教職協働でキャリア教育を再構築/松山大学

 松山大学は1923(大正12)年、松山高等商業学校として誕生して発展を遂げてきた大学である。私立大学であるが、地元の強い要望をうけて設立された経緯をもっており、その卒業生の多くは中四国を中心に政財界で活躍している。「就職に強い松山大学」というイメージは最近になって作られたものではなく、昔から定評があったという。社会や学生が大きく変化する中で現在はどのような取り組みをしているのか。キャリアセンター長の浅野剛教授にお話を伺った。

高い就職率を維持

 まずは松山大学の就職率を確認しよう(図表1)。就職氷河期と言われた2000年度卒から2005年度卒、大卒求人倍率が前年の約半分の1.62倍になった2010年度卒でやや減少するなど社会状況の影響を受けつつも安定して高い就職率を維持している。最近は経済の低迷で大都市圏の大学生が地方の優良企業を受けるケースが増えており、こうした学生との競争も激化するなど、厳しい状況の中でも健闘している。

 これをどう見るのか尋ねたところ、努力の成果ではないかと浅野センター長は述べる。例えば、毎年各学部のキャリアセンター運営委員である教員とキャリアセンター職員が担当地域を決めて、学生の内定先や新規開拓を目的とした事業所などを一人当たり数十社程度訪問している。こうした活動を根気よく継続して、学生を採用頂いた受入れ企業と信頼関係を醸成しているという。

 こうした地道な活動を通して高い就職率を維持しているが、学生の資質の変化や意識の問題を強く認識しているという。例えば、「やりたいことがわからない」「コミュニケーション能力が重要だというが、人と接することが苦手」といった学生は多い。また学生の世界観は「半径1.5km」程度で彼らに仕事を見つけさせるためには学生時代に背伸びをさせて能動的に考え行動させることが大事だともいう。さらに、単に就職させるだけでなく、仕事をすることに対する意識をつけさせて卒業させなければならない。大学卒業者の卒業後3年以内離職率(全国平均)は30%台の前半を推移しているが、愛媛県はこれより高いという。地方経済の厳しさを考えると「初職を辞めるとその後にこれまでと同様の条件で勤めることがきわめて難しい」という現実を理解させ、仕事に就くということの意識をきちんと持たせることにより3年以内で離職させないということも重視している。こうした意味で大学の中にキャリアガイダンスを導入することは不可欠だととらえており、同大学では様々な取り組みを行っている。


図表1 就職率の推移


キャリアセンターでの取り組み

 こうしたキャリア教育を行うには授業だけでは不十分であり、様々な活動をキャリアセンターが支えている。キャリアセンターが支援する業務を図表2にまとめた。

 3年次からのサポートが中心となっている。就職ガイダンスや個人面談、就職手帳など今では多くの大学が取り組んでいる内容のものも多く含まれるが、こうしたきめ細やかなサポートを長年続けてきた。キャリアセンターでのカウンセリングやガイダンスは随時開催しているが、全体的なものよりも小規模を重視し、面接指導を中心に徹底した個別サポートに力を入れている。またゼミの中に出向いて話をしたりしている。最近ではこうした様々なプログラムを通じて意識を高めたうえで、3年生の秋を迎えられるように1年生からキャリアセンターによるカウンセリングも実施している。内定をもらった4年生にボランティアで2-3年生に報告会を開催してもらうなど様々な活動を支援している。

 同大学で特徴的なのは、学外団体との協力関係だ。特に「父母の会」からのサポートは大きい。大学が借り上げた県外の宿泊施設の宿泊費や大阪や岡山への就職支援バスの交通費を「父母の会」が負担しており、学生は大きな経済的負担を負うことなく、県外での就職活動を行うことができる。また新橋にある東京オフィスでは、温山会東京支部(同窓会)と連携して懇談会を開催したり、卒業生が在籍する企業への訪問や情報収集をサポートしたりしている。県の外郭団体で若者向けの就職支援をしている「愛work」と一緒に講座を提供するなどの協力体制もできている。キャリアセンターの職員は10名ほどであるが、それにもかかわらずこれだけのプログラムを提供できているのはこうした協力関係も関係している。

 また、同大学は2009年から3年間の文部科学省の学生支援推進プログラム「内定獲得のための学生支援プログラム」にも採択されており、自己分析・適性確認・自己PRについて十分にできていない、表現力やコミュニケーション能力を十分に発揮できない、社会人として必要とされる基本的態度やマナーについて十分な知識と育成がなされていない等、学生が抱えるこれらの課題解決に向けて、鋭意取り組んでいる。従来までの就職支援プログラムに加え、学生支援推進プログラムの助成金を活用してSPIテストの模擬テストの実施(3年生対象)、未内定者へのフォローアップ講座、マナー研修などを新たに実施している。「これ以上のプログラムを増やすことは不可能」というほど数多くの就職向けプログラムを学生に提供している。


