企業の採用活動から見た「相互選択型入試」の可能性

大学入学者選抜に求められている構造は、企業の採用活動に近い

 現在の企業を取り巻く環境は非常に厳しい。経済の成熟化、人口減少、超高齢化、顧客の志向の多様化、興味の短期サイクル化、競争のグローバル化等、キーワードをあげればキリがない。そのような環境下でも競争を勝ち抜き常に持続的成長が求められる企業にとって、「競争力の源泉である人財を最大限活用すること」は最重要課題である。そしてそのためには、個々の人材がその持てる力を効果的に発揮するため、入社時に本人が納得度(モチベーション)の高い状態で入社し、成長し、活躍人材になっていくというサイクルを回すことがとても重要になってくる。

 そこで企業は、「採用・配置・育成・評価・等級・処遇・代謝」という人材マネジメントシステムをいかに一貫して機能させるかに、長年知恵と工夫を凝らしてきた。

 一方で大学においても、昨今、大学教育の成果(アウトカム)により注目が集まるようになってきているが、各大学が持つ教育理念やディプロマ・ポリシーの実現のためには、できるだけその大学の個性や特性に合った学生を入学させ、教育によってその後の成長を促し、十分な知識と経験を得て、満足度高く卒業していくというサイクルを創りだすことが求められている。

 特にその起点となる入学段階において、その後の成長期待値の高い学生を選抜し、モチベーションが高い状態で入学してもらうことが重要となる。そのためには、大学と学生がより互いの個性を理解したうえで、マッチングレベルの高い選択を行うことが必要であろう。

 まさにこの点が、企業の採用活動の本質部分に近いところであると考えられるため、本稿では、企業がこれまでに試行錯誤し磨いてきた採用活動のノウハウを具体的にお伝えすることで、今後の大学における入試改革の何らかのヒントになれば幸いである。

企業の採用活動とは

 まずは、企業の採用活動はどのようなものかについてお伝えしたい。その内容を理解するには、3つのポイントにそって見ていくと分かりやすい。順に1つずつご説明しよう。

①大学の募集活動に似た、「5つのプロセス」

 企業の採用活動のプロセスは、大きく5つに分解できる。図表1の中段にある矢羽根がそれに当たり、母集団形成・動機づけ・選考・意思決定促進・受け容れ準備の5ステップで表現できる。倫理憲章による広報活動解禁の3月からカウントすると1年強の期間を通じて、この5ステップを1つの年間プロジェクトとして様々な施策(上段にある項目が具体例)を打ちながら毎年推進していく。

 お気づきのように、これは大学の募集プロセスの構造とよく似ており、それゆえ企業の採用活動の中に、募集プロセスの質を高めるためのヒントがあるのではないか、と考えている。特に、学生側に理解を促し、自らにフィットすると納得したうえで決断に導くプロセスであるステップ2・4・5が、今回の入試制度改革では参考になるのではないだろうか。

②採用活動が目指すゴールは「全員活躍」

 冒頭でもお伝えしたように、企業では「採用・配置・育成・評価・等級・処遇・代謝」という人材マネジメントシステムをいかに一貫して機能させるかが重要視されているが、その本質は、社員一人ひとりがその持ち味を生かし、活躍し成長することにある。

 それは、「一部の優秀層だけが活躍する」ことではない。複雑かつ多様な機能からなり、その連動性が求められる企業という機能体が高い生産性を上げるためには、「全従業員が活躍する」ことが求められるということを意味している。

 企業はこの「全員活躍」状態を作るために、新しい仲間を外部から調達する「採用活動」において、様々な創意工夫をしている。その代表的なものを挙げてみたい。

  • 入社後の定着・活躍・成長を実現するために、採用と入社後を連動させる。
  • 自社の事業・風土・仕事に納得度を高めたうえで入社を決断できるように学生に関わる。
  • 高い採用力を実現するため、トップから新人までが関わる「全社活動」にする。
  • それを継続的に高めるため「PDS サイクル」の仕組み化を行う。

③KFSは「個性化」と「マッチング」

 それらの創意工夫に芯を通し、採用活動の成否を分けるKFS(Key Factor for Success)となるのが『個性化』と『マッチング』である。

 『個性化』とは、自社が他社と違う特徴は何か?ということを明確にすることであり、「人材要件」に込められる。

 また、『マッチング』とは、自社の個性と、学生の個性をマッチさせ、フィットする人材を入社に導くことであり、「人材要件」を軸にした「採用活動全体の施策の中の機能」として込められる。

