙げてみよう。

  • 1 トップと現場トップが「ありたい姿」を明確に描き共有していたこと
  •  前述のように、市長である有山と館長の前川は、日本図書館協会時代に「中小レポート」を作っており、それが計画のベースとなった。『移動図書館ひまわり号』では、前川が有山の考えを踏まえて作り、「確信をもって有山に相談に行った」という「ありたい姿」は、次の5点であった。

  • 本を貸すことに徹する図書館を作りたい。
  • 学生の勉強部屋でない図書館にしたい。
  • 市の全域にサービス網をつくりたい。
  • 図書費を多くしたい。
  • 重点的な経営をする。

 このように「ありたい姿」が明確に言語化されていたことは、市政の課題と結び付けて条例や計画案を作成するうえでも、その過程で多様なステークホルダーに理解・協力を求める上でも、大きな力となったことだろう。それは、日野市立図書館のホームページに今もしっかりと掲載されている開設年度の業務報告書( 【外部リンク】https://www.lib.city.hino.lg.jp/library/gyoumu-houkoku/s40-s41Plan.pdf )でもうかがい知ることができる。

 大学の社会人マーケットへの進出に即して考えると、市政の課題にあたるのが建学の理念、それを実現するための中期計画にあたり、それぞれの学問分野や業界における課題が「中小レポート」で示されていた図書館のあり方についての課題にあたる。どのような「ありたい姿」が設定されるかは、それぞれの学校の経営課題と、取り組もうとする社会課題の掛け合わせになる。これもまた、3つのポリシーの策定の場合と同じ構造といえよう。

  • 2 ターゲットと提供価値が絞られていたこと

 学校経営と同様、公共サービスにおいて「ターゲットを絞る」ことは忌避されがちだ。しかし、企業活動と同じようなターゲットの絞り方をする必要はない。日野市立図書館で設定されたターゲットは「本を読みたい、資料を必要とするすべての市民」であり、席を借りて受験勉強をしたい人ではない。提供価値は「求める資料の提供」。だから、図書購入費の確保が優先されたわけだし、最初から建物を作らない、という意思決定が可能になったのである。

 これまでこの連載では、社会人向けプログラムの開設に当たっては、「社会人」というくくりではなく、どのようなキャリア課題を持つ社会人なのかに基づいてターゲットを細分化することが重要だと述べてきた。「社会人」というくくりは、日野市立図書館の事例でいえば、本を使わない利用者を含む全市民、というくくりと同等なのである。それでは、移動図書館から出発するという意思決定も、図書購入費を最大限確保するという意思決定も不可能であった。

  • 3 「ありたい姿」を表現する明確な指標があったこと

 日野市立図書館が指標としたのは「貸出冊数」だったが、これはまさに、求める市民に求める資料をどれだけ提供できたか、つまりありたい姿をどれだけ明確に実現できているかを示す指標であった。だからこそ、前年推移やほかの自治体との比較等の数字が自己目的化せず、改善に直結していくことができる。

 18歳マーケットでは「倍率」や「受験者数」、「入学者数」という明確な指標があるが、社会人マーケットへの進出の場合も同様の設定とすべきかどうかは、それぞれの大学で設定される「ありたい姿」によって変わるだろう。また、白地マーケットが大きく市場草創期といえる現在では、まだ定まった指標は存在していない。どのような指標が有効なのか、またそれをどう活用していくべきかは、今後追究すべき課題である。

  • 4 サービスの拡充のため、常に現場で利用者の声を集め続けたこと

 日野市立図書館は現在では、中央図書館(冒頭写真)をはじめとする6つの図書館と市政図書室、そして移動図書館を持ち、年間160万冊以上の貸出冊数を誇る。しかしその開設の順序は、団地内で都電の車両を利用して開設された児童図書館や各分館が先であり、中央図書館が開設されたのはスタートして8年ののちである。本を求める利用者の声を起点に、貸出に徹した図書館として拡充を進めた結果だということを、著書のなかで前川は再三にわたり述べている。

 18歳マーケットと異なり、社会人マーケットにおいては、一度卒業・修了しても、ターゲットとして設定し続けることができる。一度学んだ学習者は学び続けることを前提にしたプログラム作りが可能なのである。また、そうして接点を持ち続けることで、常に学習者が学習によってどのような課題を解決したいと考えているか、捕まえ続けることができる。

 現在社会人入学者を拡大している学校・プログラムの多くが、修了者との接点を持ち、継続させている所以であろう。

 社会人マーケットへの進出において、何が「成功」なのか。

 縮小していく18歳人口にのみ依存することのない経営を実現するという長期的な目標はある。しかしその状態に到達するためには、一つひとつの社会人向けプログラムが、それぞれの「ありたい姿」を実現し続けていく必要がある。そして、上記で述べてきたように、それぞれの学校、それぞれのプログラムにおいて定められる「ありたい姿」によって、何が「成功」とされるかは、その指標とともに異なってくる。

 しかし、図書館という異なる世界においても、社会人マーケットへの進出とこれだけの共通項を持つ事例が見つかるのである。現在社会人学習者を集め、彼ら・彼女らから継続的に評価されている学校やプログラムには、その「成功」を可能にするための共通の道筋があるのではないか。それが少しでも明らかになっていけば、社会人学習者に評価されるプログラムが増え、大学・大学院で学ぶ社会人が多数派となる世界に近づいていくのではないか。

 そこでこの連載では、今後、様々な「成功」事例の紹介にも取り組んでいく。引き続きお付き合いいただければ幸いである。



(リクルート進学総研 主任研究員(社会人領域) 乾 喜一郎)