学生と教職員の「意識が変わる」仕掛けづくり/北九州市立大学

 北九州市立大学は、市内2つのキャンパスに、外国語学部・文学部・法学部・経済学部・国際環境工学部・地域創生学群の5学部1学群と大学院4研究科を設置し、学生数は6500名を超える公立大屈指の総合大学である。

 1946年創立の小倉外事専門学校を前身とし、1950年に北九州外国語大学として設立された後、1953年に北九州大学へ、2001年に北九州市立大学へと大学名を変更している。2005年には公立大学法人となり、65年の歴史と伝統を誇る。

 北九州市立大学では、2006年度より様々な大学改革に取り組んでいる。その大きな柱の一つが、キャリアセンターの開設、多様な相談機能を集約した「学生プラザ」の設置、留学生支援の強化、サークル活動や学内を含めた地域での課外活動の強化による、人間として必要な「社会性」を身につける教育の充実である。

 北九州市立大学では、「就業力」といった直接的な言葉は用いていないものの、人間として必要な「社会性」を身につける教育を通じて、自らの将来のキャリアに対する学生の「意識を変える」のではなく、「意識が変わる」仕掛けづくりを巧みに行っている。それは結果として、学生に対する教職員の「意識が変わる」ことにもつながっているようだ。

 改革の旗振り役であり、担い手でもある矢田俊文学長に、そのあたりのお話をうかがった。

入試から就職まで一貫した教育システム

 18歳人口の減少、学生の多様化、学生の職業観・勤労観の欠如などを背景に、「入試広報」「初年次教育」「キャリア教育・就職支援」といった個々の側面に問題意識をもち、それぞれ個別に対応を進めている大学は多い。

 これに対し、北九州市立大学では、他大学に先駆けて、入試から就職まで一貫した教育システムを構築している(図表1)。これは、大学が共通して取り組まなければならない分野については、「学部教授会」や学部代表によるそれぞれの委員会での調整で行うのではなく、大学直轄体制として優先的に取り組むことを宣言したものである。入試広報、教養教育、学生支援、キャリア教育、就職支援などの分野については、これを一つのシステムとしてとらえ、学生が十分な教養と専門知識を身につけ、豊かな学生生活を送れるよう、弱い分野を補強していこうとするものである。経営学でいう、サプライチェーン・マネジメント(Supply Chain Management)の考え方を、大学の経営戦略に適用している。

 システムの構築と同様に、むしろそれ以上に重要なのは、その担い手であろう。北九州市立大学の改革は、上から指示する「リーダーシップ型」でも、教授会提案を中心とする「ボトムアップ型」でもなく、若手教授陣が主導する「ミドルアップ型」であるという。教員人事を教授会から教育研究審議会へと移管することで、全学的な役職には、定年までの期間の長い40歳代の若手の教員をあて、重要な会議への参加も可能にした。

 入試から就職まで一貫した教育システムに対しても、大学共通テーマの取り組みが弱いことを潜在的に認識していた教授会の抵抗はほとんどなく、委員長の学部間持ち回り体制も一掃し、教務部長、学生部長、国際教育交流センター長、学術情報総合センター長、入試広報センター長などは、研究業績、教育に対する情熱、人間性などに優れた若手教授を、学長が直接指名をし、就任を依頼した。

 こうした人選は大きな効果をもたらし、大学改革の中枢的な役目を果たしている。


図表1 入試から就職まで一貫した教育システム


民間企業出身教員が支えるキャリアセンター

 2006年4月、キャリアセンターは、入試から就職まで一貫した教育システムの一環として、学生の進路・就職を支援するために設置された。それまで、人文・社会科学系の学部が設置されている北方キャンパスでは、教員が学生の就職の世話をすることは少なく、就職支援は大きな課題であった。

 企業からの求人票や会社説明会などの情報提供、各種ガイダンスの実施といった従来型の就職活動支援に加え、低学年生への社会人基礎力育成を目指した授業や、大学内外でのインターンシップやプロジェクト活動など新しい取り組みも積極的に行い、大学の入口から出口まで、全学的かつ体系的に、キャリアセンターは関与している。

 北九州市立大学のキャリア教育や就職支援は、各方面より高い評価を得ているが、それは、関係教職員が一体となって真摯に取り組んでいる成果だと学長はいう。その中心的役割を担っているのが、キャリアセンターの専任教員である。キャリアセンターでは、中期計画(2005年度~2010年度)にもあるように、「就職に関する民間ノウハウ・人材の活用」を実践し、新たに設けた専任教員ポストには、設置当初から、民間企業経験者を迎えている。民間企業経験者を大学の専任教員ポストに採用する動きは、いまや珍しいものではないが、かねてより大学に籍をおく教職員との協働はそうやさしいものではなく、摩擦が生じているといった声も少なからず耳にする。キャリアセンター設立当初、専任教員として職に当たっていた真鍋和博准教授は、こうした声を承知のうえで、学内の教職員個々との意見交換や連携に、自ら積極的に動いていった。その成果もあり、北九州市立大学のキャリア教育や就職支援では、教教協働・教職協働がうまく機能している。

