中期総合計画と面倒見のよさで高い志願倍率を持続/中村学園大学

 中村学園は、創立者中村ハルによって、1953年に、福岡高等栄養学校として開学した。現在では大学院、大学、短期大学、高等学校、中学校、幼稚園のほか、収益事業部門として事業部を設置する総合学園である。中村学園大学は3学部を有する中規模大学であるが、いずれの学部も多くの志願者を惹きつけ続けている。多くの大学がうらやむこの成功の秘訣は何か。藤本学長にお話をうかがった。

志願者を集め続ける大学

 中村学園大学は、現在、管理栄養士養成校としての「栄養科学部」、小学校・幼稚園の教諭と保育士養成校としての「人間発達学部」、マーケティングの理論と実践を習得した専門職業人を養成する「流通科学部」をもっており、この10年間、いずれの学部も高い志願倍率を保っている(図表1)。学生数を増やしながら、志願倍率も安定して高く、2009年の場合、栄養科学部で4.3倍、人間発達学部で5.8倍、流通科学部で5.2倍となっている。

 多くの大学が学生確保に苦しむなかで、なぜ中村学園大学はこれほど強いのか。いろいろお話をうかがううちに、2つのポイントが見えてきた。一つは、学生に軸足をおいた、面倒見のよい大学であること、もうひとつは、中期総合計画に基づく経営システムだ。


図表1 学部別の志願倍率の推移


学生に軸足を置いた教育・学生支援

(1)きめ細かな学習・就職支援

 同大学は「就職の中村」と言われるほど、就職の実績もよいことで有名だ。2008年度の就職決定率は大学が97.9%、短期大学部が98.7%ときわめて高い。こうした実績は徹底した個別進路指導によるものである。栄養士系、幼保教員系、企業系と、学生の希望職種別に担当者を配置した体制をとっている。入学後早い段階からガイダンスや個別面談を実施し、求人先との接触や履歴書の書き方、就職試験の受け方などまでマンツーマンできめ細かい指導を行っていることが、口コミでも評判になっている。

 また、保護者に対しても丁寧な対応をしている。大学広報誌『CELERY(セロリ)』で学内諸情報を積極的に公開するだけでなく、後援会行事などで直接保護者と会う機会も作っている。例えば、栄養科学部の場合、成績不良で管理栄養士国家試験の合格が危ない学生がいると、九州各県で開催する後援会地区連絡会などの機会に、当人の国家試験の模擬試験結果などをもとに保護者と話し合っている。人づくりは手間がかかるが、こうした手厚い手作りの教育は、学生数が大学と短大合わせても約4100名という中規模大学だからできるという。

(2)カリキュラムのスリム化

 学生の学習成果(learning outcome)という観点から、教育改善にも取り組んできた。藤本学長が着任したのは2002年のことであったが、当時のカリキュラムを「水膨れの状態だった」と振り返る。中村の専任教員の多くが他大学に非常勤講師で教えに行っており、その一方で、中村の授業の多くを学外非常勤講師に頼る事態が起きていた。学長は「学生にとって本当に必要な科目なら必須科目にすればよい。過度の選択科目の開講はそれぞれの学部の教育目標の焦点をぼやけさせ、学習成果は上がらない」という。近年、中教審答申でも単位の実質化が指摘されているが、単に学生がたくさんの単位をとればよいというわけではなく、「何を学んだか」より「何ができるようになったか」が真の学習成果ではないかと常々疑問を感じていた。そこで、2007年から学長を委員長とする「FD推進のための教育改革2007」プロジェクトを立ち上げ、カリキュラムの大幅改定を行った。一部の教員からかなりの異論もあったが、学部長たちも学長の方針を理解し、サポートしてくれた。

 なぜカリキュラムの水膨れが起きているのか、その原因は明らかだった。当時、 「専任教員は最低12コマを担当する」という基準枠が学内で義務付けられ、その結果、教員たちは自分の専門性に適合する科目で12コマを作り、少しでも専門からはずれた科目はすべて学外非常勤講師に委嘱していたのだ。そこで、この基準コマを弾力的に運用することとし、さらに12コマを超えて担当した場合には、非常勤講師に払うのとほぼ同額の手当を支払うことにした。中村の建学の精神を理解し、学生の学習成果により強い責任をもつべき専任教員が授業をすることが重要だと考えたうえでのこの措置は、結果的には学外非常勤講師による授業を削減することとなった。

