「社会リーダー」創造のための未来図高等教育機関に求められる役割とは
高等教育機関に求められる役割とは
少子高齢化やグローバル化・IT化等によるかつてない社会構造の変化や、外交やエネルギー問題等の高度な課題に直面している現在の日本社会において、切望されながらも不足しているのが、リーダー人材だと言われている。この度リクルートワークス研究所が発表したレポート「『社会リーダー』創造のための未来図」をもとに、現代における「社会リーダー」の特性やメカニズム、より多くのリーダー層を育成するために高等教育機関に求められることを寄稿してもらった。高等教育機関における人材育成の考えかたの、一つの参考として頂ければ幸いである。
日本は今、数多くの「社会リーダー」を待望している
世界の最先端を走る成熟国家・日本。人口減少、少子高齢化、国内市場の飽和・衰退といったインパクトが社会にもたらす影響が極めて大きいことは、既に国民一人ひとりが感じ始めている。
こうした閉塞的な状況を打破し、新たな社会を創造するために、「社会リーダー」が生まれることが待望されている。新たな社会価値を創造し、人々の未来を豊かにすることを、自らの使命と自覚している「社会リーダー」が、それも、ごく一握りの存在ではなく多くの社会リーダーが継続的に生まれていくことが待望されている。
リーダーという言葉は、我が国においては、国家や企業・団体やチーム等のトップ人材と同義で使われていることが多い。確かに、先行研究※においても「Elected Leader(選挙で選ばれたリーダー)」「Appointed Leader(任命されたリーダー)」という類型が掲げられている。しかし、この研究では、併せて「Emergent Leader(自然発生的なリーダー)」という類型も掲げられる。既存の組織がない状況の中で、ある事象・課題に対峙するために立ち上がる、というリーダーだ。
本来的なリーダーの意味は、この「自然発生型リーダー」に近い。ある人が、自身の想いを持って立ち上がり、その想いにフォロワーがついてくるところで、初めてその人は、リーダーとなるのだ。組織のトップの座に就いていても、立ち上がったり事を起こしたりしない人はリーダーではない。それまでより良いやり方をとることで組織をより良い状態にする人材は、マネジャーとしては優れてはいるが、リーダーとは呼べない。
こうした先行研究を踏まえ、私達は、社会リーダーを以下のように定義した。
- 社会に対する強い想いと使命感を持っている
- 事を起こす起業家・企業家である、あるいは、個人であっても周囲を巻き込み、チームとして社会を変えているプロデューサーである
- 成長期・拡大期の延長上にある新製品・サービス・市場、技術ではなく、「それが生まれ、社会に浸透することで、既存の旧弊的な常識や制約等の枠組みが崩れ、成熟社会にふさわしい新たな価値が創出される何か」を生み出している
※ House, Robert J. and Mary L. Baetz, 1979, "Leadership: some empirical generalizations and new research directions," B. M. Staw ed., Research in Organizational Behavior 1, Greenwich, JAI Press, 341-423.
インタビューから浮かび上がってきた、社会リーダーの特性とは
社会リーダーを数多く輩出するためには、まず、社会リーダーとして活躍している人材が、いかなる特性を持っているのかを明らかにする必要がある。
そこで、私達が「社会リーダー」と呼ぶにふさわしいと判断した方々17名へのインタビューを行い、その特性を抽出した(図表1)。
社会リーダーは、何はともあれ「社会課題に気づき」、その「社会課題を『我が事』ととらえる」ことができなくてはならない。この2つは社会リーダーにとってのスタートライン、必要条件である。この必要条件は、彼らに共通する思考特性に支えられているものだ。
「社会課題に気づく」ことができるのは、社会を見つめる温かい目と、よりよい形を思い描く力を持っているからである。そして、見つけた「社会課題を『我が事』ととらえる」ことができるのは、人と違うことを恐れない姿勢を持っているからである。こうした姿勢のベースには、高い自己肯定感が存在する。
彼らは自分の取り組む社会課題を解決する段階では、型にとらわれないでリスクを取り、人を巻き込む。そしてぶれない。また、社会課題の解決というプロセス全体を面白がる。こうした行動特性で活動を続けた先に、彼らは使命感を持った社会リーダーになるのだ。
以降では、社会リーダーの持つ思考特性をより詳細に見てみよう。
社会課題に気づく/社会を見つめる/よりよい形を思い描く
「社会課題に気づく」とは、世の中にある不自由さや理不尽さに気づき、その課題を解決する仕組み構築の必要性・可能性に気づく、ということである。
豊かな日本社会に暮らしていると社会課題を見過ごしてしまいそうだが、社会リーダー達は、自分とその周辺よりも少し「遠く」を見渡そうとする視線と、そこで暮らす人々のリアリティを感じ取る感受性を持ち合わせている。
