科学研究費助成事業の分野別採択状況からみる「強み」と大学経営(合田哲雄)

1. 研究力の「新ランキング」?

 「大学の真の『実力』を知りたい」-高校生やその保護者、企業、起業家、ファンドマネージャー、非営利法人、官公庁、社会人入学や海外からの留学希望者、学生や大学教員、そして大学経営者などに共有する思いだろう。だからこそ、国内外を問わず数多くの「大学ランキング」が存在する。昨年10月に文部科学省が専門分野ごとの科学研究費助成事業(以下科研費)採択数上位10大学を初めて公表した際、各紙は「大学の研究力 新ランキング」、「地方大学一芸の強み」(朝日新聞)、「旧帝大、伝統的分野で強み 新分野、私立・地方大など健闘」(日刊工業新聞)、「私大・地方大が健闘 伝統校、意外な弱点も」(日本経済新聞)などと報じた。本稿では、この公表の趣旨や背景、傾向分析を述べたうえで、大学経営へのインパクトについて考察してみたい。なお、本稿で意見に関わる部分は執筆者の個人的見解であり、所属機関の公式見解を示すものではないことを予めお断りしたい。

2. 科研費はわが国最大の研究評価

 言うまでもなく科研費(科学研究費助成事業)は研究者の間で最も信頼されているわが国最大の競争的資金(研究費)である。図表1に示したように、厳正なピアレビューにより、大学や高専の教員、研究機関の研究員など全国27万人の中からアクティブな研究者6〜7万人程度を選び、支援している。また、「基盤研究C」は年間の研究費(直接経費)が平均で110万円である一方、「基盤研究S」は3000万円といったように、研究費額に応じて種目が分かれており、比較的少額の科研費がわが国の学問生産の量(論文生産数)を、高額の科研費が質(論文被引用トップ1%/10%の割合)をそれぞれ支え、わが国の学術研究の基盤となっている。

2014年のノーベル物理学賞を受賞された赤崎勇教授、天野浩教授をはじめ世界的水準の顕著な業績をあげた研究者は例外なく科研費のヘビーユーザー。300を超える専門分野ごとに毎年6000人の研究者がピアレビューを担っている科研費は、全ての分野をカバーし最も信頼性の高い「研究評価」の一つであると言ってよいだろう。

3. 「専門分野ごとの過去5年の採択数」とは?

 その配分結果については従来、東京大学は採択数3690件・交付金額219億円、京都大学は2961件・143億円などと大学ごとの採択数や交付金額を公表してきた。しかし、これではそれぞれの大学がどのような分野で研究力が強いかは分からない。

 前述の通り、科研費は300を越える専門分野(分野細目)に分かれて審査、採択がなされている。例えば、法学・政治学分野は、「基礎法学」「公法学」「国際法学」「社会法学」「刑事法学」「民事法学」「新領域法学」「政治学」「国際関係論」といった細目に分かれている。今回新たに公表したのは、この専門分野(細目)ごとに、過去5年間の新規採択件数を集計し、上位10大学をリストアップしたデータである。

 このデータは、①全ての学問分野をカバーし、②専門的で公正な審査(ピアレビュー)によって採択される科研費について、③過去5年間にわたる、④交付金額ではなく採択件数を集計することにより、それぞれの大学が各専門分野にどれくらいアクティブな研究者を集積し、少額科研費を活用した萌芽的で新規性の高いものも含めて、いかに積極的に研究活動をしているかを可視化していると言えよう。

4. 専門分野別上位10大学の傾向分析

 専門分野ごとの上位10機関に名前があがった大学・研究機関の国公私立ごとの割合等は図表2の通りであり、国公私立を問わず多くの大学に研究上のエッジがあることが分かる。専門分野ごとの状況の傾向は次のように分析することができる。

理工学系、生物系、人文学・社会科学系ごとのトレンド

 捉えれば、理工学系は、特に伝統的なディシプリン(物性Ⅰ、物性Ⅱ、数理物理・物性基礎、物理化学、有機化学、無機化学等)を中心に京都大学、東京大学、東北大学、大阪大学といった研究大学(リサーチユニバーシティー)が比較的強い(図表4)。他方、生物系は、東京大学が大きな存在感を示す一方で、慶應義塾大学(呼吸器外科学、産婦人科学、眼科学、形成外科学)、北里大学(天然資源系薬学、人体病理学)、聖路加国際大学(生涯発達看護学)、昭和大学(機能系基礎歯科学)がそれぞれの分野で1位となる等私立大学のプレゼンスも大きい(図表5)。人文学・社会科学系は、東京大学、北海道大学、大阪大学、東京芸術大学などに数多くの研究上の強みがあると同時に、早稲田大学、立命館大学、日本福祉大学といった私立大学も生物系以上に大きな存在感を示している。特に、立命館大学は人文地理学、経営学、社会学と幅広い分野で1位となっている(図表6)。なお、大学以外でも、東京文化財研究所(文化財科学・博物学)、海洋研究開発機構(地質学)、科学警察研究所(法医学)といった特色のある研究機関がそれぞれの専門分野において独自の存在感を示している。

