【専門職】芸術文化と観光の掛け合わせで地域の未来を拓く/芸術文化観光専門職大学

芸術文化観光専門職大学キャンパス

POINT
  • 2021年兵庫県が開設する県立の専門職大学
  • 芸術文化・観光学部同学科の単科で80名の定員を抱える
  • 芸術文化と観光という異なる領域の掛け合わせで、社会に新たな価値を創出できる人材養成を標榜


2021年兵庫県は芸術文化観光専門職大学を開設する。その設置趣旨について、学長予定者である劇作家の平田オリザ氏と、兵庫県参事で大学担当の川目俊哉氏にお話を伺った。

地域の競争力の源泉である文化の自己決定力を生み出す大学

 平田氏は劇作家として活動する傍ら、20年もの間大学の教壇に立ち、また初等中等教育においても演劇指導やコミュニケーション教育を実践してきた経歴を持つ。その間いくつかの大学では演劇系の学科・コース等の立ち上げ、教養教育の設計等も行ってきた。一方、今回大学が開学する豊岡市では、2014年城崎国際アートセンター開設を主導し、2015年には豊岡市文化政策担当参与に就任する等、東京都目黒区出身とは思えない浅からぬ縁を持つ。

 今回の専門職大学設置の背景には、こうした豊富な実践に裏打ちされた地域や教育への危機感がある。「これからの日本を考える際に必要な視点として、文化の自己決定能力があります。自分の地域の文化を知り、それを肯定し、付加価値を自ら生み出していくこと。それができなければ地方はあっけなく中央資本に収奪されてしまう。文化の自己決定能力は地域の競争力の源泉となるもので、そこに付加価値を生み出す人材が決定的に不足しているのが今の日本の実情です」と平田氏は話す。一方で、国は国際競争力を高めるために、高大接続改革で多様性と学力観の転換を打ち出している。こうした方向性に賛同する一方で、「多様性を確保しようとすると、文化資本の差が浮き彫りになってしまう。文化資本とは一流に接することでしか培われない。そうした機会は東京が圧倒的に有利です。よって、自然状態でこの改革を進めると東京一極集中が加速してしまう。だから地方自治体は、教育政策と文化政策を連動させて子どもの文化資本を蓄積していかないといけない」と平田氏は続ける。地方でも一流と触れる経験をさせることが子どもの基礎体力として必要な時代になりつつある。だからこそ、地域の文化資本を向上させる旗印として大学が必要だったのだという。「大学病院が大学の研究のみならず地域医療全体に責任を持つのと同じで、地域の知性について責任を持つべき機関である大学の役割を取り戻したい」と平田氏は言う。

芸術文化と観光を組み合わせた新たな体系を理論と実践の両面から学ぶ

 新設校は地域文化の自己決定力に資する観光振興人材を生み出すことを目的に、芸術文化・観光学部同学科の1学部1学科構成、定員は80名だ。「芸術文化学科と観光学科に分けるのではなく、1学科という組織編成に拘りました」と話すのは設置申請に携わった川目氏である。「我々が育成人材像として掲げるのは『芸術文化と観光で地域を元気にするプロフェッショナル』。どちらかだけでは目指す人材育成は成り立たない」。申請上で最も苦労したのが、この芸術文化と観光を組み合わせた新しい分野の教育体系化だという。その概観を図1に示した。2つの分野に共通して必要となる要素をコア科目群として設置。コア科目群は「価値創造の能力」「基礎となる観光マネジメント能力」「基礎となる芸術文化マネジメント能力」の3つの能力を養成するための科目を履修する。1年次は全寮制を敷き、授業はクラス担任制で、少しずつ高校の学びと大学の学問の違いについて理解を支援するシステム。2年次以降に「観光」または「芸術文化」のいずれかの分野を「主となる専攻」、もう一方を「副となる専攻」として履修し、どちらかに完全に絞るわけではないカリキュラムだ。最終的には主となる専攻に応じて「観光学士(専門職)」「芸術文化学士(専門職)」のいずれかが授与される。2年次の専攻選択や履修計画作成、就職支援等は学生と教員が個別面談しながら個々のプロセスに寄り添うアカデミックアドバイザー制。年間を通した学事暦にはクォーター制を採用し、第1・3Qは講義演習、第2・4Qは実習や留学に当てる。理論と実践をブリッジしながら効果的に学びを進めるスタイルだ(図2)。


