進化する「AO型入試」高大接続答申における「多面的・総合的な評価」の特徴③「形式的なAP」から「実質的なAP」への転換(西郡 大 佐賀大学アドミッションセンター 准教授)

「形式的なAP」から「実質的なAP」への転換

① 「形式的なAP」とは何か


前述したようにアドミッション・ポリシーという用語が初めて登場したのは、1999年の「初等中等教育と高等教育との接続の改善について(答申)」である。その中で受験生に求める能力・適性等の例示が示された(図表3)。

多くの大学は、この表現を参考にそれぞれのAPを定めていったと思われる。そのため、各大学で定める「求める学生像」は、実際の受験生像とはかけ離れた「理想型AP」になっていることが多い。仮に、実際の入試において受験生全員が「求める学生像」に全く合致していないと判断されれば、全員を不合格としなければならないが、そうはなっていないのが実態だろう。

「理想型AP」の例として、「教育目標で目指す人材像」を「求める学生像」に定めるケースが挙げられる。この場合、入試において「教育目標で目指す人材像」を持った学生を幸いにも獲得できたとしたら、その後の大学教育では何を育成するのだろうか。入学希望者に求めるものは、あくまで入学後のカリキュラムに適応するために必要な能力や適性等を示すべきであり、「教育目標で目指す人材像」とは分けて考えなければならない。


また、APと実際の選抜方法が整合していないこと(「AP≠Σ選抜方法」)も問題とされてきた。例えば、ある学部のAPが「社会に貢献しようとする積極的な意欲と行動力を持つとともに、柔軟な思考と豊かな発想力に富む学生を求めています」であったとして、実際の入試が、センター試験(5教科7科目)と個別学力検査(国語、英語)を実施している場合、「積極的な意欲と行動力」や「豊かな発想力」を入試で評価しているとは言い難い。


「AP≠Σ選抜方法」は、少なくとも2つの問題点をもたらす。1つ目は、「APに沿った入学者の受入」の検証である。周知の通り、『大学機関別認証評価』(大学評価・学位授与機構)の「基準4 学生の受入」では、「入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)が明確に定められ、それに沿って、適切な学生の受入が実施されていること」が重要な評価指標となっている。こうした検証作業を行う際に、APで示す能力や適性等を評価する入試になっていなければ検証は難しい。

2つ目は、受験生や彼らを指導する高校教諭は、実際の出題内容や評価方法をみて、「このような問題を解ける生徒を求めているのか」「このような実績や活動を持っている生徒が欲しいのか」と判断しており、実際の出題内容や評価方法を「実質的なAP」として捉えている。そうなれば、大学が苦労して作ったAPは「形式的」なものとして認識されているにすぎない。


これは入試制度の仕組みが影響していると考えられる。APに沿った選考を前提にしてきた米国の入試では、高校の成績やエッセイ、SATやACTのスコアといった書類審査が中心である。そのため、それぞれの大学が独自に学力検査等の個別試験を実施することは基本的にない。個別試験がないが故に、求める能力や水準等を具体的に示すAPを定めなければ、志願者が出願の際に混乱してしまうという背景がある。

わが国においてAPという概念が一般的でなかった時代に、慶應義塾大学(SFC)で初めてAO入試が導入されたとき、いわゆるAPといえるものを示したのは、同入試を実施するうえで不可欠であったからであろう。一方で、わが国の伝統的な入試制度では、各大学が独自に個別試験を実施し、実際の入試問題や評価手法に対して「これくらいの問題は解いてほしい」「これについては知っていてほしい」といったメッセージを暗に込めることで個別試験が実質的なAPの役割を果たしてきた。このため、改めてAPを示す必要がなかったのではないかと考えられる。しかしながら、高等教育のユニバーサル化に伴い、受験生と大学のマッチングが求められるようになった。実際の入試問題や評価手法だけでメッセージを伝えるだけでなく、ディプロマ・ポリシー(DP)やカリキュラム・ポリシー(CP)と一体的にAPを示さなければならない。当然のことながら、APの重要性は相対的に高まっており、各大学は、「形式的なAP」から「実質的なAP」への早急な転換が求められている。


② 「実質的なAP」の実現に向けて


「実質的なAP」を検討するために、長崎大学の吉村教授の提案が参考になる※1。同氏は、テストのあるべき姿や規準がまとめられた『テスト・スタンダード』(日本テスト学会編)を踏まえ、テストの基本設計として重要な「測定内容」と「測定形式」について、前者をAP、後者を入試問題(あるいは評価方法)に対応づけたAPの策定を提案している。実際のAPにおいて測定内容の具体的な表現は難しいものの、測定形式を念頭におくことで、選抜方法を決める際の混乱を大きく低減させる効果を持つという。

