地域主義を掲げ多様な人々の共生社会のエンジンとなる/大正大学 社会共生学部

POINT
  • 1926年に日本唯一の複数宗派による仏教連合大学として設立。2026年に100周年を迎える
  • 建学の理念「智慧と慈悲の実践」、教育ビジョン「4つの人となる」の中で「慈悲」「自灯明」「中道」「共生」を人として目指すべき方向性として示す
  • 地域創生学部、心理社会学部、人間学部、文学部、表現学部、仏教学部の6学部を展開し、2019年度公表志願者総数は1万1636人


大正大学は2020年人間学部を改組し、社会共生学部を設置する。改組に至った設置の趣旨と背景にある課題意識について、東京都西巣鴨のキャンパスを訪ね、専務理事の柏木正博氏にお話をうかがった。

人間が幸せに生きられる社会を実現する

 社会共生学部のもととなった人間学部は1993年に設置され、仏教学科・人間福祉学科・社会学科で構成された。2009年に人間福祉学科がアーバン福祉学科(2013年に社会福祉学科に改組)と臨床心理学科に改組されたが、概ね福祉が中核となる多様な領域を扱い、「人間が幸せに生きられる社会の実現」をテーマに取り組んできた学部学科である。しかし、「人間学部開学から20年以上が経過し、当初のテーマと現代の状況を比べると、教育・研究の観点で些か学問領域が縮小してしまっている。それが今回の改組の一番の理由です」と柏木氏は言う。また、受験生や企業等から見て、人間学部自体の教育目的や学習内容が分かりにくいとの声が多く、300人の定員に対して訴求力が必ずしも強くないことも決断を後押しした。「今一度学問領域を明確にし、時代に合わせて学部のミッションを再定義する必要があるのではないかと、学内で何度も議論を重ねました」(柏木氏)。

 一方で、大正大学は2012年に第2次中期マスタープラン「首都圏文系大学においてステークホルダーからの期待、信頼、満足度No.1をめざす」を策定した。2018年には第3次中期マスタープラン「大正大学の魅力化構想とそれを実現するための働き方の改革」を公表し、時代や社会の急激な変化に対応した大学改革を推進している。

 中期マスタープランに示される「大学の魅力化」には様々な側面があろうが、どの学問領域で人材育成するのかというのはひとつの大きな指針になろう。大正大学が打ち出す方針は「地域主義」である。柏木氏は言う。「我々は小規模大学の強みを活かした独自性を構築したい。それが『地域』というテーマです。我々のルーツである仏教学は檀家制度に代表されるように地域が基盤であり、地域課題を教育研究するのは親和性も高い」。その方向性の1つの結晶となったのが2016年に開設した地域創生学部である。

東京 巣鴨で学んで地域に帰す循環を長期フィールドワークを軸に構築する

 地域創生学部は「地域は国家を支える基盤である」との認識のもと、地域に新しい価値を創出する人材を育て、地域再生に寄与する目的で設置された学部だ。「東京 巣鴨で学んで地域に帰す」とのコンセプトで、東京で地域課題解決を学び、卒業後地方で学びを活かすという循環を提案。積極的に「現地で学ぶ」方針から2014年設置された地域構想研究所がハブとなって90あまりの自治体や団体等と協定を結び(2019年12月末現在)、学生は環境整備のなかで1~3年次に合計168日もの期間、地域実習に出るという。研究所が発行する月刊誌『地域人』では地域の最新情報や学生の活動状況をリポートしており、日本全国15か所の自治体で行われる地域実習も定着しつつある。その甲斐あってか、2020年3月卒業予定の一期生のなかには自分が実習した地域で内定を獲得した者もおり、地域リーダーとして活躍する道を歩み始めているという。「首都圏の大学が地域志向の教育をやればもっと地方は盛り上がる」と同研究所副所長でもある柏木氏は断ずる。社会共生学部公共政策学科はこのスキームを活用したラーニングスタイルで、第3クオーターは丸々フィールドワークという「現場に出る」カリキュラムを展開する。公表されている届出書類には、新設学部の目的に「建学の理念に基づいて、『社会共生』の理念に共感を持ち、『人間が幸せに生きられる』社会の実現のために、社会や地域が抱える諸課題を解決に導く人材を育成する」とある。「理屈ばかり振りかざす批評家ではなく、現場で周囲と協力して手足を動かし、肌感覚を持って解決策を提案できる人材を育成したい」と柏木氏は言う。

 見てきたように、既設の地域創生学科と新設の公共政策学科は同じ教育スキームで、「地域」「社会」という同じ対象を異なるアプローチで学ぶものであり、卒業後の想定進路もやや異なる(図参照)。実際はクロスオーバーも多いだろうが、地域創生学科の就職先が主に地域企業や観光業等従事者を想定しているのに対し、公共政策学科は官庁や自治体といった「政策提言」が必要な場での活躍が想定されているという違いがある。いずれも地域社会を支える大事な役割であることに違いはない。多方面から人間が生きる「場」を学び、その核となる人材を育てるという意味では共通しているのである。

図 2つの学科の想定進路

 もう1つの社会福祉学科は、福祉の現場でソーシャルワーカーとして活躍する傍ら、現場の諸課題を解決する能力を有するスペシャリスト人材を養成する。こちらも日本の高齢化社会において必須の職種だ。大正大学では「福祉」を「高齢者のためだけでも障がい者のためだけでもなく、全ての人が幸せに生活できるように存在するべきもの」と定義している。特に地域において「人がよりよく生きる」ことに寄り添える人材の育成は日本にとって喫緊の課題である。大正大学は日本で早期にソーシャルワーカーの養成教育・研究に取り組んだ大学の1つで、社会福祉学を地域社会の課題に活用し、現場実践力のある福祉人材を育成してきた実績がある。社会福祉士・精神保健福祉士の国家資格取得を目指すほか、基礎的なソーシャルスキルから段階的に学び、1年次から現場に触れる機会を設けている。大正大学ではこうした現場実践の経験値を積ませるタイプの学部が多く、理論を行動に移す学びを後押しする仕組みが整っているという。

多様な人々が共生する社会のエンジン

 新学部が冠する「共生」とは、大正大学が教育ビジョンの1つにも掲げる、仏教と所縁のある言葉である。国籍や年齢性別等の背景が異なる人々が「共に生きる」ことの難しさに真正面から取り組むことは、多様性の時代にあって極めて重要であろう。社会共生学部では、1つひとつの事象のみならず、人間と人間を取り巻く社会を理解することがその第一歩になると考えている。

 仏教系の大学と聞くと「深淵なる思想研究」「人間理解」といった、人間の内に向かう学びとなるのではと思いがちだが、大正大学では学部の学びのタイプによって区分を行い、社会共生学部・地域創生学部・表現学部の3学部を「社会創造系学部群」と称し、心理社会学部・文学部・仏教学部の3学部を「探究実証系学部群」と称する。「不易流行を扱う学問もあれば、現代的な課題に対応する学問もあります」という柏木氏の言葉が示すように、ルーツに応じた学問領域を開拓したうえで、アウトプットする情報の整理が上手な大学である印象を受けた。「誰もが幸せに生きられる社会を目指して、地域社会に根差した課題を解決する」ための新学部の学びが、活動地域でどのような化学反応を生むのか。今から楽しみである。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/1/15)