リカレント教育

リカレント教育と日本の大学⑧/社会人向けプログラムの創設・成長事例~青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム

リカレント教育⑧イメージ(プログラム実施風景)
プログラム実施風景(ワークショップデザイナー育成プログラム Facebookページより。右下は2020年、それ以外は2019年)


 この連載ではこれまで、大学の「リカレント教育」への取り組みを、新しい商品・サービスによる社会人マーケットへの進出、つまり「多角化戦略」として位置づけ、そのあるべき姿について考えてきた。

 今回より、実際に新しいプログラムを創設し、継続的に社会人学習者を集め、成長・発展を遂げている事例について紹介し、社会人マーケットへの進出の成功への道筋とはどういうものか考えていきたい。

 最初の事例として取り上げるのは、青山学院大学社会情報学部の履修証明プログラム「ワークショップデザイナー育成プログラム」である。このプログラムは、学校をはじめとした教育や人材育成の現場、様々な地域づくりの活動の場で活躍する「コミュニケーションの場づくりの専門家」を育成することを目的としており、約3カ月、13日間の対面講座とeラーニングを組み合せた、120時間のプログラムである。受講料は18万円で、2018年より「専門実践教育訓練給付金制度」の対象講座に指定されている。

 青山学院大学社会情報学部・苅宿俊文教授を中心に全く新しい講座として企画、設計され、2008年に文部科学省「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」に認定(2010年まで。大阪大学との共同申請)、翌2009年に開講した。当初は地域の子どもや青少年の活動に従事している職員・アルバイトや演劇人、音楽家、美術家を主たる対象としていたが、その後、企業研修や人材育成の専門職などへと受講希望者が広がったことを受け少しずつ規模を拡大し、2019年には年間3回、3~4クラス、合計300人近くの受講生を集めている(2020年度はコロナウィルス対策により5月開講のクラスの開始を延期し、9月にオンライン講座としてスタートした)。これまでの修了生の数は2500人を超え、修了生同士の協働によるプロジェクトや、受講時期の異なるメンバー同士による勉強会・ワークショップも活発に行われている。

 同学部にとっては初めての社会人向け履修証明プログラムであり、まさに、新たな商品・サービスによって新たな市場を開拓する多角化戦略の成功事例である。その創設の経緯、これまでの取り組みについて、創設時から今に至るまで主導的な役割を果たす苅宿教授にお話しを伺った。

―プログラムの開設を企図された背景、経緯はどのようなものだったのでしょうか?

苅宿 大きく3つのポイントがあります。

 まず1点目。ワークショップという協働的な学習の場面に自分が強い興味を持ち、その可能性を広げていきたいと考えていたこと。そのために、ワークショップを設計し、実際に幅広い教育現場で実施することができる仲間をできるかぎり増やしていきたいと考えていました。そのためには、新しい教育プログラムが必要です。

 2点目は、当時ちょうど学習指導要領が改訂され、学校教育の現場が、「自ら考え、自ら学ぶ」主体的、能動的学習者を育てていこうという流れに大きく舵が切られたことです。アクティブ・ラーニング、あるいは協働的な学びは、これから学校の中で広がっていくだろう。そのためには、担い手となる人材が必要です。どう育成していくかは喫緊の課題でした。

 3点目。こうした問題意識から、いろいろな人々とお会いし「担い手を育てませんか」と対話をして歩いていたところ、当時大阪大学に勤務されていた平田オリザさんとの出会いがありました。そこで、文部科学省が社会人向けの新たなプログラムに資金援助を行う事業のことを知ったのです。「じゃあ、ぜひ一緒にやりましょう」ということになりました。教育系の私と、演劇系の平田さん。同じワークショップでも少し違っていて、まさに異種格闘技。対話を進めるにつれ、これはきっとうまくコラボができるに違いないということが見えてきた。そこから応募に向け動き出し、申請書を提出、採択されるまでは一気でした。

―育成するということだけなら、ほかにも方法があります。公開講座という形もあれば、民間企業に創設を働きかけることも可能ですが、なぜ、大学で、「履修証明プログラム」という制度を使って創設しようと思われたのでしょう?