 このカリキュラム改革の効果は大きかった。学生にとっては、授業の質が上がる効果、教員たちにとっては、担当コマ減少による授業負担軽減の効果、さらに大学にとっては、学外非常勤講師に支払っていた手当や交通費の節約という効果もついてきた。改革初年度は、こうしてできた余剰金が1500万円ほどとなり、「教育で節約できたものは研究に還元する」という理事長の方針によって、チームで行う「プロジェクト研究」立ち上げの原資の一部になった。私立大学の教員は担当授業、学内委員、地域連携に関する業務、さらに高大連携による出前授業などによって多忙をきわめ、なかなか研究に手が回らないのが現状である。しかし、大学教員である以上、研究をして、それを教育に還元することが重要だという学長の信念は明確だ。当時は科学研究費補助金の申請も少なかったが、各学部・学科ごと、時にはその枠を超えたプロジェクト研究の影響もあり、科研費申請率も80%を超え、研究の活性化にもつながってきた。今年は文部科学省の学生支援GPも2件獲得した。人間発達学部の「小学校教員採用試験受験支援のためのe-ラーニング演習の構築」と短期大学部キャリア開発学科の「組織的取組による短期集中型キャリア形成支援プログラム」だ。このようにカリキュラム改革の波及効果は大きかったようだ。

中期総合計画に基づく経営システム

 中村学園のもうひとつの特徴は、中期総合計画に基づく経営システムだ。中期総合計画は、1998年、理事長のトップダウンでスタートしたという。それまでも財政計画は作っていたが、トータルな総合計画を策定すべきとの考え、特に限られた資源のなかでいかに教学の要望を認めていくかという視点で策定された。

 中期総合計画は5年間の期間の計画であり、計画の3年目に見直す。現在は、第4次計画が始まったところだ(図表2)。中期総合計画に則った事業であるということで、毎年度の概算要求に対しての学長や理事長による査定もスムーズに進むという。ただし、中期総合計画に書いていないことは全く行えないわけではなく、必要性が高ければ実施する柔軟性は残している。実際に、計画に書かれていなくても重要だと考えられた上で、大きな研究施設ができたりもしてきた。

 中期総合計画は、「定点観測」としての意味が大きいと学長は述べる。計画書は、全78ページにも及びその分量にまず驚かされるが、他大学のそれと比べてもかなり具体的であり、5ヵ年にわたる改革課題全体を俯瞰でき、課題を年次的、総合的につかむことで、進捗管理や評価にも利用できる作りになっている。単に目標を定めるだけでなく、それをいつまでにやるのか、実施年度を必ず明記しているためだ。志願者の5ヵ年の年次別獲得目標、入学者・学生収容計画、教員・職員の資格別の人員計画などは、明確に一覧表で作成されている。また、就職等は何%、資格取得は何名の学生、順位を競うものは何位以内に入る等、具体的な数値目標を半数以上の項目に入れている点に特徴がある。

 いつまでにどこまでやるのか、数値目標を示すやり方は、第3次中期総合計画から、理事長の指示もあって始まったという。例えば、教員採用試験であれば、何名の合格を目指すのか、数値目標を学部に出してもらい、学長と学部長の間で折衝するなかで、「もう一声!」とはっぱをかけて、高い目標を掲げている。例えば、小学校教員採用試験の場合、2006年度に行った入学定員増により今年度はこれまでの受験者50名規模から100名規模となったが、目標は現役合格率20%以上と、従来の実績よりも高い設定にした。その代わりに、学長も先頭に立って法人と折衝し、関東・関西方面への旅費を出して学生に受験の機会を与えるなどのサポートをした。こうして、昨年は50名受験、のべ15名の合格者であったが、今年は89名受験、のべ39名の合格者となり、合格者数、合格率共にアップしたという。

 このように、各学部からより高い数値目標を出してもらう代わりに学長は法人の予算措置を求め、目標を達成する仕組みを作っている。具体的な目標があることで、理事会もよく理解して、サポートをしてくれる。例えば、管理栄養士国家試験の合格率を上げるために、模擬試験の回数を増やし、成績不振学生の保護者と面談するために出張する教員の経費も予算化しているそうだ。数値目標を掲げて、定量的観察をすることは当たり前のことだと学長は述べる。


図表2 年表─学部設置と中期総合計画


経営システムが機能する秘訣①
事務職員の優秀さ

 こうしてよい循環を生んでいる中期総合計画に基づく経営システムであるが、これがうまく機能しているのにはいくつかの理由があるようだ。学長が「個人商店の時代から株式会社レベルへ」と述べていたが、中村学園大学の経営は、多くの小規模大学に見られるような個人商店のような経営ではなく、組織体としての経営システムがよく作られている印象を強く受けた。

 中期総合計画の策定プロセスは、学部で案を作り、全学の教学意思調整機関である審議会で審議、最終的には理事会承認というボトムアップの流れで行われる(図表3)。計画の最初の段階で最も重要な役割を果たしているのが、事務職員が情報(量的データ)を集めて分析した資料であり、事務職員の果たしている役割は大きい。例えば、学生募集・入試の場合、どの地区が弱いのかを事務職員がデータを分析したうえで、教員と事務職員が一緒になって高校訪問を行っている。常にデータを収集し、分析することで、限られた予算や資源で効果を上げることが可能になっている。

