共同作業によるチャレンジの場が学生を変える/三幸学園
学生を社会に送り出す前に何が必要か。この問いへの模索は、大学教育でも専門学校教育でも変わらない。
今回訪問した学校法人三幸学園は、専門学校としては比較的後発である。1984年に歯科助手専門学校として専修学校事業に参入、翌年、学校法人として出発した。だが、この30年の間に、医療・福祉、リゾート・スポーツ、美容、保育、製菓と、時代的要請を敏感に読み取りながら全国展開し、2010年度現在、専門学校だけで36校、学生数約14000名、職員数約1600名を擁する一大学校法人となった。2007年には保育・教育領域で大学を、2009年には広域通信制高等学校を設立、他の学校種へも積極的に事業展開している。
少子化による学生募集が困難を増す中で、このような急成長はなぜ可能だったのか。一つのカギが、共同作業によるチャレンジの場を数多く学生に与え、成功体験を積み重ねることによって、学生が自ら進んで学ぶようになるような教育プログラムの展開にあるという。その内容と、それを支える考え方について、創業者にして理事長の鳥居秀光氏の元を訪ね、話を伺った。
教育理念は「技能と心の調和」
学校法人三幸学園は、三幸グループの中核である。三幸グループは、学校法人のほかに、生涯教育、人材派遣、ダイビング、福祉施設、美容の各事業を持つ。企業理念は「3つの幸せの実現」。「3つの幸せ」とは、「生徒の幸せ」「社会の幸せ」「グループの幸せ」のことで、これが企業名、学園名の由来でもある。
専門学校事業への参入は1984年だが、創業は1974年にさかのぼる。社会人を対象とし、女性の社会進出や自立を支援するための医療事務専門教育を提供してきた。「創業当初から教育理念があるわけではなかった」と鳥居理事長は言う。「社会人は真剣そのものであり、自分で学費を負担して積極的に学習を進めるので、親切でわかりやすく、目的の資格をとらせる教育を目指していた」(鳥居氏)。その後、歯科助手養成で専門学校事業に参入するが、社会人教育時代とは異なる状況に直面する。授業中話を聞かない、遅刻をする、欠席をする、居眠りをするというのが、学生にとってごく普通のことだったのだ。実習先となった病院や歯科の現場からは、あいさつができないなどというクレームも舞い込む。専門学校では目的の資格取得だけでなく、「人間的な教育」つまり規律や礼儀、マナー、常識を徹底して教えることが必要であると痛感した鳥居氏は、ここで「技能と心の調和」を法人の教育理念として掲げるようになったという。
とはいえ実践に移すことは意外に難しい。あいさつひとつとっても、教える必要性を頭では理解していながら、浸透せずに苦労している学校は多い。三幸学園でも当初は同様であったという。そこで議論の末、教員自ら学生にあいさつをすることにしたそうだ。最初は無視をする学生も、毎日あいさつをされればぼそぼそと何か言うようになる。そのうち学校全体があいさつをしなければならない雰囲気になり、2年程であいさつ文化の定着を実感するようになったという。
資格取得に向けた教育に加えて「社会人」としての教育を徹底するという、今日の三幸学園での教育は、専門学校事業参入時の環境変化への対応の結果であり、「学生を社会に送り出す前に何が必要か」という問いに対する学園としての明確な回答でもある。
「社会人」にするSANKOサクセスシステム
この「社会人」にするための教育の仕掛けこそ、可能な限り多くの学生に共同作業によるチャレンジの場を与えることである。そのための生徒指導方針、さまざまな行事、カリキュラムなどもすべて含めて「SANKOサクセスシステム」と名づけられている。基本的な考え方は図1の通りである。要約すれば、学生が成功体験を多く積み、社会(クラス、学校)の一員として認められる経験をすることによって、居場所を見つけ、自ら積極的に学び、学校や職場などの生活集団に積極的に関わりながら自立への道を歩みはじめるようになる、という考え方である。
