大学を強くする「大学経営改革」[24] 大学トップと部局長のためのマネジメント論 吉武博通

マネジメントを担う人材が育つシステムづくり

 4月に学長・理事長や副学長・理事などのトップマネジメントの大半や一部が交代し、新たにこれらの職に就くことになった読者も少なくないであろう。学部長や大学院の研究科長など部局長の多くが交代するのもこの時期である。

 トップマネジメントや部局長などの職に就く場合、組織の目指す方向性や運営方針などを明確に定め、文字通り満を持してその仕事に臨むのが理想であるが、構成員に推されたり、順番が回ってきたりという事情で、引き受けざるを得なかったというケースもあるのではなかろうか。

 一般の組織においては、上司の仕事ぶりを見ながら役職者になるための訓練を積み、役職の階段を昇るにつれて、責任の重さ、業務スパン、率いる部下の数が増すというキャリアパスが敷かれ、階層別研修などの教育システムも用意されている。

 これに対して、大学の場合は、トップマネジメントや部局長などの役職の多くは専ら教育研究の分野で経験を重ねてきた教員で占められる。学科長や専攻長などの管理運営業務を経験したとしても、その期間は限られ、トップマネジメントや部局長に至るプロモーションルートとして明確に位置づけられている訳ではない。役職者のための研修などを体系的・計画的に行っている大学も少ないのではなかろうか。

 マネジメントの基盤となる資質・能力において大学教員が企業人や役人に劣るとは思えない。知識欲、理解力、思考の広さと深さ、論理性、説明能力などにおいて優れた資質・能力を有している教員や教員出身の大学トップは数多くいる。

 しかしながら、そのような資質・能力を有する教員を如何に見極めて選任・登用するかについては、限られた情報と主観による部分が大きいことも事実である。また、マネジメントに係る資質・能力に恵まれた教員でも重責を担い始める初期段階では様々な苦労を経験し、試行錯誤を繰り返すのではなかろうか。重要なことは、漫然と試行錯誤を繰り返すのではなく、自分なりのマネジメント観またはセオリーを持ち、それを一つの仮説として実行により検証する、つまり仮説・検証を繰り返しながら、独自のマネジメントスタイルを構築していくことである。

 そのための一助となることを願って、自身の経験・観察と組織行動論上の知見などに基づき、現に学長・理事長、副学長・理事、部局長などの職にあるか、または新たにそれらの職に就いた読者を念頭に、マネジメントにおいて重視すべき要素について述べてみたい。

 いうまでもないが、理事長や理事(常務理事などを含む)の中には職員出身者も少なくない。職員からの登用をより拡大すべきというのが筆者のかねてからの主張であるが、そのような意味からも、現在職員として教学や経営に関わっている読者にも有益な内容となることを心がけて論を進めることにする。

「役職」ではなく「マネジメント」に意識を集中

 松下幸之助は「経営は創造である」という言葉を遺したが、企業に限らずあらゆる組織においてマネジメントは全人格的かつ創造的な営みであり、そのことを基本に据えて組織の運営にあたらなければならない。

 しかしながら、多くの場合、自分が就いた「役職」それ自体を必要以上に意識し、当該役職の権威や責任・権限といったものに関心が向かいがちである。特に大学のトップマネジメントや部局長の役職に就いた場合は、会議や行事・儀式への出席、来客対応などの機会が大幅に増えるし、稟議書や相談事も数多く持ち込まれ、仕事の内容や環境が一変する。否応なしに「役職」それ自体を意識せざるを得ない状況に置かれることになる。

時間のマネジメントの巧拙が成果を左右

 このような状態で時間だけが経過するという事態を避け、目指す成果を着実に実現するために最初に取り組むべきことは「時間のマネジメント」である。

 仕事のできる人とできない人の差は時間を上手にマネージできているかどうかによって生じると言われることがあるが、時間のマネジメントが拙いと、投げられた球を打ち返すことだけに終始し、じっくりと想を練って攻めの仕事を展開することができなくなる。仕事の計画性も損なわれ、意思決定が遅れがちになることで、業務が停滞し、組織活力も低下することになる。

 このような状況を避けるためには、一日のうちの少なくとも1時間以上を、構想を練ったり、懸案事項を整理したり、仕事の手順を考えたりする時間に充てる必要がある。多くの企業トップが早朝に出社するのは自由な時間を確保するための工夫の一つである。

 時間の使い方としてもう一つ重要なことは、即断即決する事項と熟慮する事項のメリハリをつけることである。可能な限り即断即決することで、判断する側もそれを求める側も共に「仕事の在庫」を限りなく小さくすることができる。それにより互いに無用なストレスから解放されるし、熟慮が必要な事項に神経を集中することができる。