また、社会に存在する課題に気づく時、彼らはそれを構造的に捉える。彼らは、自分が出会った「困っているひとりの人」に、単に自分の手を貸すだけではない。そもそもこうした状況に人が陥らないようにするためにはどうすればよいのか、こうした状況になってもすぐに回復できるようにする仕組みはないのか、という発想で物事を見ているのだ。
社会課題を「我が事」ととらえる/人と違うことを恐れない/自己を肯定する
日々の生活の中で「社会課題に気づく」ことがある。しかし、気づいたとしても、それを自分自身で解決しようと立ち上がりはしない。それが常人の発想だ。だが、社会リーダー達は、見つけてしまった課題を「自分自身で解決しよう」と思ってしまう。
多くの普通の人々は眼の端で捉えても素通りしてしまう社会課題に「我が事」として向き合える社会リーダー達には、「人と違うことを恐れない」という共通した思考特性がある。そして、彼らがそのような選択ができるベースとして共通して持っているのが、「自己を信じ肯定する」力である。
自分を信じ肯定できている人は、自分の意思決定や判断に、自信を持つことができる。また、人が自分のことをどう思うか、ということに必要以上に振り回されることがない。
社会リーダーになる人々は、自己を肯定することができるが故に、他者と違うことを恐れない。だからこそ、社会課題を前に素通りするのではなく、我が事としてその解決という道に飛び込むことができるのだ。
より多くの社会リーダーを生み出すための、3つのメカニズム
社会課題に気づき、社会課題を我が事ととらえ、使命感を持つに至る社会リーダー。彼らを世にたくさん送り出していくためには、以下の3つのメカニズムが機能することが肝要となる。(図表2)
一つ目は、醸成メカニズムだ。彼らの持っている必要条件、特性をより多くの人が獲得できるようにするために、日常的な環境に、特性形成につながる価値規範に触れる機会や、特性形成を促す経験機会を埋め込んでいく。
二つ目は、輩出メカニズムである。社会リーダーの希望者、社会リーダーとしての可能性を持った人材を表出させ、育成・支援の機会を提供していく。
三つ目は、社会認知メカニズムである。活躍している社会リーダーを、社会全体のロールモデルとして広く世に知らしめることにより、社会リーダーを目指す人材・社会課題解決に取り組む企業を増やしていく。
このうち、特に醸成メカニズム、輩出メカニズムが機能するために、教育機関の果たす役割は大きい。醸成メカニズムは、初等、中等、高等教育の質を、キャリア教育という側面から高めていくことで、より機能するものになる。また、輩出メカニズムの一部は、高等教育の変革によって、より機能するものとなる。論点は多々あるが、高等教育機関に期待される役割は、大きく以下の三点に集約できる。(※図表2の赤字の項目)
- 「社会リーダーたらん」とする人材をいかに生み出すか(Vision7)
- 「社会課題に気づく」人材をいかに育むか(Vision2)
- 「社会課題を『我が事』ととらえる」人材をいかに育むか(Vision3/9)
Vision 7
「社会リーダーたれ」というメッセージを、人材の発掘・選抜機会に埋め込む
人生には節目があり、その節目に即して、人は何らかの意思決定をしていく。大学に進学する、企業に就職する、組織のマネジメントポジションに就く、等。
これらの機会は、社会の視点から見れば、次世代の人材を発掘・選抜していく機会でもある。そして、社会は、社会リーダーの輩出を待望している。ならば、このような節目=発掘・選抜の機会に、社会リーダーでありたいという気概を持っているか、社会リーダーが持っている特性を有しているか、を問うていきたい。
社会が激変し続ける今においても、社会に埋め込まれているメッセージは「知識吸収型の勉強を重ね、高い偏差値の大学に進み、安定的な雇用機会を獲得する」という旧弊な価値観に彩られている。そこに風穴を開けることで、フロントランナーの意識を変えるのだ。
影響力を持ったリーディング大学が、入試制度を全面的に改める中で、こうしたメッセージを埋め込むことにより、社会全体に、社会リーダーが待ち望まれていることが伝播すれば、その精神は人口に膾炙していくに違いない。
例えば、イギリスのローズ奨学金が設けている選考基準は、こうしたメカニズムが機能している好例だ。オックスフォード大学が留学生を対象として設定している世界最古の奨学金制度である同奨学金は、数多くの社会リーダーを輩出しているが、奨学金の対象となる学生の選考には以下の4つが基準となっている。
- 1. 文芸及び学術的業績
- 2. クリケット、サッカー等の野外スポーツを愛する心と、それらにおける成功
- 3. 真実、勇気、義務への献身、弱者への思いやりと保護、親切心、無私、友愛の資質
- 4. 道徳的力強さとリーダーシップ能力を学生時代から発揮していることこうした取り組みを、日本にも増やしていきたい。
Vision 2
「社会課題」との出会いは違和感から。その違和感を持ち続けさせるために
