大学を強くする「大学経営改革」[26] 「監査」を大学の価値向上に積極的に活用する 吉武博通

三様監査の機能強化が求められる国公私立大学

 大学における監査、正確には国立大学法人、公立大学法人、学校法人における監査は、監査の職務を誰が担うかにより監事監査、内部監査、会計監査人監査に区分される。総称して三様監査と呼ばれている。これに対して、監査の対象による区分として、業務監査と会計監査の二つに大別する方法もあるが、監事が担う業務監査に会計監査を含める場合もあることから、本稿においては監査の主体による区分を用いるものとする。

 まず、三様監査に関する基礎的事項について、簡単に整理しておきたい。

 監事監査については、平成16年度の国立大学法人化に伴い、各大学に文部科学大臣が任命する2名の監事が配置され、地方独立行政法人法に基づき法人化された公立大学においても、自治体の長が任命する監事が配置されることとなった。また、学校法人においては、平成16年改正の私立学校法により監事機能強化のための法的整備が行われた。

 一方、内部監査については、国立大学法人の学長及び公立大学法人・学校法人の理事長が、自らの責任において行う任意の制度であるが、学長や理事長直属の監査組織を置き、その機能の充実を図る法人が増えている。特に、国立大学の場合は、中期計画に内部監査機能の充実を掲げる法人も少なくなく、国が行う業務実績評価においても、内部監査組織の設置状況や独立性、その運用状況が問われている。

 会計監査人監査については、国立大学法人法及び地方独立行政法人法により明確な義務付けがなされているのに対し、学校法人は、国又は自治体から補助金の交付を受けている場合に限り、公認会計士又は監査法人の監査を受けることが私立学校振興助成法により求められている。

 会計監査人監査は公認会計士や監査法人によって行われる専門性の高い監査であることから、本稿では監事監査と内部監査に焦点を絞って監査のあり方を検討する。

自律性と健全性の追求を背景にした監査への期待

 近年、国公私立を問わず大学における監査の重要性が高まりつつある背景は以下のとおりである。

 一つめは、事前規制から事後評価に重点を移す規制緩和の動きや国公立大学の法人化などを背景に、より高い自主性・自律性が大学に求められるようになったことである。

 二つめは、18歳人口の減少や国・地方の財政状況の悪化など、大学を取り巻く環境が厳しさを増すなか、大学経営の健全性を確保し、社会的信頼を維持・向上させることがこれまで以上に強く要請されているという点である。

 三つめとして、認可申請における不実記載、見通しの甘い大学・学部の設置、研究費の不正使用、役員・教職員の不祥事など、当該大学のみならず高等教育全体の信頼を損ねかねない事案も繰り返されており、大学の規律が厳しく問われていることも指摘しておかねばならない。

 四つめは、学長・理事長のリーダーシップが重視されるなか、自らの責任において内部監査機能を充実させ、経営の質の向上に繋げようとする動きが広がりつつあるという点である。

 五つめとして、監査や内部統制など、企業経営において重視されている事柄が、他の様々な制度や概念と同様に、時を置かずそのまま大学に持ち込まれているという点に留意する必要がある。

 企業における監査については次章で詳述するが、上に述べたなかで、最も重要かつ本質的な点は、自主性・自律性の確立と経営の健全性・社会的信頼の確保である。そのことを念頭に、大学という組織に相応しい監査のあり方を検討し、個々の大学の規模や陣容に照らして無理のない仕組みを工夫することが重要である。

企業における監査役監査・内部監査も試行錯誤

 大学における監査を論じる際に、企業における監査の状況を見ておくことは有益である。監査役監査・内部監査とも試行錯誤を重ねており、巧拙両面において様々な知見を得ることができるからである。

【企業統治の歩みは監査の実質化の歩みでもあった】

 会社法は、大会社か否か、公開会社か否かなどの基準により会社の機関を細かく規定している。そのうち、会社法上の大会社(資本金5億円以上又は負債200億円以上)かつ公開会社(全部株式譲渡制限以外の会社)である場合は、監査役会又は監査委員会及び会計監査人の設置が義務付けられている。

 日本の企業統治(コーポレートガバナンス)の歩みは、監査を如何に実質化するかの歩みであったといって過言ではない。法改正を繰り返すことで監査役権限は強化され、企業における監査役の実質的な位置づけや監査役自身の意識・緊張感も総じて高まってきたといえる。特に、バブル崩壊以降の長期低迷期に株主重視の声が強まり、監査役による経営監視への期待は高まった。一方で、従来の取締役会や監査役制度の限界を指摘する声も多く、平成14年商法改正では、監査役を置かず、指名・監査・報酬の3委員会を置く委員会設置会社という新たな制度が導入され、いずれの制度を選択するかは企業に委ねられることになった。ただし、委員会設置会社は数のうえでいまだ少数にとどまっており、監査委員会の評価も定まっていないことから、以下では監査役会を設置している会社を前提に監査の現状と課題を見ていくことにする。