採用の軸となる「人材要件」を、企業はどうデザインしているのか

 「人材要件」は、それぞれ成り立ちも強みも異なる企業が、自社の将来を託していく人材の基準であり、企業の個性が最も表れる。では各企業は、それを具体的にどのように表現しているのか。また採用活動の現場で活用するために、どのような観点が込められているのだろうか。

<価値観・考え方・働きぶりを込める>

 企業が軸として設定している人材要件の具体例を見ていく。2016年新卒採用時にホームページ上で発信していた、日本を代表する製造業2社の人材要件に注目してみたのが、図表2である。

 読者の皆さんは2社を比較してみた時にどのような違いを感じられるだろうか。人や組織に対するフォーカスの当て方に大きな違いを見て取れるのではないだろうか。一見「主体的」「主体性」という言葉は一致しており、同じようにも思えるが、個の想いを重視した「意志」中心の表現になっているホンダ社に対して、組織で目指す高い目標に沿った個の「役割」をベースにした表現になっているトヨタ社という違いが表れている。

 それらは特に採用メッセージに強く込められており、ホンダ社の「どうなるかじゃない、どうするかだ。」は非常に特徴的である。

<継承し続けるもの、変えるべきもの>

 そもそも、採用活動のなかでも特に新卒採用は、未来を創る活動であるといえる。

 成長し数年後に戦力になる採用者が活躍している状態とは、どのような姿なのか。その設計はまさに未来を設計することそのものであり、つまり、それは「どのような状態にしたいのか」という意思の問題であり、経営の意思決定そのものといえる。

 ただ、ここで大きな問題になるのが、その「未来を創る」意思の中にどのような観点を込めるのかであり、そこに求められるのは経営者が常に抱える次のような相反問題になる。「継承し続けるものと変えるべきもの」、「共通して求めるものと多様であって良いもの」、そして「今日を支えることと未来を創ること」である。それらを同時に満たす状態を作ることが経営の本質といえるが、そのなかでも採用活動には「新しい人材を迎えることでその相反を同時に満たす状態を実現すること」が求められる(図表3)。

 ここで、ホンダ社の人材要件についてもう一段掘り下げてみたい。図表3でお伝えした「人材要件に込めるべき3つの対立軸」を活用して、ホンダ社の人材要件を分解してみたのが図表4である。

 ホンダ社の社員には、普遍的にHondaismを求めながら、一方で激しい変化の中にあるグローバル競争下においてそれぞれに対し常に創意工夫を求めていく。また、一人ひとりの意欲と主体性を絶対的に求めつつ、様々な属性の個々が様々な得意を持つ多様な状態を良しとする。そして、事業を推進し成長させていくため、個々に対し着実に今日を支えることと挑戦し明日を創りだすことを同時に求める。そのようなメッセージが発信全体の中から見えてくる。このように、それぞれの企業では自社の個性化を行い、それを「人材要件」という形で採用活動の判断基準に据えることで、自社の将来に必要な人材を確実に採用する活動を行っている。

活躍人材を生み出すリクルーティング

 前述の通り、「人材要件」は採用活動の方向性を決め、判断の基準となる重要な要素である。そのため、それを正しく捉え、採用施策の中に一貫して反映させないと採用活動をミスリードしてしまうことになる。ここからはそれをうまく反映させ、競合に負けない強い採用活動を行っている企業のポイントを見ていきたい。

<「人材要件」を軸にした一貫施策で、多様な個と自社をマッチング>

 採用が強い企業は、人材要件を全ての施策に生かしている。全ての施策が人材要件を基準にして設計され、一貫した判断基準によって運用される。これが施策間を連動させ、採用活動を向かいたい方向に導いていく。

 具体的には、動機づける際のメッセージを人材要件の持ち主に響く内容にする。選考する際の採用基準を人材要件に基づくものにする。そして、決断を促す際にも決定的なコミットメントポイントを人材要件に沿った内容にする。これが具体的な一貫させた状態だ(図表5)。

 その行き着く先は「多様な個と自社のマッチング」である。今回の冒頭でお伝えした通り『マッチング』とは、学生の個性と、自社の個性をマッチさせ、フィットする人材を入社に導くことであり、一貫した施策の実施がそれを実現する。そして学生と自社の間を強く結びつける。だから採用競合にも負けない強いグリップを可能にし、入社後も厳しい環境下でしっかりと定着し、壁を乗り越え成長する強さを生み出す。

