大学を強くする「大学経営改革」[15] 大学業務の生産性をいかにして高めるか 吉武博通
大学業務における「生産性」の意味
業務の生産性を如何にして高めるかというテーマは、企業、官公庁、教育機関などあらゆる組織において常に問われ続けていくべきものである。
民間企業部門における業務の生産性は、国内外における競争の激化と顧客・投資家からの厳しい要求などを背景に飛躍的に高まっている。従業員に実質的な負担増を強いている面もあり、その真の成果については十分に見極める必要があるが、企業の取り組みに比べて官公庁や教育機関などが大きく立ち遅れていることは明らかであろう。
大学、とりわけ国立大学における業務については、教学・経営の両面において抜本的な改善が必要であり、全構成員が強い危機意識と緊張感を持って生産性向上に向けた取り組みを展開する必要がある。
公立大学や私立大学の場合、国立大学に比べると危機感も強く、より大きな努力や工夫が図られていると理解している。しかしながら、大学ごとに置かれている状況も異なり、取り組みに差があるであろうし、教学・経営の両面で大学業務全体を改めて見直せば、多くの大学で改善すべき点が少なくないことに気づくのではなかろうか。
経済の世界で用いられている生産性指標を大学にそのまま持ち込むことはできないが、教員や職員という大学における最も重要な生産要素を投入して、どれだけの質と量の教育研究成果を産み出したかという発想で、大学業務の生産性を考え、その向上に取り組むことは大いに意味のあることである。分母を教職員数、分子を教育研究成果とする分数の発想である。
その場合、分数の値を大きくするために、教職員数を減らすことに関心が向きがちになるが、そのことで我が国の大学が問われている本質的な問題の解決が図られるものではない。18歳人口の減少という量の問題への対処はもちろん必要であるが、それ以上に重要なのは教育研究の質であり、それを支える経営の質である。
国公私立を問わず多くの大学において教学と経営の両面で様々な取り組みが行われ、大学もその実態を変貌させつつある。しかしながら、トップマネジメントや教職員の意識構造、教育研究の本質的な部分、組織運営などにおいて、本来変革されるべき部分がどれほどに変わってきたのか、国際的な視野で教育研究や経営の質を評価した場合に十分な水準にあるといえるのかといった問いに、自信をもって答えられるだけの変革が行われてきたとは言い難い。
本稿においては、教育研究の質とその基盤である経営の質を画期的に向上させるために大学業務の生産性を如何に高めるかという問題意識に基づいて論を進めることにする。
業務の生産性という場合、会議や稟議などの意思決定のあり方、情報技術(IT)の利用、アウトソーシングといった目に見える部分に関心が向きがちであるが、問題を深く掘り下げて、業務の基盤となるべき構造的要素の見直しを行わない限り、根本的な解決にならない。
業務の生産性の基底をなすその構造的要素とは、「構成員個々の職務遂行」、「組織の編成と運営」、「職務の設定と戦力の配分」の3つである。
構成員個々の職務遂行
最も基本となる要素は構成員個々の職務遂行である。組織で仕事をするといっても構成員がそれぞれの役割分担に応じて職務を遂行するその総体が組織の仕事であり、業務の生産性は何よりも構成員個々の職務遂行のあり方に大きく依存しているのである。
構成員個々の職務遂行の成果を最大限に高めるためには何が必要であろうか。動機付け(Motivation)、権限付与(Empowerment)、方向付け(Direction)、行動基準(Principle)、能力・力量(Competence)の5つの要素が特に重要であると考える。
以下、それぞれについてそのポイントを述べる。
【動機付け(Motivation)】
構成員に対する動機付け(Motivation)が全ての出発点である。教育を最大の使命とする大学という組織において、教員や職員のMotivationに対する配慮が思いのほか欠けていることに強い危惧を抱いている。
自己の興味・関心に基づき研究を進めている教員のMotivationに、組織としてどれだけ気を配る必要があるのかについて明確な説明はできないが、個々の教員との対話や若手教員グループとの議論の後に、大学運営に関する問題意識を共有できたという実感を得ることも少なくない。組織への帰属意識が乏しい面があったとしても、教員も一人の構成員である。問題意識を共有し、組織運営に参加しているという実感を持つことによりMotivationが高まるという側面を大学はより重視すべきである。
職員については、近年急速に大学職員の役割の重要性が認識され、それに相応しい処遇もなされるようになってきたが、全体としてみればトップマネジメントや教員の職務に対する補完的な役割に止まり、周囲も職員自身もその認識から脱却できていないように思われる。国立大学においては特にそれが顕著である。教員と職員という身分制の要素を色濃く残す体制を、構成員一人ひとりの職責を明確にした運営体制に転換した上で、これまでとは異なる新たな職員像を確立する必要がある。職員のMotivationを高めるためにはそれがベースとなる。
