日本福祉大学版ディプロマ・サプリメントによる質保証/日本福祉大学

日本福祉大学キャンパス


「ふくし」の総合大学

 日本福祉大学は、1953年に中部社会事業短期大学として名古屋市に開学し、2013年に創立60周年を迎えた。1957年には4年制の日本福祉大学に改組し、日本初の社会福祉という名称の学部を有する大学となった。1983年には知多半島の美浜町に、総合移転して現在に至る。

 この間、当初からの社会福祉学部に加えて、経済学部、子ども発達学部(2020年4月教育・心理学部に名称変更予定)、国際福祉開発学部、健康科学部、看護学部、スポーツ科学部、通信制の福祉経営学部と拡大を続け、現在、通学課程で約5700人、通信教育課程を含めれば約1万3000人を擁するまでになった。キャンパスは、美浜以外に、半田、東海、名古屋と分散している。

 興味深いのは、どの学部でも福祉と関連する学習を重視していることである。例えば、一見、福祉との関連がないような経済学部では、地域経済コースと医療・福祉経営コースの2つのコースを設置しており、医療・福祉経営コースでは医療機関や福祉施設で活躍する人材育成をミッションの一つに掲げている。2020年4月から始まる教育・心理学部は、子ども発達学科と心理学科の2学科から構成されるが、子ども発達学科は、保育・幼児教育専修、学校教育コース、特別支援教育コースと3つの課程が置かれる。このうち、特別支援教育コースは、文字通り特別支援教育に精通した専門家の育成を目指しているが、私立大学でこの領域に特化した課程を持つところは少ない。スポーツ科学部では、障害者スポーツを学習の主要な柱に据え、特別支援学校教諭免許状が取得できる教育課程を編成しているが、これもあまり他に例を見ない。

 日本福祉大学が「ふくしの総合大学」と称される所以はここにある。なぜ、「福祉」ではなく「ふくし」と平仮名が用いられるのか。それは、どちらかといえば制度による保障に限定されがちな「福祉」に対して、それを包含し、全ての人々の「『ふ』つうの、『く』らしの、『し』あわせ」を追求しようとする意味が込められている。各学部での福祉関連の学習も、この意味での「ふくし」を目指しているのである。ちなみに、この「ふくしの総合大学」は、創立60周年を迎えた2013年の翌14年に商標登録されている。

日本福祉大学版ディプロマ・サプリメントの導入

 こうした教育の特色をさらに明瞭なものにし、学生が学修の意義を認識し、学修の動機付けを高め、主体的・積極的になるべく導入したのが、「学修到達レポート」である。これは日本福祉大学版ディプロマ・サプリメントである。ディプロマ・サプリメントとは、言うまでもなく、欧州高等教育圏の構築を推進するボローニャ・プロセスのもとで進められている、学生個々人の取得した学位や資格の内容についての説明書である。共通の様式により作成するため欧州圏域のどの機関で学んでも、取得した学位・資格の相互比較が可能になり、高等教育の質の保証の一助となっている。

 日本福祉大学では、「学修到達レポート」によって学修成果を可視化し、卒業時の質保証を行っているのだが、具体的にどのような情報が記載されているのか、図表1から見ていこう。ここで特徴的なことは、学部のディプロマ・ポリシーごとに学生個人のGPAが算出され、その学科のGPAの平均と比較したレーダーチャートが示されている点にある。卒業時に身につけるべきとされているコンピテンシーをどの程度身につけたか、どの領域のコンピテンシーの獲得度合いが高いか、レーダーチャートで一目瞭然である。また、ジェネリック・スキルの到達度についても、学生個々人のスコアと平均とが比較して記されている。さらに、これまでに取得した資格、サークルやボランティアの正課外活動も記されているうえ、ゼミ担当教員の総評コメントが加えられ、これらの情報から大学でどのような学生生活を送ってきたかを総合的に知ることができる。

