「職業人養成重視の教育大学」として教学改革を断行/金沢星稜大学

 金沢星稜大学は「誠実にして社会に役立つ人間の育成」を建学の精神とし、卒業時には自律した職業人となれる人間力と知識・技能を身につけることを大学教育の使命としている。

 1967年に金沢経済大学として開学して以来、経済学部1学部(一部・二部)の単科大学であったが、2002年に金沢星稜大学へと大学名を変更し、2007年には人間科学部を新設している。2010年現在、経済学部(経済学科・経営学科)と人間科学部(こども学科・スポーツ学科)の2学部4学科と大学院(経営戦略研究科)で構成される、学生数2、000名程度の規模の大学である(図表1)。

 近年の急激な景気の悪化の煽りを受け、大学生の就職難が、全国的に切実な問題となるなか、同大学は、「自分を超える力をつける」をキャッチフレーズに、全国でも有数の「就職に強い大学」としてのブランドを確立し続けている。その背景には、教育の中身を本質的に変えるべく、2004年より議論を行い、翌2005年度より取り組んできた大学改革における数々の施策があるようだ。

 坂野光俊学長に、そのあたりのお話をうかがった。


図表1 金沢星稜大学の構成


「職業人養成重視の教育大学」としての教育方針

 「改革前の2004年当時には、高校までの成功体験が乏しく、自己肯定感に欠ける学生が多かった」と坂野学長はいう。改革に向けて議論を始めた当初、同大学でも、志願倍率が年々低下しており、実質的には全入の状況にあったという。こうした大学進学環境では、「入学試験を突破した」という達成感を得ることが難しく、彼らを卒業時には自律した職業人とするには、「人間的な力(人としての力)」と「学力・知識・技能」が共に必要である。それには、「正しい答えがあるかさえわからないなかで、問いを見いだすような、本来の大学教育」と、「正しい答えを選ぶ訓練をするような教育」の両方が求められるという。

 そこで同大学では、2005年度以降、自らを「職業人養成重視の教育大学」と位置づけ、学生を自律した職業人へと成長させるべく、よりグレードの高い教育大学を目指して、改革に取り組んでいる。

 その教育方針は、アドミッションポリシーにも、以下のように、反映されている。

 「入学時の偏差値よりも入学してからの生きる意欲、学ぶ意欲、人間関係を積極的につくる意欲を重視します。社会に役立つための知識・技能・スキルや判断力・決断力・実行力を身につけるには、それなりの努力をして誠実にやり抜く気力が必要だからです。4年間の在学中に付加価値をつけて、卒業時には、どこの企業・役所・団体からも引っ張りだこの人材をつくることを目指しています。」

 目標を実現する資質をもった人を歓迎するという大学側からの受験生に対するメッセージでもある。

初年次からの就職対策直結ゼミ

 入学した学生に対しては、初年次から、職業観・就労観の育成を目的とする教育をカリキュラムの中に取り入れている。特に、経済学部の学生に対しては、就職対策と直結するような機会も意図的に設けている。

 というのも、人間科学部には、こども学科であれば幼稚園や小学校の教員を、スポーツ学科であれば体育教員を目指すなど、入学時から目的意識の高い学生が多い。これに対し、経済学部は、大学での学びと特定の職業とが結びつきにくく、将来の目標が不明確で、目的意識も明確でない学生が大半を占めていたためだ。

 そこで、経済学部では、初年次から基礎ゼミナール(3-4年次は専門ゼミナール)とビジネス基礎演習の2つのゼミを必修とした(図表2)。これらは就職対策に直結した実践的な内容となっており、基礎ゼミナールでは基礎学力と総合理解を深め、ビジネス基礎演習では、経済学部の全学生がビジネス能力検定資格を取得できるよう、実社会で必要な基礎的な知識と問題解決能力を養っている。資格を取得すること自体にも意義はあるが、それにより、「自分もやればできる」といった自己肯定感を高めることが、成功体験の乏しいような学生にはきわめて重要であるという。

 それぞれのゼミは週1回ずつ行われ、初年次は1クラス20人の同じクラスメートで学ぶので、学生の知識や能力を高めるだけでなく、仲間づくりや居場所づくりにもつながっているという。