 キャリアセンターは、学生が頻繁に訪れる本館1階の最も目立つ場所に位置している。学内からのキャリアセンターへのニーズや期待の大きさは、その設置場所からもうかがえる。

学生相談のワンストッピング化

 2007年10月にオープンした「学生プラザ」にも、改革の一端をみることができる。それまで学生向けの事務組織が入っていた本館1階の空間を再編成し、様々な相談を一手に引き受けるオフィスをその場所に開設したのである。

 そこでは、先に紹介した「キャリアセンター」、学習など様々な相談を受ける「学生相談室」、心の悩み相談を受ける「カウンセリングルーム」、体の不調に対応する「保健室」、学生が様々な自主的企画を話し合う場としての「プロジェクトルーム」といった、学生向けの5つの機能を1か所に集中し、学生相談のワンストップ化を図っている。その結果、学生プラザは多くの学生の利用がみられ、教職員も効率よく相談業務に当たっている。

 なかでも、「プロジェクトルーム」は、学生の「意識が変わる」場として、重要な役割を果たしている。キャリア支援の一つの軸である「学生主体の実践プロジェクト」のミーティングの場として活用されているほか、就職活動に役立つ各種セミナー、合同企業面談会、個別企業説明会なども、煩わしい手続きを省力化して開催することを可能にしている。

 また、ガラス張りの扉や壁からは、「プロジェクトルーム」の中の様子が、その外にいる、通りがかりの学生にも自然と目に入るようになっている。こうした仕掛けにより、その空間の中にいる学生の「意識が変わる」だけではなく、その空間の周辺にいる学生の「意識が変わる」ことにも大きな役割を果たしているという。その名称についても、「学生支援44プラザ」という大学側からの上から目線ではなく、学生が自分たちのものとしてもらうための「学生プラザ」にこだわったという。

地域と連携するインターンシップ

 北九州市立大学は、公立大学ではあるが、地元地域の出身者はさほど多くはない。2010年度入学者に占める北九州市内出身者は22.1%、福岡県内出身者も44.7%にとどまり、むしろ県外から広く学生が集まっている大学である。

 こうした状況で、大学と地域とを深く結び付けているのが、地域でのプロジェクト活動である。これは、インターンシップの一環として位置付けられ、単位化されているプロジェクトも多い。

 実際の会社に出勤して仕事に触れる企業インターンシップを経験することも可能だが、北九州市立大学のインターンシップは、「プロジェクト型」を大きな特徴とし、学生同士でチームを組み、仕事をする際に大切なPDCAサイクルを大学のイベントや地域課題をテーマにして遂行していくというものである。

 例えば、キャリアセンター情報誌「キャリアーナ」プロジェクトでは、学生が学生のために、就職活動を支援するフリーペーパーを制作、発行している。また、2006年より財団法人北九州活性化協議会と協働で実施している「ぼくらのハローワークプロジェクト」では、プロジェクトに参加する学生が北九州に拠点を置く企業を訪問し、企業のトップや若手社員へのインタビュー等を通じて、知られざる魅力を学生に紹介するCD-ROM「ボクラノ」を発行している(2006・2007年は冊子)。

 これらの取り組みにより、社会人としての基礎力やマナーが身につくと同時に、そのプロセスで自分の力量を知ることにより、学生の「意識が変わる」ことが期待されている。

 とはいえ、スタート当初から、こうした仕組みが自然にできあがっていたわけではない。「様々な方面から情報を収集し、まずは、意識の高い学生を巻き込んだ」と真鍋准教授はいう。

 また、教育活動として、学生を地域に送り出すことは、地域としても不足しているマンパワーを活用できるという大きな意義がある。現に、高齢化する地域社会に学生が入ることで、そこでの活力も芽生えている。

 地域に根差した活動は、「地域につながる、自分をひろげる」をねらいとして、2010年4月に設置された地域共生教育センターを中心に、今後、より活発化していくだろう。地域共生教育センターは通称を『421Lab.(ヨンニーイチラボ)』といい、その運営には十数名の学生スタッフが力を発揮している。開設から数カ月で、地域で活動したいという学生が400名以上登録し、一方で、地域の方々から学生と協働したいという数多くの相談が寄せられている。

卒業延期特例措置の迅速な実施

 キャリアセンターによる取り組みをはじめ、様々な取り組みが精力的に推進されている成果は、卒業生の就職状況にあらわれている。例えば、就職決定率(就職者就職希望者)は、2006年3月卒業生は92.4%であったが、2008年3月卒業生は95.5%まで上昇したという。

