2025年を展望する

大学に求められるもの、セグメント別マーケティング戦略

 今回の特集では、2025年を見据え、産業構造や働き方の変化、世界の留学生の動向、政府の教育改革の意図と方向性等について、多方面からの考察を行ってきた。人口増加、進学率の上昇に支えられてきた大学の量的拡大フェーズは終焉を迎えている。これからは、成熟マーケットの中で、いかに大学で学ぶことの価値を社会に発信し、大学教育を経て、社会に貢献できる人材を送り出せるかがポイントになる。つまり、大学ごとの個性がより重要になってくるのである。現在進められている教育改革は、社会の変化と無縁ではない。大学の課題は、社会の課題と直結する。改革の大きさは、大学に対する社会からの期待が大きいことの裏返しのように思える。各大学は価値をどのように生み出していけばよいのか。まとめのページでは、編集部の独断であるが、これからの大学が求められているものは何かを考察した上で、人口減少社会に向けて、個々の大学がどのような競争戦略をとっていったらよいのか、マーケットセグメント別に考え方を整理した。

これからの大学で求められるものとは

 答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」では、“大学において育成すべき力を学生が確実に身に付けるためには、大学教育において「教員が何を教えるか」よりも「学生が何を身に付けたか」を重視し、学生の学修成果の把握・評価を推進することが必要である”とした上で、“アドミッション・ポリシーと併せて、学位授与の方針、教育課程編成・実施の方針の一体的な策定を法令上位置付けることが必要である”と記している。

 私個人の意見であるが、これは図表1のようなことを行っているのではないだろうか。どの大学にも建学の精神や理念、ミッションがある。言い換えると、それは学校の根本を成す独自性であり、DNAである。それに基づいて、学位授与方針(ディプロマ・ポリシー)、教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)、入学者受け入れ方針(アドミッション・ポリシー)が一体的に策定されるべきである。これを一般社会に分かりやすく翻訳すれば、「この大学を卒業すると、何ができるようになって、どのような人材を社会に送り出すのか(ディプロマ・ポリシー)」、「それができるのは、どのような理念に基づき、どのような教育の仕組みがあるからなのか(カリキュラム・ポリシー)」、「そのためには、どんな志向や意欲を持った学生に来てほしいのか、どんな要件(能力)が必要なのか(アドミッション・ポリシー)」ということではないだろうか。アドミッション・ポリシーについては、カレッジ・レディネスという言葉も参考になるだろう。つまり、この大学に入学する学生には、どのような準備をしてきてほしいのか、ということである。

 これからは、大学の個性・理念・特色を活かして、「どのような人材を社会に送り出すのか」。この大学はこんな人材を育成しているという、“ならではの価値”をコミットすることが、高等教育機関としての大学の最大の価値になってくるだろう。そうすると、この入口(入学)→中身(教育・研究)→出口(就職)までを一貫させた経営、教育マネジメントを行っていくことが必要になる。エンロールメント・マネジメント(EM)と呼ばれるこの仕組みを動かしていくためには、大学経営層と教員、職員の理念の共有、協働が重要となってくる。現在取り組みが始まっているIR(Institutional Research)も、このEMの実現が大きな役割のひとつだと考えられる。逆に言えば、一貫したマネジメントなくしては、せっかくのIRも絵に描いた餅になってしまうだろう。

 中長期的には、大学が入学時の一時的な学力で評価される文化はこれから変わっていくだろう。答申にも書かれているように、世界的な方向性として、教員が何を教えたか(input)重視から、学生が何ができるようになったか(outcomes)重視の動きは避けられない傾向である。まさに、日本においても「入学(がゴール)の国」から「卒業(が評価される)の国」実現に向けた、大きな変革期であると考えられる(図表2)。入口→中身→出口まで一貫して、その大学らしい人材をどのように育成していくのか。どんな学生に来てほしいのか、高校卒業までにどのような準備をしてきてほしいのか。その意味では、まさに入試は「受験生へのメッセージ」。各大学がどのようなメッセージを発信していくのか、これからの注目ポイントとなりそうだ。

