東日本大震災を経て戦略的に推進する地域貢献型の大学づくり/東北学院大学

東北学院大学キャンパス


 2011年3月11日の東日本大震災は、東北地方を中心に日本社会に未曽有の災厄をもたらした。7年を経た今年3月時点でも避難者は7.3万人に上り、原発事故も依然終息していない。復興が着実に進みつつあるといっても、東北地方は未だ傷を負ったままだ。当然、3.11大震災は東北地方に所在する大学を大きく揺さぶり、自らの存在意義について改めて問い直しを迫るものだった。特に復興に向けて取り組む地域社会に大学がどう貢献できるのかが切実に問われた。

 宮城県仙台市や多賀城市にキャンパスを有する東北学院大学(以下、東北学院)にとっても、3.11は大きな転換点となった。自ら被災しながらも、3.11後、学際的に震災を考察し発信する「震災学」を立ち上げ、様々な公開講座の開催、「災害ボランティアステーション」等による実践を通して、復興という観点から地域への精力的な貢献を展開してきた。それは結果的に、東北学院が今後の方向性を構想する契機となり、そのための基盤を形成することにつながったようにみえる。東北学院は2016年、法人全体の中長期計画「TG Grand Vision 150」を公表し、これからの20年間の見取り図を示した。

 この中長期計画によってどんな未来を描き、大学をどう変えていこうとしているのか。東北学院の土樋(つちとい)キャンパスに松本宣郎学長を訪ね、お話をうかがった。

東北地方を代表する私立総合大学への歩み

松本宣郎 学長

 東北学院の歴史は、1886(明治19)年、押川方義(初代院長)、米国ドイツ改革派のW.E. ホーイ(初代副院長)やD.B.シュネーダー(第二代院長)らによって、キリスト教伝道者育成を目的に創設された私塾「仙台神学校」に始まる。創設5年後の1891年には普通高等教育の提供を開始し、これを機に「東北学院」と改称され、現在に続く基礎が築かれた。

 東北学院の草創期を形成した3人の校祖によって定位された建学の精神が、宗教改革の「福音主義キリスト教」の信仰に基づく「個人の尊厳の重視と人格の完成」の教育だ。爾来、東北学院は、一般の教育・研究活動に加え、福音主義キリスト教に基づく宗教教育を重視し、正課内においては礼拝とキリスト教教育の実践を伝統としてきた。

 東北学院は戦後の学制改革によって「大学」に昇格し、その後の歩みは次の通りだ。専門学校時代の文科や商科の経験を継承する文経学部でスタートし、1960年代には工学部を含むいくつかの学部増設・改組に取り組んだ。その後も教養学部(1989年)、経営学部(2009年)の新設や学科改組を進める等、時代の変化や要請に応じた教育組織の適正化を図ってきた。2018年4月には、地元に多くの中高英語教員を輩出してきた実績も背景に文学部に教育学科が設置され、小学校における教科としての英語導入を見据えた教員養成課程の整備が進んでいる。

 こうして東北学院は2018年現在、文学部、経済学部、経営学部、法学部、工学部、教養学部の6学部16学科、学生数約1万1000名余りを擁する東北地方唯一の私立総合大学へと成長を遂げた。

人口減少に向けた危機感が背景に

 こうした沿革が示す通り、東北学院は長い歴史を通して多くの卒業生を輩出、東北地方では名前が知られるようになり、学生集めにもさほど苦労はなかった。「恵まれた大学」だったと松本学長は述べる。なるほど、メインの土樋キャンパスは、JR仙台駅や地下鉄五橋(いつつばし)駅からも程近い繁華な仙台市中心部に立地し、国の重要文化財に指定されたデフォレスト館(旧宣教師館)をはじめ複数の登録有形文化財を有する等、華やかさと落ち着きが共存する学習環境となっている。さらに2016年3月には創立130周年を記念して「ホーイ記念館」が竣工し、ラーニングコモンズやカフェを併設した地域開放型の学習施設も仲間入りした。

 そんな歴史に裏打ちされた多くの好条件は、東北学院にとって明らかに強みだ。東北地方における私学の雄と呼べる大学へと成長し得た要因もここにある。しかし裏を返せば、自らを顧みて新たな打ち手を考えていこうとする切迫した気運やインセンティブを欠く環境にあったとみることもできる。松本学長自身、東北学院は「残念ながら、鋭さや尖ったところのない大学だった」と振り返る。変化の激しい競争的環境下、強みは容易に弱みに転じかねないし、20世紀での成功経験が21世紀に通用するとも限らない。

