社会課題をアート・デザインで解決する「超・美大」を目指して/東北芸術工科大学

東北芸術工科大学キャンパス


中山ダイスケ 学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあると言えるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長および改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索するなか、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、「絵がうまい子が入る大学ではない」「社会の問題を解決するのが美大です」「就職内定率は90%以上」等、美大の常識を次々と覆す東北芸術工科大学で、中山ダイスケ学長にお話をうかがった。

地元密着でクリエイティブセンスを生かす

 東北芸術工科大学が公設民営方式で山形市に開学したのは1992年。当初は、丘の上に不思議な大学ができたとしか思われていなかった、とも伝わる。しかし、それから15年を経た2007年、アーティスト・アートディレクターでもある中山ダイスケ学長がデザイン工学部教授として赴任したとき、チャンスを感じたのは、地元との密着度だった。「この街には、電通・博報堂も、ソニーやサントリーも、有名デザイン事務所もない。だからデザインやアートを勉強した人が、あらゆる街場の事業所に入っていき、高度なデザイン技術やクリエイティブセンスが街に活かされていくのです」。

 西日本出身で、東京やNYを拠点に活動し、東北には縁のなかった中山学長は、「東北の人って東北が大好き。ここで働きたいって人が本当に多い」と発見する。「東北から出ない人達がこの街場に着地して面白いことをするために、この芸術大学があると、街の人から信頼され期待されている。これは珍しいシーンで、新しいスタイルの美術大学になると思いました」。

 中山学長が就任した2018年に自ら手がけた大学案内は『超・美大』というコンセプトブック。「美大を超えていこう」というそのコンセプトは、「美大ヒエラルキー」のトップに立つ旧帝国美術大学による「美大教育のフォーマット」から抜け出したことを意味している。「本学には、絵がうまい子が入るのが美大だっていう概念すらありません。『社会の問題をアート・デザインを通じて解決する』それが美大がやることだと考えています」。

 その一方で旧来の美大教育を評価している部分もある。「座学が多くてときどきフィールドワークがある一般大学と違って、美大はほぼフィールドワークで、それを補足するように座学がある。これは、今一番新しい学び方である『探求型学習』そのものです」。

美大ではない一般大学が併願校に

 東北芸術工科大学のホームページには、「『想像力』と『創造力』を育み、確かな『就業力』へ」というページタイトルがついている。「就業力」をうたうのもまた、美大を超えている。「昔の美大教員というのは、言葉は悪いですが、芸術家やクリエイター崩れの人達。社会をあまり見たことがなく、社会進出の方法を教えられる大人ではなかった」。企業経験のない一般大学の教員にもある程度当てはまりそうだが、就職希望者の少なさを誇らしげに語るような「浮世離れした美学」が、かつての東北芸術工科大(芸工大)を含む美大の特徴だったと中山学長は言う。

 「それが、僕のようにリアルな社会経験のあるデザイナー等が教員として入ってき始めて、もっとリアルなこと、社会が求めていることをしようと言い出した」。

 「学ぶと働くをつなぐ」方向へとまず意識が変わってきたというより、社会とつながる教員の増加が、大学全体の行動を変え意識を変えてきたのだ。そんな芸工大だから、もはや教員は「芸術家崩れ」ではいられず、「入口・中身・出口」の3つの任務が課せられる。入口は高校生に対するプロモーション、中身は専門の教育、出口は学生を着実に社会に出すこと。教員採用の時点から「3つのうち何かしかできない人ではなく、野球でいえば内野ならどこでも守れる人を採用する」と明確だ。

 美大では珍しい「出口」への取り組みが始まる背景には、「入口」でのこんな出来事もあった。オープンキャンパスに来場した高校生に自由回答形式で併願先を尋ねたところ、美大ではなく、東北学院大、山形大、東北福祉大等があがってきたのだ。「東日本・北日本の、僕らがライバルだと思っていなかった一般の大学がライバルだった。それを見つけたときに、美術部ばかりでなくいろんな学生を呼び込まねば。マーケットは大きいぞと感じました。一般の大学が何をしているかを謙虚に見てみよう、就職率も一般大学並みにしようと」。

就職率・進路決定率という数字で可視化

 2009年頃から、社会とのつながりを就職率・進路決定率という数字で可視化する取り組みが始まった。

内定率推移グラフ

 具体的にはまず、月1回だった学科会議を週1回にして、各教員が現場で預かる学生の進路活動状況を報告し合い、名簿を見ながら一人ひとりチェックしていく場にした。2012年頃からは代表教授会も月1回から月2回に増やし、時間の大半を進路指導とキャリアサポート設計に当てた。「何々学科は20人中3人しか先週の就活イベントに出席させていないが、ほかにどんな指導をしているのか」といった、具体的なやりとりで、「しないのが当たり前」だった進路指導を、「するのが当たり前」にしていった。

