新ブランド策定を契機に3ポリシーの再構築と検証体制を整備/武蔵野大学

武蔵野大学キャンパス


西本照真 学長

 本稿では、3ポリシーを見直し、とりわけディプロマポリシー(DP)の達成を目指す取り組みを進めている武蔵野大学の事例を見ていこう。「仏教による人格教育」を建学の精神に掲げる同大学は、ここ数年で新ブランド構築とそれを反映させた3ポリシーの再構築を進めてきた。それはどんなプロセスで進められ、具体的にどう使われているのだろうか。有明キャンパスに西本照真学長を訪ね、お話をうかがった。

教育改革の軌跡

 武蔵野大はここ20年の間、刮目すべき教育改革を断行してきた。最も象徴的なのは、既に本誌190号で取り上げた通り、20年弱で文学部単科の女子大学から、9学部(文・グローバル・法・経済・人間科・教育・工・薬・看護)16学科・9研究科からなる総合大学に変貌を遂げたことだ。1998年の現代社会学部設置を皮切りに、理事会のイニシアティブのもと、戦略的に学部・研究科を設置し、2012年には有明キャンパスを開設した。さらに、就職率・国家資格合格率といったアウトカムで着実に実績を上げているのも印象的だ。事実、20年間で学生数は2000人から8000人を超えるまでに増え、4倍以上の量的拡大を見せた。

 学部やキャンパスの設置だけではない。学内におけるミクロなレベルの教育改革も推進 してきた(図表1)。例えば、2010年度にスタートした「武蔵野BASIS」。全学部横断型の基礎教育課程だ。自己基礎力をつけるべく、「心とからだ」「学問を学ぶための基礎」「外国語」「自己理解・他者理解」の4つの分野をバランスよく学ぶことができる構成になっている。「自己理解・他者理解」の科目群には、「基礎セルフディベロップメント(リベラル・アーツ7科)」がある。哲学・現代学・数理学・世界文学・社会学・地球学・歴史学の7テーマを各3週間ずつ、講義とグループワーク形式で学び、最後にグループによるプレゼンテーションで学習成果を発表する。同じ科目群には「フィールド・スタディーズ」も設けられ、国内外でのフィールドワークやボランティア等の実体験を通して社会の課題を発見・解決する力を身につけ、主体的な学習者になることを目指している。これは、2015年度に採択された文部科学省の大学教育再生加速プログラム(AP)に基づく長期学外学修プログラムだ。

図表1 武蔵野大学における教育改革の軌跡

 そのほかにも、GPA・CAP制・4学期制・学習空間の整備等、学士課程教育を改善し実質化するためのソフト・ハード両面の整備が進められてきたことが分かる。量的拡大のみならず、質の充実した大学にすることを目指してきたと西本学長は説明する。そのコアとなったのは当然ガバナンスであろう。「この20年間で、理事会及び学長を中心に、ニーズの変化に迅速に対応する組織の体制や文化を軌道に乗せてきました。もちろん、学部・学科の意見を反映させながらですが、中央主導の計画がなければこれだけ精力的な改革は不可能だったでしょう。全学に関わる重要事項は学長主導で一体的に進めてきました」と西本学長は語る。

新ブランドステートメント「世界の幸せをカタチにする。」

 さて、武蔵野大は2016年、新たなブランドステートメントを策定・公表した。もちろん、これまでにブランディングがなされなかったわけではない。2003年、「目覚め」「つながり」「ひろがり」の3つの要素から構成されるブランドアイデンティティを発表している。「無数の縁からなる自己と社会に目覚め(Awakening)、共創できる実践力を鍛え(Link)、次代を切り拓く(Growth)」が基本目標だった。確かに仏教精神を反映したキーワードが用いられ、武蔵野大のアイデンティティを示すものである。しかし、「文章がやや長く、頭にすっと入ってこない。武蔵野大学らしさをもっと分かりやすく伝える、宣言のようなものが必要だった」と西本学長は語る。

