社会的価値を高めるための経営のあり方とは

社会環境の変化、人材ニーズの変化、学習指導要領の改訂等、多様な要素に翻弄される高等教育機関。
そのなかでも「社会」に応対することに焦点を当て、経営者としての立場から社会課題との向き合い方をどのように捉え、どのように選択するのか、その先に何を見据えるのかをテーマに、実業界出身のお二人をお招きし、オンラインで座談会を行った。



座談会 集合写真


─2010年代半ばごろからCSV(Creating Shared Value)という考え方が現れてきました。本業を通じた社会貢献の概念です。最近大学でもUSR(University Social Responsibility:大学の社会的責任)が言われています。社会課題を解決するための人材を育てること、社会課題を解決するための教育研究をしていくこと。この2つが大学の本当の価値だと思います。

 お二人とも大学の外から来られたという経歴をお持ちです。宮内先生は三菱商事の副社長、まさに世界を股にかけるビジネスパーソンだったわけですが、そこから見た大学はどういうイメージでしたか?

宮内:私は毎年入社してくる新入社員を接点に大学を見ていました。今の学生は私達の世代より、はるかに英語ができるし、プレゼンテーションもうまい。ですが、一方でパッションがあまり感じられない。大学というのは、固定パターンに当てはめる教育をしているのかなと思っていました。

 一方、海外の大学を卒業している方々やノンジャパニーズの若い方々と接していると、個性があり、相手の話を理解しつつ自分の意見を主張もする。これぞ国際社会に通じる人材だと感じます。

 これからのビジネスパーソンは、日本企業に就職してもライバルはもう日本人ではありません。インド人であったり、ベトナム人の留学生だったり。英国の数学科を出た天才も証券会社に入ってくる。日本人がライバルではない、という意識を日本の若者に持たせたい。しかし日本の大学の教育では、そつのない“いい子”ばかり育てているのかなと。国の競争力としても、このままではまずいと考えていました。

─日本がこれまで育ててきたいい子とは?

宮内:まず、現状を疑うことなく受け入れる。世の中のことを変革しようと思わない。

 地球温暖化に警鐘を鳴らすスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんは今は18歳の高校生であっても国連に乗り込んで演説し、トランプ大統領をにらみつける。そういう迫力を持った子はなかなかいないようです。

 ただ、何千人と存在する応募者を選抜していくと、最終的にどうしても似たような人ばかり採用してしまうという企業人事側の問題もあります。尖った人間を採用するのはリスクがある、と。

坂東:個性を持った子がいても排除されてしまうのですね。

宮内:そうなんです。画一的な人が集まってしまうので、面白い人が入社しても、民間企業に入ったつもりなのに、没個性的でお役所みたいじゃないかと言って会社を辞めていく。優秀な人間ほど早く辞めていく傾向がありますね。そして会社に残るのは、体制にうまく馴染んで上司の言うこともよく聞く人だけということになる。

 これが失われた20年、30年で日本にイノベーションが起こりにくくなっていると言われる背景のひとつでしょう。私のいた会社に限らず、日本の大企業に共通していることかもしれません。

─坂東先生は元官僚でいらっしゃいますね。

坂東:私は内閣府、総理府にいました。大学は40年前卒業した時のイメージのままで、先生は授業で自分の好きな研究分野の話をし、学生達も自由に過ごす場所だと思っていました。そして就職したら「大学で何を勉強してきたかは関係ないよ、これからしっかり勉強するんだぞ」と。大学で色々と理論・理屈は学びましたが、役所に入ったら、あら、私は社会では何にもできないんだということを発見したという感じですね。

 さらに日本の大学は入試の時のランキングがそのまま序列になっていると感じていました。入学してからどれだけ勉強するか、ということをみんな考えないで、放牧型の4年間を過ごす。一方で米ハーバード大学等は、大学の成績によって、どの大学院やプロフェッショナルスクールに進学できるかということが決まるので、学部時代も一生懸命勉強します。さらにプロフェッショナルスクール卒業時の成績によって、勤め先も給料も違ってくる。ヘッドハントされるかどうかも成績によりますから、大学や大学院での学習成果に対する社会の評価がとても高い。この日本との違いは意識していました。

─宮内先生は2017年に神田外語大学の学長に就任されましたが、実際に大学に来てどのような印象を持たれましたか?