相対的な視点から自己の役割を考える

 時間を上手にマネージするためには、仕事の軽重を理解し、的確な取捨選択と優先順位付けを行う必要がある。そのためにも、自分が就いた役職が本来何を期待されており、現在の組織の状況において自身はどのような役割を果たすべきかについて、自分なりの考え方を明確にしておかなければならない。

 仕事をするということは意味のある成果を出すということである。しかも、組織である以上一人で出せる成果は皆無に近く、その大半は他者との関係や多くの関係者の協働の中から生み出されることになる。任せられるものは任せるべきである。

 構成員の力量や彼らとの信頼関係など、自らを取り巻く組織環境をより的確に理解し、相対的な関係の中で自分の役割を捉える。そのように自らの役割を客観視できるゆとりを持つことが、役職それ自体ではなくマネジメントそのものに意識を集中するためのもう一つの要件である。

トップマネジメント本来の役割に照らし仕事を厳選

 学長・理事長、副学長・理事など大学におけるトップマネジメントの役割は何であろうか。教学と経営の関係などを踏まえた厳密な議論が必要であるが、ここではそれらを一括りにして、トップマネジメントの究極の役割を、

  • 自らの大学の社会における存在価値とそれをさらに高めるための方向性を学内外に明示すること
  • 教育研究の質の向上を促進するための環境の整備と経営基盤の強化
  • 組織の状態の把握と健全性の維持、及び成果の確認とその公開

 という3つに絞り込んでみた。すべてを網羅しきれていないかもしれないが、一つひとつの仕事の意味や目的を確認しながら業務を進めることで、無駄な仕事を排除できるし、仕事に軽重をつけることもできる。そのためにも基本的な事柄や原理・原則と呼べるものは、可能な限りシンプルにしておく必要がある。

 筆者は役職に就くたびに、「自分の役目は自分が就いた役職を不要にすること」という究極の目標を掲げて、任せることによる若手育成と現場主義を重視してきた。上位役職者が必要以上に仕事をすると、その何倍もの業務負荷が部下や現場に生じることが経験則として染み付いていたことも理由の一つである。

 自分がやりたいと思ったことも上記に示した3つの本来の役割と照らしながら篩いにかけ、厳選した仕事に力を注ぐ。その繰り返しの中で自身のマネジメント能力も研ぎ澄まされるし、組織全体のパフォーマンスも高まることになる。

部局長はぶれない・ためをつくる・整然と合意形成

 部局長に期待される究極の役割も基本的にはトップマネジメントに準じ、

  • 学部・研究科の社会における存在価値とそれをさらに高めるための方向性を部局内外に明示すること
  • 教育研究の質の向上を促進するための環境の整備と部局運営基盤の強化
  • 組織の状態の把握と健全性の維持、及び成果の確認とその公開

 という3つに絞り込める。ただ、トップマネジメントと決定的に違うのは、大半の事項を部局自治に基づく合議により決定しなければならないことである。教育研究現場の要求と大学執行部の方針の板挟みになることも少なくない。今以て部局を大学当局に対峙する組織と考える教員も少なくない。

 それだけに部局長のマネジメントには困難が伴うが、3つの役割を絶えず意識し、それに基づいて軸を定めて仕事に臨めば、大学執行部と当該組織の両方からの信頼を得る可能性が高い。

 信頼を損なう最大の要因の一つが「ぶれる」ことである。ぶれることと柔軟であることは根本的に異なる。本質を理解し目的を明確にした上で状況に応じ臨機応変に対応することが後者であり、本質を理解できず目的も曖昧な場合にぶれを生じることになる。

 信頼に関わる二つ目の要因として「ため」の重要性を指摘しておきたい。スポーツで「ためをつくる」という表現があるが、「ため」のない役職者は構成員を不必要に駆り立て、組織の安定性や生産性を低下させがちである。大学本部で聞きつけた情報を咀嚼することなく不十分な状態で伝えたり、組織の要望を十分な吟味を行うことなく執行部に持ち込んだりでは、何のための部局長であるかわからない。

 部局長の最大の苦労は組織内の合意形成であろう。些細な事柄も教授会(または教員会議)の審議が必要という大学・部局もあるし、日常的な事項は部局長の専決や少数の教員で構成する運営委員会などに委ねられている大学・部局もある。憲法や学校教育法などの法令の趣旨を尊重した上で、必要以上に意思決定に時間や労力を費やさないように、合議によって決する事項を厳選する努力を重ねるべきである。