 なお、これらのゼミは原則、すべての専任教員が担うという全学的取組みとなっている点が注目だ。


図表2 金沢星稜大学におけるキャリア・ガイダンス概要(一部抜粋)


教員の教育活動に対する評価

 同大学では、ゼミの担当も含め、教員の標準担当コマ数を、教授8コマ、准教授7コマ、講師6コマとしている。そのコマ数の多さもさることながら、それに伴う、担当授業領域の幅の広さ(種類の多さ)が、教員の負担になるという声もある。しかし、教育重視の教育大学であるからには、大学の教員としてだけではなく、高校や中学校の先生の役割も担わなければならないと学長はいう。

 その分、教員の教育活動に対しては、しっかりと評価した制度を導入している。金沢星稜大学では、教員評価を「教育」「研究」「社会(地域)貢献」の3つの側面から700点満点で行っている。700点を各側面に自己配点することとしているが、「教育」に関しては、下限を400点と高く設定することで、教員の教育活動をより十分に評価できるようにしているという。ただし、現状は、教員がどれだけ労力を費やしたかをみており、学生がどれくらい伸びたかはとらえきれていない。今後は、学生の授業評価を連動させるなど、ラーニングアウトカムの視点も取り入れたいとしている。

CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)

 「就職に強い大学」としての同大学を支える柱は、専任教員による正課カリキュラム内での取組みだけではない。その大きな柱となっているのが、CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)である。

 エクステンションセンターが担っているCDPは、学生が大学で学びながら、難関試験に合格できるようサポートし、全面的にバックアップをする独自のキャリアサポートプログラムを運営している。「公務員コース」「税理士コース」「小学校教員コース」に加え、今年度より、ビジネス実務のプロフェッショナルを養成すべく、難関民間企業への就職を実現できる力をつけることを目的とする「総合コース」が設置されている。CDPの各コースの受講科目は、卒業時に必要な単位数に含むことができ、採用試験などに集中したい学生の負担を軽減している。また、センター試験を利用したCDP特待生入学試験も実施している。CDPを受講することを条件とし、合格者は特待生として1年次の授業料を合格区分にあわせて免除し、CDP受講料も免除している。2年次以降は、同一学年のCDP受講者の中で、それまでの学業とCDP講座の成績により改めて特待生を選抜しているという。

 講義は授業後の教室を利用し、課外の時間に開講しているため、学生にとっては、移動時間も交通費の負担もない。授業との並行を考慮して授業日程を決めているため、複数講座の選択も可能となっている。受講料も、専門学校や資格試験予備校の1/2~1/5の価格におさえ、受講生の経済的負担を軽減している。

 また、各分野の専門の担当者が出題のポイントを絞り、効率よく学習できるようプログラムされており、資格専門学校に劣らない、合格実績を上げているという。

 さらに、取得した資格を学部単位に認定できるほか、合格すると報奨金が支給される資格もあるという。不合格となった場合でも、一定の条件を満たすことで、受講料割引で再受講できる制度など、受講者のやる気と根気を応援するシステムとなっている。こうした手厚いサポートもあり、大学教育を受けながら、難関資格合格を目指して学ぶ学生は着実に増えており、学生全体の就職に対する意識の向上にもつながっているという。

一人ひとりに対する就職サポート

 金沢星稜大学が「就職に強い」のは、正課・正課外にわたる充実した教育サポート体制に加えて、学生一人ひとりに対し、保護者の理解と応援を促しながら、徹底した就職サポートも行っているところにある。

 就職課では、全学生と個別面談を実施し、一人ひとりの性格や能力等を把握しながら、それぞれにあった企業に出会えるように支援している。マナー講座・履歴書作成・企業研究・200社を超える学内合同企業説明会など、年間15~16回の就職ガイダンスを行っている。

 就職活動は学生本人の問題であると同時に、学生の家族の問題でもある。就職活動に対する家族の理解と応援があることで、学生の就職活動は格段に充実したものになるという。

 年2回の保護者会での面談、保護者を対象とした就職ガイダンスを行うのみならず、パンフレット(「就職は親で決まる」)を作成・配布するなど、最新の就職活動の状況を保護者に積極的に伝えている。厳しい就職環境ではあるが、大学・本人・保護者の三位一体となって就職活動にあたっているという。

