戦略プラン「MS-15」による教職協働とSD/名城大学

 名城大学のメインキャンパスは、名古屋市の東部、国公私立大学が集まる山手地域に所在する。同大の設立は古く、1926(大正15)年、名古屋市中区に開学した夜間の名古屋高等理工科講習所を母体とするが、現在では中部地域における文理融合型の総合大学へと発展して、法、経営、経済、理工、農、薬、都市情報(可児市)、人間の8学部21学科、また専門職大学院を含む法学、経営学、経済学、理工学、農学、薬学、都市情報学、総合学術、大学・学校づくり、法務の10研究科23専攻を擁するに至っている。特にここ十年来、教学と経営双方をつなぐ中長期的な「戦略プラン」に立ち、さらなる飛躍を目指している。その行動指針となっているのが、2004 年に策定された「MS-15(Meijo Strategy2015)」である(図表1)。このMS-15には、9つの柱と基本目標が掲げられているが、その柱の一つである「人材の確保と育成」での本年度の事業計画は、まさに「教職協働に基づく事務職員の人材高度化を目指すSDを支援する」である。以下に、同大学でのMS-15に則した教職協働とSDの取り組みを紹介したい。


図表1 MS-15(2010年度)戦略プラン


MS-15とSD

 まず、MS-15の経緯について簡単に見ておこう。このプランの端緒となったのは、2001年、当時の岩崎正視理事長と網中政機学長が全事務職員に対して行った講話であり、これをふまえて岩崎理事長から、自主・自律的な大学経営体制の確立を目指した同大学のビジョンと中長期計画・年度重点事項の策定が、2003年の秋に提案されることとなった。すぐに理事長・学長の諮問機関として「戦略諮問会議」が設置され、2004年3月には中間報告が提出、各部署のヒヤリングを経た後、同年12月に「学校法人名城大学の基本戦略について」、すなわちMS-15が最終答申されたのである。このMS-15について、池田輝政副学長・理事は、「岩崎理事長と網中学長という2トップがバランスよく協働して生まれた賜物」であったと振り返る。同大学ではこの戦略プランができあがる以前から、教学系と経営系の協働という雰囲気と方向性がすでに醸成されていたとも言える。

 MS-15では、2015年を目途に実現すべき将来像として、「総合化」と「高度化」と「国際化」の3 領域を強みとする「日本屈指の文理融合型総合大学」が標榜されるとともに、この長期的将来像を具現化する中期的なビジョンとして、『社会から評価される大学づくりを目指して、「教育力」「研究力」「就職力」「社会力」「資源力」の向上に努める』を掲げている。職員ならびにSDについては、上記の「人材の確保と育成」の柱の戦略課題として、「人材研修の促進」と「人材の確保」の2つが明示されている。

教職協働への組織改編

 教職協働を進めるうえで重要なのが、教学にかかわる企画・立案・補佐機能を担う事務組織のあり方である。その改編に当たっては、経営企画・戦略部署の新設や再構築を行う大学も少なくないが、同大学でも2003年に法人と大学の下にある経営本部(1998年設置)に「総合政策部」を新設し、教学系と経営系双方から提案された政策等について、審議事項を総合的に調整し、各会議の開催と運営に当たらせている。また、MS-15の推進に当たって、2005年に理事長ならびに学長の直轄機関として「MS-15 推進室」を新設した。同室は上記の総合政策部と連携して、全28部署でのそれぞれの戦略達成のための推進とその検証を図ってきた(現在、室長1名(池田副学長が兼任)、副室長1名(経営本部長が兼任)、室員1名)。特に、全学的なPDCAのマネジメント・サイクルの構築(各部署は年度当初に戦略プランを見直し、年度末には活動報告とそれに基づく活動報告書の作成、さらに構成員への報告)を積極的に進めてきた。2008年からは学長の交代に伴って、MS-15の戦略プランの簡素化などの手直しが施され、MS-15の推進体制自体も継続的な改善対象になっている。また各部署のMS-15の進捗状況については、その当該年度の成果や次年度以降の重点施策について、常勤理事によるヒアリングが行われているが(図表2)、池田副学長によれば、「目標の達成の可否を問うのではなく、むしろそのプロセスでの問題点を語り合うことが重要」であり、またそのヒアリング自体も、「各部署の構成員に戦略浸透を図るためのコミュニケーションの手法として活用するようにした」とのことである。執行部の戦略を組織の隅々まで周知・徹底させ理解・協力を得るには、教職員への対話手法が地道ながらも確実であるとの認識に立ってのことだろう。また、2009年度からは経営と教学が協働するガバナンス体制の構築を目指して、理事及び評議員の定数を見直し、理事を10~13人から12~15名に、また評議員を32~40人から38~45人に増員するとともに、コンプライアンスの観点から、監事を1名増員して3名とするなど、教学と経営の協働体制が順次整備されてきているようである。