苅宿 大学って可能性は十分持っているのに、それを使いきれていない。もったいないと思っていました。大学は確かに、腰が重い組織です。そして、同じことをやっていても、毎年毎年「ところてん式」に新しい学生が来て、卒業生として送り出していくことができるわけです。口では大学も変わらなければいけないと言っていても、心の中では、学生が毎年変わるのだから大学は変わらなくていい…そんな雰囲気になってしまっているのではないか。そんな課題意識がありました。

 そこで、新しいことをやろう、それも、法律に基づいた、パブリックなものとして位置づけ、それを育てていこう、と。

 最初の120時間のカリキュラムは全部私が作りました。もちろん、本当に大変でした。

 しかし幸い、私が所属している社会情報学部は未来志向が強い学部だったこともあり、新しい可能性を見いだしていこうという企画についてはいろんな先生方がこぞって応援してくれました。大学としても、公的資金をもらって大学のメニューを増やすことについては否はありません。もちろん最初は、「履修証明って何?」「社会人教育って公開講座?」「何でわざわざそういうことやるの?」…そんな声もありましたが、ご説明していくうちに、様々な形で支援が得られることになりました。


苅宿俊文 青山学院大学社会情報学部 教授
苅宿俊文 青山学院大学社会情報学部 教授


―当初はどのような将来像を想定されていましたか? 具体的な目標は設定されたのでしょうか?

苅宿 今でこそワークショップという言葉は学校現場でも一般の世界でも知られてきてはいますが、当時はまだまだ、教育に関心を持つ方でも「ワークショップって何?」という人も多い時代でした。そんななかで当初から言っていたのが、「一人のカリスマが1万人集めてやるワークショップよりも、1000人のワークショップデザイナーが10人ずつ集めてやるワークショップのほうが価値があるんだ」ということ。それが、将来構想と言えるかもしれません。先にお話ししたように、とにかく仲間を増やしたいと考えていましたから、まずは1000人育てられたらいいな、と。

 そうして講座が始まってみると、第一期生には、とにかく濃い人達が集まってくれた。アーティストの方々や、既に自分でも数多くワークショップを実施しておられる方々、多士済々です。そうなってみると、将来のことなんかよりも、もう目の前の講座を面白くすることに夢中になりました。「やれるかもしれないな」「やらなきゃいけないな」「やったら面白いぞ」そんなふうに、思いがふくらんでいったんです。

―目の前の人のためにフィット感のあるようプログラムを実施してみて、手応えを得て、改善すべきことが見えてきて、それが雪だるま式的に大きくなっていった、というわけですね。

苅宿 そうなんですよ。

 私の教員歴は、もともと小学校、最初は特別支援学級からスタートしています。特別支援学級って、一人ひとり持ってらっしゃる障害は違う、一人ひとりに合わせていくことが当たり前です。その後、普通の学級のクラス担任をやっていくなかで、現場の感覚として、学習というのはその子にフィットしたものしか成立しないんだ、ということが分かってきた。そして、自分にフィットした学びがあり、日々やっていることが面白ければ、どんどん学びは大きくなっていく。クラスそのものが学習コミュニティとして成長していきます。

 決まった目標にわき目もくれずに取り組むよりも、自分達の面白い実践を日々重ねていくことで得られた手応えが、やっぱり次に進む原動力になっていくんです。

 それは、大学も、社会人向けプログラムも同じです。


(写真左 修了生向けプログラムの様子・2019年、写真右 コロナ対応によるオンライン講座創設のために修了生が協力)
(写真左 修了生向けプログラムの様子・2019年、写真右 コロナ対応によるオンライン講座創設のために修了生が協力)


―目の前の受講生一人ひとりに満足してもらえるよう実践を重ねていくなかで、毎回様々な改善をしてこられたのですね?

苅宿 ええ、プログラムの内容は、毎回変化しています。少しずつマイナーチェンジをしている。それは何といっても、毎回来る人が変わるわけですから、学び手一人ひとりにとってのフィット感を高めていくには、プログラムのほうも変わらなければなりません。そうしないと、プログラムと提供する側と受ける側の間に隙間風が吹いてしまう。それをできる限り起きないようにしたいのです。

 そのためには、気をつけて受講者を観察していないといけません。そのためにも、いま受講者がどのような状況なのかを察知できるような仕組みをプログラムに盛り込みました。レポートを出してもらったり、担任制をとったり、修了生スタッフを活用したり、そうした工夫で、受講者の状況をできるだけ吸い上げていく努力をしています。

―なかなかそこまでできているプログラムはありません。

苅宿 教育が、知識を教えたら終わり、と考えてしまうせいでしょう。知識は、使えなければダメなんです。知識や技術を納得して、肚落ちしてもらう工夫、使っていただいて、どんな感じだったか自分で考えていることが安心して言えるような、そんな場づくりが大切です。

