大学の教育フレーム流動化により実現する7年間の探究支援/筑波大学
- 1872年設置の師範学校をその起源とし、1973年東京教育大学の移転を契機に開学した国立総合大学
- 1年次から専門教育を受ける学類・専門学群制で、現在9学群23学類を展開し、2020年度の一般入試(前期・後期)の志願者数は5806名
- 2021年度に一般選抜(前期日程)に総合選抜を導入し、複雑化する社会に対応する文理横断的な入学者選抜方式と教育対応を打ち出した
筑波大学(以下、筑波)は2021年度入学者選抜の変更点として、総合選抜と主体性等評価の導入を公表している(後者は5月29日にCOVID-19の影響を鑑み導入の先送りを公表)。その検討背景と内容について、アドミッションセンターの大谷奨教授、総合学域群の山中弘特命教授にお話を伺った。
社会変化に対応する建学以来のアイデンティティ
筑波では2021年度より、一般選抜(前期日程)の定員のうち、およそ7割を従来通りの学類・専門学群選抜、3割程度を総合選抜とする(併願不可)。学類・専門学群選抜とは、学類ごとに定めるアドミッション・ポリシー(AP)に則り、基礎学力を中心に選抜し、入学後は学類に属するもの。一方、総合選抜で入学した学生は、1年次は広く学び、2年次から学類・専門学群に所属する。
「複雑化・多様化する社会に対応するには、文理横断的に学問を統合して取り組む必要がある。こうした風潮に照らし、入試段階でも広い視野で選抜する方式が必要ではないかと、6年ほどかけて慎重に検討しておりました」と山中特命教授は言う。筑波は、建学以来「学際」「社会に開かれた大学」をうたう。社会の変化に合わせて大学としての在り様を再考し、常に開かれた大学を志向するアイデンティティがあるのだ。
そのうえで、独自の教育システムとして、「専門に根差した知的好奇心を喚起し、早く専門を身につけてアウトプットさせる」ことを基軸とした学類・専門学群制を敷く。筑波は開学以来いわゆる教養部を置かず、全学共通の一般教養と学群・学類ごとの専門教育を並行して受講する楔形教育を展開しており、低学年から専門に触れる機会を前提とした教育体系が充実している。かといって専門に閉じるわけではなく、専門に特化しつつも他学類の科目を柔軟に幅広く履修できるようになっているが、それはあくまで学類という軸足があってこそ生きるという考えであった。専門を含めた授業科目数が必然的に多いため、「カリキュラム上でバッティングがないようにするのが大変だった」と山中特命教授は笑う。では、具体的に総合選抜とはどのような制度なのか。
4つの区分で出願検討しやすい状態を整える
まず、方式には体育専門学群以外の23学類が参加し、定員比率はトータルで約3割。ただし、学類ごとに様子は異なる。また、高校生の考えやすさ・高校の進路指導しやすさと、入学後の学問ベクトルを鑑み、最低限の科目区分として、文系と理系1~3の区分を設けた(図1)。ある程度検討フレームが定められたことで高校生は選びやすくなり、大学としては分野における必須学問を明記できるというわけだ。「事前に高校と相談・調整するなかで、全てを彼らの知的好奇心に任せるのは生徒にとっては荷が重いのではないかと判断し、大枠を設定しました」と大谷教授は言う。
図1 総合選抜の選抜方針概観
総合学域群から2年次に専門に移行するカリキュラムで、7年間の探究を支援する
総合選抜で入学した学生は、1年次に「総合学域群」に所属し、学類・専門学群選抜で入学した学生と同じ履修体系の中で学ぶ。学類・専門学群選抜では履修メニューがあるが、総合選抜は1年次の学びの中で自分の志望学類を絞っていくため、自分でメニューを組む自由度の高いスタイル。可能性が開けている分、学生自身の主体性が必要となるため、履修相談部署としてアカデミックサポートセンターを設置した。総合選抜を採用する全学類から教員がアカデミックアドバイザーを兼務し、学問の方向性や将来性等を相談できるほか、履修上の要件や教員免許、卒業要件確認等の細かい調整は常駐の専門スタッフが対応する。1年間の幅広い学修を経て、2月下旬に本人の志望と入学後の成績や適性に基づき、所属(移行)したい学類・専門学群を志望順位とともに登録する。移行先は志望順位と履修した科目の成績・適性等に基づく学類専門学群の「受入順位」の組み合せで決まるという。