 新たなブランド策定のプロジェクトが始動したのは2年前。2014年5月、20名の若手教職員が集まって教職協働のプロジェクトチームが結成され、今年(2016年)1月までに都合14回に及ぶワークショップで議論が重ねられた。しかし、当時既に9学部の総合大学となっていた武蔵野大にとって、網羅的に共通の言葉を作り出すのはなかなかに難しかった。学生・地域・企業の声に耳を傾け、今日的な言葉で発信すべく努めたと学長は言う。このプロセスから誕生したのが新ブランドステートメント「世界の幸せをカタチにする。」だ。2016年2月には有明・武蔵野両キャンパスで新ブランド学内発表会も開催した。新ブランドのお披露目、プロジェクトチームによる宣言、ブランドビジョンに関する教職員のワークショップ等が行われている。

図表2 新ブランドマーク

 では、「世界の幸せをカタチにする。」という宣言にはどんな思いが込められているのか。近代文明は技術発展を中心に、効率化・情報化・快楽・利便性といった形として分かりやすい「幸せ」を追い求めてきた感が否めない。「生きとし生けるものが幸せであるために」という仏教精神を踏まえ、もっと根源的なところに踏み込んでいくべきと学長は強調する。世の中には不幸な出来事も多いが、ただ幸せを願うだけで留まるのか、何か自分にできることを探して行動に踏み出すかでは大きく違う。「形」ではなく、「カタチ」とカタカナで表現したのも、物質的なものだけでなく、形のないものも包摂させるためだ。「世間受けする幸せ作りをしますよというのでなく、もっと力強い、動きのあるメッセージを発信したかった」と西本学長は述べる。

新ブランドステートメントは、3つの柱(「感性を磨き合う」「知恵を開き合う」「響創力を高め合う」)からなるブランドビジョン「響き合い、高め合うスパイラル」を通して具体化され、さらに、大学のイニシャル「MU」で作られたブランドマークには、武蔵野大に関わる全ての人々が生み出す多彩な「世界の幸せのカタチ」が象徴的に表現されている(図表2)。 

3ポリシーの再構築のための体制とプロセス

 こうした「新ブランド」の策定が、冒頭の3ポリシーの再構築にもつながったのである。ともすればロゴの類は広報用のツールとして捉えられがちだが、武蔵野大の場合は大学のスタンスを体現するメッセージとして集約させたからこそ、その世界観の体現者を育成するためのマイルストーンとして、3ポリシーの再構築へとスムーズに連結していったのだ。

 もとより武蔵野大では2010年度に全学カリキュラム改革を実施し、3ポリシーが策定されていた。しかし、所要単位や卒業要件を中心にする学科や学則の「人材育成目標」を中心に記載する学科がある等、必ずしも理解が統一されていなかった。結果的に「出口でこういう力を備えた学生を輩出するという方針が必ずしも明確でなく、成果に対する検証が難しかった」と西本学長は言う。

図表3 ディプロマポリシー作成手順、図表4 全学DPとそこで定義されている能力

 そこで2015年5月、学長を中心に、副学長・教務部長・学生部長・キャリア開発部長・教養教育部会部長・大学事務部長・学務課で構成された「ディプロマポリシー検討会」を発足させた。検討会が主導したDPの作成手順は図表3の通りだ。DPの課題抽出から始まり、意見募集・ヒアリング、学部・学科への策定依頼、そして検証フローの構築まで、丁寧なステップが踏まれている。

 このプロセスの中で策定されたのが、図表4に示す全学DPだ。新たなDP作成にあたっては、まず「新ブランドステートメントを具現化した戦略となるもの」が目指され、両者の関係性に注意が払われた。さらに、学士力や社会人基礎力等を参考に、大きく4つの力(①知識・専門性、②関心・態度・人格、③思考・判断、④実践的スキル・表現)が設定され、各「力」はより詳細な能力要件として整理がなされている。