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図表1 学修到達レポート
図表1 学修到達レポート

 この「学修到達レポート」は、卒業時の質保証を目的にしているにも拘わらず、卒業時だけでなく、3年次末時点のデータにもとづく仮発行が行われる。なぜ、このような奇妙なことが行われているのか。これは、「学修到達レポート」が、何よりも学生の就職活動に際して、雇用者側に見てもらうことを1つの重要な目的としているからである。新規一括採用を原則としている日本の労働市場を考えると、卒業時に発行するだけではあまり意味を持たない。就職活動中に、学生の資質をより知ってもらうことを考えて、3年次末にも仮発行することにしたのだそうだ。


児玉善郎 学長

 しかし、福祉系の専門職養成に力を入れている当該大学で、なぜ、「学修到達レポート」が必要になるのだろう。専門職資格を持っていることで、労働市場において充分に認められるではないか。それに対して、児玉善郎学長は、「確かに、日福大の学生は良いという声を頂きますが、では、どこが良いのか、大学が自信を持って証明しようと考えました。専門職資格は、試験に合格したに過ぎません。入職後にどのように実践の中でその専門性を活かすことができるかが重要で、それを見極めてもらう手段の1つとして導入を決めました。専門職〇〇士というだけでなく、日福大を出た専門職〇〇士にしようというのが狙いなのです」と、語られる。ジェネリック・スキルの到達度や正課外活動を記載しているのは、そのためである。

縦軸と横軸による質保証

 ところで、「学修到達レポート」に記載される、ジェネリック・スキルの到達度、資格の取得状況、正課外活動などの情報は、どのようにして収集しているのだろうか。レポート作成の際に情報を提供するのが、「統合学生カルテ」と称されるポートフォリオ・システムである。これは、1.学士課程における正課内外の教育・学習、2.就職、3.学生生活の3つの側面にわたって、入学から卒業までの学生の活動状況や成果に関する学生個人の記録であり、学生自身が記入する情報、大学の基幹システムと同期する情報、教職員が記録する情報等がある。学生は、年度当初に学修到達目標を設定してそれを入力し、年度末には教職員の助言も得てそれを振り返り、翌年の学修について自ら考えられるようになることが期待されている。

 この「統合学生カルテ」を中心に、図表2に見られる縦軸と横軸からなる質保証システムを構築している。縦軸は、質保証の一貫性を整備するものである。これまでにもポートフォリオは、キャリア形成支援、学生生活と個別に作成されていた。しかし、それらを正課学習の成果と一本化し、「統合学生カルテ」とした。学生の成長の度合いが多面的に把握できる。他方、横軸とは、質の下支えをする教育の取り組みである。学部の正課教育を協働・支援するための、キャリアディベロップメントプログラムや基礎リテラシー養成プログラムがそれである。これらは必要に応じて、正課の科目とすることもありうる。こうした縦横に張り巡らされた教育の質保証の仕組みの上に、「統合学生カルテ」があり、「統合学生カルテ」にもとづき作成された「学修到達レポート」が、学修の質を「見える化」しているのである。

図表2 大学教育再生加速プログラム(AP)

 しかしながら、なぜ、正課の学修に加えて、学生生活やキャリア形成を含んだ統合カルテにするのか。なぜ、キャリアディベロップメントや基礎リテラシーを、正課の学修に付加することを考えているのか。この疑問に対して、教務部長と全学教育センター長を兼務し、この事業の実質的な担当責任者である中村信次学長補佐は、次のように語られる。「うちの学生はまじめで素直ですが、中には自己肯定感があまり高くない者が見受けられます。また、やる気はあるのですが、基礎的なリテラシーが確実に身についていない者もいます。これらの者が、自信を持って仕事ができるようになるためには、基礎的なリテラシーを身につけ、多様な活動をし、就職に際して大学での活動を自分の言葉で説明できるようになることが必要なのです。縦軸、横軸の質保証の仕組みは、そのためにあるのです」。手厚い教育である。2018年度からの社会福祉学部と子ども発達学部での導入を皮切りに、全学部への導入を順次進めているそうだ。

質保証を稼働させる仕組み

 これらを稼働させるためには、推進する組織とともに、全学的な合意形成も必要になる。それはどのように作られているのか。


図表3 学内の推進体制の全体図

 図表3に見られるように、まず、「AP事業推進本部」が2016年に設置された。上述の質保証の取り組みは、当該年度にAP事業(文部科学省 大学教育再生加速プログラム「高大接続改革推進事業」テーマV:卒業時における質保証の取り組みの強化)に採択されたものであり、全学的な組織体制の構築が要件である。推進本部には、本部長に就職担当副学長を据え、教部部長、上記2学部の学部長から構成されている。

