現行継承×高大接続改革×チューニングで早期に打ち出す2021年度入学者選抜方針/東京都市大学

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POINT
  • 1929年創設の武蔵高等工科学校を起源とし、武蔵工業大学と東横学園女子短期大学を統合して2009年に誕生した大学
  • 2020年4月現在、世田谷・横浜・等々力の3キャンパスに理工学部・建築都市デザイン学部・情報工学部・環境学部・メディア情報学部・都市生活学部・人間科学部の7学部と大学院に約7500名の在校生を擁する総合大学
  • 国が進める2021年度入試改革に向け、独自の入学者データ解析に基づいて2019年度入試から大幅な入試改革を実施し、2020年7月8日にはいち早く入試全体の方針を公表する等、先を読んだ打ち手で注目を集める


東京都市大学(以下、都市大)は、7月8日に2021年度入試方針をプレスリリースで発表した。今年度入試は新型コロナウイルスの影響のみならず、共通テストにおける記述式の扱いや英語4技能評価等の詳細が二転三転し、最近では主体性等評価でJAPAN eポートフォリオの運営許可が取り消される等、情報錯綜の様相を呈しており、この時期に入試の全容を公表できた例は稀である。その趣旨と背景について、入試部長の菅沼直治氏にお話を伺った。

入試の全容について詳細な考慮を明記

 まずはプレスリリースの内容を図1でご確認頂きたい。ほぼ全ての入試方式について、文部科学省が6月19日に公表した「令和3年度大学入学者選抜実施要項」の第14「新型コロナウイルス感染症対策に伴う試験期日及び試験実施上の配慮等」で各大学に求められた「受験生への配慮」が示されているのがお分かり頂けるかと思う。


図1 2021年度入試制度の変更点とポイント(大学公表情報より編集部まとめ)
図1 2021年度入試制度の変更点とポイント(大学公表情報より編集部まとめ)


 都市大はリリース直後の7月21日に高校教員向け、26日に高校生向けの説明会を実施した。前者の説明会には高校教員のほか予備校等からも広く参加があり、後者の高校生向けの入試制度の変更ポイント説明会には1000名弱の参加があったという。早期に情報公開することで注目を集めることにもなり、8月23日のオンラインオープンキャンパス参加者数は3000名を超えた。

精緻な政策ウォッチに基づく方針検討のプロセス

 では、何故こうした早期広報、その前提となる学内の意思決定が可能だったのか。まず注目されるのは精緻な政策ウォッチである。都市大は国の政策課題を捉えた施策を多く打ち出している。例えば、2016年度大学教育再生加速プログラムテーマⅤ「卒業時における質保証の取組の強化」の採択。質保証という大学教育の難問に挑み、中間評価でS評価という成果を上げている。また、同年度「私立大学等改革総合支援事業」ではタイプ1「教育の質的転換」、タイプ2「地域発展」、タイプ3「産業界・他大学等との連携」、タイプ4「グローバル化」の全てに採択された(全採択は申請校716校中9校のみ)。その一方で、2015年からは他国との教育プログラム構築やアジア・大洋州5大学連合設立や国際学生寮の開設等、国が重点政策として掲げるグローバル対応を柱にした幅広い展開を見せている。こうした政策をウォッチしたうえで大学の方向性を検討する体制が入試についても同様に展開されている。

 また、体制にも秘訣がある。前述した「私立大学等改革支援事業」における申請書に、入試の全学的な検討体制を問う項目があることに対応し、2016年に全学的な入試検討組織として入学センターが発足した。全学部長と一般委員、事務局で構成されるが、「全体戦略は全学部長の承認を得る必要があるため、こういう体制になっています」と菅沼氏は言う。これにより、全学的な決定が学部の事情で覆るということが起こりにくくなり、統合的な組織として規定等を整備できるようになったという。一方で判定実務は、学部ごとに設置される入試委員会が担う。メリハリの効いた配置により案件ごとの意思決定主体が明快になっている。