 次に、こうした教職協働への戦略と組織整備に基づいて、職員のSDならびに大学院教育がどのように実施・利用され、また効果を上げてきているのかを具体的に見てみよう。

図
表2 理事と各部署のコミュニケーションのイメージ図

 一般的にSDは階層別の研修・育成が効果的であると指摘されているが、同大学でも、経営本部総務部を中心に、総合政策部、MS-15推進室などが連携して、トップマネジメント層、管理層(事務部長、課長、室長)、一般職員(若手)ごとにSDが実施されている。

 まず理事長、学長をはじめとする経営と教学のトップ層の研修である。同大ではすでにこれまでにも幹部一同が会する学外での宿泊型会議「学外サミット」が開催されてきたが、これを2008年度から、新たにトップマネジメント研修として位置付け、より内容を拡充している。例えば昨年度は10月末の2日間にわたり実施され、前年度の「教育の質保証」をさらに進めて、「教職協働の事例を通した、教育の質向上策を探る」をテーマに討議を行い、課題共有と解決に向けて議論が展開されている。具体的には、学内外での教職協働の取組みについての話題提供を受け、5つのワークショップを編成して議論と意見交換を行い、「サミットメッセージ」の原案を作る議論が行われている。教職協働は実態ではなく体制の問題であり、学習コミュニティ、授業支援づくり、職員力のPDCA、教育づくりの方法論、特定のテーマや情報共有、役割分担論を超えた協働の考え方などを原案とし、それを統合・整理する形で、「学を促す教職協働のPDCAを工夫する」というメッセージが提案されている。

 次に管理層のSDであるが、従来からこの階層のモラールの高さや能力が組織の業績や革新を決定すると言われるところであり、同大でも大きな力を入れている。昨年3月下旬の2日間で実施された実績を見てみよう。セミナーのテーマは「戦略ってなんだろう?」、そしてそのゴールは「①MS-15戦略プランの浸透、②管理職者の課題設定・解決力の強化、③学生像の議論から学生の多元性の共有」と設定されている。具体的には「学生像の再考-顧客、メンバーの何れであるべきか?-」が課題として取り上げられ、学生像にかかわる議論を通じて、戦略の必要性について理解できるように企画されている。学生がおかれた複雑な立場を、ワークショップ形式での議論を通して学び、他大学での事例を導入する際の工夫について議論が重ねられている。こうした現実的な課題とその実施について参加型の討議を行うことで、MS-15戦略プランの浸透、及び課題設定・解決力の強化につながるよう企図されているとのことである。実際に参加者からは、「研修としての課題がよかった。単純でかつ深いテーマである。このようなワークショップを定期的に実施することで、全学的な意思の共有と新たなアイデアの源泉になると思われる」などのコメントがあり、一定の効果を上げていることがわかる。

 総務部が主導する研修としては、入職3年目までの若手研修の充実策が挙げられる。この研修では、広い視野で大学全体の課題を見いだす力を育成し、また愛校心の醸成を目的とした研修プログラムも組まれている。今年度の入職3年目までを対象とした「職員基礎研修」では、夏(9月上旬)に1泊2日の合宿形式をとり、『将来の名城大学について若手職員自らで創造する(夢を語ろう)』というテーマのもとに、「担当業務から頭を切り替え、目線を大きく持ち、名城大学の将来(夢)について自分たちで議論し、創造する(形にして発表する)」を目的としてグループ討議がセッティングされている。KJ法などの方法とメリットを一通り学んだ後、模造紙を使って「将来の名城大学像(夢)」を描くことが求められ、各グループでまとめた成果を発表するといったプロセスがとられている。

 このように、どの階層のSDも課題共有、問題解決、方針提案などのプロセスを踏み、またワークショップ型の全員参加型の形態をとっている。一方的な講話聴講や一般的な課題のディスカッションではなく、同大学における実際の個別課題や問題を取り上げてのプロジェクト解決型の研修システムであると言えよう。

