「福祉」をコアに社会と学生のニーズに応える/東北福祉大学

 福祉系学部は国立大学には長い間設置されてこなかったこともあり、私立セクターの独壇場でもあった。なかでも古くからの伝統校として、日本福祉大学、社会事業大学などと並んで、特に東北福祉大学はその名を知られている。しかし、ここ数年来、同大学は子ども科学部、健康科学部を新設して、保健・看護・教育における人材養成の開拓に乗りだし、これまでの福祉領域を超えた大規模な学部改革を推進してきている。まさに福祉をコアにしつつも、複数学部を擁する総合大学への第1歩を踏み出そうとしているようである。そこで本報告では、同大学の大学改革と学部新増設の経緯を振り返り、今後の方針と戦略を紹介する。

大学改革への取組みと施設整備

 同大学の歴史は古い。1875(明治8)年に仙台市に設立された曹洞宗専門支校が母体であり、明治・大正期を通じて旧制の中学校として存続してきた。戦後になって、学校法人栴檀学園として新制高校を設立、1958(昭和33)年には東北福祉短期大学を開設して、わが国の社会福祉主事の養成を担うさきがけとなった。1962(昭和37)年には4年制大学へと改組し、社会福祉学部(社会福祉学科)を設置、続いて産業福祉学科(1965年)、社会教育学科(1971年)、福祉心理学科(1974年)などを増設してきた。その後、社会福祉を看板とする大学へと着実に地歩を固めていくとともに、仙台市内の高台に位置する国見ならびに国見ヶ丘地区にキャンパス用地を取得、管理棟をはじめ第1、第2号棟、総合運動施設やトレーニングセンターのほか、「芹沢銈介美術工芸館」、音楽堂「けやきホール」、「感性福祉研究所」などを竣工させ、同大学が標榜する感性豊かな福祉系人材の育成に努めてきた。これと並行して、学校法人とは別組織の社会福祉法人(東北福祉会など)を複数立ち上げて、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービス、ケアハウス、介護老人保健施設など複数の機能を併せ持つ総合社会福祉施設を設置してきた(「せんだんの杜」、「せんだんの杜ものう」、「せんだんの里」、「認知症介護研究・研修仙台センター」、フィンランド政府ならびに仙台市と提携したフィンランド型介護施設「せんだんの館」など)。

 これらの施設整備について、同大学で長く教鞭を執り1994(平成6)年からその職にある萩野浩基学長は、こう振り返る。社会福祉士をはじめとする福祉系の実習施設の整備・確保は、「行学一如」の理念の具現化のため必要であったし、また学生からの圧倒的な要望もあった、しかし大学附属施設などはあくまでも医師養成などの附属病院などに限られており、また文部省(当時)の理解も期待できなかった。そこで1990年代後半から別個の法人の下で社会福祉施設を大学付近に設立して学生の実習先としてきたとのことである。2008(平成20)年には、看護師養成、精神保健福祉士養成、リハビリテーションのための実習先として「せんだんホスピタル」も開設している。これらの施設は、学生の実習機関であると同時に、卒業生の就職先としても重要な役割を果たしている。このように、同大学は教育・研究とその実践の場として社会福祉関連の施設整備を進め、すなわち理論と実践の調和をはかってきた。

 こうした社会福祉における人材養成への真摯なスタンスゆえに、同大学は学部構成としては戦後から長きにわたって「社会福祉学部」(2000(平成12)年に「総合福祉学部」へと改称)という1学部体制を堅持することになったとも言える。しかし、この体制は2006(平成18)年度に大きく変わる。子ども科学部(子ども教育学科)ならびに健康科学部(保健看護学科)を新設して、教育と看護の分野での人材養成に乗り出したのである。2008(平成20)年度には、さらに健康科学部にリハビリテーション学科(作業療法学専攻・理学療法学専攻)と医療経営管理学科を新設し、保健・医療分野にも進出、また総合福祉学部の産業福祉学科、情報福祉学科を総合マネジメント学部に移行させて、産業福祉マネジメント学科、情報福祉マネジメント学科として改組したのである。