 とはいえ、2008年秋のリーマン・ショックによる世界同時不況の影響などにより、卒業生の就職状況が一挙に悪化したのは、北九州市立大学でも同様である。就職決定率は、2008年3月卒業生の95.5%をピークに、翌年の2009年3月卒業生は93.8%、2010年3月卒業生は91.8%と低下し続けている。

 こうした厳しい就職環境を背景にして、就職市場で有利な「新卒」扱いとなるために、「留年」をあえて選択する学生もみられるようになった。とはいえ、改めて年間の授業料を支払うとなると、経済的な負担が大きいことはいうまでもない。

 北九州市立大学では、2010年1月にキャリアセンターで検討されていた「卒業延期特例措置」について、大学として、正式に教育研究審議会に提案し、前例のなさなどを理由に反対の声も一部であがったが、実施にいたっている。この措置は、「卒業できる単位を修得し、年間授業料の4分の1を払えば、学生としての籍を残し、半年ないし1年後に卒業できる」という制度であり、大学は特例卒業延期者に対する就職支援プログラムを実施するというものである。

 国公立大学の中では、極めて迅速な対応であり、学生や保護者の目線にたった対応である。特例卒業延期者に対する就職支援プログラムは、キャリアセンターの専任教員が主に担当し、就職講座やキャリアカウンセリングをきめ細かく行っている。

 2010年3月末に就職が決まった学生もおり、最終的にこの措置を選択したのは57名であった。就職を希望しながらも、就職未決定のまま卒業を選択したのは74名であり、人数のうえでは拮抗する結果となっている。

 今年度の卒業生の就職環境も、劇的な改善は見込めない今、北九州市立大学にみられる迅速かつきめ細かい対応は、在学生や保護者にも大きな安心感を与えているようだ。

志願倍率の急激な上昇

 北九州市立大学の大学改革は、第三者評価機関や新聞社の大学ランキング等でも高く評価されている。

 その成果は、志願者数の急激な伸びという点からもみてとれる(図表2)。18歳人口の減少は、全国レベルでみても明らかであるが、福岡県や北九州市でみると、より顕著にあらわれている。北九州市立大学の志願倍率も、2004年度の6.5倍をピークに、2005年度5.9倍、2006年度5.4倍と低下し、以降、2008年度まで同様の状況が続いていた。しかし、2009年度には志願倍率が5.6倍へと回復傾向がみられ、2010年度には7.1倍と、急激に志願倍率を伸ばしている。確かに、景気の悪化の影響もあり、「国公立大学志向」「地元志向」という追い風が吹いていることはあるだろう。しかし、2010年度の国公立大学の志願倍率平均は4.9倍、公立大学に限ってみても6.7倍であり、北九州市立大学の志願倍率は、これらを上回るものである。


図表2 一般志願者数推移


「意識が変わる」ための仕掛けづくり

 学長の考えに一貫してみられるのは、上から目線による「指導」や「支援」によって「意識を変える」ことではなく、自発性の喚起、すなわち、自分の意思で動くことで「意識が変わる」ための仕掛けづくりの重要性である。これは、学生に対しても、教職員に対しても向けられていた。

 公立大学である以上、職員の多くには、設置団体による人事異動が伴うため、学生支援やキャリア支援のエキスパートとして、大学が職員をじっくりと育成することは難しいといわざるをえない。北九州市立大学では、こうした状況の下でも、「学生と職員との接点を増やす」ことにより、職員側の「意識が変わる」よう仕向けているという。

 「外堀は埋めたが、本丸である教育の中身には、まだまだ改善の余地がある」と学長はいう。志願倍率も向上し、質の良い学生が増えた現在、難しい話をやさしく話すことができるような、質の良い授業をする教員を増やすことが重要であるという。トヨタ自動車の業務改善運動を例に挙げ、著名な人を招きFD(ファカルディ・ディベロップメント)の講演を拝聴することよりも、教員がお互いの授業をチェックし、自分のためにしていくことが、より必要であるという。

 学生の職業観・勤労観の育成を直接的な目的とする取り組みだけでなく、大学における様々な働きかけにより、学生の「意識は変わる」。授業を通しての働きかけの影響は、その潜在的なものも含めて、とりわけ大きく、その担い手である教員の質は、ますます問われていくだろう。今後の北九州市立大学の改革にも着目していきたい。


参考文献:矢田俊文『北九州市立大学改革物語』九州大学出版会,2010年



(望月由起 お茶の水女子大学 学生支援センター准教授)


【印刷用記事】
学生と教職員の「意識が変わる」仕掛けづくり/北九州市立大学