 事実、2000年代以降、東北学院を取り巻く高等教育環境が大きく変化した。国立大学法人化が実現し、先進的な私立大学では中長期計画を策定する等、企業的大学運営を志向する動きが見られるようになった。それは、東北学院に自らの立ち位置の見直しを迫るものであり、次第に危機感が高まったという。

図表1 志願者・入学者の推移(2012~2018 年度)

 確かに、図表1に見る通り、震災後も志願倍率は4~5倍の間で安定的に推移していて、志願者数は若干ながらも増加傾向にさえある。これだけ見れば依然安泰と言えなくもない。しかし、「2018年問題」に象徴されるように少子化が深刻化していく時代、なかでも東北地方は他地域に先駆けて人口減少が進む地域に当たる。2017年度入学者(2668名)をみると、東北地方出身者が全体の97%、宮城県出身者だけで64%を占める。将来の人口動態を考えれば安閑としていられる状況にはない。

 そう考えたとき、生き残りや個性化・差別化に向けた方略の必要性が認識された。2014年、中長期計画策定に向けた検討が動き始めた。およそ2年の検討期間を経て完成したのがTG Grand Vision 150だ。同ビジョンが目指すのは、「伝統の中から新しい東北学院を創造すること」、つまり、東北学院が培ってきた伝統を保持しつつも新しいTG ブランドを確立し、キリスト教に基づく人格教育や教養教育を施し、専門性を身につけた人材を地域に輩出していくこと、松本学長はそう語る。

TG Grand Vision 150の策定と実施

 2016年3月、東北学院中長期計画であるTG GrandVision 150(以下、TGGV150)が理事会で承認された。そもそもTGGV の検討・策定は2014年度から開始されたが、それを主導したのは、法人理事会の下に新たに設置された「企画委員会」だ。メンバーは、総務担当常任理事を委員長に、常任理事、学長、副学長、中・高校長、榴ケ岡高校長、幼稚園長、法人事務局長、部長ら15名程度で構成された。ただ、TGGV150の実質的な原案作成は、同委員会の下に8名からなる「作業部会」を作って進められた。そのサブチーフを務めた原田善教点検・評価担当副学長(当時は学務担当副学長)によれば、作業部会で検討・作成した原案を企画委員会との間で何度も往復させながら、最終的に理事会で承認される形に仕上げていったという。

 こうして2016年から動き出したTGGV150 は、創立150周年に当たる20年後の2036年を見据えつつ、東北学院全体についてブランド力のさらなる強化を目指すものだ。「新しいTG ブランドの確立」を基本戦略とし、期間全体を通したビジョンとして「ゆたかに学び 地域へ世界へ─よく生きる心が育つ東北学院─」を掲げる。

図表2 TGGV150 第Ⅰ期が掲げる5 つの領域と基本施策

 TGGV150が対象とする20年間は、ビジョンの実現とTGブランド確立を目標に、第Ⅰ期~第Ⅳ期の4つの中期計画期間(各5カ年)に区分されている。例えば、第Ⅰ期の基本施策は図表2の通りだ。当該5年間で達成する施策が、「教育・研究」「社会貢献」「教育環境」「組織運営」「学生・生徒募集、広報」の5領域で整理されており、そのうえで、法人、大学、中学校・高校、榴ケ岡高校、幼稚園等がそれぞれに中期計画を策定する構造となっている。さらに、この中期計画とは別に、安定的財源の確保、収支の均衡、適正な経費配分を目指した財政運営基本方針である「中期財政フレーム」(各3カ年)が動いており、中期計画の実施を支える財政的裏付けも担保されている。

 それでは、こうして設定された各期の基本政策は、いかに具体的な取り組み内容に落とし込まれ、実施に移されるのか。さらに、その進捗はいかなる体制の下でチェックされているのか。大学について見ると、そのプロセスは次の通りだ。