 この推進本部のもとに、「AP事業推進委員会」が置かれる。この委員会は、教務部長が委員長となり、学部の教務委員、教職課程センター長、社会福祉実習教育研究センター長、就職キャリア開発委員に加えて、キャリア形成を担う教職員や学修アドバイザーなどから構成されている。実質的に事業を推進するのがこの委員会であり、委員会の中に、いくつかのワーキング・グループが組織化され、事業の具体化を図っている。また、全学教育センターは、既存組織として、この事業を支える役割を果たしており、事業推進のために新たに「学修管理・支援部門」という担当部署を設置した。

 実は、「AP事業推進委員会」のメンバーは、「全学教務委員会」のメンバーと重なっており、毎月1回開催される全学教務委員会においても、AP事業の進捗状況を確認し、今後の方向について議論するため、必然的に事業の全学的な取り組みが可能となる。

 この体制でも、全学的な周知は可能ではあるが、全教員への関心事になるとは限らない。これまで日本福祉大学では、年に2回、本部のある美浜キャンパスに240名ほどの全教員を集めての全学部合同教授会を開催してきた。キャンパスが離れているために、日常的には接することのない教員間の意思疎通を高めるための工夫である。この機会を利用してAP事業の取組状況を報告し、学生の学修成果を可視化することで質の保証をしていくことに対して、教員の認知を高めようとしている。学生の教育に従事する教員個々人の意識化、それにもとづく実践が不可欠である。

採用側への周知と教育へのフィードバックが今後の課題

 日本福祉大学では、これまでに文部科学省の競争的資金を数多く獲得し、それをもとに教育の充実、質保証を図ってきた。例えば、2009年度に大学教育・学生支援事業に採択され、「日本福祉大学スタンダード」として「四つの力」(見据える力、共感する力、関わる力、伝える力)を全学共通の人材育成目標として設定して全学教育の改革を実施した。これはその後の3ポリシーの設定において、全学共有のディプロマ・ポリシーとされている。

 また、COC事業の2014年度の採択によって、「ふくし・マイスター」の認定制度を設定した。これは、各学部及び全学教育センターの「地域志向科目」を10科目20単位以上修得し、1年から4年まで毎年リフレクションを行った学生を卒業時にふくし・マイスターとして認定するものである。地域に出て「ふくし」の現場を知るとともに、大学で得た専門知識をもとに地域の課題解決に取り組むことのできる学生の育成を目指すものである。こうした取り組みをもとに、全学のディプロマ・ポリシーには、「四つの力」に加えて「地域社会に貢献する力」が掲げられた。もともと地域貢献は大学のミッションであり、それを「ふくし・マイスター」として形にした。これらの取り組みが収斂することで、「学修到達レポート」と「統合学生カルテ」による質保証に至ったといえよう。

 AP事業によるこの取り組みは、2018年の開始から2年。学生は、「統合学生カルテ」にディプロマ・ポリシーのレーダーチャートが示されることで、ディプロマ・ポリシーを意識するようになり、教員間への浸透の度合いも認識も徐々に高まるなど、手応えは感じられるものの、いくつかの課題も認識されている。1つは、「学修到達レポート」に対する学生を採用する側の認知度を高めることである。福祉施設などに「学修到達レポート」の存在を紹介するなど努力は重ねているが、学生の成績をあまり重視しない日本の労働市場の慣行が壁となっている。もう1つは、学生の学修成果を可視化するこれらの取り組みを、どのように教育プログラムにフィードバックするかである。そのためにも多くの教員の意識化を進めねばならない。

 恐らく後者の課題は、さほど困難ではない。問題は、前者である。大学の教育改革も、その一環としての学生の学修成果の可視化も、なかなか大学外部の関心を引かない。しかし、「日福大を出た専門職〇〇士」としての認知を高めるためには、地道な努力しかない。やや時間はかかるかもしれないが。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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