 実際、学長が着任して最初に感心したのも、優秀な事務職員が多い点であったという。さらに、昨年は新たに建設した校舎のワンフロアを学生支援センターとし、それまで分散していた教務課、学生課、就職課、学部事務室を1ヵ所に集中させ、一体となって学生を支援するなど、事務局における横の連携も進んでいるようだ。


図表3 中期総合計画の策定プロセス


経営システムが機能する秘訣②
トップの選任方法

 中期総合計画による経営システムが機能する基盤として、もう一つの重要な点は、学長や学部長などの教学トップの選任方法だ。藤本学長も学内の選挙ではなく、理事会のもとに設置される選考委員会で選ばれたリーダーだ。また、学部長の選び方については、藤本学長が2期目の時に変更した。

 学長就任当時は、学部長選任について管理運営規則では「学長の推薦に基づき、理事会が決める」と書いてあるだけで、実際は、教授会構成員による選挙で学部長が選ばれていた。これでは、学部内の人気投票になってしまうおそれもある。しかし一方で、学部教授会の支持を受けるリーダーを選ぶことも大事であり、熟慮の末、「教授会から3名を投票で選出してもらい、そのなかから、学長がベストと思う人を理事会に推薦する」仕組みに変更し、学部長候補者選考規定を作りなおした。大学の基本方針をきちんと理解している人が選ばれないと、理事会に対しても責任をもって推薦できないし、同じ方向に走ってくれる人でないと一緒にやっていけない。また推薦の根拠が、単なる学長のエゴではなく、教授会の意思も反映している点でよい仕組みだと述べる。

 法人や大学のリーダーが同じ方向を目指しつつ、権限を明確に分担することは、どのようにリーダーを選任するのかという手続きと切り離せない問題だ。こうした学長、学部長の選び方をしているからこそ、中期総合計画策定プロセスのなかでの、学長・学部長間の折衝、学長・理事長間の折衝もうまく機能している印象を受けた。学部に数値目標を出させ、学長が「もう一声!」と高い目標を立てさせて法人からのサポートを引き出し、目標を達成できている基盤として、こうした基礎的な仕組みがきわめて重要な役割を果たしている。

今後の課題は短期大学部

 中期総合計画の定量的尺度による「定点観測」とよい教育を行うための努力を続けているおかげで、これまで定員割れをしたことがない。また、最近、より質の高い教員が応募してくるようになるなどの効果も感じているという。

 今後の課題について尋ねたところ、解剖学が専門の学長はチャールズ・ダーウィンの「生き延びるのは最も的確に変化に対応する種である」という言葉を引用しながら、これからも競争的環境のなか、活力に富み、個性輝く大学・短期大学作りを目指していきたいと力強く語った。理論と実際の統合を図り、学問と生活の融合を重んじ、教育研究に努めるという建学の精神を順守しつつ、いかに付加価値をつけるか。教育の分野や社会貢献では、中村の特徴を生かしつつ、他大学との連携も積極的に模索したいという。栄養分野に強い中村は、医療、健康、運動といった分野との連携が有効で、すでに進行中の、西部地区5大学連携(九州大学、西南学院大学、福岡大学、福岡歯科大学)、地下鉄七隈線沿線の3大学連携(福岡大学、福岡歯科大学)についても一層推進していく。

 他短大と比べれば順調だが、志願倍率が2倍程度と、大学3学部に比して学生募集に苦労しているのではないかと短期大学部の将来についても尋ねてみた。短期大学部は学園創立当初からの歴史をもち、この50数年間に3万人を超える卒業生を輩出してきた。その卒業生の活躍が伝統の力となって今日に至っているが、女子の四大志向で短大離れが進んでおり、短期大学部の位置付けがあいまいで努力すべき点も多い。今後の生き残りをかけて四年制の2分の1大学ではない、そして専門学校にはできない教養教育、専門教育、職業教育を有機的に結合させた中村学園独自の高等教育機関にしていく必要がある。短期大学部は今年の推薦入試で前年比16.6%の志願者増をみたが、次期学長にバトンタッチするまでは「元気のよい」短期大学を守り続けていきたいとのことであった。

 数値目標を掲げて常に定点観測している点、学部に高い目標を掲げさせる代わりに法人からのサポートを引き出す仕組み、教育で出た余剰金は研究費として還元する仕組み、学長と学部長の基礎的な関係作りなど、大学全体を動かすためのシステムをいかに作りあげるのか、非常にうまく設計されており、こうした基礎の大事さをこの事例から学んだように思う。


(両角亜希子 東京大学大学院 教育学研究科大学経営・政策コース講師)


【印刷用記事】
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