 大学では、この第Ⅰ期に体系的・一体的な3ポリシー(DP・CP・AP)を新たに策定・実行し、高大接続教育の充実による大学教育の質的転換を最重要課題とする一方、5領域にわたって80の実施項目(教育・研究25、社会貢献8、教育環境24、組織運営14、学生・生徒募集・広報9)が設定されている。これらは、学内の各関連部署によって年度ごとの具体的な事業計画に落とし込まれるが、さらに企画委員会が一覧表に収集・整理し、学長・副学長が各事業について予算化の必要性を検討する。その検討結果は、その後再び企画委員会に戻され、財務部が予算化することで各年度の事業計画が固まり、実施に移されていく。

 進捗については、実施責任を有する学部や部署がその実施状況を毎年主体的にチェックし、各現場から上がってきた結果を企画委員会が大学学長室インスティテューショナル・リサーチ(IR)課によるデータを用いながら精査するという手順がとられている。もし企画委員会において実施・進捗に問題があると判断されれば、次年度予算化されないこともあるのだという。こうして、企画―財務―実施に係る各部署の間を往還させることによって、最終的に5年間の中期計画できちんと事業が達成されるよう促しているというわけだ(図表3)。

 さらに、毎年度の事業計画に関しては、学長によって大学全体と5つの領域別に重点項目が設定されていて、それらは、学長が議長を務め、学部長や法人役員で構成される「教学改革推進委員会」において点検・評価が行われている。そして、同委員会における検討結果は、毎年3月に開催される「全学教員会議」で共有化が図られるのだという。

図表3 TGGV150 の実施・点検のための組織体制

地域に開かれ、地域に貢献する大学へ──アーバンキャンパス構想

 松本学長は、東北学院が今後「鋭さ」を打ち出そうとすれば、TGGV が規定する5領域のうち「社会貢献」、つまり地域社会に有為な人材を供給することが主たる柱になるだろうと述べる。もちろん、東北学院はこれまでにも多くの人材を地域に送り出していて、卒業生18万人のうち半分以上が仙台を含む東北地方で活躍しているという。今後は、地域への愛着やモチベーションを持ち、地域を活性化できる人材の育成に取り組んでいきたいと学長は語る。

 確かに、東北学院は近年、地域貢献を着実に推進・拡大してきている。冒頭でも触れた災害ボランティアステーションは3.11後、東日本大震災からの復興のハブとして機能し、その貢献が全国的にも注目され、2016年には「大学間連携災害ボランティアネットワーク」の構築へと結実した。さらに、地域人材育成については、2014年に文部科学省COC事業に採択された「地域共生教育による持続的な『ひと』づくり『まち』づくり」と、翌2015年のCOC+事業「みやぎ・せんだい協働教育基盤による地域高度人材の育成」を通して、地域活性化と地域人材の育成が推進されている。また、地域福祉を支えるコミュニティソーシャルワーカー(CSW)のスキルアップを目指す履修証明プログラムも開発・提供されている。

 それだけではない。東北学院の地域における挑戦は新たな段階に入りつつあることにも注目したい。TGGV150の重点項目にも位置づけられた「アーバンキャンパス構想」がそれだ。

 東北学院は土樋キャンパス(仙台市青葉区)に加え、泉キャンパス(同市泉区)、多賀城キャンパス(多賀城市)の3キャンパスを抱えるが、5年後の2023年を目途に仙台都心部の五橋地区に新キャンパスを設置する計画だ。教養教育型の総合大学としての魅力を発揮するため、泉と多賀城にそれぞれ置かれた教養学部と工学部を移転させ、伝統ある土樋キャンパスと新設の五橋キャンパスを一キャンパスとして集約していくという。

 歴史的事業といえる新キャンパス構想に関しては、学内に10の作業部会を設置して広く意見を集約しながら検討を進めてきているという。目指すのは、学都仙台における交流拠点として市民に開かれた都市型キャンパスだ。地下鉄南北線五橋駅の地下コンコースとも直結する予定で、アクセサビリティが格段に向上する。そんな利点を最大限に活かし、これまでに培ってきた地域社会との点と点による関係を、太い線でつないでいきたいと松本学長は期待する。

 東北学院は今、3.11の試練を経て次なる20年を見据え始めている。留学生数が少ないといったグローバル化対応の遅れ等の課題を抱えてはいるが、もとより地域社会の多文化化が進んでいく時代だ。中期計画を一つひとつ愚直に達成していったその先には、地域に根を下ろし、多元化する地域課題の解決に貢献できる地方大学モデルの姿があるに違いない。

(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)



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