大学を強くする「大学経営改革」[18] ユニバーシティ・ガバナンスを考える(その2) 吉武博通

はじめに

 前号では、ユニバーシティ・ガバナンスをめぐる議論に影響を与えたと考えられるコーポレート・ガバナンスの動向について言及し、それを踏まえつつ、大学におけるガバナンスの目的、現状と課題、ガバナンスとマネジメントの関係などについて述べた。

 その中で、コーポレート・ガバナンスの目的が経営者の規律づけであるとの認識に立ち、ユニバーシティ・ガバナンスの目的を、国立大学法人にあっては学長、公立大学法人や私立大学を設置する学校法人にあっては理事長(以下では学長・理事長と表記)に対する規律づけであるとし、学外理事や監事機能の積極的活用、情報開示と評価の重要性などを指摘した。

 本号では前号で述べた内容をさらに深く掘り下げて、①学長・理事長に対する規律づけの目的、②規律づけのメカニズム、③経営・教学の関係と教員自治の位置づけ、について検討することにしたい。

学長・理事長に対する規律づけの目的

 ユニバーシティ・ガバナンスの目的を学長・理事長に対する規律づけであるとした場合、誰のための、何を目的にした規律づけであるべきであろうか。

【ステークホルダーと社会のための規律づけ】

 そのためには、まず国立大学法人における学長の役割と公立大学法人・学校法人における理事長の役割を、経営と教学の関係も含めて明らかにしておかなければならない。

 国立大学の場合は、国立大学法人法により、学長が経営と教学の両方に責任を負うことが明確である。経営事項は経営協議会、教学事項は教育研究評議会でそれぞれ審議され、重要なものは役員会の議を経て学長が決すことになっている。

 ただ、実際にこれらの法定会議の運営に関わる中で、経営・教学のいずれの事項として取り扱うべきか、判断がつきにくい場面に出くわすことが少なくない。例えば、教員の定員や人事制度の問題は人件費問題という経営的側面と教育研究の基盤という教学的側面を有している。教育研究組織の設置・改廃については経営・教学の両方に関わる事項として審議する必要がある。産学連携・知的財産戦略、国際連携、地域・社会貢献などはどちらの事項とすべきか判断が難しい。この問題についてはあらためて後述する。

 公立・私立の運営の実際については仄聞の域を出ないが、私立についていえば、改正私立学校法において学校法人における理事長や理事会の役割が明確に規定された。理事長・理事会が、学校法人が設置する大学の運営、とりわけ教学面にどう関わるべきなのかは実際の運用に委ねられているようであるが、理事長が評議員会に諮問する事業計画には学部・学科の新増設の計画、教育研究における重点分野の決定なども含まれ、また、監事の監査対象である学校法人の業務は経営面のみに限定されず教学的な面も含まれるとの解釈がなされている(「改正私立学校法Q&A」を参照)。

 このように見てくると、経営と教学の関係になお曖昧さが残るものの、国立大学法人においては学長、私立学校法においては理事長が、学生・保護者、卒業生、教職員、地域などのいわゆるステークホルダーに対して、あるいは広く社会に対して、代表者としての責任を負っていることは明らかである。公立大学法人における理事長も同様である。

 従って、学長・理事長に対する規律づけは、これらのステークホルダーと社会のために行われるものでなければならない。

【経営の健全性と教育研究の質の向上が目的】

 次に、何を目的にした規律づけかについては、前段で述べたことも踏まえて、「経営の健全性を確保し、その基盤の上に教育研究の質の絶えざる向上に努めながら、知の創造・継承と人格の陶冶という大学の社会的使命を果たすこと」を目的にした規律づけでなければならないと考える。

 本稿で改めて強調しなくとも、多くの学長・理事長はそのことを十分に認識しているし、その趣旨に沿って法人を運営しているはずである。しかしながら、法人を運営するための能力・資質は絶対的なものではなく、それぞれの法人が置かれている環境や直面する課題との関係において評価されるべき相対的なものである。その時々で当該法人に相応しいリーダーが選任されなければならない。

 また、経営の健全性を確保しつつ、適時適切な施策を実行していくためには、適度の緊張感が必要である。トップ自身の内なる自己規律こそ最も重視されるべきであるが、同時にトップの業務遂行を評価・監督するメカニズムも用意しておかなければならない。

 さらには、環境変化に適応できず、法人自体の存続にも関わる厳しい経営状況に置かれた場合などにおいては、抜本的・構造的な改革が求められることになる。その時にトップにどのような形で改革を促すのか、またはトップを交代させるのかなど、組織としての自律性や自己革新能力が試されることになる。

 これらのメカニズムや自律性・自己革新能力などが備わっていない場合、それによる負の効果は様々なステークホルダーや社会に及び、特に学生・保護者、卒業生、教職員などに深刻な影響をもたらすことになる。

 3割を超える私立大学が定員割れに直面する時代である。国・自治体などの指導・監督を待つことなく、大学自らの見識と能力をもって将来像を描き、その実現に邁進し得る状況を作り出すためにも、確かなガバナンスの構築が求められるのである。