宮内:今の坂東先生のお話にあったように、偏差値50と言われると、自分は偏差値50の人間だと思い込んでしまう学生が多い。18歳の時の予備校の模擬試験で自分の社会的な序列を決められ、それを自分の人生の序列というように受け入れてしまう。これはもう最悪です。

 人生は毎日変化のなかにさらされています。日々進歩もすれば、後退もする。20歳でも70歳でもその時の価値がある。それなのに、18歳の時の1つの基準で自分を定義づけてしまう。こんなつまらない世の中はありません。この偏差値信仰を壊さない限り、日本は良くならないでしょう。

坂東:おっしゃる通り、18歳あるいはその前から、学校の点数がいいと自分は頭がいい、悪いと自分は頭が悪いと思い込んでしまうところから解放し、「自分もやればできる」と自己肯定感を持たせるのが大学の社会的役割だと思いますね。

 

宮内:さらに文理選択の問題もあります。小学校の時は理科が好きだったのに、高校で君は文系だと言われたから、数学もサイエンスもやらないで進学してしまう。すると食わず嫌いになったりアレルギーを持ってしまう子も出てきます。しかし現代を生きていくうえでは理数的センスが大切。住宅ローンを組むなら積分の概念が必要だし、株で儲けるなら統計が必要です。神田外語大学は語学中心の大学ですが、文系大学でも理数科目も取り入れるべきだと考えています。

 もうひとつ、最近の入試改革で、記述式問題の話があります。中国では毎年1000万人の受験生が「高考」という全国統一大学入試を受けますが、そこには作文の試験がある。大学受験として作文を訓練している国民だということが重要です。選択式で育つ日本の高校生とは差がついて当たり前です。思考力を育て、この格差を是正するのも大学の役目と思い、リメディアル教育を徹底的に取り組んでいくことも考えています。

─昭和女子大学では社会課題を解決するという点ではどのような取り組みをされてきたのでしょうか?

坂東:日本では、女性は謙虚で素直で可愛くあるべきと期待されている。「私なんか」と一歩下がってついていく女性のほうが生きやすいけれど、主体的に自己肯定して挑戦しようとする女性は生きにくく、周りからも叩かれると思い込んでいる学生が多いです。

 こうした思い込みから解放して、「自分はやればできる」「自分には可能性がある」と自信を持てるようにする。こういった日本女性のジェンダー意識の払拭は、女子大学の大きな役割です。そこは、いわゆるブランドが確立している一流校と違った役割だろうと思います。

 自分を卑下する癖がついてしまっている学生達に、自己肯定感・自己効力感を持たせるためには、大学時代に小さな成功体験を与えることが大事。そのために本学で注力するのがプロジェクト学習です。企業の方にも協力していただいて、社会と関連した様々なプロジェクトに携わる。現実社会と教室の理論の世界は違うということを知り、そのなかで自分に何ができるか模索することを経験させる。女性達を呪いから解き放つことに力を入れたのです。

─教育の具体的な戦略はどう置いていますか?

坂東:女性には自己肯定感だけでなく、戦う武器も必要だと思っています。もともと男性が作った社会に新参で入る女性は、「私はこれができます」という得意技を持って入っていかなければ評価されない。競合の多い分野に後からのそのそ行っても評価されません。日本の社会が必要としているけれど、まだ供給が十分ではない分野で、能力やスキルがあれば武器になる。

 それがグローバルに生きる力だと考えています。昭和女子大学では中国の国家重点大学である上海交通大学とのダブルディグリーに47名の学生がチャレンジし、34名の学生が取得しました。テンプル大学ジャパンキャンパスとのダブルディグリー制度も始まりました。語学力だけではありません。今までの日本社会の常識に絡めとられず、新しい価値にチャレンジできるグローバル人材を日本の企業や社会が必要としていますが、供給が絶対的に足りていません。女性にそれができれば、必要とされる人材になれるはずです。