戦略的思考を学ぶ大学院派遣制度

 こうしたSDに加えて、ここ10数年来、全国では大学職員を対象とした教育プログラムを提供する大学(院)が増えてきている。同大学にも2006年に創設された「大学・学校づくり研究科」があり、職員の資質向上に大きな役割が期待されている。同研究科の教授も兼任する池田副学長は、「MS-15に則して、学内の強力な支援があって設立された」と振り返る。そのビジョンには中部地域の大学・学校づくりに関する専門人材の育成教育拠点となることが掲げられており、持続的革新力を生む戦略企画とマネジメント手法を開発する教育経営人材を育成することがその教育ミッションとなっている。MS-15では、職員の同研究科への派遣・育成が年次ごとの計画として推進されており、初年度から本年度までトータル7名が学内から入学している。カリキュラムとしては、科学的手法を中心とした専門職素養と態度を身につける共通の場と機会と環境を提供しつつ、既存の「教育学」と「経営学」の壁を越えるために、公共組織の変革戦略理論となる「戦略的思考」をベースに、日々の実践と中長期の目標・計画とを同時に視野に収め、問題発見・解決の手法を現場で適用できる人材を養成することを目的としている。また様々な知識、スキル、経験をもった社会人学生がほとんどであることを踏まえて、チームとして自主的な活動を通して、新しい挑戦的な学びの目標に向けて疑似体験的な教育活動を遂行していくというPBL(Project Based Learning=課題型共同学習)方式が採られている。例えば、大学の現場で生じる経営業務の課題について、事例に沿ってチームを作り、指導教員のもとで課題探求と解決までのプロセスを経験していくことに重点を置いている。また同大職員が入学する場合、入学金と授業料を法人が負担するという大きなメリットがあり、また受講しやすいように「昼夜開講制度」(18:30~20:45の6時限開講)が導入されている。しかしながら、学内からの入学は減少気味だという。総合政策部ならびにMS-15推進室の課長を務めながら、同研究科に在籍している鶴田弘樹氏によれば、夜間開講があるものの、「やはり本務と大学院の両立は負担が大きい」とのことであり、多忙化する職員をどのように大学院での勉学へと動機づけるかが課題となっているように思われた。

課題に向け「名城戦略審議会」設置を提案

 さて、今後の大学経営には、強力なリーダーシップの下での中長期にわたる経営戦略と、それに基づく教学・経営双方のリソース・組織の有効活用と再構築が不可欠である。その点で、同大学はMS-15の策定、事務組織の再構築、課題解決・プロジェクト型の研修プログラム、職員の資質向上のための大学院教育の新設など、次々と教職協働の新しい布石を敷き、プロフェッショナルな職員養成を着々と進めている感がある。

 しかしながら、そうした着実に見えるプロセスにも陥穽や問題はつきものだろう。MS-15の推進にあたって執行部と教職員とのコミュニケーションの必要性が再認識されたのも、トップダウン的な戦略に対する各層の温度差があることの裏返しでもあろうし、また新しく試みられているSDの成果も、実際の職場にどのようにフィードバックされているかは検証が必要だろう。さらに学内の大学院教育については、学内からの派遣(入学)者数が頭打ちであり、職員の中で一定の規模をもった集団の形成までにはまだ道が遠いようである。MS-15も目標とする2015年までのプロセスの折り返し地点にきたばかりであり、そうした意味で、新たなマネジメントの仕組みや方法論が十分なコミュニケーションを通じて各部局の教職員に十分浸透し、また戦略プランに即した教職協働の組織づくりとSD・大学院教育が目に見える成果をあげるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。

 ただ執行部はこうした点は重々承知のようである。池田副学長は、そうした点を踏まえたうえで、「今後の最大の課題は意思決定の組織づくり」であると指摘する。このため、池田副学長が室長を兼任するMS-15推進室は、経営と教学が協働する組織として理事長、学長の下に「名城戦略審議会」の設置を提案したとのことである。今後、名城大学では戦略プランの実質化を目標に掲げ、さらなる組織改編とそれを支援する職員の資質向上を目指すこととなるだろう。名城大学による教職協働の新しいモデルとSDのティップスを期待したい。


(橋本鉱市 東京大学 教育学研究科 准教授)


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