図表1 学部学科改革の動き


学部新増設の戦略と効果

 看護、リハビリ、教育など、学問領域・現場実践としては社会福祉とけっして遠くはないものの、しかしながらダイレクトには関連がないとも言える。これらの学部の新増設は、これまでの正統的な社会福祉の伝統と理念を放棄することにはならないのだろうか。この点について、萩野学長は、「福祉とは人間をどうとらえるかといった根本的な問題へとたどり着くものであり、その『応用』としての教育・研究があってしかるべきである。そうした考えから、教育、看護、リハビリテーションといった関連する新学部の増設に乗り出した」という。実際のところ、「公分母は福祉」という学長の言葉どおり、研究面では、4学部体制のシナジー効果として、各学部の教員がそれぞれの領域をクロスオーバーするプロジェクトがいくつも走りはじめたとのことである。

 また総合マネジメント学部に関しては、従来の総合福祉学部の2学科を切り離して独立させたわけであるが、そこには「福祉」という名称は掲げられていない。なぜ、あえて畑違いとも言える「マネジメント」という文言にこだわったのか。これについても、萩野学長は、「福祉施設においては経営、人材養成などのマネジメント能力のある人材が求められています。さらに企業、情報サービス、公務員など広い分野でそのニーズはあります。また、私たち大学の教員もそれぞれの講義におけるマネジメントつまりクラス・マネジメントをしなければならないように、小・中学校教員はもちろん、看護師・リハビリテーションなども身体や健康のマネジメント能力が必要なのです」と語る。

 さて、ではそうしたねらいは学生募集の面では当たったであろうか。まず、ここ10年あまりの全学部の募集定員と志願者数ならびに志願倍率をトレースしたものが、図表2である。これをみると、実は2000(平成12)年度までは倍率が7倍を超えていたものの低落傾向にあり、また2002(平成14)年度からは5倍台半ばを割り込む水準にまで落ち込んでいたことがわかる。しかし、2008(平成20)年度には底を打ち、ここ2年は上昇に転じていることも見て取れる。次に、図表3は学部別にみた志願倍率の推移だが、これを見ると全学レベルでの志願倍率の回復に寄与したのが、新しく設置した子ども科学部、健康科学部の2学部であったことが明確に見て取れる。総合福祉学部から改組・独立した総合マネジメント学部は、設立から日も浅いためか、全学のアクセスの拡大にはまだ効果を及ぼしていないようであるが、従来の総合福祉学部も、上記2学部につられる形で、志願倍率の安定に繋がっていることも指摘できる。


図表2 大学全体での志願者数・募集定員・志願倍率の推移



図表3 学部別の志願倍率の推移


新学部・学科の特長は資格取得と専門性

 さて、同大学の志願者数ならびに志願倍率を底上げする牽引力となったのは子ども科学部ならびに健康科学部であったが、その動向はほかの福祉・保健・教育系の諸大学に与えるインパクトも小さくないと思われる。そこで、上記2学部を中心に、そのカリキュラム構成や資格取得の特長を垣間見て、同大学の大学改革の一端を考察しておきたい。

 まず、各学部で取得可能な資格についてみておこう。従来の社会福祉系の総合マネジメント学部は、これまでと同様に、社会福祉士国家試験の受験資格をはじめ、社会福祉主事・身体障害者福祉司・児童福祉司・児童指導員・知的障害者福祉司といった任用資格など、社会福祉系の資格取得が可能である。次に、子ども科学部では、保育士資格、幼稚園教諭一種普通免許状の2種類の資格取得が可能で、これは将来的な幼保一元化を踏まえてということだが、これらにくわえて小学校教諭(一種・二種)普通免許状も取ることができ、教育系の専門職を志望する受験生にとっては大変魅力的なカリキュラムとなっている。このほかにも、中学校教諭一種普通免許状(社会)、高等学校教諭一種普通免許状(福祉、地理・歴史、公民)、特別支援学校教諭一種免許状、社会教育主事任用資格、学校図書館司書教諭資格、図書館司書資格、博物館学芸員資格、児童福祉司任用資格、児童指導員任用資格などの取得も可能である。また健康科学部では、看護師、保健師、作業療法士、理学療法士といった看護・医療系国家試験の受験資格が得られ、また診療情報管理士、医療情報技師などの資格取得も可能である。