少し具体例を紹介しよう。まず、入学式前後に、学校ごとに2泊3日のオリエンテーション合宿が行われる。東京にある5校の場合、4月上旬にバス10台で猪苗代へ移動し、ホテルに缶詰にする。そこであいさつとマナー、学校内のルール遵守が徹底して教えられる。さらに2年後の自分の目標を考えさせ、最終日にみんなの前で発表させることによって、学生一人ひとりに自分の目標を自覚させる。すると、往復の貸切バス運転手が驚くほど、合宿前後で学生の態度が大きく変化するという。
学生には、何かの縁で同じクラスになったことを日常的に強調し、クラス担任の下、クラス全員が頑張るという雰囲気を徹底させるという。1クラスは平均30~40名で、クラス全員で皆勤を目指す。これには、学校に出てこさせることによって退学を防止するねらいもある。学校によって差はあるが、卒業生の3~5割が皆勤賞だという。
この連帯感は年中行事でも醸成される。例えば、10月には「三幸フェスティバル」という行事がある。ここでは100名程度を1チームとして競技とパフォーマンスが行われる。企画・運営は学生の手によるもので、4~5月ごろから準備に取りかかる。準備にはヨコ(同じ学年)の連携とタテ(異なる学年)の連携が必要となるため、学生たちは、集団で何かをやり遂げる難しさを身を以て知ることとなる。だが、困難を乗り越えて迎えた本番では、やり遂げた達成感でいっぱいとなり、最後には、学生はもちろん、教職員、保護者、理事長自身も、感動の涙を流すほどの盛り上がりを見せるという。この後の、1週間の授業を特別編成にして検定のためだけの特訓に集中する「検定ウイーク」でも、教え合うことによって全員で合格を目指していくという。
このほか、全生徒がかかわる様々なイベントを用意すると同時に、体験入学の説明などをするボランティアの広報部員や、「オリター」と呼ばれるオリエンテーション合宿のアシスタントなど、ありとあらゆる活躍の場が設けられている。積極的に立候補する学生は多いそうで、応募者には面接などが行われ、時に厳しい選抜が課されて活躍の場を逃す学生もでる。だが「結果として採用される、されないではなく、その過程で一生懸命取り組むということが重要」と鳥居氏は語る。
「本校に来る学生は、高校時代に先生から目をかけてもらえず、活躍の場を与えられなかった学生がほとんど。そういう学生に、さまざまな活躍の場をまんべんなく与えて、『一生懸命やったらできた』という成功体験を積み重ねてもらう」(鳥居氏)ことによって、「社会人」として必要な資質を形成する。まさに、社会学でいう社会化(socialization)の過程が、そこでは展開されている。
重要なのは教員の熱意と理念の共有
こうした取り組みを学園全体として可能にしているのは、クラス担任の熱意である。専門学校の教員のイメージは大学というよりむしろ高校教員に近い。前項で紹介したイベントにおいても、日常生活でも、教員の熱意があるからこそ可能である。「先生がこんなにも私のことを気にかけてくれた」という感情はクラスや学校への帰属感となり、成長の土台となる。「直接学生と接するのは先生で、先生そのものがうちの商品。先生の意欲が上がらなければ、商品価値は落ちる」「学生は小学生からずっと先生と接し、先生を見るプロである。熱意のない先生はすぐ見分けられる」(鳥居氏)。
そのために学園として必要なことをうかがっていくと、教員自身が感動する場面を頻繁に演出することと、教育を担当するチームとしての意思統一の2点に、集約されるようだ。
前者は学生と同じで、教育者としての成功体験が意欲向上に繋がる。「教育は、壁にボールを投げるのと同じ。やればやるだけ返ってくる」(鳥居氏)。卒業時の謝恩会では、学生が先生に対して感謝の手紙を読む場面が用意されており、2年間つらく大変なことがあっても教員は非常に感動するのだそうだ。こうした感動の場面をイベントなどで積極的に経験することで、日々の教育活動に熱心に取り組むようになるという。