規律づけのメカニズム

 次に、学長・理事長に対する規律づけのためにいかなるメカニズムを用意しておく必要があるかについて述べたい。

 前号では企業においてガバナンスが有効に機能するための5つの要素を示したが、それを大学にも適用すると以下のとおりとなる。

  • 学長・理事長を公正に任免する仕組み
  • 法人として適時・適切に意思決定を行う仕組み
  • 学長・理事長の業務執行に対する実効性ある監督
  • 経営方針・事業活動成果・財務情報等の開示
  • 自己点検・評価と外部評価、所轄庁の指導・監督

【学長・理事長の任免の仕組みや運営方針の公開】

 最初に、学長・理事長の任免の仕組みであるが、国立大学法人の場合は、法定の学長選考会議に選考と罷免発議の権限が位置づけられたことにより、かつての学長選挙に相当する学内意向調査の実施の有無と、実施した場合の結果を同会議での選考にどの程度反映させるかという点に焦点が絞られてきた。

 それに対して学校法人の理事長については、教員選挙で選出された学長が理事長を兼任、教職員出身者から理事長を選任、創立者またはその親族が就任、外部人材を登用など、当該法人の歴史的経緯や置かれている状況等によって実際の運用は様々である。どのパターンが望ましく、いかなるメカニズムで選考すべきかについては、それぞれの法人の事情や見識を尊重すべきであり、一律的・形式的な議論は避けなければならない。ただ、少なくとも、各法人は理事長任免の仕組み、理事長の経歴、理事長自らが語る運営の理念・方針などを広く社会に公開する必要があるのではなかろうか。当該法人の経営とその下に設置される大学の教育研究の質に対する信頼を確保するためには必須と考えるべきであろう。

 (2)の意思決定と(3)の監督については、前号でも述べたとおり学外者である理事・経営協議会委員・評議員と監事機能を有効に活用することが重要なポイントとなる。コーポレート・ガバナンスに関しても社外取締役や監査役の機能強化に重点を置いた法改正や取り組みが行われてきた。名誉職的でなく、またその地位に固執することもなく、豊富な経験や高い見識に基づき率直に意見を述べられる学外者が意思決定に加わり、監事が監督機能を有効に果たすことにより、学長・理事長の意思決定や業務執行に緊張感がもたらされるのである。

【勘所を押さえた実効性・効率性の高い評価】

 (4)の情報開示については、前号で「晒す経営が企業を鍛える」という表現を用い、大学のガバナンスにおいても情報開示が最大の基盤となることを強調した。

 (5)については所轄庁の指導・監督を最小限にとどめ、法人運営の自律性を高めていくためにも自己点検評価と外部評価を積極的に活用すべきと考える。我が国の大学評価は緒に就いたばかりであり、広範にわたり細部に立ち入りながら評価の試行錯誤を繰り返しているのが実情である。厳しい表現であるが、自己点検・評価も外部評価も、共に評価の“勘所”を押さえきれないまま、多大な労力とコストを費やしているように感じられてならない。

 その原因は、経営の健全化を確保しつつその基盤を強化し、教育研究の質を持続的に向上させていくという大学の最も重要な活動について、基本となる考え方や方法論が大学関係者間で十分に共有されていないことにあると考えている。

 企業と大学で最も差があると感じるのは、トップから現場にいたる構成員の“本気度”である。大学を強くするために何をなすべきかを徹底的に考え抜き、本気でそれに取り組む中から勘所がわかる。それを知識として共有・発展させていく中で、大学運営の質も高まっていくはずである。

 評価がガバナンスの有効な要素として機能するためには、勘所を押さえた実効性・効率性の高い自己点検・評価と外部評価が不可欠である。

経営・教学の関係と教員自治の位置づけ

 大学のガバナンスのあるべき姿を追求する際に、必ず行き当たるのは、先にも触れた経営と教学の関係、そして教員による自治の存在である。

 国立大学の学長も公立・私立の理事長も、自治の名の下に様々な主張や要求を行う教員組織とどのように折り合いをつけるのかという点に、最も腐心しているのが実情ではなかろうか。理事会と学部自治の板ばさみになり苦労を重ねる学長も少なくないであろう。

【理事会と大学との責任・権限の明確化が必要】

 私立大学の場合、理事会は法人経営に専念し、財政・施設などの基盤を整えてくれさえすれば、大学の運営は教員が行う、というのが大方の教員組織の論理ではなかろうか。一つの考え方ではある。

 仮にそのような考え方に立つのであれば、理事会は財政・施設などの基盤を整えるにとどめて個別施策には口を出さないかわりに、理事会が学長の任免権を持ち、信頼するに足る人材を学長に据えて執行権限を与え、存分に力を発揮させた上で、その成果を厳格に評価するというシステムを採るべきである。資金を提供する側が、その運用を負託する責任者の任免権も持たず、成果評価も行えないのでは合理的な組織論とは言えない。そのような場合、学校法人や理事会は単なる支援団体と差がなくなり、ステークホルダーや社会に対して誰が運営責任を負うのか曖昧になってしまう。