※参考:詳しくは、カレッジマネジメント2014 年184 号「入試は受験生へのメッセージ」特集も併せてご参照いただきたい

中長期を見据えた私立大学のセグメント別マーケティング戦略

 2025年は、18歳人口が再び減少し始める、いわゆる「2018年問題」から8年後にあたる。この間に18歳人口は、10万人以上減少する。大学進学率を現状の50%と仮置きすると、5万人が市場からいなくなる計算だ。そうすると、入学定員500人規模の大学が100校なくなっても、おかしくないくらいのマーケットインパクトになる。国立大学は、2013年の「国立大学改革プラン」に基づいた第3期中期目標が2016年度から動き出す。一方、マーケットの影響を直接受けやすい私立大学は、より社会環境の変化を見据えたマーケティング戦略が必要になる。

 私立大学は603校(平成26年学校基本調査)存在しており、戦略を考える上では、ある程度のセグメントを分けて考えざるを得ない。ここでは、「大学の規模」と「志願倍率」を軸にセグメントし、それぞれの大学の置かれたポジションごとに、マーケティング上の課題を考えてみたい。あくまで、今後の戦略の考え方の一つとして捉えていただきたい。

 図表3は、横軸に入学定員規模をおいている。日本私立学校振興・共済事業団私学経営情報センター(以下、私学事業団)が発表する志願者動向では、全体として入学定員800人未満の区分において定員未充足となっていることなどを参考に、750人と2500人で区分を分けた。入学定員規模750人では在籍者で3000人規模、定員規模2500人では10000人となる。縦軸には志願倍率を置いているが、近年「実質倍率」が把握できないため、公表される「名目倍率」である。名目倍率は、もちろん大学にもよるが3倍ついていないと、定員未充足となる割合が高い。これも私学事業団の志願者動向によると、2014年度入試結果の平均倍率が7.53倍ということで、8倍以上を高倍率とした。

①【大手総合人気大学群】 (リーダー)

 大規模高倍率のセグメントを「大手総合人気大学」と区分する。この区分は、マーケティング上では、リーダーのポジションになる。業界を主導する立場であり、フルラインアップで市場全体の規模を拡大させることにある。つまり、海外の有力大学と伍して戦い、日本の高等教育マーケットを牽引する役割がある。このセグメントの大学は、2018年までに法人としてのブランド校のポジションを確立し、グローバル化への対応が必須になる。また、日本国内では、国立大学との優秀な学生の争奪戦となる。2025年に向けては、総合大学の領域強化策として他大学との吸収・統合(M&A的拡大)や収益構造の多角化といった戦略、国内外を含めた学生の多様化が課題となるであろう。

②【中規模中倍率大学】 (チャレンジャー)

 中規模中倍率大学群は、マーケティング上では、チャレンジャーとなり、業界上位のシェアを持ちながらもトップシェアではない大学群となる。ただ、地域によっては、このセグメントが地域のリーダーとなっている場合もある。このセグメントの戦略としては、①のリーダー群とは異なる価値創造を意識しながら、2018年までに生き残り大学としてのポジションを確立することにある。なぜ、このセグメントでも“生き残り“なのか。それは、今後少子化の進行が想定される中では、志願倍率の下方圧力が高まるため、現在このセグメントでも、安心することはできないと考えられるためだ。また、今後地域の少子化に対応するため、地方都市を中心に強化が考えられる公立大学との競争も激しくなる。また、大学ブランド力が低下すると、付属校の募集悪化が懸念される。そうした未来に向けて、提供する価値の明確化を進めながら、その価値に合った学部学科の再編や地域社会や企業との連携、卒業生の組織化等が課題になるであろう。

③【カテゴリーキラー】 (ニッチャー)