私立大学の大きな存在感

 第二に、第一で述べた大括りのトレンドにおいても、私立大学はわが国の研究上の拠点としての機能を担っていることが分かるが、個別の専門分野を仔細に見てみると、多くの私立大学が特に新しい専門分野に積極的に挑戦している姿も浮かび上がってくる。例えば、ヒューマンインタフェース・インタラクション(慶應義塾大学、立命館大学、早稲田大学)、知能ロボティクス(立命館大学、千葉工業大学、福岡工業大学)、感性情報学(早稲田大学、中央大学、東京電機大学、東京都市大学、金沢工業大学、近畿大学)、科学教育(金沢工業大学)等の新しい学際・融合分野を中心に、多くの私立大学が高い研究力を発揮している。個別の大学に着目しても、例えば、カリキュラムフローに基づいた徹底した「人材を伸ばす」工学教育で有名な金沢工業大学は5分野(計算機システム、感性情報学、デザイン学、科学教育、生産工学・加工学)で10位以内に入っており、教育機能の強化とともに研究力の充実を図るという同大学のビジョンと戦略を垣間見ることができる。

地方国立大学は「宝の山」

 第三に、地方創生の参謀本部としてその中核を担うことが期待されている地方国立大学にも、「宝の山」が多く存在する。例えば、信州大学(高分子・繊維材料3位)、長崎大学(寄生虫学1位、感染症内科学1位)、群馬大学(病態検査学2位、麻酔科学1位)、新潟大学(歯周治療系歯学1位)、広島大学(化学物性・移動操作・単位操作1位、有機材料・ハイブリッド材料2位)、山形大学(デバイス関連化学1位)、豊橋技術科学大学(電力工学・電力変換・電気機器2位)、岡山大学(情報セキュリティ1位)、宇都宮大学(感性情報学1位)、九州工業大学(学習支援システム1位)、奈良女子大学(衣・住生活学1位)、琉球大学(自然人類学3位)、香川大学(胎児・新生児医学1位)、浜松医科大学(精神神経科学1位)、熊本大学(消化器外科学3位)など枚挙に暇がない。これらの地方国立大学の研究上の強みは、上田蚕糸専門学校(信州大学)や長崎医科大学東亜風土病研究所(長崎大学)等、戦前からの研究上の蓄積が現在でも確実に息づき、さらに発展した成果であることが多い。

鍵は「蓄積」と「マネジメント力」

 このように分野ごとの上位10大学を眺めると、大学の研究上の強みを形成できるかどうかの鍵は、「蓄積」と「マネジメント力」であることに気づかされる。前述の通り、現在の研究拠点は場合によっては130年間にわたる投資による蓄積という足場の上で形成されたものが多い。これまで高等教育の世界では暗黙知のように認識されていた、長い蓄積に基づくそれぞれの大学の強みや特色が、今回のデータにより可視化されたと言うことができる。他方、前述のように金沢工業大学の黒田壽二総長の強力なリーダーシップは、同大学をわが国の大学教育のモデルとしてだけではなく、研究上の強みを多数持つ研究力の高い大学へと導いている。また、8年にわたって学部長を務めている前田健康教授のリードにより、新潟大学歯学部は10の歯学系の専門分野のうち9分野において10位以内に入る(図表7)とともに、高い科研費採択率を誇っている。研究上の強みをさらに発展させるためには、明確なビジョンのもと自らのエッジを明確に把握し、その活性化のための学内資源の再配分を確実に実行する「強いマネジメント」が不可欠であることを改めて痛感する所以である。