 こうして全学のDPが定まれば、次は、各学科の3ポリシー策定(見直し)が必要になる。各学科には、全学DPを参照しつつ「学生や受験生に理解されやすいように」ポリシーを策定するよう依頼され、次のような具体的なルールが示されている。すなわち、①学生を主語とする、②文末には行為動詞を用いる、③一文に複数の行為動詞を混ぜないことが望ましい、④文末の行為動詞は、「習得する」「身につける」といった未来形ではなく、「習得している」「身につけている」というように、卒業段階で達成された状況を示す言葉で記載する、といった具合だ。

 CPの作成についても、「DPに基づき、DPで挙げている項目を身につけるために、『**学』を学ぶ、『**』履修モデルを選ぶ、『**』コースを選択する、『**』プログラムを準備している、としてください」というように具体的指示が出されている。

 こうして、全学の3ポリシーを各学科に落とし込むとどういった形で表現できるのかを、全学と学科のポリシーを対照させたリストで整理する作業が進められた。各学科から出されたものについて、カリキュラム改革委員会が全学DPを矛盾しないかチェックし、学科と意見交換しながら改善を行ってきたと学長は説明する。

授業評価を活用してDP達成度を検証

 といっても、これでもう問題がないというわけではない。DP達成のための取り組みを拡充する必要があると西本学長は述べる。西本学長は、学長就任早々の今年4月、従来のカリキュラム改革委員会を廃止し、学長主導の「教育改革推進会議」を立ち上げた。カリキュラム・教育組織及び支援体制等、教育改革に必要なあらゆる事項を議論する場だ。この会議で、DPを達成していくための具体的な取り組みとして、例えば「初年次ゼミ」の全学導入、さらにできれば、4年間を貫く少人数ゼミの導入可能性も検討していきたいと学長は意気込む。

 さらに、DPを絶えず見直すためにDP達成度の検証を行うべく、カリキュラムチェックリストを作成して、DPと各科目の到達目標とを対照的に「見える化」させている。全学DPで規定する4つの力のどれを育成しようとしているのか、その相関を◎や○で示すものだ。さらに、各授業科目には学科DPに基づく到達目標があらかじめ設定されている。こうすることで、全学DP─学科DP─授業科目が一つの線で結ばれる。

 この推進を支えているのが、毎学期行われる授業評価アンケートだ。武蔵野大ではこれまで、個々の教員に結果を戻し、それに対する感想を出してもらう等、教員の改善努力に委ねるだけであった。しかし、授業一つひとつの実践を通して学生の成長が促され、それが最終的にDPの達成につながると考えなければ、DPはレトリックに終わる。そこで武蔵野大では、IR機能を担う教育改革推進室が中心となり、全学DPの4つの力に対応した形の授業評価アンケートを実施した。学生達の成長実感の把握を通して、大学が目指すDPの達成度が定量的に検証できるものにしたのである。教員は、自分の授業がDPとどう関係し、その達成にどう貢献しているのか常に確認することが可能だ。

 それだけではない。各学科でFD研修として、各授業の到達目標がDPに照らし合わせてどれほど達成できているか、授業評価アンケートの結果について議論してもらう場とする取り組みを今年度から始めた。関連データは前述の教育改革推進室から提供される。まずは、昨年度3・4学期の結果について全学科単位でFDの議論を行ったという。これにより、現場の授業評価の結果に基づいて改善を進めていくサイクルが少しずつ回り始めたと学長は感じている。今後は、春と秋に学科ごとにFD研修を実施し、取り組みの事例共有やGood Practiceを全学で共有する予定だ。実際に作業を進めるのは大変だが、DPを検証するPDCAサイクルがうまく循環していくことに西本学長は期待をかける。

 今後の課題は、卒業・修了時点でのDPの達成度の検証だ。国家試験がある資格系学部はよいが、それ以外でどのようにDP達成を測るか。一つの可能性として、少なくとも必修科目を中心に、卒業試験を実施するということも考えられる。もちろん容易ではないが、教育改革推進会議を通して検討していければと学長は語る。こうした学修成果の可視化は、規模や分野を問わず、日本の大学にとっての共通課題である。この20年、果敢な挑戦を続けてきた武蔵野大だ。新たな挑戦を見せてくれることを期待したい。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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