大学を強くする「大学経営改革」[20] 大学における国際戦略の意義と課題 吉武博通

大学の「内なる国際化」の遅れ

 筑波大学における筆者の主たる担当業務は総務・企画であるが、2007年4月からは国際連携に関する業務が加わり、国際戦略の立案や国際交流の促進などに携わっている。大学を訪れる海外の政府・大学関係者も多く、その応対を通して我が国の高等教育に対する期待の大きさを実感することも少なくない。

 日本で学ぶ留学生数は約12万人にのぼり、海外に拠点を設置する大学も増えるなど、教育・研究・社会貢献という大学の基本的役割のそれぞれにおいて国際交流の重要性は日増しに高まっていると思われる。その一方で、実際に国際連携業務に関わってみて、大学が行う活動やその運営体制など様々な面で多くの本質的・構造的課題が積み残されたままであることを痛感させられる。一言で言えば大学の「内なる国際化」の遅れである。

 このような認識に立って、筑波大学の国際連携の実情も紹介しながら、大学における国際戦略の意義と課題について述べていくことにする。

【世界94カ国(地域)から1,300人を超える留学生】

 筑波大学は新構想大学として創設されて以来、「開かれた大学」の理念に基づき、積極的に国際交流を推進し、2007年12月1日現在で94カ国(地域)から1,357人の留学生を受け入れている。日本学生支援機構(JASSO)が公表した2007年5月1日時点での全国の留学生受け入れ概況によると、国立大学では東京大学、京都大学に次いで3番目に多い。

 留学生の出身国・地域の大まかな構成は中国4割、中国以外のアジア4割、アジア以外2割となっている。JASSOの全国集計では中国が約6割、中国以外のアジア3割、アジア以外が1割弱となっており、それに比べると地域間の偏りは少ないものの、欧米を含めてアジア以外の地域からの留学生を増やす努力も必要と考えている。

 在学段階別構成では、国公私立合わせた全国ベースで約5割の留学生が学部に在籍しているのに対して、筑波大学の場合、一部研究生を含む約8割の留学生が大学院に在籍している。

 もう一つの特色は、公的宿舎に入居する留学生の比率が全国ベースでは2割強にとどまっているのに対して、筑波大学の場合、留学生の約6割が大学構内の学生宿舎に入居していることである。学生宿舎を留学生施策の重要な要素の一つと位置づけ、それを有効に活用していかなければならないと考えている。

【量的拡大と質的充実の両方が求められる留学生施策】

 全国ベースでは2005年度に受け入れ留学生数が12万人を超えて以降、ここ2年間12万人を下回る状況が続いている。筑波大学は2005年度、2006年度と横ばい状態であったが、2007年度に入り再び増加に転じている。

 海外からの留学生が増えることは大学にとって好ましいことであるが、留学生の学力・勉学意欲・生活基盤と、大学が提供する教育・学生サービスの質の両方が満足できるものであるかどうか、従来以上に十分に点検し必要な対策を講じていく必要がある。また不法滞在や外国人犯罪が社会問題化する昨今の情勢に鑑み、厳格な在籍管理を行う必要もある。

 留学生の受け入れが右肩上がりで増加してきたのに対して、海外の大学への留学生派遣については低水準のまま推移している。筑波大学でも過去10年程度横這い状態が続いている。学生の意識・志向や語学力、単位取得上の問題、経済的負担、就職活動の早期化・長期化の影響など、その背景を検討した上で、留学生派遣の拡大に取り組む必要がある。

 このように留学生の受け入れも海外への派遣も、今後は量的拡大と質的充実の両方を同時並行的に進めていかなければならない。

【北アフリカと中央アジアに拠点を設置】

 筑波大学では毎年延べ1,000人程度の研究者を受け入れ、延べ2,000人程度の教職員を海外に派遣して、学術交流を進めている。また、2008年3月現在で43カ国(地域)の大学・研究機関と157の協定を締結しているが、その大半が学生交流とともに研究交流・共同研究を目的としたものである。多くの研究は教員個人の活動による部分が多いが、大学間協定や部局間協定に基づき、国際的なフィールドで組織的な研究が促進されることを期待している。

 筑波大学における特色ある取組みとして、北アフリカ地域及び中央アジア地域との学術交流とそれらの地域をフィールドにした研究の推進を挙げることができる。これらの活動を促進するために、チュニジアに「北アフリカ・地中海連携センター」を、ウズベキスタンに「中央アジア国際連携センター」を設置した。



画像 北アフリカ・地中海連携センター開所式
北アフリカ・地中海連携センター開所式(2006年5月 中央は著者)