 では、採用が強い企業は具体的にどのような施策を打っているのか。図表5の「てんびん構造」を反映させた例を列挙してみたい。ポイントは一つひとつを場当たり的に実施するのではなく、徹底して行っている点である。掛かるパワー・時間・コストは、ともに決して少なくないことがお分かり頂けると思うが、人的資源がもたらす影響の大きさを踏まえた時、それらは十分に掛けるべきものだと理解しての取り組みになっている。

【動機づけ施策】
  • 自社の人・働きぶり・風土等のリアルを伝えるインターンシップ
  • 口コミ、個別アプローチ、マス広告等マーケティング・ミックスによる採用ブランディング施策
  • 多くの学生に直接接点を作って働きかける大規模イベント
  • 時間と場所の制約を取り払いさらに多くの接点を作るオンライン説明会
【選考施策】
  • 個々の背景・価値観・マインド・能力を深く掘り下げる面接
  • 判断基準の言語化・定量化・訓練による面接能力向上
  • 活用しやすく、記録・蓄積・共有しやすい評価ツールの導入
【決断促進施策】
  • 学生の心の変化を追い、個々に適したTPOで行う決断支援
  • 決断後は個々の状況に沿った不安解消や納得感向上のフォロー

<採用は、社員一丸で取り組む“全社プロジェクト”>

 もう一つ、強い企業が行っていることとしてお伝えしたいのは「一貫性をより高めるため全社一丸となって」採用活動に取り組んでいることである。

 例えば、インターンシップでの協働、OB・OG訪問、研究室訪問、座談会や説明会、面接後の個別フォロー等様々な接点で、学生の自社理解を支え、決断に導く役割として「リクルーター」に多くの社員がアサインされる。

 また、人事部のメンバーだけでなく自社経営の今後を担う現場マネジメント層が、誰を仲間にするかを判断する採用面接者としてアサインされる。

 さらに、将来を支える仲間になるだろう学生に、自社の課題は何なのか、自社の将来をどうしていきたいのか、自らの声で働きかけたり、採用活動自体を経営課題に据え、全社プロジェクトの責任者として推進したりするために、社長を中心とした経営トップが自ら陣頭の指揮をとる。

 そして、忘れてはならないのは、直接学生との接点に登場しない社員のことである。接点を担っている社員が採用に力を割いている時、もちろん業務に支障をきたすわけにはいかない。それぞれ一人ひとりがしっかり支えあっていかなければ、結果採用活動は機能しなくなってしまう。

 このように、採用が強い企業はまさに全社が連動し、一丸となって採用に取り組んでいる。

<多様性を確保するための企業の工夫>

 このように、全社一丸となって一貫した採用施策を打つ企業は採用結果として、どのような状態を実現しているのかについても少し整理しておきたい。

 前述の「多様な状態を作る『人材要件』」という採用基準はどのようなもので、どのように表現されているのか、その具体的イメージにも当たる。

 「人材ポートフォリオ」という概念で捉えると分かりやすい。「人材ポートフォリオ」は人事系ポータルサイト「日本の人事部」の定義を引用すると、事業活動に必要な人材タイプを明確化したうえで、組織内の多様な人的資源を分類し、どの人材タイプがそれぞれ何人いるか、あるいは必要となるかを分析したものとある。

 この観点を活用して、しっかりした採用成果を残している某企業が実現させた採用結果の例を見てみたい(図表6)。

 メーカーであるこの企業の例では、自社にフィットするのはどのような働きぶりタイプなのかについて、「取り組み方コミュニケーション」で区分し、創造・結果・協調・秩序という4分類で分布を見ていく考え方を活用している。そして、実際の採用結果は図表6の右図のように4:3:1:2の分布を戦略的に実現している。

 このメーカーでは、激しさを増す競争に打ち勝つことを狙い、さらに顧客のニーズを先取りし新しい価値を創りだす開発力の向上を実現するため、ここ5年間の採用活動で、図表6の右図のようなポートフォリオで採用活動を行っているためである。

 これは、まさに資産運用の世界で、ポートフォリオの視点からリターンやリスクの異なる様々な金融商品を組み合わせて成果を狙うことと非常に近く、個々の持ち味を生かした戦略的な人材活用によって、企業力を最大限高めることを狙う活動であるといえる。

 一方で、このような状態は、意図し戦略的に取り組まないと決して実現できない。逆にそうしなければ「人材要件」を設定することが、同じようなタイプばかりに内定を出してしまうような採用活動のミスリードにもつながりかねない。