図1 カリキュラム概観
図1 カリキュラム概観


図2 学びのスタイル
図2 学びのスタイル


「地域の未来を拓く」自立した人材を養成する

 既に職業教育のフレームがある程度定まっている領域と違い、まだ世にない職業の育成を体系化するハードルは相当に高かったようだが、「もう1つ我々が拘ったのは未来志向であること」と平田氏は言う。「今の地域に必要な人材を育成するのも公立大学としての重要な方策であることは言うまでもありません。具体的には高齢化が進む地域に対応した医療看護や介護等がそれに当たるでしょう。しかし我々は、地域の未来を拓く人材、地域の人も気づいていない可能性を拓く人材を育成したい。そのために大学を創ったのです」。専門職大学制度に拘ったのは、「職業分野から学位を発行するからこそ、既存の学位の境界を超えて必要なものを創ることができるから」と川目氏は言う。ただし、初年次に人文科学・社会科学・自然科学の基礎領域を横断的に学び、自らの志向を座標軸として据えるまでに多様な学問に触れ、教養として修得させるという履修の流れは、職業教育というよりもリベラルアーツ的である。「観光は究極のリベラルアーツ」と平田氏は言う。「よく例に出すのが、フロントマンではなくコンシェルジュを育てるのだということ。コンシェルジュはお客様のニーズに応えるホスピタリティだけでなく、地域の歴史や文化芸術に精通し、意見を求められれば応えるだけの教養を持ち、同時多発的なオーダーに対応できるキャパシティや行動力がなければ務まらない。我々が育成しようとしている人材は、こうした多様な能力や教養を統合できる人材であり、観光領域はそうした統合力が求められる分野だということです」。

 そうした人材を「地域の未来を拓く人材」と置く一方で、冒頭の課題意識から、平田氏はこう話す。「文化の自己決定能力を持つ人材、自立した学生を育てたい。就職するのでも起業でも劇団を創るのでも方向性問わず、自分の人生を自分で選びとることができる学生を育成したい」。県立大学なので地域貢献は必須だが、「但馬に貢献できる人を当然求めているし、期待はするものの、大学の最も大事な役割は人類の発展に貢献すること。全国から学生が集い、本学での学びを持って全国に還っていくという循環を創ることが大事だし、そういう志のある学生が集うことは地元にとっても大きな価値になるはず」と平田氏は言う。標榜するのは「地域に開かれた大学」ではなく、「地域と共にある大学」「地域から学ぶ大学」だ。これは「常に地域の課題や地域の人達との交流を前提にして大学を設計している」という意味だという。

 「地域から学ぶ」機会として最も際立つのは、初年次から参加する地域の演劇祭である。「地域の方々も多く関わり、一体となって開催される文化祭のようなもの」と平田氏は言う。地域の観光とアートが集約されている場で、1年生は地域の人々と関わりながら文化観光の実感値をつかむ。

 授業全体の1/3、通算800時間以上をかける実習においては、芸術文化分野では城崎国際アートセンター、兵庫県立芸術文化センター、兵庫県立尼崎青少年創造劇場ピッコロシアター等の多様な文化施設を実習先とする。観光分野では日本航空、JR西日本、JTB等大手企業に加え、市内の城崎温泉に多く所在する旅館・ホテル等も多く参画した。豊富な経験学習で専門性高い人材を育成すべく、業界課題や地元課題に向き合い、関係各所との横断協働のもと、教育価値の高い実習を模索しているという。

「文化を学び地域活性を担う」教育の独自性が高い募集力に結実

 芸術文化観光専門職大学の強みは、観光領域に資する人材育成について、観光学以外のアプローチとして芸術文化を選択したところにあろう。こうした「新たな職業教育分野」への反響は非常に大きいようだ。PR広報も含めた反響として、資料請求は全国から4,000を超える数が集まった。12月に実施した学校推薦型選抜では、20名募集のところ98名の応募があり、2段階選抜を実施した。また、総合型選抜では20名募集に対して221名もの応募があった。人気の理由について、平田氏は「従来の大学教育が取り上げてこなかった領域を設定できたこと」を挙げる。「本格的に演劇が学べる公立大学だということも反響の要因ではありますが、そうした面も含めてこれまでになかった独自性を評価頂いているのだと思います」。芸術系を志向する志願者の認知経路としては、演劇部の顧問の先生や保護者の影響も強いという。大学としてそうしたルートにアンテナを張り、情報提供を行ってきた甲斐があるというものだろう。ただしもともと芸術系でも、オープンキャンパスに来場すると芸術と観光の相乗効果に気づき、その掛け合わせに将来性を感じて志願する生徒も多いようだ。「一般的に芸術系大学というと間口の狭さがイメージされやすい。しかし、来校することで他領域との掛け合わせの可能性に気づく。潜在的には、文化を学び地域活性を担うことを志向する若者もたくさんいると思います」と川目氏は言う。まさに、イノベーションとは異なる要素の掛け合わせから起こるのである。

 初年度入試が終了するまでは気が抜けないが、全国的に見ても稀有な学びの魅力で唯一性を保持し、競合不在の独壇場を創ることができているのは、まさに教育と募集設計力の勝利と言える。「現状、年内入試志願者のほとんどは第一志望で、この大学でなければ入りたくないというコアファンばかりです」と川目氏は手ごたえを感じている。「きちんと高い倍率をキープできる教育を誠実に展開し続けるのが我々の仕事」と平田氏も意気込む。一期生の入学が待ち遠しい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/1/26)