 30~40年前の英文科の学生たちの夢は、商社員の奥さんになって海外生活をすることでした。今、国際学部の学生には、自分が駐在員になれるように精進しなさい、と言っています。私がオーストラリアのブリスベンの総領事を務めていた1998年頃、企業からの駐在員に女性の方はいらっしゃいませんでした。ところが3年前にお誘いがあってブリスベンで講演をしましたら、女性の駐在員がぽつぽつといたのです。20年経つと変わってきたなと思いました。

─宮内先生は神田外語大学に来て、どのような取り組みをされてきましたか?

宮内:実は最初、外語大学というカテゴリーにあることは学び自体に限界があるのかと思っていました。

 しかし、語学の勉強は半年勉強すれば必ず半年分の成果が出る。やればやっただけ自分の成長として刻まれ、成功体験を作ることができるんですね。すると自己肯定感が増し、ほかのことに対しての興味が湧いてくる。違うことにチャレンジしてみたくなる。留学もそうですね。新しい世界に出て行ったことが自信になり、自己肯定感を高め、次の挑戦への意欲となる。このように外国語学習というのはとても素晴らしい、学びの基盤となるものです。

 また、今やどんな大学・学部に行っても英語は必ず勉強します。しかし、AIの自動翻訳機能は日進月歩で進化しています。では、そういうなかで外国語を勉強するとはどういうことなのか。

 これからは中途半端な語学の運用能力では誰も評価しないのです。言語学を知ってものの考え方の違いを学ぶとか、言語によって発想が違うといって文化的なことを学ぶとか、またそれぞれの違いを単に批判や受け入れるだけでなく、クリティカルシンキングとして、鵜呑みにしないで自分なりに咀嚼して考える。

 こういった思考はグローバルに活躍する人材には必須です。そしてそのトレーニングをするには、語学は誰にでも開かれていて成長実感も持てる、とても素敵な入口なんですね。


神田外語大学 宮内学長


─神田外語大学では新しいグローバル・リベラルアーツ(GLA)学部を開設されましたね。

宮内:語学を勉強することによってその背後にある文化、歴史、政治的なものなど、「平和のためのグローバル教養」を、同じ英語でも地域ごとの表現や違いを感じながら学んでいく。多様な視点・視座を得たうえで国際的な課題解決に貢献する。高い目標を持って世界を見ることができるクリティカルシンカーを育てる。そういったトレーニングをする学部としてグローバル・リベラルアーツ(GLA)学部を作り、今年4月に新入生を迎えました。

 60人定員ですが教員数が多く贅沢で、経営的には赤字ですが、これを成功例として、語学+αやクリティカルシンキングができる若者を育てて、4年後には国際機関等に人材を輩出したり、大学院に進学させたりすることができればいいなと考えています。在学中にたくさん頭を使って思考し、考案し、企画し、設計し、アウトプットする。4年間のデルタ(差分)を最大化するため、怠けていてはだめだよ、君達は世界で一番勉強しない日本の大学生ではなく、最も期待される学生だよ、と伝えたい。

 プロジェクト学習も、実業界の人達との接点を多く設けたいと思っています。そのモデルは実は昭和女子大学のメンター制度等なんです。本学も女子学生が7割の学校ですので、女性にもっと自己肯定感を感じてもらおうと、女性のキャリアアップ講座も実施しています。

坂東:昭和女子大学は女子大学なので女性に当然力を入れていますが、神田外語大学では学生の3割は男子学生ですね。彼らは女性サポートする授業に参加していますか?どういう風に反応しますか?