5. 転換期を迎える大学・学術政策

 今、大学・学術政策は大きな転換期を迎えている。厳しい財政状況にあっても「科学技術関係予算」は増加しているにも拘わらず、大学における知の創出力や人材育成力が低下し、学術研究に対する厳しい見方が止まないのはなぜか。そう感じる大学関係者は少なくないだろう。科学技術・学術審議会学術分科会(平野眞一分科会長)が2014年5月にとりまとめた「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について(中間報告)」は、この問いを率直に分析した。その結果、その最大の原因は、本来基盤的経費により長期的な視野に基づく多様な教育研究基盤を確保するとともに、競争的資金等により教育研究活動の革新や高度化・拠点化を図るはずの「デュアルサポートシステム」が機能不全を起こしていることであり、政府に対しては予算・制度両面にわたって学術政策・大学政策・科学技術政策に横串を通し、基盤的経費・科研費・科研費以外の競争的資金等の一体的改革によるデュアルサポートシステムの再生を、大学には明確で周到な戦略のビジョンに基づく自らの教育研究上の強みの明確化と学内外の資源の柔軟な再配分や共有を求めた。中間報告の構想力は経済界関係者を含む多くの要路の共通理解の形成を促し、「日本再興戦略2014」、「科学技術イノベーション総合戦略2014」(2014年6月閣議決定)、学術分科会「我が国の学術研究の振興と科研費改革について」(中間まとめ)(同年8月)に反映された。また、現在、文部科学省や総合科学技術・イノベーション会議、産業競争力会議においては、第三期国立大学中期目標期間と第五期科学技術基本計画がスタートする2016年に向けて、①各大学のビジョン・強みを踏まえた教育研究組織の再編成や学内資源の再配分を促すための(国立)大学改革、②研究者の研究ステージに応じ、細目を超える創造的な研究を引き出す科研費改革、③大学における学術研究を真理の探究と社会実装へと展開するための構造化など競争的資金改革、が一体的に検討されているが、これらの議論のベースとなっているのも、前述した中間報告である。中間報告がトリガーとなって、それぞれの大学の構想力や機能をその特性に応じて最大化できるようなファンディングや評価の仕組みをどう構築するかについて、基盤的経費から競争的資金までを見渡した大胆な議論が、今まさに行われている。

6. 大学経営へのインパクト

 だからこそ、今後、各大学に求められる構想力や戦略は、その大学の規模等に応じて大きく異なってくる。例えば、東京大学のように科研費を活用してアクティブに研究している教員を3000人規模で擁している大学は、世界水準の研究大学としてこれらの教員をどう組み合わせて刺激すればより多くの競争的資金を獲得し、研究力を最大化できるかが問われている。他方で、新潟大学のように科研費で研究を行っている教員数自体は600人規模で東京大学と同じ土俵では競合し難いが、専門分野によっては歯学分野をはじめ様々な強みを持っている大学は、これらの拠点の研究力を学内の資源再配分と基盤的経費による安定的な支援の獲得を通じ、いかに高めていくかのビジョンと戦略が求められていると言えよう。経済産業省の産業バルーンチャート(「わが国主要産業の国際競争ポジション」)によれば、わが国には市場規模は小さいが世界市場シェアは高い「グローバルニッチ産業」が数多く存在する。特定分野で高い研究力を持つ大学がこれらの産業とどう向き合うかは、大学駆動型の成長戦略や地方創生の成否に大きく関わっている。いずれの構想や戦略にとっても鍵は「蓄積」と「マネジメント力」。この双方を可視化している今回のデータは、大学関係者だけではなく、企業、起業家、ファンドマネージャー、非営利法人や官公庁など大学のステークホルダーにぜひ広くご覧頂きたいと考えている。

 さらに、中央教育審議会において「高等学校基礎学力テスト(仮)」や「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」が構想され、K-16教育(幼児教育から高等教育までの教育)の連続性や一貫性の中で子ども達の能力をいかに伸ばすかへと学校教育が大きく舵を切るなか、大学教育の基盤である各大学の研究力の実相を示すデータは、高校生やその保護者にとってもますます重要となっていることは論を俟たない。

 慶應義塾大学の上山隆大教授によれば、イギリス・タイムズ誌が世界大学ランキングを始めたのは、特にアメリカの研究大学との比較におけるイギリスの大学の国際的な通用性に対する危機感があったからだという。このようにランキングは、それにこだわって一喜一憂するためのものではなく、自らの強みや特色・課題を冷静に認識・分析し、その課題を克服するためのビジョンや戦略を形成するために活用してこそ意味がある。だからこそ文部科学省には、今回のデータを施策の中で最大限活用し、大学ごとに異なるビジョンや構想を引き出すため、大学との丁寧な対話を積極的に重ねることが求められていると改めて認識している次第である。

合田 哲雄(文部科学省学術研究助成課長)