 小規模高倍率群となる、このセグメントを私はカテゴリーキラーと呼んでいる。マーケティング上では、ニッチャーと言われ、業界内でのシェアは小さいものの、独自のブランドや個性によって、特定市場の支持を集めるセグメントである。このセグメントは、大学や学生にどのような個性を持たせるか、それを社会に浸透させるかが最大のポイントとなる。このセグメントには、教養、医療、国際、資格等特定分野に強い大学が多く存在する。今後は、どのような人材を育成するかが課題になる。例えば、同じ看護師でも、大学院まであるのでプロフェッショナルな看護師、チーム医療に強い看護師、ホスピタリティにあふれる看護師、英語ができる看護師等、どのような付加価値をつけて社会に送り出すかが大きな課題となるであろう。

④【淘汰予備軍】 (フォロワー)

 規模によらず、恒常的に定員割れの状態が続いている大学群となる。お叱りを受けそうな名称になってしまったが、2025年には机上の計算では100校以上がなくなってしまう。現実にそんなことが起こるかどうかは不明だが、残念ながらそうした対象となってしまっているということである。地域によっては、チャレンジャーの次のセグメントが、このセグメントという場合も少なくない。マーケティング上でいうと、フォロワーと呼ばれ、トップシェアを狙う位置にもなく、カテゴリーキラーのように特定市場での際立った独自性も有していない。現状、毎年の定員確保、専門学校との学生争奪戦、確保した学生の学習意欲の醸成に経営パワーの多くが割かれていると考えられる。このセグメントの課題は、まずは地域で選ばれるための価値を明確化することにある。その価値に基づいて、適正な定員規模でカテゴリーキラーを目指すのか。それとも、学部学科の再編や、地域で活躍できる人材の育成等、抜本的な改革によってチャレンジャーの位置まで引き上げることができるかが課題となる。

セグメント別の広報・募集戦略

 募集戦略を見てみると、志願倍率が高いほど、中長期の広報戦略やブランド戦略に力をいれることができる。一方で、倍率が低いほど、短期の企業でいうところの販売促進的な戦略を取らざるを得なくなる。いずれにしても、どの私立大学にも、建学の精神や教育理念があるはずであり、大学での経験価値を通じて、どのような人材を送り出すのかを明らかにすべきである。これこそが大学の存在価値であり、社会に発信していくことで、理念に共感した学生を確保していくことがますます重要となってくる。

18歳以外のマーケティング戦略

 以上は、18歳をターゲットとしたマーケティング戦略だが、2018年以降の市場縮小に向けて、今から検討しなければならないことを図表4に整理した。実は、これは2012年175号の特集「2020年、その時大学は」に私が書いた記事の再掲である。つまり、2012年からそれほど環境は変わっていないとも言える。既に予見されていることとして、(1)産業構造が変化することによって生じる社会人の学び直しニーズ、(2)元気な高齢者が増えることによるシニア層の学びニーズ、(3)世界の留学生増加に対応した学生交流ニーズ、が考えられる。これらのニーズに対応するため、①〜⑥のポイントを挙げている。前回の記事から3年経って、進展しているのは、⑤が残念ながら大学主導ではなく、政府主導で検討され、職業教育を行う新たな高等教育機関の創設を2019年を目途に行うことが発表されたことである。また、⑥のオンライン教育についても、MOOCsが話題になっているものの、実際は初等中等教育の方で活用が進んでいるように思える。

 特集巻頭(4ページ)にも書いたが、未来は見えないし、正解もない。まさに、大学こそ過去に学び、未来を創造する公器ではないだろうか。今日と同じ明日が、10年後もある保証はどこにもない。まずは18歳人口が再び減少フェーズに入る2018年までが重要だ。この期間を“受動的”に過ごすのではなく、知恵を働かせて“主体的”に未来を選択していくことが必要である。受動的から主体的に、これこそ大学が学生に求めているものなのだから。

小林 浩/本誌編集長