県のICT推進戦略の要となる人財を情報工学とデータサイエンスを柱に育成する/長崎大学 情報データ科学部

長崎大学キャンパス

POINT
  • 医学部、歯学部、薬学部、多文化社会学部、教育学部、経済学部、工学部、環境科学部、水産学部の9学部を教育研究展開する総合大学。2020年に情報データ科学部を開設し、10学部体制へ
  • 1857年オランダ軍医ポンぺ・ファン・メールデルフォールトが設置した医学伝習所で幕府医官らに医学講義を開始したことを医学部医学科の起源とし、官立医科大学から国立大学になった旧六医科大学の1つ
  • 2020年に情報データ科学部を開設し、110名の学部入学定員のうち一般入試の定員85名に対し、前期・後期で333名の志願者を集め、3.9倍の志願倍率をつけた


長崎大学(以下、長大)は2020年情報データ科学部を開設した。その設置背景や趣旨について、西井龍映学部長にお話をうかがった。

■県のICT推進戦略の要となる人財育成

 設置の背景には、まず社会変化がある。ロボティクスやAI、ビッグデータを用いた研究開発等、技術革新が進む一方で、2030年には国内で45万人ものIT人材が不足すると言われている(2019年4月経済産業省「IT人材需給に関する調査」より)。Society5.0の実現と同時に直面する人口減少・超高齢化社会という社会変化に適切に対応していくために、「日本の未来を創る人財をスピード感を持って育成する」という命題に真っ向から取り組むのが情報データ科学部だ。設置申請書の冒頭には「養成するのは人材ではなく人財」との文章が掲げられ、「自らが原動力となりこれからの情報化社会を担いうる人財の養成を目指す」とある。養成するのは単なる情報処理オペレーターではない。

 次に、長崎県の状況を見ておきたい。長崎県は2013年に「世界最先端IT国家創造宣言」を、2015年にその改訂を公表し、2016~2020年は「ながさきICT戦略」(長崎県情報化推進計画)推進期間となっている。そこでは、「人、産業、地域が輝く たくましい長崎県づくり」という理念を実現するための基本方針として、①利便性の高い電子行政の構築 ②安全・安心に暮らせる地域社会の実現 ③ICTの利活用による産業の活性化 ④ICT社会を推進するための人材育成・基盤強化 の4点を掲げる。県内では長大だけでなく、長崎県立大学(長県大)でも2016年に情報システム学部を開設しており、特に情報セキュリティー分野で定評がある。県は地域経済を長年牽引してきた造船業の低迷等を鑑み、産業構造を変えてICTを基幹産業に育てるべく企業誘致等にも力を入れており、県独自の補助金等も展開。既に富士フイルムや京セラの傘下企業等、多くの企業と立地協定を結ぶ。これらの企業から見れば、2大学は研究連携先であると同時に人材供給源でもある。県としても、雇用創出は県外への人材流出を防ぎ、地元に留まる若者や県外から流入する人材が増加することが期待されている。

■情報工学とデータサイエンスを二本柱とする教育体系

 情報データ科学部は全くのゼロベースの新設というわけではない。長大では1966年開設の電気工学科に始まり、これまでも工学部の枠組みの中で電気電子・情報系の教育研究を行ってきた。2011年に当時7つあった学科を工学科に集約し、コースとなった工学科情報工学コースが直接の前身である。新学部はこれまで蓄積してきた情報工学(Information Science=IS)のリソースを継続展開しつつ、新領域のデータサイエンス(DS)を追加する形で構成される。全教員数32名のうち、IS系、DS系はそれぞれ半数であり、DS系教員は新規で確保した。

 では、HPに挙げられている教育の特徴に従って詳細を見ていこう。まず、「描いた将来に合わせて選択できるカリキュラム」である。1年次で基礎を学んだ後、2年次から「DSコース」「ISコース」を選択して学ぶ。コースごとに最低限の単位履修は必要だが厳格に区分されているわけではなく、選択コースでなくても興味がある科目については横断的に履修が可能で、幅広い分野を学ぶことができる仕組みだ。「あくまで軸足という意味合い」と西井学部長は言う。


図 カリキュラム構成
カリキュラム構成


■旧六医科大学の一角を担うポテンシャルを活かす

 次に、「医療と観光におけるビッグデータの活用」である。

 九州は江戸時代に長崎出島に近代医学教育の原点「長崎養生所」ができた歴史もあり、医療・保健衛生領域の研究集積が進み、日本の医療をリードしてきたと言われるエリアだ。長大はまさにその原点の地であり、同医学部は感染症研究でも全国的に著名である。医学部と工学部では以前から画像診断等の医工連携を実践してきた。新学部ではDSが追加されることで、COVID-19の感染拡大においても、感染者のビッグデータ解析、PCR自動検査の大量処理を可能とするバーコード開発等を既に行っているという。

 一方、観光客の行動特徴等をデータ解析により抽出し、観光業を裏支えする役割も担う。2019年7月に総務省が発表した住民基本台帳に基づく人口動態調査(2019年1月1日現在)によると、長崎県は人口減少率において0.99%減の136.5万人、長崎市は転出者数が転入者数を上回る「社会減」が2663名で、全国の市区町村別で見て最多となる等、深刻な人口流出に悩む。そうした事情を持つ県にとって、既にある観光資源をいかに活用し観光客を呼び込むかは喫緊の課題である。「長崎の年間旅行者数は700万人前後ですが、宿泊を伴う観光が少ないという実態もある。何故そうした状況になっているのか、観光客はどういう経路を辿るのか等、観光についてDSが担える役割は大きい」と西井学部長は言う。

■在学中の社会実践で課題解決の経験値を積む

 最後に、「社会や企業の問題解決に挑む『実社会課題解決プロジェクト』」だ。自治体や企業と連携して社会の実践的な課題に取り組み、問題解決やコミュニケーション能力を育成するもので、挙げてきた地域の諸問題や企業の活性化について学生一人ひとりが実体験を積み重ねつつ、それが社会の価値にもなる仕組みである。概ね1年次の12月末までを準備期間に充て、1月頃から実践に入るイメージである。学部としては課題解決を目指しているが、学生が現実の課題やデータのリアリティを経験するほうが主軸であり、「4年間しっかり学び続けるための目的意識を持ってもらう、動機付けといった意味合いが強い」と西井学部長は言う。「優れたデータサイエンティストとは、課題に照らし最適なデータの種類や所在を見極め、解析分析した内容を意思決定に資する適切な提言等に変換できる人財を指します。学部生の段階で、ある程度場数を踏み、そうした勘所やリアリティを掴むのは大事な経験です」(西井学部長)。

 開設初年度の現在、COVID-19の影響もあり学生が来校する機会が限られる中、長大はオンラインでの教育や従来のチューター制を生かした心のケアを行っている。予測できない新しい未来を担う人財育成を掲げる学部としては、印象的な学期を迎えていると言えるかもしれない。長大ならではのリソースを生かし、地域の活性化に資する人財育成の今後に注目したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/7/7)