 筆者は前者の開所式に参加するためにチュニジアを訪問し、高等教育大臣や農業・水資源大学をはじめ多くの政府・大学関係者と懇談したが、天然資源に恵まれない国でありながら発展を遂げた日本の教育や技術に高い関心と期待を抱いていることをあらためて実感した。現在、円借款を財源にした同国政府のプログラムにより、チュニジアから約30人の留学生が来日、筑波大学ではその半数を博士課程後期学生として受け入れている。

大学における国際戦略の意義

 筑波大学における留学生交流や研究交流など国際連携の現状を大まかに紹介したが、今後、量の拡大と質の充実をバランスさせながら国際連携をさらに強力に推し進めていくためには、より多くの構成員を巻き込んだ全学的な取組みが不可欠である。

 そのためにも、大学における国際戦略の意義を明らかにし、構成員の多くにそれを共有させなければならない。このことは筑波大学に限らず、多くの大学においても求められていることではなかろうか。

 そこであらためて大学における国際戦略の意義を整理してみた。

 第一に、海外の学生や研究者を惹きつけるだけの高い教育研究水準または特色ある教育研究内容を実現するための推進力として国際戦略を意義付けることができる。

 第二は、海外からの留学生受け入れや海外への学生派遣を通して、国際的な教育環境を提供し、異文化に対する理解力やコミュニケーション能力を有する国際性豊かな人材を育成することである。

 第三は、国際的な知の融合やネットワーク化による研究成果の高度化と共通的課題解決のための科学技術成果の創出である。人類社会の将来に関わる課題の解決などその必要性は日増しに高まってきている。

 第四は、日本に親しみ日本を理解する人々を増やすとともに、学術成果・情報・文化の発信を通して、国際社会における日本のプレゼンスをさらに高めるということである。

 第五に、留学生や研究者の受け入れによる人材育成、当該国・地域が抱える課題を解決するための研究成果の移転や共同研究などを通した国際社会への貢献という面も今後さらに重視しなければならない。

留学生交流拡充のための課題

 次に国際戦略における最も重要な施策である留学生交流について、量的拡大と質的充実のための課題を整理しておきたい。

【留学生の視点で入口から出口までのプロセスを点検】

 留学生の受け入れについては、入口としての情報提供・学生募集・選抜、在学中の教育・学生生活支援、出口としてのキャリア支援・卒業生ネットワークなど、ステージ毎に現状を点検し、そのあり方を検討する必要がある。

 情報提供や学生募集については、大学がどのような留学生を求め、いかなる教育を施し、修了後にどのような進路を想定しているのかを予め明らかにしておく必要がある。日本人学生に対するのと同様に留学生に対してもアドミッションポリシーを明確化し、それを英語や中国語等で正しく伝えることが不可欠である。留学後に期待と異なる現実に戸惑う学生も少なくない。それが様々なトラブルの原因ともなり得る。

 選抜については渡日前入学許可の適用を拡大すべきである。2002年度に創設された「日本留学試験」が中国でも利用できるように政府レベルで働きかけを強めるとともに、その他の国においても同試験の利用を促進するなど、母国にいながら留学先を決定できるシステムを整備する必要がある。

【教育と学生生活の両面での日英両言語環境化】

 大学入学後の教育における最大の問題は使用言語に関するものである。世界的な大学間競争において英語圏の大学に優秀な学生が集まる傾向は否定できない。従って、日本の大学においても英語による授業の拡充は必須である。一方で、留学生が日本語や日本文化を理解するための教育も重要である。また、英語による授業に対する日本人学生の理解度も考慮しなければならない。留学生と日本人学生の双方に配慮した、使用言語を含む総合的なカリキュラムの構造化を検討する必要がある。

 学生生活支援ではキャンパスを可能な限り日英両言語環境に変えていくことが不可欠である。筑波大学でも学生向けの通知文書・配布物・掲示等は日本語だけのものが多い。留学生のための相談体制の整備は当然として、情報の量と質の両面で留学生を疎外された状況に置かないように大学として最大限の配慮を行う必要がある。

【公的助成を最大限に活用した経済的支援】

 経済面では授業料免除、奨学金制度、学内における短期雇用、留学生宿舎などが主要な支援策となる。

 このうち奨学金制度については、大学基金を創設してそれを原資とする大学も増えてきたが、米国と比較すると基金の規模も小さく、運用益に多くを期待できないことから、将来はともかくとして当分の間は国内外の公的助成に依存せざるを得ない。大学としては国・関係機関、各国政府、国際機関等が有する種々の制度の情報を最大限収集し、留学希望者にホームページ等で情報提供するなどきめ細やかな対応を行う必要がある。