【権限付与(Empowerment)】
大学職員の仕事を観察すると、課長クラスでも自身の責任と権限で物事を判断・処理するケースが極めて少ないことに気付く。教員組織の長か職員組織の上位者に決定を委ねるだけの起案者か伝達者である期間が長期にわたると、自分で新たな課題に挑戦し、リスクをとることを避ける傾向が強まる。そのことが大学組織の活性度を著しく低いものにしているのである。
国立大学の場合、生え抜き職員の課長登用がようやく進み始めたが、近年大学職員に採用される人材の多くはどのような職場でも活躍できるだけの十分な資質を有している。30歳代後半に課長や支店長に登用し、自分の責任で社外と交渉させる企業と同じように、同年代の職員を海外の大学に出向かせ一人で国際交流協定の交渉をさせるくらいにまで権限の付与を行わないと、大学の真の国際化などは画餅に終わるであろう。
【方向付け(Direction)、行動基準(Principle)】
最も生産性の高い理想的な姿は、個別の指示・監督の必要もなく、個々の構成員が自律的に的確な判断・行動、必要な連携・協力を行いながら、組織目的が達成される状態である。
そのためには、大学全体や構成員が所属する組織がどちらの方向に進もうとしているのかが明らかであり、それが構成員に十分に理解されていることと、判断・行動にあたっての原理・原則や重視すべき価値観などが共有されている必要がある。
教育研究現場や事務組織で仕事の処理や問題の解決に時間がかかったり、混乱をきたしたりすることがあるが、大学の方針に関する解釈の違いや何を優先すべきかの判断基準が明確でないことが、それらの原因であることが少なくない。
全ての構成員が理解できる形で方向付けがなされ、判断・行動の基準が明確であれば、それぞれの現場で遅滞や混乱なく業務が進行するはずである。
【能力・力量(Competence)】
能力・力量については、先天的な資質を含めて採用段階で見極められるはずであるから、組織の中で如何にその伸長を図るかが重要になる。その基本はOJT(On the Job Training)であり、それを補完する形で研修(Off the Job Training)を加えるべきである。
OJTにおいて重要なことは、これまで述べてきた4つの要素が十分に考慮されていること、自らの能力・力量の限界に挑戦するような課題が与えられること、適切な助言者が配置されていることである。
また、あくまでも補完的なものにとどまるが、大学の場合、育成すべき教員像や職員像を明らかにした上で、合目的的な研修体系を確立すべきである。部局長や専攻長などの役職に就いた教員に対するマネジメント研修のようなものも不可欠であろう。それにより、教員組織の運営の改善・効率化が進む可能性は大いにある。
業務の生産性という観点から、OJTや研修で身につける必要があるのは、具体的な問題を解く場合の発想法や手順、解決策を提案する場合の文書の作成方法、議論や説明の仕方などである。運営の円滑化や下位者への動機付けのためにコミュニケーションの重要性を理解し、その方法論を学ぶことも重要である。
また、判断力を訓練する必要もある。日々直面する問題は、瞬時または短時間に決断を下せるものか、どれだけ時間をかけても十分な結論を得られないもののいずれかである。そのどちらであるかを見極め、前者についてはその場で判断して問題を先送りしないこと、後者については期限を区切って判断をする習慣をつけることである。「検討してみる」や「考えておく」では、自身の仕事の在庫を増やし、業務のスピードを低下させるだけである。
組織の編成と運営
構成員個々の職務遂行の次に考えるべきは組織の編成と運営のあり方である。その中で本稿において特に強調しておきたいことは、「組織編成原理」、「教員と職員の関係」、「本部・部局・個々の教員の関係」である。
【組織編成原理】
最近はあまり話題にならないが、日本と米国ではどちらの生産性が高いかという議論が経営学者や企業の実務家の間で盛んであったことがある。客観的なデータをもっていずれかの優位性を説明することは容易ではないが、経験的に見て日米両国の組織編成原理には次のような違いがあると考えている。
つまり、日本の多くの組織は部・課という部門単位で機能を設定し、部門単位で活動することが多い。部や課に位置づけられた機能も大まかなものであり、部長・課長や組織内の構成員個々の権限が明記されることは少ない。それに対して、米国の場合は個々の職位(Position)ごとに責任・権限が明確であり、それが職務記述書(Job description)に明記されている。職位ごとに「report to ~」と報告すべき相手が定まっており、これらの職位を線で結んだものが組織になっているのである。どちらが優れているかは一概に言えないが、日本型は部長・課長のマネジメント能力次第で当該組織の成果や構成員の能力伸長に大きな差が生じる可能性がある。