【企業システム全体とのかかわりで監査を考える】

 監査役は株主総会において選任され、取締役の職務執行を監査する機関であるが、実質的には社長が人選を行い、監査役職務を支援する事務局も社長の人事権下にある社員で構成されることから、その独立性が絶えず問われてきた。また、企業活動の範囲が広範にわたるのに対して、監査役は数人(会社法上は3人以上)であり、監査を行う場合の対象や深さも限定的にならざるを得ない。実効性も問われ続けてきたのである。

 独立性と実効性は監査役監査における不変のテーマである。独立性を強調し過ぎて、執行側との対立的関係を際立たせてしまうと業務実態の把握がますます困難になる。一方で、執行側に依存し過ぎたり、形骸化した監査を繰り返したりしていると、双方の緊張感が薄れ、監査役への敬意や信頼も低下することになる。

 機関としての独立性を踏まえたうえで、その活動においては、執行側の理解と協力を得つつ、企業システム全体とのかかわりのなかで監査の実効性を高めていく必要がある。

【適法性監査と妥当性監査】

 監査役監査をめぐり重要な論争がある。監査権限は、取締役の職務執行が法令・定款に適合しているかどうかの適法性監査にとどまるのか、それとも職務執行の妥当性についての監査にまで及ぶのか、という議論である。適法性監査にとどまるとするのがこれまでの一般的理解であり通説であるが、実質的または実際上妥当性監査にまで及ぶとする考え方が広がりつつある。いずれを採るかは別にして、監査役監査に期待される役割がさらに増していることは明らかである。

【企業間で開きの大きい内部監査の位置づけ】

 監査役監査が法定監査であるのに対して、内部監査は社長が自身の責任において任意で体制を整え実施してきたことから、組織・陣容やその取組みは企業間でかなりの違いがある。

 これに対して、米国企業の多くは質・量ともに充実したスタッフを配する内部監査部門を、企画や財務などと並ぶ本社中枢機能として位置づけており、幹部への重要なキャリアパスの一つにもなっている。

 内部監査体制に関して日米間で開きがある理由の一つに組織設計の思想の違いがある。米国企業の場合、事業部門長に大幅な権限委譲を行い、業績評価と内部監査に基づき信賞必罰を徹底する。そのために職務権限や業務処理ルールが詳細にわたるまで明確に定められている。従って、内部監査は準拠性、つまり法令や社内規則に則って業務が処理されているかに力点が置かれることになる。

 それに対して、日本企業においては、職務権限や業務処理手順の規定の仕方が必ずしも厳格ではなく、総括や調整など責任権限の所在を曖昧にする横串的機能も加わるため、予め定められた業務の体系と実際の運用状況を比較して問題を抽出することが容易でないことが多い。このような事情もあって、内部監査が米国企業ほどには定着しなかったものと思われる。

 近年、会社法やJ-SOX法で内部統制が義務付けられるなか、内部監査の重要性は明らかに増しているが、日本企業がその組織特性を踏まえつつ、内部統制や内部監査を如何に実効あるものにしていくのか注意深く見ていく必要がある。


写真 筑波大学下田臨海実験センターでの監査の様子
筑波大学下田臨海実験センターで説明を受ける合志陽一監事と吉井毅監事(手前)


国立は監事監査、私立は内部監査に注目すべき取組み

 次に、大学の監査の現状を見てみたい。

 国立大学については、法人化後5年が経過し、監査が法人経営に根付き始めたように思われる。監事監査が先行し、監事監査を支援する事務組織が内部監査にもかかわることで、両方の監査の形が整いつつあるというのが現時点での状況である。特に監事監査については、参考にすべき先進的な取組みが少なくない。

 一方、私立大学においては監事監査よりも内部監査の方に注目すべき取組みが多いように思われる。平成18年時点で内部監査部門を設置する私立大学は約3割(国立約9割・公立約5割)との調査結果もあるが、監査の目的や方法を明確にし、内部監査の確立に力を入れている大学は少なくない。

 国立大学においては監事監査が先行し、私立大学においては内部監査に注目すべき事例が多いのは、監事の位置づけや常勤監事の配置状況の違いによるものと考えられる。

 国立大学の常勤監事は減少傾向にあるとはいえ、なお半数以上の大学に常勤監事が配置されている。私立大学の場合は監事の多くが非常勤であることもあり、監事監査よりも理事長主導の内部監査が主となっているようである。従って、内部監査への取組みは理事長や理事会のスタンスによって異なってくる。