 一方で、私立大学の中には、学長・副学長だけでなく学部長クラスも理事に加え、学校法人と大学の連携を強化し、可能な範囲で運営の一体化を図ろうとする動きも見られる。この場合の理事会は個別施策の決定・執行にもかなりの程度関与することになる。

 このように、学校法人の理事会の役割・構成、大学運営への関与の度合いなどを見ても、法人ごとに違いがあることがわかる。改正私立学校法では、理事長が評議員会に諮問すべき事項を明記したものの、理事会自体の審議事項については、国立大学法人法における役員会のような明文化された規定を設けていない。

 理事長が学校法人の代表としてステークホルダーや社会に対して責任を負うことを基本にした上で、学校法人及びその理事会と、学長以下大学の執行体制の役割分担や責任・権限をどのような形で明確化していくかが、私立大学のガバナンスの最も根本的な課題であると理解している。

【教員自治をどのように位置づけるか】

 次に、国公私立に共通の論点としてガバナンスと教員自治の関係を考えてみたい。

 大学において、学問の自由の原則の下、教員個々の興味関心に基礎を置く学術研究が全てに優先して尊重されなければならないことは言うまでもない。その一方で、経営と教学は別個の概念でありながら、既述のとおり重なり合う要素があるのも事実である。また、教育・研究のそれぞれの領域で組織的な取り組みが従来以上に求められているという状況もある。

 このような認識に立って教員自治の現状を見てみると、学長・理事長の立場から見た折り合いをつけることの難しさという側面だけでなく、現在の教員自治自体が、長期的観点から見た教育研究の活性化・高度化に真に貢献し得るものなのか疑問なしとしない。

 最大の問題は、教員自治自体が形式主義に陥り、多大な時間と労力を費やしている割には、円滑かつ健全な組織運営に結びついていないのではないかという点である。そのことに疑問やストレスを感じている教員も若手を中心に少なくないのではなかろうか。

 パイが右肩上がりで拡大する時代は、組織の拡充と資金・定員・スペースの獲得に部局の最大の関心があり、それを実現できる部局長が評価された。学長選考もその延長線上にあったと考えてよいであろう。

 それに対してこれからはあらゆる面において質が問われる時代である。限られた経営資源を活用して、教育研究の活性化を図り、質の高度化を進める手腕が学長にも部局長にも求められるのである。また、教職員の配置・育成や精神面・健康面でのケアなど人的資源管理の重要性も一層高まってくる。さらには、国内外を問わず多様な学生の受入れに伴う、きめ細やかな学生支援やリスク対応などのニーズも増大してきている。

 法人運営だけでなく、大学運営や部局運営においても“マネジメント”が極めて重要な要素となってきているのである。そして、ガバナンスの考え方や仕組みがマネジメントの有り様に影響を与え、その逆にマネジメントの質がガバナンスの質を左右することについては前号でも指摘したとおりである。

 このガバナンスとマネジメントの関係の中に、教員自治をどのように位置づけるかが、究極の難問であることは承知のとおりであるが、いつまでも教条主義・形式主義を引きずっていては、我が国の大学の存続・発展の可能性を自ら封じ込めてしまうことになりかねない。

【学長・部局長の選考とマネジメント】

 国立大学法人法が学長選考会議に学長の選考を委ねたように、公立大学法人や学校法人においても理事会が学長を選考する方向で、それを前提にした理事会の構成、選考委員会の要否、学内意向の聴取方法等を検討すべきである。また、国公私立を問わず、部局長は学長が選考する方向で具体的な制度設計を進めるべきである。仮にこれらの検討すら時期尚早ならば、少なくとも、学長・部局長のいずれについても登用する人材の要件を予め明らかにしておくべきである。

 学問の自由を制度的に保障するために必要と考えられる教員自治の仕組みは維持されなければならない。一方で、学長・理事長がステークホルダーや社会に対して広範な責任を負っていることは既述のとおりである。

 ガバナンスとマネジメントの関係の中に教員自治をどう位置づけるかが究極の難問と述べたが、むしろ、ガバナンスと教員自治の両方の目的を満たすマネジメントのあり方とそれを担うリーダーの育成・登用のあり方こそ、優先的に検討すべきなのかもしれない。

 優れた学長と部局長、それを支える教職員スタッフによりマネジメントの質が高まれば、ガバナンスと教員自治の関係も最適点に落ち着くはずである。

おわりに

 2回連続でユニバーシティ・ガバナンスを取り上げたが、深みにはまりながらの執筆であった。とりわけ憲法、学校教育法、国立大学法人法、私立学校法など関係法令を整合的に理解し、実際の運営と結び付けて考えることは容易ではない。一方で、大学改革とそれを支えるガバナンスとマネジメントの強化は待ったなしである。教員自治のあり方を含めて、関係分野の専門家や実務家が広く集まり、本テーマを総合的・集中的に検討し、理論的な裏づけを持ってあるべき方向性を明らかにする必要があるのではなかろうか。



(吉武博通 筑波大学理事・副学長 大学院ビジネス科学研究科教授)


【印刷用記事】
大学を強くする「大学経営改革」[18] ユニバーシティ・ガバナンスを考える(その2) 吉武博通