宮内:人それぞれですね。外国籍教員が多いこともあり、多様性に対する理解が深く、LGBTやマイノリティーであっても自然にソサエティに加われる文化は醸成されています。この大学からビジネス、国際機関に積極的に出ていく人が増えるのではないかという自信が出てきているところです。

坂東:現在、国際機関で活躍する日本人の3分の2は女性です。その時に語学だけでなく、語学を道具として円滑に使いこなしながら、自分の専門性として何を提供するかということが大事ですよね。グローバル人材というのは現地に行って利益を出して競争に勝つ人ではなく、それぞれの社会が乗り越えようとしている課題を、現場で一緒になって汗を流して解決していくことができる人ですから。解決の方策において専門性も備えていなければいけません。

宮内:そのほかに押さえるべきこととして、今はSDGsが企業経営判断の1つの基準になっています。これは非常に健全なことです。人間や社会が幸せになる指標を企業が追及することで利益も上がるわけですから。

 職業倫理とリアリティを近づけていくアプローチがとても大事ですし、社会課題の解決を模索しないプレイヤーが排除され、全体として良い方向に向かうという仕組みにやっとなってきたのではないでしょうか。

 それだけ地球が危機に瀕しているとも言えるわけですが、学生にはそういう視点をベースとして持ってほしい。そういう視点で物事を見られるようになってほしいし、そのために新聞を読む等の基本的な行動を身につけてほしいですね。

坂東:確かに、社会のあり方は大きく変わってきていると思います。

 特にビジネスはこれまでアメリカ中心に、株主の利益を最大化することが経営者や所属員の役割だと言われてきましたが、2019年に米最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が、株主第一主義を廃し、全てのステークホルダーの利益を考えて社会的責任を果たすべきという趣旨の宣言を出しました。

 そういう潮流のなかで、女性が活躍できる素地は整いつつある。私は学生達に、昔の男性的な働き方やリーダーシップを目指すのではなく、これから必要とされている新しいリーダーシップのスタイルを目指してほしいと伝えたい。利益至上主義のトップダウン型ではなく、社会的価値を創出し貢献する、チームの構成員の特性を育てていくインクルージョン型リーダーシップもあるよ、と。本学の教育で新しいリーダーシップ育成ができれば、今後、本学のブランドの軸足となるでしょう。


昭和女子大学 坂東理事長・総長


─さきほど失われた20年というお話もありました。今、企業は大学をどう見ているのでしょうか。

宮内:企業と一般社会では認識に大きなギャップがあると感じています。企業というのは使いやすい人材、素直な人材を求めていると思われがちです。もちろんそうした側面がないわけではなく、冒頭に述べたように、これまでの採用実績がそうなっていた感も否めません。しかし実際には、企業が置かれている環境はグローバル化によって厳しくなっており、各社は生き残りをかけて戦えるクリティカルシンカーを求めています。であるのに、偏差値の高いところで素直に育ってきた学生が歓迎されると世の中は思っている。そこに大きなギャップがあります。

 その一方で、新学習指導要領を見ると、これからの人材に必要な力は「問題解決能力」や、問いの立て方や、解のない問題にどう立ち向かうかであると書いてある。要はどうやって頭を使うかという方向に舵を切っている。日本の教育理念は非常に正常化してきていると思います。

 ところが、それにまだまだついていけていないのが、もしかすると大学かもしれません。社会に対峙して課題解決のアプローチを具体的にとれること、そのために自分の問いを軸に学ぶこと。日本の大学にはこうした学びがまだまだ少ない。こうしたカルチャー全体を変えていかなければならないのかもしれません。

─人事の現場の偏差値重視の採用を変えていくための方法はあるのでしょうか?

宮内:経済同友会の会員企業にはクリティカルシンキングができる学生を採用してほしいと伝えています。

 そのほか、企業のエントリーシートに日経TEST、ニュース時事能力検定の結果を書く欄を設けてくれと訴えています。就活に必要となれば学生も勉強して新聞を読むようになる。また、「読んでいる新聞はThe New York Times、Financial Timesですか?」と質問する。そうするとその新聞を読むようになる。こういう誘導の仕方は企業のほうからできる話だと思います。

坂東:私も女子学生が企業を選ぶときは、初任給や育児休業だけでなく、きちんと自分を人材として「期待」してくれるか、ちゃんと責任のある仕事で「鍛え」てくれるか、そして「機会」を与えてくれるか。この3つの「き」のある企業を選びなさい、と言っています。