 このように、ここ5年間での新増設に伴って、同大学のカリキュラムは福祉領域をはじめとして、保健、看護、教育・保育などの諸領域でも多種多様な職業資格のプログラムを提供している。むしろカリキュラムが各種資格試験に引きずられている感もあり、ともすれば専門学校とどう異なるのかという疑義が生じないわけではない。しかし、萩野学長は入学式で新入生に対し、「ここは専門学校とは違う」とはっきりと諭して、リベラルアーツを広く学習するよう促すという。この「幅広い教養に基づく資格志向の専門教育」とも言うべきスタンスは、同大学のカリキュラムが資格試験の受験要件にタイトに縛られながらも、一般教育の学科目を幅広く開講し、全カリキュラムにおけるそれらの科目割合が5割にも上っている(その中でも「哲学入門」、「統計学の基礎」、「天文学」、「食と生活」、「歴史学の基礎」といった従来型の人文・社会・自然・語学を中核とした「総合基礎科目」だけで3割を占めている)ことからもうかがわれる。また、学生は各種の資格をできるだけ多く取得しようとして授業科目をめいっぱい登録・履修する傾向があるとのことだが、これについては、キャップ制を厳格に運用して、近年ではこれまで上限を1学年50単位に定めていたものを、さらに47~48単位にまで抑制しているという。

 ただし一般教育を構成するのは上記の「総合基礎科目」だけでなく、各学部・学科ごとに定められた「人体生理学」、「人間発達学」、「臨床心理学」といった「専門基礎科目」も設置されており、学科・専攻によってはこれらの科目が1年前期から必修となっている。また、専門教育科目である「専門基幹科目」が2年前期に本格的に配置される学科・専攻もあるなど、くさび形の専門教育が設計されている。また「福祉ボランティア活動」が関連科目として1年前期から、またインターンシップや実習が2年時から導入されていることなどを考え合わせると、同大学のカリキュラムは、全体として一般教養を重視しつつも、early exposure(早期体験学習)を実施し、実践的かつ資格に直結した専門教育を行っていると言ってよいだろう。

福祉理念の実践と拡充

 福祉をコアにしながら、またそれをシードにしながら、他の分野への拡大を図る。そうした同大学の学部改革の戦略は、学生募集では着実な成果へと結びつき、また学内の教育・研究にもシナジー効果をもたらしたようだ。

 そうした新たな分野へ進出する方向性を採ると同時に、これまでの看板学部であった福祉系分野での進展も怠りない。この分野では世界的水準を行くフィンランドの高等教育機関との連携を強め、ラウレア応用科学大学、ヘルシンキ・スクール・オブ・エコノミックスなどと2006(平成18)年に学術交流協定を締結し、専門家を招聘して教員のFDを行うなど、福祉の実践的研究・教育をこれまで以上に進めている。

 では次の一手は何か。同大学は体育系活動も盛んであり、佐々木主浩など多くのプロ野球選手を輩出する硬式野球部や、ゴルフ部、女子バレーボール部などは全国的にその名を知られている。その点で、将来的にスポーツ科学部などの新設はあり得るのでは、と萩野学長に尋ねたところ、「まったくない」と強く否定され、逆に「芸術系」という言葉が返ってきた。「もし考えられるとすると芸術、デザイン、政経など想定されますが、福祉という視点と宮城県・政令都市仙台の地域のニーズという視点を両立させるとすると、芸術、デザインあたりでしょうか。例えば本学の感性福祉研究所で開発した臨床美術は認知症予防や子どもの意欲向上などに効果があるなど、福祉と芸術はつながりがあります」とのことである。

 ただ、そうした改革の方向性はあり得るとしても、大規模化する意向はないようである。萩野学長は、「入学した学生を4年間で成長させるためには、学部の学生数は5000人が限度だと考えている」という。各学部の学生定員もこれ以上は増やさず(同大学の総合福祉学部は520名とほかの大学の社会福祉系学部と比べてもかなり募集定員が多い)、これまでどおり志願倍率を5~6倍という高い水準で確保して、学生・卒業生の質を維持したいとのことである。その言葉の端々には、これまでに長い間、優秀な福祉系人材を数多く創出して、斯界をリードしてきた自負と自信を感じることができるが、同時に東北地方ならびに仙台を中心とした近接地域からの学生確保の実績と、輩出する福祉系人材の質保証をふまえたうえでの現実的な戦略と言ってもいいだろう。福祉という理念をどう拡充していくか、今後の同大学の新たな一手がとても気になるところである。


(橋本鉱市 東京大学 教育学研究科 准教授)


【印刷用記事】
「福祉」をコアに社会と学生のニーズに応える/東北福祉大学