 併せて、一部の教員の発言で会議が混乱したり、不必要に長引いたりすることを防ぐための議事進行方法を身に付けておく必要がある。可能ならば、最低限必要な事項を会議運営ルールとして部局内で取り決めたり、学内共通のガイドラインとして全学で共有したりすることを試みるべきである。

 ぶれないこと、ためをつくること、整然と意思を形成すること、これにより組織内外からの信頼が高まり、仕事も一層進め易くなる。そのような正のスパイラル状況を作りだすことが重要である。これらの基礎になるものは、部局長の本来的な役割に対する理解、本質を見抜く力、対話、胆力などである。

マネジメントにおいて重視すべき3つの要素

 トップマネジメントについて述べた内容は部局長にも適用できるし、その逆も当然あり得ることを付言した上で、本稿のまとめとして「マネジメントにおいて重視すべき要素」を3つに絞り込んで述べることにする。

 第一は「知識と情報」である。

 大学における管理運営は教員ポストや予算などリソースをめぐる利害調整が中心となり、教員の関心もそこに集中しがちである。しかしながら、大学全体でも、部局のレベルでもより質の高いマネジメントが求められる状況においては、その基盤として多方面にわたる知識・情報が不可欠となる。具体的には、自身の専門を超えた幅広い学問分野への関心、関係法令を含む大学に関する制度的枠組みや海外の大学のシステムに関する知識、教育研究に関する国内外の議論の動向や大学の前後に位置する高校・就職環境に関する情報などが考えられる。

 また、必要以上に数値化を求めることは避けなければならないが、既にある情報だけでもデータベースを整えて容易に可視化できるようにすることで、大学の経営状態、部局や教員の教育研究活動、教職員の勤務実態などを的確に把握することができる。

 学内で展開される議論は知識と情報が不十分であるがゆえに抽象論・観念論に陥る傾向にある。確かな知識と情報を有することがマネジメントの質を高めるための大前提となる。

 第二は「思考法と行動様式」である。

 大学でよく耳にする言葉に「○○がこう言った」、「規則はこうなっている」、「これまではこうやってきた」という3つがある。そのたびに「あなたはどうすべきだと考えますか」と尋ねるようにしている。

 「誰のために何を為すべきかという目的」と「絶対に守らなければならない原則」の2つだけを徹底し、あとは自由に創意工夫を行い、効果的に課題を解決するというのが基本である。マネジメントを担う立場にある者は、根本や原理・原則を押さえる、本質や問題の構造を理解するという思考法を自ら身に付けておくと同時に、構成員が様々なノイズに惑わされることなく、このような思考法に基づき効果的に課題解決できるように、その指導・育成に努めなければならない。

 筆者が最も力を入れてきたのもそのことであり、事あるごとにそれを強調するとともに、職員にはA4版一枚の文書に、検討の目的、基本的な考え方、施策の骨子、実施上の課題と解決策、実施に向けた手順・スケジュールを過不足なく書けるように指導してきた。書くことで思考法を検証することができるし、それを鍛えることができるからである。

 行動様式については、既に述べた「時間のマネジメント」、「ぶれない」、「ためをつくる」に加えて、「段取り」の重要性を指摘しておきたい。あらゆる仕事において段取りは効率性とともにその成果にも大きな影響を及ぼす。段取りの上手な役職者の下ならば手戻りも少なくストレスなく仕事を進めることができる。

 第三は「対話(コミュニケーション)」である。

 役職の立場にある者は可能な限り多くの構成員と心の通う対話を行ってほしい。対話が不足すると構成員に疑心暗鬼や疎外感が生じやすくなる。大学に限らず多くの組織で心を病む人々が増えてきていることを危惧している。原因の多くは何らかのプレッシャーや疎外感であると思われる。

 対話はこのような問題の発生を抑えるだけでなく、個々人の仕事を活性化させ、組織の健全性と活力を高める契機となる。組織内の意思統一もより容易になるであろう。

 このような対話を行うためには、役職者自らが語るべきものを持っていなければならない。その基盤となるものこそ真の教養と呼ぶべきものかもしれない。それと同時に不可欠なことは相手の立場に立って考えることのできる心配りである。

 マネジメント論と銘打つ以上、より多くの要素を取り上げ、多面的な議論を展開すべきかもしれないが、徒に多くのことを書き綴っても実践することは難しい。そこで本稿では、一般的なリーダーシップ論では取り上げないような要素も含め、マネジメントの立場にある者が如何に構成員の「信頼」を得て、成果を高めることができるかという点に絞って述べてきた。

 最後に、松下幸之助が「実践経営哲学」として記した20の言葉を以下に掲載して今号を締め括る。

表 松下幸之助「実践経営哲学」より



(吉武博通 筑波大学理事・副学長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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