 「でもそれが大変で。特に芸術学部は、彫刻や油絵などを専門とする教員の抵抗感が最初はなかなか大きかった。『美大で就職率とか言いだしたら終わりだ』『また就活とか言うのか。美大でしょ、ここ』とか。

 そういう先生達を、『あなた自身、大学教員という職を得て定期的な収入があるから、作家として個展を開けるのでしょう。そのように、何かをしながら芸術を続ける方法を学生に教えてください』と説得して、だんだん意識が変わっていったというのがあります」。

 同じ時期、キャリアセンターの充実も進んだ。学科コースごとに担当職員が配属され、教職協働でキャリア教育をする体制を作った。

 「教員1人あたり学生3~4人、僕は多い方で8人か9人ですが、その一人ひとりの詳しい就職データが手元にある。誰がどこの会社を受けて、何日に一次通ったとか、二次の面接がいつあるとか。キャリアセンターに届いた情報もすぐに共有されます。さらにそれを、LINEで学生本人と共有して、デザイン面接前にはデザインチェックしたり、『そこを受けるなら、日経のこの記事は読んでおいた方がいいよ』とかアドバイスを送ったりします」。1学年600人という規模だからこそのきめ細かさだ。

 成果が出るのに時間はかからなかった。「実績が出やすい学科があるのです。建築・環境デザイン学科、グラフィックデザイン学科、プロダクトデザイン学科あたりから、大手メーカーに毎年、デザイナー職として採用される。そういう成功事例を作って見せながらやっていきました」。

 2013年には就職内定率(内定者数÷就職希望者数)が87.2%となり、目標をほぼ達成した。美大としては驚異的な数字だ。2019年度は全学で97.1%。就職率(就職者数÷(卒業者数-大学院等進学者数))でみても、多くの美大が60~70%前後のところ、2016年度には芸工大は88.3%と群を抜いていた。

約7割が“クライアント”のいる授業に

 しかし中山学長は「改革によって、学生の就業意識が高まったのではありません」と言う。社会におけるアートとデザインの重要度、必要度が高まったため、自然にそうなったというのだ。そして「自分が改革に貢献したとすれば、産学連携を積極的にやったこと」と続ける。「出口」ではなく「中身」の改革だ。

 「産学連携の依頼が大学全体で年間約100本ある。それを活用して100%の授業にクライアントがいる状態にしようとしています。今、7割くらいがそういう『ゴールのある授業』になっています」。これまでの演習は「こんなコンサートがあったとする。ポスターをイメージして作れ」という机上の空論。そうではなく、現実のコンサートを開く企業をクライアントとして、ポスターの依頼を受けてそれを作る。

 社会とのつながりの観点では、東日本大震災の現場体験も大きかったという。「被災地に支援に行った学生が活用したのは、若さだけではなく、アイデアでした。普段やっているクリエイティブが、避難所を豊かにしたのです。仮設住宅がみんな同じような家だからと、家族にインタビューして、家ごとに個性のある表札を作ったのとか、小さなことですけど、すごく喜ばれました」。被災した人に喜ばれる経験をして、学生は大きく成長した。その後も、イベント企画や被災地マップ作り等、自発的な動きが続いているという。

 「不謹慎かもしれないけれど、震災の時にものすごく、僕ら大学と現実の社会が接続できたと感じています」。

現実に動く事業を地域の大学間連携で進める

 今後のビジョンについて中山学長は「現実に動く事業を作らないと継続しない。今一番取り組みたいと思っているのはそのこと」と言う。

 そんな事業の1つは街づくりへのより積極的な参画だ。「山形は全部の課題が集まる課題先進県です。例えば人口減少と少子高齢化の進むなか、遠隔地に分散している高齢者を街の中に住まわせることが課題になっている。その1つのモデルとして山形大と共同で始めているのが、山形駅近くのある一帯の空き物件を一括で借りとって、リノベーションして山大生と芸工大生の寮にするプロジェクトです。数百人の学生が住む学生街をクリエイトして、その賑わいに憧れて山大や芸工大に来てくれる人を増やそう、と」。

 もう1つはインキュベーションセンターの設立だ。「せっかく勉強したクリエイティブを活かせる仕事がここにないので、東京や仙台に嫌々行く卒業生がいるんです。『水がまずい』とか『ゴキブリがいる』とか、泣きのメールが毎月のように届く。そんな若者を山形で起業させたい。山形大と一緒に、公的な資金も入れて地元に小さな会社が起業できる基盤を作ることを考えています」。

 「ここにしかない価値」を作り出そうとしているのですね、と中山学長に問うと、「かっこよく言うとそうですが、大学だけ、うちの法人だけが何かするのはやめました」と返ってきた。「山形大とも、東北学院大とも、酒田の公益文科大とも組む。本学は、連携を提案しやすい大学だと思います。みんなで盛り上げないと、街自体が死んでしまう。そういうことを一所懸命取り組んでいるところです」。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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