だが、それだけでは難しいと鳥居氏は考えている。「教育というのは教員チームで作り上げていくもの。教育方法は百人いたら百通りの方針があり、それがばらばらになると、生徒はどの先生の言うことを聞いていいのかわからなくなる」(鳥居氏)。三幸学園では、年度当初と8月に、地域ごとに教員全員を集めた研修が開かれ、良い仕事をした人を壇上で講演させて成功事例を共有するとともに、教育理念などについて理事長も1時間ほど話をするという。教育理念に「どうしてもついていけないのなら、やめてもらうしかない」と、厳しい。
専門学校の強みを生かした事業展開
2007年、三幸学園は東京未来大学を開校した。理由を伺うと、即座に「大学でしか取れない資格があるからです」と返ってきた。三幸学園では当時すでに保育系専門学校を展開していたが、幼稚園教諭や小学校教諭の一種免許状などは大学でないと取得できないことから、子ども心理学部を設置し、それを可能にしたのだ。
大学開設にあたり鳥居氏は、三幸学園が作る大学、つまり専門学校の教育の良さを生かした大学作りを目指したという。設置準備の過程で、方針に理解を示さない大学教授をメンバーから外したこともあった、と振り返る。「私たちは専門学校という土台を持って大学を作ろうとしている。個性を生かさないのはもったいない。教育にかける情熱、一人ひとりの学生への面倒見の良さでは、専門学校は絶対に大学に負けない。専門学校の場合、全員が自らを教育者だと思っており、研究者だと思っている人は一人もいない。職業教育や資格試験の教育をさせたって、専門学校の先生のほうが上手いに決まっています」と言い切った理事長の姿は、非常に印象的であった。
三幸学園の教育の要であるクラス担任は、大学では「キャンパスアドバイザー」と呼ばれる常勤職員※と大学教員とのペアで担当する。「キャンパスアドバイザー」は、専門学校でクラス担任を経験した常勤職員が担当する。勉学の相談は大学教員が、その他の支援や面倒はキャンパスアドバイザーが、それぞれ担当する体制を取る。大学を開設して5年になるが、最近、積極的に学生の面倒を見ようとする教員が増えているという。保護者会は年1回行われているが、グループ傘下の認証保育所を使って、学生、保護者、教員を交えた保育講座も行っている。「専門学校をやっていると生徒の親の質の劣化も目に余り、日本はこの先どうなるかと思った。教員養成の過程で保護者にも教育ができれば」と考えたがゆえのことだという。
高校への事業展開でも、高校中退者を社会へ送り出すという、専門学校事業で培った「社会人」育成のノウハウを生かした形であり、現在、生徒数は2000名を超える。大学であれ高校であれ、専門学校事業で培った三幸学園独自の教育を行う点で、共通している。
今後の展開について鳥居氏は、スイーツ&カフェなど新領域の専門学校や大学を広めていくとともに、グループ力を結集した「社会貢献ビジネス」を展開していきたいと熱く語った。失業者への職業訓練、農業事業への参入、足立区と連携したカウンセリング事業、幼児期から成功体験を多く積むことを目的とした教育施設「幼児園」の設置など、これまでの延長線上での事業展開を計画中だ。大学にはモチベーションを科学する学部を作りたいという。これも現在の教育の延長線上に展開する話である。
成長のカギは「ブレない」事業展開
三幸学園の成長のカギは、おそらく、時代を常に読みつつ、専門学校事業で培った教育という強みを最大限生かした、今風の言葉を使えば「ブレない」事業展開にある。もっとも、大学関係者の中には、部分的に違和感を持って読んだ方がいるかもしれない。それでも、非常に明快な教育理念やその教育方法は、現在の大学教育が抱える問題に対していくつもの示唆を与えてくれる。紙幅の都合で詳しく触れられなかったが、三幸学園の場合、領域の広げ方や着手する事業の選定、教職員のまとめ方など、管理運営のあらゆる場面で経営者としての理事長のセンスが遺憾なく発揮されており、そのことと相乗して現在の姿があることを付記しておきたい。
- 専門学校の場合、高校や大学とは異なり、クラス担任を職員やいわゆる非常勤教員が担当することもある。教員と職員の職務内容自体の違いが明確でないケースもあるなど、学校によって相当に状況が異なっている。
(稲永由起 筑波大学大学研究センター講師)
【印刷用記事】
共同作業によるチャレンジの場が学生を変える/三幸学園