混乱期に「一番に情報を出す大学になる」ことの価値

 菅沼氏は言う。「入試は選抜機能であるとともに集客装置でもあり、上位大学と中堅大学とでは入試戦略は異なる。いわゆる上位大学は自校の理想をピュアに掲げ、話題性のある独自入試を作り出すこともできるが、多くの大学は入試という社会システムにおける本流を見極めていくことも重要」。では、具体的にどのようなプロセスを経て議論を集約し、7月8日に至ったのか。

 まず、コロナ禍における高校の状況を入試で配慮するようにとの文科省通知が出たのが5月14日である。そこには、「今後定める令和3年度大学入学者選抜実施要項において詳細周知する予定」と明記されていた。「そうした動きと例年の通知動向から大体の傾向を見定め、6月末までに大学入試センターの共通テスト実施要項発表があるものと仮定すれば、本学の入試方針策定に必要な要素は6月末に全て出揃う。入試に注目が集まるこの時期だからこそ、早期広報は価値になる。一番に情報を出す大学になるために、これまでの指針から推察できる様々なケースをシミュレーションし、毎週のように議論を重ねて予め方向性を固めた。6月末に入試施策のパズルのピースが揃うことを想定できていたので、翌日の7月1日を全学方針最終決定の会議日程に決めました」(菅沼氏)。結果は都市大の読み通り、6月19日の文科省公表と30日の大学入試センター公表を受け、7月1日の方針決定会議の内容を各学部に学部長が持ち帰り、7日に全学部長で決定、8日にプレスリリースというスケジュールになった。行政の情報を常にウォッチし、原文をつぶさに読み解き、学内の機運も醸成したうえでプレスリリースに至っているのだ。

「悩んだら法令と政策に立ち返り、実直路線で決める」という判断基準

 菅沼氏は「悩んだら法令と政策に戻ること、実直路線を維持すること」を意思決定の方針に掲げる。「通知はきちんと守ったうえで、本学が追求したいことは妥協しません」。例えば、都市大は通知で記載されている2月1日からの一般選抜実施を遵守し、1月入試は実施しない。一方で思考力を問うため数学は以前から全て記述式だ。「高校や予備校からは一目置かれる点」だという。強制力はないが公的意義が大きい通知に最大限配慮しつつも、通すべきものは通す、そのあたりの匙加減が絶妙なのである。「本学はマーケティング的には中堅校でありチャレンジャー。業界動向を注視しつつも、リーダー大学に追随する方向性と本学ならではの間隙の縫い方も合わせて展開していかなければならない」と菅沼氏は言う。

 菅沼氏の話を聞いていると、常にマーケットにおけるポジショニングを意識していることが分かる。また、「受験生から選ばれるためには入試を使った情報発信が有効」といった発言や、2021年入試改革年に向けて2回分の過去問ができる2019年度入試から大幅な改革に着手している事実からは、高校生の心理を捉えた施策を着実に実行している様子が垣間見える。

 また、数年前まで都市大のAO推薦入試による入学者は全体の2割程度だったが、今では志望度合いの高いAO推薦の枠の拡充方針を全学的に共有し、目標数値も掲げている。その一方、一般入試では高学力層に注目してもらうための仕組みを整備する等、ロイヤリティの高い志願者獲得において重要な推薦系入試の施策と、偏差値ポジショニングで重要な一般入試での施策を並行して推進する。「悩んだら法令と政策に立ち返り、実直路線で決める」という判断基準の裏には、精緻な情報収集とエビデンスをもとにした意思決定があり、受験生と高校の利益を損なわず、「集客装置」である入試の最大化と質向上を両立させるポイントを明確に押さえているのである。

大学経営に資するデータサイエンス力

 筆者は以前の取材で、都市大は「社会課題解決を工学等の専門性で担う大学」だからこそ、問い続け考え抜く力が重要であり、「継続的に学習できるかどうか」を見定めるために評定平均を用いているという話を聞いていた。根拠は、入学者のデータ分析により、入学後の成績と高校時代の評定値に高い相関が見えることだという。「学力があるに越したことはないが、それより本学で大事なのは『学び続けられるかどうか』」と菅沼氏は言う。実践的な専門性は自律的な思考力に裏打ちされるのだ。こうした精緻な情報・データ収集から意思決定に資する内容を読み取るデータサイエンス力こそが、都市大の最大の強みであろう。今後の動向にも注目したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/9/1)