図表2 キャリア教育の再構築


インターンシップにも熱心

 こうした活動以外にインターンシップも熱心に行っている。取り組みを開始したのは早く、1995年に経営学部、1998年に経済学部、2002年からは人文学部・法学部も参加し、文系の全学部が取り組んで8年が過ぎた。学内の共有プログラム化に加えて、2003年からは愛媛大学、松山東雲女子大学、松山東雲短期大学とインターンシップ連絡協議会を結成して共同でインターンシップを運営している。

 昨年度は、民間事業所57ヵ所、官公庁(独立行政法人等を含む)7ヵ所で172名の学生が実務研修を受けた。3年生で受講する学生が多いが、1学年1300~1400名ほどであるので、約1割の学生がインターンシップを体験していることになる。またどちらかといえば女子学生が多く参加している。最近は、学生の男女比に占める女子学生の割合が増加してきた。(男子56%、女子44%)同大学は学生の8割が愛媛県内からの入学者であるが、愛媛県に就職する学生は就職者の62%であり、地元就職志向は高い。特に、女子学生の多くは愛媛県内での就職を希望するが、県内で新卒の事務職を求人する事業所が年々減少していることもあり、インターンシップを通じて地元で働く体験をすることにより、採用の実態を自分の目で確かめることが重要だと指摘する。

 単位認定型のプログラムは1年間の連動型になっており、事前講義を受けていないものは研修に参加できない仕組みだ。具体的には事前講義科目(2単位)→実務研修科目(夏季休暇中の1週間または2週間)(1単位または2単位)→事後講義科目(2単位)で理論と実践の連携を図っている。研修後には必ずレポートを書き、研修体験の発表を行うなど非常に丁寧なプログラム運営をしている。また、県外でのインターンシップを希望する学生については、「父母の会」からの助成金も出ることになっており、多様な就業経験が用意されているといえる。

経産省の「社会人基礎力」モデル校に選定

 経済産業省は社会人としてキャリアを積む際の基礎的な能力である社会人基礎力(前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力)を提唱しており、2009年に「体系的な社会人基礎力育成評価システム開発・実証事業」を公募し、12校がモデル校として選定されたが、同大学も選ばれている。

 学生・教員が地域産業・企業と連携して、地域や地域産業の活性化を推進すると同時に、実践的プロセスを通じて、学生の実用的知識の習得や社会人に向けての成長を推進するもので今年度は以下の8つのプロジェクトが始動している。学生側から積極的に提案していく点、複数のテーマを同時に走らせて相互に情報共有する点に特徴がある。

  • のうみん社プロジェクト(戦略的なライムの拡販アイディアを創出)
  • まちの元気再生プロジェクト(南予地域の活性化調査・アイディア出し)
  • NEXT ONEプロジェクト(インタビュー調査・分析・市場拡販の提案)
  • 大洲じゃこかつプロジェクト(大洲じゃこかつの新商品を開発・販売)
  • Keyプロジェクト(フリーペーパーKeyの企画・営業・編集)
  • Matsuyama Go Goプロジェクト(愛媛新聞Matsuyama Go Go欄の企画・編集)
  • 日本酒普及プロジェクト(セミナーや蔵見学を実施)
  • ハート社プロジェクト(バレンタインチョコレートの企画・調査)

 これらのプロジェクトは学生の成長を促すうえできわめて有効であり、経済産業省からの助成は1年限りであったが、現在もこの活動を継続し、来年度からは単位認定できる形での実施を検討している。