<「人材要件」を軸にPDSを回し続ける>

 最後に、採用活動全体をブラッシュアップし、時代が変わっても、学生が変わっても、活躍人材を採用し続けていくための、PDS(Plan-Do-See)サイクルについても触れておきたい。

 図表7は人材要件と個の成長プロセス、そして採用活動の関係を示している。大学生が企業の採用活動を通じて入社に至り、定着・成長したうえで活躍人材となりパフォーマンスを上げる様子を、入社前と入社後の時間軸に沿って表現したものである。

 この図でキーになるのは、採用活動の基準となる「人材要件」は、パフォーマンスを上げる活躍人材から導かれるということである。その基準に基づいて採用活動を行い、学生を入社へ導く。採用活動そのものにおいて、人材要件に合致する人材が採用できたかという効果検証がまずは必要である(図表7の数字3~5の部分)。ただ、それだけでは不十分だ。なぜなら活躍する人材は、時代や会社の扱う商品、学生の変化等によって変わっていく。そのため、基準となる「人材要件」そのものについても、常にそれが最適かどうかの検証・見直しを行うことで、採用活動全体のレベルアップを図っていくことが求められている(図表7の1~5の全体)。

企業の採用活動から見た、「相互選択型入試」の可能性

 ここまで見てきたように、企業が採用活動において行っている①その企業ならではの“個性”を「人材要件」に込め、②それを一貫した基準にして「適合性(マッチング)」の高い人材を選ぶというプロセスや考え方は、大学がこれから目指す新しい入学者選抜の形、並びに実現したい状態と類似点が多いのではないだろうか。

 人材要件は大学で言うアドミッションポリシーであり、人材ポートフォリオの考え方は、複数の入試形態等によって多様性のある学生を入学させるといった考え方にも応用できるだろう。

 また、人材要件を軸にターゲットとなる学生にメッセージを伝え、そのメッセージに合った選考を行い、さらに動機づけを行い入社の決断を促すといった採用選考のプロセスは、まさにこれから増えてくると考えられる、多面的・総合的評価を行う新しい「相互選択型入試」そのものであると言える。

 さらに企業の採用活動のゴールである「入社後定着・活躍」の考え方も、「大学教育へのスムーズな移行とその後の成長」に置き換えれば、入学者選抜だけではなく、それをどう大学教育に接続するか、どのようなPDSサイクルを回すかといったことのヒントになる可能性がある。

社会で活躍する人材を輩出するために
──高等教育機関に求められることとは?

 課題先進国である日本。その現実を受け止め、この国をさらに発展させていくには、目の前にある前例のない課題に挑み続ける必要がある。そのためには、これまで以上に個々がその持ち味を生かし、「全員が活躍」する世の中を作ることが重要であると考えている。

 その意味では、社会に出る直前の高等教育機関と、その学生を受け取って社会へ接続する企業に期待される役割は大きい。大学は若者の個性や志・能力を教育を通じて存分に引き出して育成すること、そして産業界のコアを成す企業は、事業とその中の仕事を通じてそれらをさらに伸ばし、生かすことで、社会に還元していくこと。それらが我々の使命である。

 高等教育機関においては特に、学生がその理念に沿って学び、自身の持ち味を理解し、存分に発揮できる力を高める「在学期間」をより有効なものとするために、学生の希望や志向と大学の教育、身につく力が合致していること、そしてそれに対する納得度の高い学生を入学させることが重要なのではないかと思う。そして、この点が「今回お伝えした企業の例がその取り組みの参考になるのではないか」、と考える接点である。

 創り出したい状態、そしてその成否を分けるポイントや構造が非常に近い「企業のリクルーティング活動」の中から、貴校が取り組まれる際の具体的ヒントが見つかればと思う。

 そして、今求められているこの変革に積極的に取り組むことが、貴校がさらに素晴らしい教育機関へと前進される機会になることを願ってやまない。


竹内淳一(株式会社リクルートキャリア インフローソリューション統括部 エグゼクティブコンサルタント)
1993年リクルート社。通信事業部にて営業、SE、コンサルタント、人事採用部門での採用業務を経て2004年から人事制度コンサルティングを行う HRR(現リクルートマネジメントソリューションズ)、その後リクルートキャリアに所属。組織マネジャー・プロジェクトマネジャーとしてコンサルティングや営業、サービス開発を行い、11年より現職。製造・サービス・IT・金融・飲食などに対するコンサルティング実績多数。