 企業を変えるインパクトとして学生ができることは少ないですが、それでも、初任給やきれいなオフィス環境だけではなく、やはり自分を人材として期待して育成してくれる企業が良いのだと学生たちが選択すれば、企業側も変わってくるのではないかと期待しています。

─日本には800の大学があり、個性がなければ生き残れないと言われています。社会から評価されるようになるにはどうしたらいいのでしょうか。

坂東:日本人は大学入試改革ばかり熱心ですが、卒業時のディプロマにも必要な項目を明確にリクエストしてもいいと思います。英語で言えばTOEIC©は最低650スコアなければ卒業できない等、ハードルを要求することも必要なのではないでしょうか。海外にはそうしたハードルを設けている大学も多くあります。卒業要件を客観的な視点で厳しくする。外部に見える化することによって学生も変わるし、この大学の卒業生はこの水準を全員クリアしているという確かなリアリティとなる。そうした客観的な学修成果をもとに、企業の評価も変わるのではないか。評判やブランドだけではなく、その裏づけとなる客観的な基準を大学に求めてほしいと思います。

─それが積み重なってブランドができるわけですね。卒業時の学生を客観的に評価する方法は企業の採用時にも難しいと思うのですが、点数化以外に何か評価する基準はあるのでしょうか。

坂東:今は就職試験段階で大学の成績を求める企業は少ないですが、大学ではFD活動も盛んに実施しており、成績は厳正につけているので、学校の成績も企業の方に参考にしていただきたい。社会課題に挑戦する教育を拡充し、どんな学びを積み重ねたか学生個人のポートフォリオで見えるようにしていきます。そうした活動実績・成績評価が企業に活用されると良いですね。

 また、本学では、素晴らしい成果を上げた学生を「Students of the Year」として評価しています。例えば上海交通大学の留学先でアンバサダーに選ばれた、留学生のトップに選ばれた、というような学生です。学生時代の努力や成果を大学がきちんと見える化することも大事です。



座談会の様子



─神田外語大学ではいかがですか?

宮内:ディプロマポリシーとカリキュラムポリシーは社会との契約です。学生の質の保証をしないことは社会契約違反といえます。内容は抽象的ではなく具体的に表現すべきでしょう。全体としてどうか、という視点よりも、それぞれの人間のそれぞれの4年間の付加価値、デルタが最大化するように考えることが大事です。全員同じように上げる必要はない。各自のデルタを最大化するために必要な仕組みは何か。教育はどうあるべきか。成果指標は何であるべきか。坂東先生が言われるようにTOEIC© を使うのも1つの手ですし、本学は外語大として、どの外国語でもCEFRではこの水準まで保証するといった視点が必要です。

 そしてきちんとしたカリキュラムを作るということ。学生の自主性を伸ばし、学習意欲を高める仕組みも大切です。カリキュラムは選択肢のメニューを増やすだけでなく、目標に到達するためのロードマップになっているかどうかも重要です。

 本学でこれから取り組んでいきたいと思っているのがゼミの充実です。本学ではゼミを選択する学生が全体の2割しかいません。1・2年は必修科目があるから学校に来るけれど、3・4年はアルバイトに精を出す学生が多い。これはもったいない。結果として奇策はなく、非常にオーソドックスなやり方だと思います。

 本学は語学を出発点としている大学ですので、少人数クラスが特徴です。高校時代、孤独感を味わっていたり、自信がなかったりした新入生が少人数クラスのなかで自信をつけていく。さらにお話ししたように、語学ができると自己肯定感が高くなる。そこに+αの学びを足す。これは何でも良いですが、学生個人の問いや興味に合うものを自分で決めてほしい。先生の指導を仰いで、先輩後輩とお互い切磋琢磨するような、そういう空間がたくさんできたらいいなと思っています。そうした協働を多く創出することが、他者との違いを踏まえたコミュニケーションを育むクリティカルシンキングの一歩でもあります。