経済学部の初年次教育プログラム

 キャリア教育を考える上で、もう一つの重要なプロジェクトが経済学部で2008年から行ってきた初年次教育の「大学生活への意欲を高める導入プログラム」である。このプログラムには3つの柱がある。第一は「自己の探究」であり、入学前あるいは入学後に大学生活全般への意欲づけと新たな人間関係を築きあげる自信を形成するための2日間集中プログラム、第二はキャリアカウンセラーによるセミナーから自分自身を振り返る機会を作りこれからのキャリアについて考えるもの、第三は約60名の社会人を招き、いろいろな職業人の実務体験や気づくことの大切さを知り、将来の自分のイメージを明確化するための小規模セミナー実施である。大学生活への意欲が高まることを目的とした「自己の探究」がコアとなっており、自分を分析し、他者と自分の価値観の違いを認識することでコミュニケーション力やリーダーシップ力、チーム結束力の向上が期待され、就職活動や友人関係の構築に有用だという。専門ゼミは2年次からしか始まらないし、サークルの加入率も低いため、学生間の縦の関係が薄くなっており、ロールモデルが見つけづらくなっている。浅野センター長は「学生の約2割は優秀、4割は普通、残りの4割は就職など自分の将来については無頓着に学生生活を送っているように見える。前者6割の学生にはまず先を歩ませ、前倒しで多様な経験をさせることにより、キャンパス内にロールモデルとなる学生を増やし、彼らが他の学生を育成するような働きを期待している。それが、『自己の探求』というプログラムの狙いである。」と話す。将来についてあまり考えていない学生も近くの学生が一生懸命自分の成長のために動いている、自分より少し先を行く学生の存在(ロールモデル)を目の当たりにすること、またその違いを生んでいるものが一歩を踏み出す勇気など、それほど難しいことではないことを知らせてあげる。こうして同級生、先輩、教員が見守る環境を作り、支えることがより多くの学生の成長を促すという。

学内GP制度の活用と予算の「見える化」

 この経済学部の「自己の探究」は全学部に広げる予定だ。このプロジェクトの内容自体も興味深いが、全学へのスムーズな展開を促す仕組みが担保されている点も重要だ。

 このプロジェクトは、松大GP(学内GP)の補助を得て行ってきた活動である。松大GPは、教育改革を推進し、すぐれた教育の取り組みを支援するために、現学長が始めたプロジェクトで1事業あたり上限1000万円/年を3年間支援するものである。全学に募集し、常任理事会で審査し、資金もシビアにコントロールしている。応募の条件は、①学部・学科、研究科などの単位や大学全体での取り組みであること、②新たな試みをする場合にその基盤となる取り組みが教育目標に対して一定の実績を上げており、事業を契機に一層の発展を目指すものであることであり、外部の補助金対象となるような内容の事業を想定している。申請項目や申請対象も文部科学省の質の高い大学教育推進プログラムの様式を踏襲している。

 こうして優れた教育改善の実践を促していると同時に、その活動を学内に広く認知させるうえでもユニークなのが予算の「見える化」だ。同大学の事業計画書にはすべての項目について予算が明記されている。筆者は相当数の大学の事業報告書を見ているが、これはかなり珍しい。具体的には、教育活動、研究活動、国際化、学生支援、キャリア支援、図書・学術情報、情報化、管理運営、入試・広報が項目として掲げられ、例えば、「教育活動」の項目の中に、(1)学部教育関係で4687万円、(3)松大GPが1604万円、(4)入学前・初年次における動機付けプログラムの全学化に向けた取り組みが580万円と書かれている。また、キャリア支援の項目では、(1)学内就職合同セミナー・就職講演会の開催(352万円)、(2)公務員講座の開設(1490万円)、(3)文部科学省「大学教育・学生支援推進事業」(学生支援推進プログラム)(1184万円)、(4)インターンシップ活動支援(191万円)、(5)温山会活動支援・卒業生調査(374万円)が掲げられており、大学がどのような活動を実施し、何を重視しているのかが一目でわかるようになっている。浅野センター長は評議員もしているが、「こうした事業計画書になってから、評議員会の中でも教育問題について話題になる機会が増えた」と話す。予算の見える化は現学長が大学の活動を説明責任の観点からオープンにすべきだと始めたそうであるが、学内にもよい影響を与えているようだ。

教職協働のキャリア教育を検討

 これまで述べたように同大学は様々な取り組みを熱心に行っているが、2011年度からキャリア教育を再構築する予定で、副学長を中心に検討を行っている(図表2)。

 「導入」「就業意識付け」「就業体験」「就業活動」の4つのフェーズを設定して、これまでのキャリア関係科目、「社会人基礎力プロジェクト」「自己の探究」を導入・整理する。共通教育に「キャリア教育科目群」を起こしてこれらの科目を配置し、卒業後も含めた評価指標の作成を行う方向でこれまで行ってきたキャリア教育を再構築するという。入学時から卒業時まで体系的なカリキュラムを用意して、キャリア教育をよりシステマティックに提供していく予定だ。

 経済学部で実施してきた「自己の探究」を全学部に展開する際に、多数のインストラクターが必要になることから、「初年度には教員4名・職員4名からなるチームを編成し、次年度からも継続してこのような教職員による混成チームを育成の予定であるという。従来は、教員だけがインストラクターを務めていたが、職員を含めた教職協働型のチームにより学生を支援・指導するという点がユニークだ。」と浅野センター長は話す。

 こうした取り組みが社会人となったときにもどのように良い影響を与えていくのか。今後は卒業後の就業実態の把握にも力を入れていくとのことで楽しみだ。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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