文理融合の実践知を育む教育で次代を創る人材の育成を/金沢大学 融合学域 先導学類

金沢大学キャンパス

POINT
  • 1862年に加賀藩が設置した種痘所を起源とし、戦前の第四高等学校、医学専門学校、金沢高等師範学校、金沢高等工業学校などが母体となって発展した、150年以上の歴史を有する総合大学
  • 2004年の国立大学法人化以降、金沢大学では2008年の学域学類制の導入をはじめとする多彩な教育改革や教育研究の国際化を推進
  • 社会や時代のニーズに応えるべく教育組織の見直しを柔軟に行い、2021年には既存の3学域17学類に加え、新たな学域・学類「融合学域先導学類」を創設


 金沢大学は2021年、新たな学域・学類として「融合学域先導学類」を設置した。その背景と趣旨について、山崎光悦学長にお話を伺った。

社会の実情と未来を見据え、既存学問を超越するフラッグシップ

 金沢大学は2008年に学域学類制を導入し、当時の8学部25学科・課程から3学域16学類体制に移行、2018年には3学域17学類体制に再編した。教育の特長として、学域学類制で境界領域を含む幅広い分野の学修が可能となっただけでなく、自身の専門領域を入学後に定める「経過選択制」と、主専攻に加えて興味・関心のある分野を主体的に選択し広く学ぶ「副専攻制」を掲げ、学際的・横断的な教育を推進している。では、長らく大学全体として学際性に拘ってきた金沢大学が、今回敢えて「融合」をうたう新たな学域を創ったのはなぜか。

 「学域学類制に移行してからも、学類の改組や、文系から理系への入学定員の移行、文系・理系一括入試の導入等、制度内で可能な見直しを断続的に行ってきました」と山崎学長は言う。それでも、既存リソースのみで改革を進めていくことには限界があるという。「変革には新しい視点や力が必要です。抜本的に既存学問を超越し、社会の課題を解決できる人材を養成するには新たな教育の枠組みが必要でした」。具体的な検討は2016年頃から始まったという。「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」として教育研究を推進する金沢大学において、幾重の教育改革を経て、「イノベーションを創成する中核的リーダーの育成」を志向するフラッグシップとして誕生したのが、融合学域なのである。

 背景には日本の現状に対する強い危機感がある。「ものづくりを一例に挙げると、資源が乏しい日本は海外から原材料を輸入し、付加価値の高い工業製品を生み出して輸出することで、この国の発展を支えてきました。日本式の高品質の製品を作れば売れるという大量生産・大量消費のビジネスモデルです。しかし、今は機能過剰で高価なものよりも、ユーザーの目線に立ったUXデザインが組み込まれたものが売れる。世界のIT市場を牽引するGAFAM等の台頭を見ても、人々がお金を払うのはモノではなくサービス、それも個人にカスタマイズされたサービスが中心です。機能や性能ではなく、デザインされたサービスの魅力をどう創るのか。そうした動きに長らく日本は対応できていません」。こうした日本の出遅れはものづくり分野に限ったことではない。「既存の成功体験にがんじがらめになってしまっている日本でブレイクスルーを実現するために、何から始めればよいか。これからの社会を創る、気概のある若者を育てることが喫緊だ。そこで、まずは本学の5~10%程度の学生が『尖った人材』として社会に出ていき、イノベーションを先導してほしい。それが学域新設の背景にある我々の思いです」(山崎学長)。日本の国際競争力低下に立ち向かうため、融合学域で最初の学類である「先導学類」が手掛けるのは、イノベーションの創成をリードする社会変革人材育成モデル。その具体を見ていこう。


図表 アドミッションポリシーのイメージ図


突破力を身につけるための「問い」がカリキュラムの支柱

 先導学類の育成人材像である「イノベーションの創成をリードする社会変革人材」に必要な素養は何か。それを培うためにどのような教育モデルを構想したのか。

 「まず必要なのは突破力です」と山崎学長は言う。「これでいい、では困る。ここまでしかできない、でも困る。この現状をどう打破するか、が思考の起点であるべきです」。変革力とも言い換えられるという。そのために、初年次に社会のリアリティに触れ、課題意識を持つことを重視する。基礎から始めて実践へと段階的に進むのではなく、まず地域・社会の中に学生が出向き、高齢化や過疎化等の社会が直面する課題の実態に向き合い、肌感覚を培う。その中で、学生自身が何を問題と思うか、どのように変えたいと思うか、という問いを創る。地域や社会、企業や海外拠点等、多様な舞台でのフィールドワークが学びのスタート地点になるのだ。自らの課題意識がどこにあるのかを知り、それを起点に、何をどのように変えたいのかを思考し、解決するための方策と、そのために必要な知識やスキルを修得するため、学生一人ひとりにカスタマイズされたカリキュラムに沿った学びの実現が融合学域の柱である。「入学定員が55名、55通りの学びのプランニングがあるイメージです」と山崎学長は言う。学生自身が設定した課題を中心に据えた履修計画を「学びの計画書」として作成し、それを毎年見直し、教員が手厚く指導し育み支える体制である。