 聞いただけだと忘れます。特に社会人の方は、会社に行ってこいと言われただけの方なんて特に、その時間を過ごして、学んだふり、分かったつもりになる、そんなワザを身につけてしまっています。他人事なんです。

 逆に自ら学ぼうとしている人は、自分が納得することを非常に大切にします。自分事になっている。そこでこのプログラムでは、受講者がご自分に興味を持つことを促す機会をたくさん用意しています。「リフレクションシャワー」と言っていますが、振り返りの時間をたくさん持って、ご自身で感じたこと、考えたことを話してもらって、他者とのやりとりのなかで学びなおしていきます。最初の聞き手は自分自身。そこで言葉にしたものを他者に向けて出力して、質問されたり確認されたりしながら肚落ちしていく。

 また、グループをいろいろ変えて、他者から評価される機会、バリエーションを増やすようにしています。グループ活動に参加しながら、それぞれで自分の役割を見いだして、人から認めてもらう。プログラムの中に同じグループの受講生から自分のいいところを言ってもらう場面がありますが、大人になって褒められることって、本来とてもこそばゆいことです。でもこれまで何時間も一緒に同じ案件に取り組んできた人から言われると、納得できる。大人でもなかなか自分のことって多面的に捉えられませんから、気づかなかった自分の側面に気づける機会はとても貴重です。そういう経験をして、受講者はみな、どんどん積極的になっていくのです。

―受講生同士の関係性が非常に大切になります。

苅宿 ええ、ですから、受講生同士のフラットな関係づくりは、当初から一貫して気をつけていることです。もともとワークショップというのは、対等な位置関係での対話があって成立するものです。企業の偉い人であっても、アートの世界で著名な人であっても、そんなことに引きずられてしまわないよう、徹底させています。プログラムのなかでは、「○○さん」ではなくニックネームで呼び合うようにしているのもその一環です。そうやって、プログラムの中ではなんでも言い合えるような、安心安全な対話空間を育てていこうと。

 一人ひとり違った背景があり、違った希望を持った人が、3カ月間土日に集まって様々なワークを行う。受講生同士が率直なコミュニケーションを重ねることで、「学習コミュニティ」が作られていきます。受講生が修了後の実践の場で取り組むことになる学習コミュニティづくりを、実地で体験していくのです。

 合わせて重視したのが、理論と実践のバランスです。なぜワークショップのようなグループ活動が効果的なのか、なぜ学習コミュニティが重要なのか、実践で肌で感じるだけではなく、理論もしっかり学んでいく。そのバランスは、カリキュラムづくりで最も頑張ったところです。

―最後に伺いたいのですが、苅宿先生は、大学が社会人向けプログラムを実施するにあたって、何を成功だと考えておられますか?

苅宿 お正月に箱根駅伝見ていて、思わず青学を応援してくださるようなファンが増えるとうれしいです(笑)。成功ってそういうことじゃないかと。

 これは冗談ではなくて、大学って生きた学習コミュニティなわけです。あそこでいつでも学べるんだ、生涯学習の拠点としていい居場所だった。青学では挑戦したくなるような自分に出会えるんだ。講座を修了してそんなふうに思っていただけたなら、ファンになるじゃないですか。そういうふうに思ってくださる方が増えることが成功、ゴールだと思うんです。

 これは私がワークショップという領域にいるから特に思うことなのかもしれませんが、学習コミュニティが循環的に、螺旋的に広がっていくためには、ファン意識がすごい大事なのです。それは、大学はところてん式に卒業生を送り出して、青学卒という肩書を出していけばいいという考え方とは、全然異なります。

―違う学校の卒業生が、修了後、次々と青学ファンになっていくわけですね。社会人向けプログラムだと、それができてしまう。

苅宿 そうなんです。いま大人の方に必要なのは、自分が多様なコミュニティに参加できるんだと思えることです。この状況は、コロナ禍でますます高まってきています。

 その多様なコミュニティのなかでも、学習コミュニティは、他者との相互作用をとおして、互いが豊かになっていくっていう感覚が得られるものです。コミュニティ形成のいい経験、自分にとって良かった経験というものをリカレント教育を通じて得られれば、学習コミュニティ自体への期待度はどんどん上がっていきます。それが、そのフィールドとしての大学への再評価につながっていくのです。