 それぞれの大学に相応しいベストプラクティスを見つけられるように、国公私立の枠を超えた事例のさらなる収集・整理も必要である。

大学の価値向上に資する監査を如何に確立するか

 企業と大学の監査の状況などを踏まえ、大学の価値向上に資する監査を確立するために特に重要と考える視点を述べてみたい。

【法人経営との関連から教学も監査の対象】

 まず、監査の対象であるが、改正私立学校法Q&Aでは監事監査について「教学的な面についても学校法人の経営に関連する問題である以上、監査の対象となり、適法性の観点だけにとどまらず、学校法人の運営上明らかに妥当でないと判断される場合には指摘できる。ただし、個々の教員の教育・研究の内容に立ち入ることは適当でない」としている。国公立大学の監事監査も同様と考えられる。内部監査は任意の監査であり、法人が自由に制度設計すればよいが、教学については上記の解釈に則るのが適当と思われる。

【業務の構造を把握しプロセスに重点を置いた監査】

 このように広範に及ぶ対象を限られた人員で監査し、その実効性を担保するためには、業務の構造を把握したうえで、プロセスに重点を置いた監査を行うことが効果的である。

 監査は適法性のみならず妥当性にも及ぶとしても、学長や理事長が行う意思決定内容の妥当性を監査することは経営責任と監査責任の関係を不明確にする。また、経営や教学における様々な成果を検証するのは評価であって監査ではない。これに対して、プロセスについては絶えず点検・見直しをする必要があるにもかかわらず放置されることが多い。

 意思決定プロセス、経営・教学間や大学執行部・部局間の意思疎通、教員組織と職員組織の連携、経営資源の配分プロセス、人事・評価プロセス、教育改善プロセス、会計処理プロセス、その他の日常業務処理プロセスなどを適正性と効率性の両面でチェックし、学長・理事長にその改善や再構築を提案する。それを繰り返すことで、大学運営の健全性と効率性は着実に高まるはずである。

 どのプロセスから取り組むか、学内外の環境を考慮しつつ優先順位付けを行い、計画的に監査を実施することが重要である。

【監事監査と内部監査は連携・補完し合う関係】

 大学の目的は教育研究であり、管理・間接的な業務にかかるコストは極力抑えるべきであることはいうまでもない。監査に関しても監査活動自体の生産性や効率性に十分配慮する必要がある。

 このような観点からも、監事監査と内部監査の両方に同じように力を入れるのではなく、相互に連携・補完し合う関係を築きながらトータルとして監査の質を高めていくことが重要である。

 そのためには、国公私立各法人ともに配置義務のある監事をより積極的に活用すべきである。監事監査が有効に機能することで、学長・理事長は職務執行に専念でき、監事監査の指摘を受けて内部統制を含めた各種プロセスの整備・再構築に注力することもできる。

 内部監査については、監事監査で指摘された事項の改善状況のフォローアップに重点を置いてもよい。複数の学校を設置する学校法人にあっては、各学校の業務執行状況のチェックに内部監査を活用することもできる。

 このように両監査が連携・補完し合うためにも、また効率的な職員配置の観点からも、監事監査支援と内部監査は組織的に一本化しておく方が現実的である。

【監査に対する信頼の確立と学内の協力が不可欠】

 最後に、学内各組織との間に緊張感を保ちつつ、同時にこれら組織とその構成員の信頼を得ることが、監査を有効に機能させるための不可欠な条件であることを強調しておきたい。

 そのためには、監査の理念・方針、重点監査事項、監査計画、監査実施状況、監査結果などを学内に広く開示し、監査の透明性を高める必要がある。監事監査の場合は、監査対象部門にとどまらず、監事自身がより多くの学内構成員と直接に接する機会を持つことも重要である。

 筑波大学では、監事と監査室がこのような努力を重ね、遠隔地を含む学内全組織に出向き状況把握と対話を行ったことで、監査に対する学内の信頼が高まりつつある。また、京都大学では監事監査に関する情報がHP上で公開されており、常勤監事が時々の所感を綴った監事ノートを通じ、そのスタンスや活動状況を知ることもできる。

 これら監査側の努力に加え、学長・理事長は監査結果をどのように受け止めて運営改善に役立てているのかを明らかにする必要がある。

 監査側と執行側が大学の価値を向上させるという一点で目的を共有したうえで、緊張関係と信頼関係を両立させつつ、監査の質を高め、経営・教学の質の向上に繋げることが大学における監査の本質である。



(吉武博通 筑波大学 大学研究センター長 大学院ビジネス科学研究科教授)


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