大学の事務組織にあてはめた場合、教員が部長を務め、職員がその指揮下に入る体制や、従来の職員観の中でキャリアアップしてきた部課長の下に、優秀な若手職員が位置づけられるシステムの中で、アドミニストレーターと呼ばれる人材をどう育てるかは難しい課題である。
職員個々の能力・力量に応じて責任・権限と報告すべき相手を明確に位置づけ、関係者と連携・協力しながら自律的に職務を遂行する新たな組織編成のあり方を検討する時期がきているように思われる。
【教員と職員の関係】
これまでも述べてきたように、教員と職員を二分した身分制的要素の残る組織体制や人材配置・育成システムから、これからの大学に必要な業務を最も効果的に遂行し得る機能本位の仕組みに変えていかなければならない。
教育の企画と質の保証、キャリア支援、競争的資金獲得、産学連携と知的財産、国際連携と留学生交流、広報戦略などの業務は多くの大学において重要な戦略課題になっているであろう。それぞれに高度な知識と能力が求められ、情熱を持ってこれらの仕事に専念できる人材の配置が必要になる。
そのためには、教員、職員、外部人材などから幅広く適材を求めなければならない。ただ、外部人材の登用は人件費増にもつながるため、職務遂行能力を有した教員を専任配置するか、職員を育成して配置するかのいずれかの方法が中心にならざるを得ない。これらの職位は教員の職位でも職員の職位でもなく、高度な職務を遂行するために必要な責任と権限を付与された機能本位の職位である。
大学教員という職種は今後も残るが、大学職員というカテゴリーは次第に希薄化し、機能ごとにDirector、Manager、Coordinatorなどのタイトルを持った人材が大学の戦略課題を遂行するような体制にシフトしていかなければならないと考えている。真のプロフェッショナル集団が形成された時に、生産性は画期的に高まるはずである。
【本部・部局・個々の教員の関係】
大学運営において生産性の観点から最も改善が必要と考えられているのは、会議運営をはじめとする意思決定に関わる業務ではなかろうか。部局は自らの研究環境を守るために本部に様々な要求を行い、本部はその調整に時間と労力を費やす。同様のことは部局内においても見られ、部局執行部が個々の教員の利害調整に時間と神経を使う。全学や部局内の会議では、後々問題が起きないように些細なことまで付議・報告され、少数意見を主張する教員のために会議が長時間化することもある。
学長・部局長等によるトップダウンと教授会自治に基づくボトムアップを調和させた新たな運営システムの構築が不可欠である。詳細については別の機会で述べることにするが、国立大学を例にとると、学長権限事項、教育研究評議会付議事項、部局長権限事項、部局教授会付議事項などを、国立大学法人法や学校教育法の趣旨に基づき整理し直して、権限基準表や付議・報告基準表等の形で明確化する必要がある。惰性で評議会や教授会の付議事項としているものも少なくないはずである。
また、会議を効率化・実質化するための運営方法を議事運営責任者が身につけられるように研修やハンドブック作成等の措置を講じる必要もある。
職務の設定と戦力の配分
構成員個々の職務遂行、組織の編成と運営という順に論じてきたが、最後に職務の設定と戦力の配分について述べたい。
大学の業務は、教育研究や学生支援など教学に関わる「直接業務」、それらの基盤となる経営に関する業務などの「間接業務」、新たな課題の設定とその企画・推進に関わる「戦略的業務」の3つに大別することができる。
直接業務は大学の本来機能そのものであり、入試や学位認定などミスが許されない業務が多い。これらの業務についても効率化は必要であるが、完璧さときめ細やかさが何よりも優先されなければならない。
そのことを前提にしながら大学全体の生産性向上を実現するためには、間接業務を可能な限り簡素化・効率化するとともに、それによって捻出した時間や労力を戦略的業務にシフトしていく必要がある。
企業では直間比率が重要な管理指標になる。つまり、営業・調達・生産などの直接部門に対して、総務・経理・人事などの間接部門が多過ぎないかが絶えず問われているのである。
学長・理事長をはじめとするトップマネジメントは大学全体の業務のバランスや戦力配置に目を配り、間接業務から直接業務や戦略的業務にシフトできるように、またそれぞれの業務においてもルーティン業務から創造的な業務にウェートが移るように、職務の設定を行い、戦力の配分を行っていく必要がある。
教職員の働く姿の中で最も強く印象に残るのは入試業務である。特に厳冬の路上に立ち受験生を誘導する職員の姿は大学ならではの光景であり、これらの地道な仕事によって大学が支えられていることを毎年実感する。
派手さや新しさはないが強い責任意識をもって着実に実行される業務と、教育研究や経営の質を高めるための創造的・挑戦的業務の両方が相俟って、大学の生産性が高められなければならない。
(吉武博通 筑波大学理事・副学長 大学院ビジネス科学研究科教授)