こうした学びは、「高校まで学んできたものをどうやって生かすのか」という視点で、高校3年間+大学4年間で何を自分は探究するのかという観点を見定め、必要な能力を培うことにほかならない。大学側のフレームでいきなり狭い領域に入って4年間過ごすよりも、高校時代に培った経験を大学にどうフィットさせるかを1年間模索することができるというわけだ。「自分の専門・関心を深めていく入試」とも言えるもので、筑波としても初めての試みであり、高大接続事業そのものとも言える。
図2 総合選抜の入学後教育
なお、図1のAPに「俯瞰」とあるが、「これは色々なことに好奇心を持っているということです」と名付け親の山中教授は言う。「色々なことに関心がある子は専門の器に合わせるのはもったいない。器から教育や教員が出て流動化していく必要があるのではないかという考えです」と大谷教授も言う。「キャリア教育にはともすれば『何を目指すかまず決めないと』という風潮がありますが、それに当てはまらない人のために高校・大学7年間で専門を決めていく勉強の仕方があってよいと思っています」。大学の体制を高校生の志向に合わせてチューニングした結果の3割であり、学際をDNAとする筑波にとって、まさに理念を体現しつつ高大接続で学生を育成していく思考の表れが総合選抜であると言えるだろう。
調査書で「行動したかどうかの有無」を主体性とみなす評価
もう1つの変更点が主体性等評価であった。COVID-19の感染拡大に伴い、今年度の実施は見送っているが、狙いと内容を確認しておきたい。
筑波ではこれまでもAC入試や推薦入試等、主体性を評価する度合いが大きい入試を多く実施している。当初の2021年度入試方針では一般選抜(前期日程)でも総点の2%程度は主体性等評価に充てるといった方向性を出していた。「一般選抜はあくまで基礎学力を中心に見る入試という位置づけです」としたうえで、「本来主体性を入試の場で評価しようとすると、小論文や面接等でじっくり判定すべきものとなる。ただし、筑波の一般選抜規模でそれを行うのは現実的ではない。そこで、入試において既に提出されている調査書を活用し、入試本番で評価するのではなく、高校までの活動を評価することにしました」と大谷教授は話す。
ここで注目されるのが評価対象だ。①学習等、②部活動・ボランティア・留学等、③特別活動(生徒会・委員会・クラス係等)、④その他の活動、⑤賞・資格等の5項目について、活動内容ではなく、「活動の有無」を該当する調査書の箇所から読み取って評価する。この意図を、「ここで得点をとるために過剰な活動をさせる高校が現れることは本意ではありません。前向きな高校生活の中で、一つひとつの通常活動から少し染み出すような体験をさせてほしい」。その有無に絞って「主体的に活動したかどうか」を判定する。高校現場での必要以上の対応や過度な労力負荷は避けたいという意向もあるようだが、ここまで明確に方針が示されれば、高校側も何が求められているかが分かりやすいのではないだろうか。
何より、通常の高校生活を評価しようとする筑波のスタンスは、「調査書をきちんと見るべき」というシンプルな方策に見て取れる。「大学教育にとって主体性は大事な評価ですが、高校側に負担なくどうできるかが重要です。だからこそ、はっきり基準を明示したうえで丁寧に説明しなければ」と大谷教授は言う。他大のような「WEB出願時の入力」の併用については慎重に検討中としているのも、余計な負荷をかけず、これまでのやり方に内包したいというスタンスが伝わる。今回は先送りになったが、今後の動きが注目される。
カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/7/28)