◆取材を終えてー
「ワークショップデザイナー育成プログラム」から社会人向けプログラムが学べること

 「ワークショップデザイナー育成プログラム」は、ワークショップでワークショップを学ぶ、学習コミュニティづくりで学習コミュニティづくりを学ぶという入れ子構造を持ったプログラムである。学び手を学びに促す専門家を育てるために工夫されたそうした設計は、必然的に、社会人向けプログラムとして成功する条件を兼ね備えることになった。業務独占資格のようなはっきりとした修了後のメリットがないのにも拘わらず、受講生の幅が広がり、継続的な成長をとげているのはそのためだと言える。そこからは、どのジャンルの社会人向けプログラムであっても参考にできることが数多く存在している。箇条書きの形で掲げていこう(下図参照)。

・「ありたい姿」の明確さ

 苅宿教授の「ワークショップの可能性を追求したい」という思い、学校現場の変革の担い手の必要性から、当初より目的とされたのは「ワークショップができる人を増やしたい」ということ。それが、「一人のカリスマが1万人集めてやるワークショップよりも、1000人のワークショップデザイナーが10人ずつ集めてやるワークショップのほうが価値があるんだ」という言葉になっていた。このありたい姿を核として、プログラム全体が設計されている。

 ターゲットとして設定された対象者は当初かなり限定されていたが、開講後の受講者の層の広がりを通じて自然な形での拡大に成功していった。それは、このありたい姿の明確さによるものだろう。

・受講生が学んだことを納得し肚に落としていくための工夫

 理論の学習と実践での体験を繰り返し、それを振り返り、言語化して他の受講生にアウトプットし、他者から評価を受ける。そのサイクルを通して、学んだことを自分事としていく。この構造は、広く学習全般に共通していることだが、このプログラムでは、そのこと自体がカリキュラムに組み込まれ、効果的に進めていけるように設計されている。

・受講生どうしがフラットに学びあうことができる学習コミュニティの形成

 社会人向けプログラムでは、多様な経験と出自を持つ受講生が一つの目的・テーマのもと集まり学習していく。その違いを有効な学びの材料とするためには、受講生同士のフラットな関係性が必要になる。多様なグループ学習を進めるうえで、安全安心な場づくりを行うことが、教員をはじめプログラムを提供するスタッフ全員に徹底されている。

・受講生をよく観察し、その状況を吸い上げることによるプログラムの改善

 プログラムを提供する側と受講する側に隙間風を吹かさないため、受講生をしっかりと観察する…言葉としては簡単だが、それを実行するのは難しい。そこでこのプログラムでは、受講生によるリフレクションシート、担任の設置、修了生スタッフの活用など、受講生がどういう状況にあるかを吸い上げる工夫を取っている。さらに、それを一人の教員が抱え込むのではなく、プログラム全体で共有しているのも特徴だろう。

・修了生との継続的な関係構築

 また、スタッフとして起用した修了生からの情報だけではなく、定期的に修了生向けのプログラムを実施したり、修了生の活動をホームページで取り上げるなど修了生との継続的な関係を構築している。そこから得られた情報がまたプログラムの改善に活かされる。

そして、これらすべてを支えているのが、
・大学・学部によるサポート

 このプログラムの場合、学部に新しい企画を歓迎する雰囲気があり資金的・人的なサポートが得られたこと、文部科学省の公募事業としてスタートしたため大学がそれを歓迎したことが立ち上げ期には大きな役割を果たした。そうでなければ、たとえカリキュラムづくりを苅宿教授が一人で行うことができたとしても、上記のような工夫を実装することはできなかっただろう。

 社会人向けプログラムを成功させるには、組織としてのサポートが不可欠である。


「ワークショップデザイナー育成プログラム」から社会人向けプログラムが学べること


 苅宿は言う。「大学がリカレント教育に向かおうという時、18歳人口が少なくなったから社会人で埋め合わせをする、というような感覚は通用しません。社会人の方は、黙って聞いて高い学費を払ってくれるような、旧来の18歳の学生みたいな便利な学習者じゃない」「知識を与えればいいというのではなくて、知識は、それを出力してみて肚落ちして、使えるものになっていかなければ価値がない。そのための教育でないといけないんです」。

 この教育観は、決して社会人を対象としたプログラムに限ったことではなく、これからの教育全般に求められていることでもある。「厳しい目を持った社会人に向けたリカレント教育を創っていくということは、18歳に向けた教育を大きく変えていく原動力にもなるという側面もありますね?」–––最後にそう問うと、苅宿教授は「もちろんそうなんです」と力強くうなずいた。



文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員(社会人領域)
(2020/10/20 取材日2020/09/02)