 さらに、就職サポートは、学生の在学時にとどまらない。石川県内の離転職率の高さを背景に、卒業後5年までの卒業生に対し、お盆と正月の年2回、就職状況調査を実施し、転職や再就職の支援をしている。希望者には、大学に寄せられた既卒者に対する求人情報をメール配信し、キャリアカウンセラーも相談に応じているという。

学生の自主性を育む

 このように同大学の面倒見のよさは随所にみられる。しかし、「面倒見のよさは、面倒をみられる学生をだめにする可能性もある。そうならないように、一人立ちさせる面倒見のよさが必要である」と学長はいう。「学生を職業人への成長過程の存在として認め、彼らの自主性を育むような支援が大切である」との考えから、近年、推し進められているのが、「SEIRYO JUMP PROJECT ~自分を超える力をつける。~」である。これは、学生による学生支援プロジェクトであり、学生と職員が協働し、学生の目線から他者をサポートする経験は、自己評価や次なる目標設定を経ることにより、学生自身の成長を実感する貴重な機会となっている。こうした機会に多くの学生が自然に参加するよう、いかにして仕向けていくかが、今後の課題であるという。

多方面にあらわれる効果

 2005年度以降行われてきた改革の効果は、すでに、様々な方面にあらわれている。

 まずは、就職状況である。2006年以降、この5年間、就職内定率(就職(内定)者数就職希望者数)は、2008年3月卒業生の99.6%をはじめとして、99%台を維持している。しかも2008年秋からの世界同時不況にもかかわらず、2009年3月卒業生、2010年3月卒業生ともに99.2%という非常に高い就職内定率を記録している。

 なかでも、株式を上場・店頭公開する企業への内定率は、2003年3月卒業生ではわずか0.9%であったが、2007年3月卒業生では30%を超え、2009年3月卒業生では39.0%にものぼるという。

 志願者の量や入学者の質にも、影響はみられる。

 2006年度までの経済学部の志願倍率(志願者数募集人員)は1倍台であったが、その後、徐々に上昇し、2009年度以降は3倍を超える高さになっている。2007年に新設された人間科学部も、設置初年度は1倍台であったが、その後、徐々に上昇し、2010年度には、経済学部同様、3倍を超えている(図表3)。


図表3 学部別志願倍率の推移


 さらにいえば、学生の出身県はさほど変わらないが、従来みられなかったような進学校からの受験者、入学者も増えている。金沢大学、富山大学といった近隣の国立大学の受け皿として、質の高い学生が受験し、入学するようになったという。特に地元志向の強い女子に選ばれる大学として注目されてきており、2010年度新入生の40.4%(経済37.4%・人間科学49.6%)を女子が占めるまでになっている。

 中退率にも好影響がみられる。2009年3月卒業生の中退率(入学から4年間)は18%であったが、2010年3月卒業生は9.1%まで大幅に改善されている。その理由として考えられるのは、大学で学ぶ意義が見いだせずに専門学校へ進路変更する学生が減ったこと、学力的についていけない学生が減ったためではないかと学長はいう。初年次からの充実したサポートとともに、入学試験がフィルター機能を果たすようになったことが大きいとのことだ。

 このように、教育の中身を本質的に変えるような改革を推し進めるには、学長の強いリーダーシップと柔軟な調整力が求められるだろう。また、「本学が改革を進められたのは教職協働によるもの」との学長の発言にもあるように、大学の重要事項の決定は、常任部会の場で、教員と課長職程度の事務局サイドが教職協働で行っているとのことだ。事務局サイドはオブザーバーとなってはいるが、実質は同等であり、「事務職員の発案だから」という理由で拒むことはなく、実際に事務職員の発案を通すことも少なくないという。

 教員にも「自分を超える力をつける」ようになってほしいと学長は語る。自らの大学での取組みについて、その表層的な側面だけではなく、その真意についても理解を深め、自らの負担をおもしろみにかえるような教員が増えたとき、金沢星稜大学はさらなる進化を遂げているに違いない。


(望月由起 お茶の水女子大学 学生支援センター准教授)


【印刷用記事】
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