また、この観点からAPの文言を検討することで、「求める学生像」が「育成したい人材像」と同じになるような事態も避けられると主張する。大変参考になる提案だが、実際の現場において、これらの制度設計を既存の入試制度に対して一気に行うのは難しいだろう。昨今、各大学で学部改組が積極的に行われているが、こうした機会を利用して新たなコンセプトのもとAPを策定するのが1つの手段である(吉村氏の報告も新学部に関する事例である)。


一方、APを定める際には、選抜方法との関係において次のような課題も生じる。例えば、入学後の学習に欠かすことのできない適性として「意欲」はとても重要であるが、実際には、受験生の「本物の意欲」を面接試験等によって評価するのは難しい。評価方法を工夫しても、すぐに受験対策によって対応されてしまい意味がないという話はよく耳にする。ここで少し発想を変えてみたい。仮に、「意欲」が入学後の学習において不可欠であるにも拘わらず、入試で評価することが難しいのであれば、入試での評価に執着するのではなく、「意欲」を喚起できるような教育カリキュラムを検討したほうが生産的ではないかということである。そして、同カリキュラムを遂行するうえで、どうしても必要な能力や適性等を洗い出し、その中で評価可能なものを入試で評価するという考え方はどうだろうか。現在のAPを再考するとき、入試で評価できないものを教育カリキュラムへシフトすることは、「実質的なAP」に近づくための1つのアプローチとなるだろう。


もう1つAP検討の際に直面する課題に触れたい。

各大学には多様な選抜方法が並存する。APと各選抜方法を対応づけようとするとき、APで示す能力や適性等について、一部の入試では評価できるが、他の入試では評価できないという状況が生じる。図表4は架空の大学の入試制度である。選抜方法Aでは、AP①〜AP③を評価することができるがAP④については評価できない。一方、選抜方法Cは、AP③とAP④は評価できるものの、AP①とAP②は評価していないことになる。こうした状況を考えたとき、「APとは選抜方法ごとに定めるものなのか」という疑問が生じる。この疑問に対する答えは「否」であろう。ある学位を授与する方針(DP)があって、それを遂行するための教育カリキュラム(CP)があり、学生受入のためのAPが一本で繋がっていることが本質だと考えるからである。

ここで「多様な入試」と「多面的・総合的評価」という観点からAP策定に関する提案をしたい。図表5を見て欲しい。まず、それぞれの選抜方法において誰をターゲットにしているのかをAPの中で明確に定めている大学は、少数に留まるだろう。しかし、多様な背景、経験、能力等を多様性として評価することが求められていることを考えると、各選抜方法においてターゲットを明確に定めることは多様性を意識的に捉えることに繋がる。

一方、APとして定める能力や適性等は、「学力の3要素」を含んだ形で評価方法と整合させなければならない。これを踏まえ、縦軸を選抜方法、横軸をAPで求める能力や適性等の要素とすることで、各選抜方法において、どの要素に、どの程度のウエイトを置いて評価するのかを示すことができる。これにより受験生にとってはAPを視覚的に捉えやすくなるだけでなく、選抜方法によっては、任意の要素のウエイトをゼロでもよいとすることで、図表4で示したような問題点も解決される。


さらに、「『確かな学力』として求められる三要素を総合的に評価する視点を担保するため、どのような評価方法を活用するのか、学力の三要素全てを評価の対象としつつ、特にどういった要素に比重を置くのかを、大学入学希望者に対して明確に示していくことが求められる」という要請にも応えられるだろう。筆者自身、「多面的な評価」について、どの面をいくつ評価すれば「多面的」といえるのかよく分からない。APで示す各要素を適切な評価手法によって複数面評価することを「多面的な評価」とすれば、少なくとも関係者の共通認識は形成されるだろう。これにより、多面的・総合的な評価を開発するための視点となるだけでなく、選抜方法を検証するための実質的な枠組みになるのではないかと考えている。


③ メッセージとしてのAP


選抜方法と密接に対応し、「実質的なAP」として機能するようになれば、「こんな人材を育てるために、この教育カリキュラムを準備しているから、これらの能力と適性を持っている学生に来てほしい。だから入試ではこのように評価します」といった受験生へのメッセージとなる。実際の入学者の入学後の適応状況等も併せて発信すれば、大きな相乗効果が期待されるだろう。AO入試がまだ珍しい時期、「面接にしても小論文にしても基準が分からないために大学の求める学生像が見えてこない」と高校現場から指摘されていたようである。この指摘は、実際の入試にAPの要素をどれだけ落とし込むことができるかがメッセージとしての効果を左右することを示唆する。

「どのようなメッセージをAPに込めるか」。各大学の手腕が問われる。

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