社会課題に気づく、という必要条件を備えている人は、決して少なくないように思われる。しかし、現代においては、他人の心や傷を推し量るセンサーを心の中に持たない若者が増えていると指摘する声がある。特に、一流大学のエリート学生に、その傾向は顕著だという。恵まれた環境で生きてきて、人間という存在についての問題意識や、自分自身の存在感を揺るがすような葛藤や矛盾を経験したことがない、つまりは「社会というものをリアルに感じる機会が欠如している」人材が増えているのだ。
そういう人も、きっと違和感は抱いている。しかし、常識や一般的な社会通念に囚われ、社会の本来あるべき姿をイメージすることなく、その違和感をやり過ごしてしまう。それは、日本の教育システムに埋め込まれている「与えられた問題の正解探し」というパラダイムとも無縁ではない。
大学への進学は、そのパラダイムのリセットの絶好の機会であるはずだ。日常生活の中で感じている違和感を題材にしながら、「自ら問題を設定し、より良い解決方法を自分の頭で考える」というパラダイム転換を促すのだ。それは、本当の意味での教養を身につける基本姿勢と言い換えられるだろう。一橋大学元学長である阿部謹也 氏は、著書「『教養』とは何か」の中で、教養を「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」と定義している。そのような人材こそ、今、社会が求める人材であり、社会リーダーの礎となるものである。
Vision 3/9
「人と違うことを恐れない」に至るために、誰とも違う自分に出会う機会の創造を
社会課題を我が事と捉えられる人は、「人と違うことを恐れない」という思考特性を持っていた。この特性は、同質性の高い日本においては、なかなか育ちにくいものだ。
「誰とも違う自分」を、誰しもが持っている。取材に応じてくれたある社会リーダーは「その人しか今まで経験していないこと、問題意識を持たないこと、嫌だと思わなかったこと、いいと思わなかったことがある。結局全員、社会リーダーになれるし、なるべきだと思う」と言い切った。しかし、正解探し型の画一的な教育や、新卒で正社員にならないと脱落してしまうかに見える単線的なキャリアパスは、多くの人を「誰とも違う自分であること」から遠ざけてしまう。
人と違った考え方、問題意識、選択をすることは、素晴らしいということを多くの人に実感してほしい。それを実感できるのは、出自、世代、価値観等が異なる、多様な他者が集う場であるはずだ。そうした多様な他者との接点を通して、ひとは己を省み、誰とも違う自分を自覚する。
このような良質な内省の機会を大学キャンパス内に創出したい。同世代の同質的な大学生だけではなく、留学生、社会人学生等、多様な他者が在籍し、交流することが肝要である。海外への留学という機会は、その最たるものだろう。また、産学協働、地域協働は、こうした観点からも、「活きた社会をリアルに感じる機会」という側面からも、極めて望ましいものだ。
リーダーは、一部の人がなればいいのではない。全ての学生にリーダーシップを。
最後に、改めて、リーダーについて触れておきたい。
近年、大学内に私塾的なコースを設定するなど、少人数の選抜型リーダー育成カリキュラムが散見される。高い実効が挙がっているものもあると聞く。
このような取り組みは高く評価したい。しかし、その他大勢の大学生はリーダーシップを持たなくていいのかといえば、それは違う。冒頭にも記述したように、今、日本は多くの社会リーダーを必要としている。そしてそのリーダーは、企業・団体等の組織のポジションに就くことによってではなく、自らの想いを実現するために自発的に立ち上がる、つまりはリーダーシップを発揮することによって、初めて生まれる。
社会課題に気づき、その社会課題を我が事と捉え、立ち上がる人材を育成することは、一部の大学だけがやることではないし、一部の大学生だけに必要な能力でもない。グローバルな社会課題や、日本全体の大きな社会課題と同時に、各地域、各分野においても、たくさんの社会課題が日々発生している。多くの大学が、社会リーダーを育て輩出するという矜持を持って、それを教育に反映して頂くことを強く願っている。
【PROFILE】
豊田 義博(リクルートワークス研究所 主幹研究員)
1983年株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)に入社。就職ジャーナル、リクルートブック、Worksの編集長を経て、現在は研究員として20代の就業実態・キャリア観・仕事観、新卒採用・就活、大学時代の経験・学習等の調査研究に携わる。著書に『若手社員が育たない。』『就活エリートの迷走』(以上ちくま新書)、『「上司」不要論。』(東洋経済新報社)、『新卒無業。』(共著 東洋経済新報社)ほか。専門はキャリア論、世代論、学習理論、組織行動学。
リクルートワークス研究所
「『社会リーダー』の創造」研究プロジェクトによるレポート全文が、以下のホームページにてご覧頂けます。
http://www.works-i.com/research/leader/