未来課題と知のバックキャスティング学修と豊富な実践経験

 課題発見後の教育では、3つのコアエリア2つの探求エリアを往還する中で、自ら設定した課題に応じた基礎科目から学び始め、幅広い分野の専門知識を結集して課題解決へと近づく学びを深める「バックキャスティング学修」をうたう。3つのコアエリアは、少子高齢化、カーボンニュートラル、SDGsといった社会における諸課題を俯瞰し、未来課題を3つの方向性に分けたものだ。一方、2つの探求エリアは、細分化しすぎず体系化された知識やスキルを修得するために、ある程度親和性の高い学問領域をまとめたものである。コアエリアで学ぶ未来課題の方向性に沿って必要な知識を探求エリアで学び、それを再びコアエリアでの学びに戻すことで、多様な分野の専門知識を広く深く学び課題解決の糸口を探る、という往還を繰り返す。学修モデルは32=6パターン存在することになる。こうした基軸を押さえつつ、学生一人ひとりの志向に沿ってカスタマイズし、裾野を広げていくイメージだ。

 また、課題を起点に経験値を積むため、2年次以降にはアントレプレナーシップを育む演習やインターンシップを必修化し、海外実践留学または国際インターンシップ等を選択必修とする。3年次以降はそれまでに身につけた知見を融合し、自らの設定した課題解決に挑む。「課題解決の方策としての起業も期待したい。そのうえで、言い方を選ばず言えば、きちんと失敗してほしい」と山崎学長は話す。在学中だからこそのトライアンドエラーを繰り返し、より学びを深め、実行力の高い価値創出のマインドを身につけてほしいという。


図表 コアプログラム探求エリアイメージ画像


図表 先導科学類の特色イメージ画像


文理横断的な学知を育む全学共通教育 「金沢大学<グローバル>スタンダード(KUGS)」

 山崎学長がリーダーの資質として次に挙げたのは「人間力」である。「人間力は自分で磨いていくしかない。その機会を大学が提供できるかどうかが、大学教育としては肝要です」。

 ここで特筆すべきは、金沢大学の全学共通教育の根幹を成すKUGSの存在であろう。金沢大学は2014年にスーパーグローバル大学創成支援事業(SGU)タイプBに採択されたことを皮切りに本格的な国際化へと舵を切り、グローバル人材育成のための教育改革、研究力強化、そしてそれらを支える徹底した国際化を掲げ教育体制を再整備した。そこで、グローバル化の進む知識集約型社会において中核リーダーとして活躍する人材育成の指針として示したのがKUGSであり、身につけるべき能力・体力・人間力を、「自己の立ち位置を知る」「自己を知り、自己を鍛える」「考え・価値観を表現する」「世界とつながる」「未来の課題に取り組む」「新しい社会を生きる」の6つの基準で示している。各基準には基本科目(GS科目)が紐づけられ、学生は文理を問わず基準ごとに指定科目数以上を選択し履修する仕組みとなっている。選択必修としたのは、完全に学生の自由に任せると、自分の好きな分野に偏った履修になってしまう危惧があるからだ。「アラカルトから定食メニューへの移行」と山崎学長は表現する。栄養バランスを考えた献立を大学側で用意するが、主菜や副菜は各基準の中で学生自身が選ぶことができる。なるほど、自然と、多様な分野をバランス良く学べるような仕掛けになっているのだ。融合学域の方向性との親和性は極めて高いといえる。融合学域でも1年次はKUGSを中心に学びつつ、先述した「課題発見力の涵養」に勤しむことになる。

既存の専門知だけでは解決できない問題に学生と共に挑む教員陣

 「専門性は大事ですが、それだけで解決できないことはたくさんある」と山崎学長は強調する。それが端的に表れているのは、先導学類を支える教員陣であろう。

 学内リソースを中心に学域の特性を踏まえて人選が行われたが、「各分野で意欲的な教員に声がけしました」と山崎学長は言う。現時点で18名の専任教員の中に、医師が5名も含まれているのは象徴的だ。「医学だけにとどまっていては必ずしも解決できない問題が多いことの表れでしょう」と山崎学長は言う。社会の課題を閉じた専門領域の知見だけで解決することが難しくなってきているという教員の潜在意識に訴える内容だったのであろう。そもそも学問としてまだ体系化していない領域を創る仕事を、意気に感じて賛同する教員も多かったという。

若い世代に日本を託すための継続的な教育改革

 初年度は募集定員に対して一般選抜(前期日程)の志願倍率3.53倍と順調であり、全国各地から入学者が集まった。その様子を聞くと、「人とは違うことを好む、尖ってやんちゃな学生が多い」と山崎学長は嬉しそうに語る。まさに狙い通りの学生が集まったわけだが、その背景には地道な広報活動がある。「教職員が丁寧に高校を訪問し、趣旨を説明しました。高校生アンケートだけで1万名以上集まり、うれしい悲鳴でした」と山崎学長は回顧する。既存のフレームではない見方で未来社会を見据える実行力を培う教育は、偏差値序列だけで語れるものではないだろう。「探究活動に熱心な高校からは、探究の出口として期待する声も頂いた」と学長は言う。

 2022年度には融合学域内に「観光を科学する」学類として観光デザイン学類(仮称)を設置すべく準備が進められており、その後にはスマート社会の構築を目指す第3の学類も構想中という。最後に、山崎学長はこう締めくくった。「社会変革が加速する中、若い人に日本の未来を託したい。そのために国立大学である本学に何ができるのかを真摯に考え、実行に移していきたい」。次代に向けた改革に終わりはない。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/6/22)