 一方で、留学生に対する経済的支援の最大の原資であるODA予算は削減され、途上国から日本に留学する学生に対する支援策も限られている。国公私立大学の関係者が協力して、長期的視点に立った留学生政策の強化と経済的支援の拡充について政策提言などを行うことも検討すべきではなかろうか。

【多様な進路選択に資する教育とキャリア支援】

 留学生の修了後の進路については、日本の労働力人口の減少や母国の雇用情勢等を背景に日本企業への就職者が一層増加することが予想される。また、日本でさらに上の課程に進学する者、帰国して勉学を続ける者、母国で就職する者などその進路は様々である。これらの多様な進路選択に資する教育やキャリア支援を充実することも大学の競争力の重要な要素となるであろう。

 さらに、修了後の同窓ネットワークの構築は大学にとっても我が国にとっても極めて重要である。将来を見据えて戦略的に取り組む必要がある。

【海外への留学生派遣と双方向的交流の促進】

 最後に、海外への留学生派遣をさらに促進し双方向的な留学生交流を拡充する必要があることを繰り返しておきたい。留学生派遣が伸び悩む背景については前述したが、早期かつ長期化する就職活動のあり方を産業界と大学が連携して見直すとともに、外国語教育の充実、学費の相互不徴収を織り込んだ交流協定の拡大、単位認定の弾力化等の施策を大学として総合的に展開する必要がある。

国際戦略を推進する上での課題

 ここまでは留学生交流を中心について述べてきたが、そもそも国際戦略はいかなる要素で構成されているのであろうか。

 留学生の交流、研究者の交流、教育や研究の連携・共同実施、人材派遣や成果移転による国際貢献などであり、それぞれに、学生個々・教員個々のベースによるものと、組織的な枠組みの下で進められるものの両方が存在し得る。例えば一般の留学は前者、協定に基づく交換留学は後者、研究者個人レベルでの交流は前者、協定に基づく共同研究は後者にあたる。

 これらのことを踏まえ、前述の国際戦略の意義も考え合わせながら、国際戦略を推進する上で特に重要と考える課題を5点に絞って述べる。

 第一に、留学生や研究者を惹きつける高い質の教育研究や特色ある教育研究を展開するとともに、受け入れるに相応しい生活環境を整備することである。先に述べた意義の繰り返しになるが、国際戦略を教育研究の高度化に向けた取組みの推進力にすべきである。

 第二は、大学として国際戦略を推進する目的・方針を明確化した上で、それに基づいて、メリハリをつけて迅速に個別施策を決定し遂行することである。海外の大学との連携交渉の際に、相手の大学の方針が極めて明快であり、交渉担当者が即断即決できる状態で臨んでくることを幾度か経験した。相手以上に明確な方針を持って迅速に対応することが相互信頼の確立と実効性の高い連携の実現に欠かせない。

 第三は、教育研究、学生生活、管理運営など大学における様々な制度・運用をより分かり易いシステムに作り替えていくことである。日本の多くの組織には長くその組織に所属しないと理解できない慣行や暗黙のルールが無数に存在し、簡潔な文書で説明できないケースが極めて多い。それらを見直しながら同時に学内の日英両言語環境化を進めていく必要がある。

 第四は、英語で授業・研究指導ができる教員や語学力の高い職員を着実に増やしていくことである。特に、英語を中心とした外国語能力を有する職員が一定の割合を占めることが、大学の国際化の極めて重要な要件となる。日本人の教職員構成を国際性の観点から充実させていくと同時に、将来を見据えて教職員の多国籍化を進めていくことが望まれる。

 第五は、国際戦略の推進に伴って生じる様々なリスクに対応できる体制の整備である。留学生に関するトラブル、研究成果や知的財産の移転に関する問題、海外拠点における雇用・契約上の問題、海外派遣時の事故等々、構成員が多国籍化し、活動のフィールドが広がることで大学はより多くのリスクを背負うことになる。



画像 岩崎洋一筑波大学長(写真右)主催の留学生交流会
岩崎洋一筑波大学長(写真右)主催の留学生交流会

国際戦略を大学改革の推進力に

 国際戦略をテーマにとりあげたが、ダイナミックな海外戦略を論じる以前に紙数が尽きてしまった。

 海外の大学との連携を重視し始めた日本企業や、「基礎研究も大事だが社会・経済の発展を加速することが本学の使命」と言い切る中国の有力大学のトップなどに接し、急速なグローバル化の下で日本の大学は何を守り、何を変えるべきなのか自問自答することも多い。

 それらについては別の機会に譲り、国際戦略を推進する上で「内なる国際化」が何にも増して重要であることと、国際戦略を大学改革の推進力とすべきであることを重ねて強調して本稿を締め括りたい。



(吉武博通 筑波大学理事・副学長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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