─企業がディプロマポリシーで採用しようという動きを促すため、ディプロマポリシーをいかに分かりやすく社会に伝えていくかが大学の義務かもしれません。

坂東:おっしゃる通りです。本学でも3つのポリシーとキャリアデザインポリシーを作っていますが、どうしても抽象的な表現になってしまいます。具体的に何を目指しているかが分からないので、ぜひディプロマポリシーの中に客観的な基準を入れていくべきだと思います。カリキュラムポリシーも、選択の可能性を与えるとか、双方向の学びということが言われていますが、それを具体的にするためには、ゼミを何単位必修とか、反転授業や課題を出す、CEFR B2レベルを目指すといったことをもっと具体的に打ち出すべきかと思います。

 実際、オンライン授業になってからは、学修成果を意識して、教員がしっかりと課題を出すようになりました。対面授業に戻っても課題レポートを出すなどして、こうしたクオリティはきちんと担保していく。そういった大学側の姿勢が大事だと思います。

 ただ、マーケティングの観点から、あまりに教育が厳しい大学と評判になると学生募集がうまくいかなくなるのではないかと危惧する方もいます。私は、絶対にそんなことはない、学生は大学でしっかり勉強して、しっかり成長したいと願っていると信じています。そして、それに応える大学であるということが本学最大のブランドなのではないかと思っています。

─それぞれ大学の社会的価値を高めていくために、今後どんな取り組みを考えていらっしゃいますか?

宮内:「大学のユニバーサル化」という言葉があります。もはや大学を1つの概念で語るのは無理だと思います。

 大学の存在価値は1つではなく、それぞれの大学にはそれぞれの大学の使命があります。そして、繰り返しになりますが、学生一人ひとりの4年間のデルタをどれだけ最大化するか。これに注力することが我々の社会貢献だと思っています。

 坂東:まず学部でグローバルに活躍できる人材を養成する。語学だけでなく数理リテラシーを身につけることも不可欠なので、全学科が初年次から履修できるようにしました。それぞれ自分なりの武器を持って社会に送り出すということは変わりません。学生が社会の担い手になることを目指す教育に加え、今これから力を入れなければいけないと思っているのが、社会の方々の学び直しです。コロナ禍でオンライン化が進み、仕事をしながら大学院で勉強しようという人達が顕在化しているので、今年から福祉共創マネジメント、消費者志向経営の2つの社会人経営大学院をスタートさせました。

 一般的なMBAは色んな大学が手掛けています。本学ができることは何だろうと考えたときに、教育・福祉、食・健康安全マネジメントの学部を活かした経営大学院を目指すことにしました。社会で働いて得た現場の経験と知識を体系化するだけでなく、逆に現場の方達が直面している社会的な課題を大学が取り込んで一緒に解決に取り組む。そういう大学になりたいと思っています。

─大学の経営層に向けて、社会から見たときの大学の価値をどうすればいいのか、メッセージをいただければと思います。

坂東:日本の大学全体のブランドイメージを上げていくために、ぜひ力を合わせて教育内容を充実させていきましょう。

 社会から大学に対するイメージを変えていくには、私達が具体的な成果を上げていかなければなりません。18歳人口が減っていく厳しいなかでこそ、社会課題を解決する人材育成をすることで社会からの評価も高くなり、大学も生き残れるのではないかと思います。

 コストがかかっても中身の充実こそが最大のサバイバル戦略なのだと、大学経営者の方々と共有したいですね。

宮内:キーとなるのはオープンイノベーションだと思います。大学それぞれが徹底的に透明度をあげて、何を残し、何をやめるのかを決める。社会に対する価値を創出するには、1校ではできないかもしれない。経営者はもっとフランクに話さなければならない時代になると思います。一緒にやりましょう。さらに、日本だけでは無理です。昭和女子大学とテンプル大学のコミュニケーションは素晴らしいと思います。悲しいかな我が国は外圧がないとなかなか変われないというDNAがあるので、あらゆるソースを使ってオープンイノベーションを進めていく。これに尽きるかなと思っています。

 大学の中のディスカッションだけでなく、外部に徹底的に透明度の高い競争フィールドを作っていきましょう。


(文/木原昌子 撮影/小山昭人)


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社会的価値を高めるための 経営のあり方とは