教育研究のさらなる質向上と「ハブ大学構想」/関西大学

 関西大学は、本誌「進学ブランド力調査」における関西エリアの志願者ランキングで4年連続の一位となった。2010年には2つの新キャンパスを開設し、13学部、10研究科、3専門職大学院を擁する総合大学である。その圧倒的な人気はどこから来るのか、また今後はどのような方向を目指していくのか、楠見晴重学長にお話を伺った。

「学の実化」に基づく学部創設──変わるものと変わらないもの

 学外者から見ると、関西大学は2007年ごろから相次ぐ学部増設、新しいキャンパスの展開など、急速に大きく動き出したように見える(図表1)。2007年には政策創造学部を設置、同時に工学部をシステム理工学部、環境都市工学部、化学生命工学部の3学部に再編した。また2009年には外国語学部を、2010年には2つのキャンパスにそれぞれ2つの新学部を設置した。高槻ミューズキャンパスには社会安全学部を、堺キャンパスには人間健康学部を開設した。同じく2010年には関西大学で初めての小学校を高槻ミューズキャンパスに作り、幼稚園から大学院までの一貫教育をはじめた。こうした一連の改革はどのような狙いで行われてきたのだろうか。

 そもそも関西大学は1886年に関西で初めての法律学校として出発している。明治憲法発布の3年前という時期に、「正義を権力から護れ」を建学の精神として、国民に法律を広くわかりやすく学ばせることを目指して創立された。現在から見ても大きな転換点のひとつが、1922年であったという。この年に大学令によって関西大学として認可されたが、当時の山岡順太郎学長により「学の実化」というスローガンが打ち出された。これは「学理と実際の調和」「国際的精神の涵養」「外国語学習の必要」「体育の奨励」からなる教育理念で、現在は学是として定着している。現在にいたるまで、その後の改革はこれに基づいて行われてきたという。この教育理念はまったく変わっていないが、社会の変化に伴い、それぞれの時代で重要になった分野に拡大していった。はじめは文系大学として発展を遂げたが、1958年に工学部を作った。高度経済成長期で科学技術の振興が社会にとって重要な課題であったためだ。時代への適応力は必要で、2007年に工学部を再編したのもそのためだ。この時は、学問として重要であっても、時代の趨勢で受験生に魅力が伝わらない学科をどうするのかが学内で議論され、前向きの改革として3学部への再編が行われたという。7年の時間をかけて議論を重ねたこの改革で、2006年の工学部の志願者は1万5481名、2007年のシステム理工学部、環境都市工学部、化学生命工学部の合計の志願者数は2万187名と、結果的に受験生もかなり増加した。

 関西地区の他大学と比べると動き出した時期が遅かったように見えるが、「受験生も集まっていたし、常に動いている必要はない。社会の趨勢で変わるべきところは変わるべきだが、変わらないところも必要だ」と学長は言う。新設学部を作る直接のきっかけは、長い間、新学部を作ってこなかったので、理事会から「新しい学部を作るなら、どのような学部が必要なのかを検討してほしい」という諮問をうけ、前学長の時代に将来構想委員会が作られたことであったという。相次ぐ学部設置は、将来に責任をもてる若手・中堅メンバーからいくつものアイディアが出され、最終的にはトップが経営的な判断をする形でなされた。新しい学問体系を探り、カリキュラムを作ることは教員の役割であり、分野別に出されたアイディアが、「政策創造学部」、国際化を見据えた「外国語学部」、スポーツと健康コース、福祉と健康コースからなる「人間健康学部」、日本で初めての「社会安全学部」となっていった。学長も社会安全学部の設置準備委員会のメンバーとしてかかわったという。社会安全学という体系は世界を見渡せばあるが、当時の日本にはまだなかった。防災や危機管理といったリスクマネジメントの専門家が不足しているという認識から、文理融合型の学部を作り、企業や自治体から大きな注目を集めた。また、社会安全学部を設置した高槻ミューズキャンパスは、社会貢献型の新しいモデルを目指している。開設に際し高槻市から支援を受けたため、高槻市に貢献できる学部を作り、さまざまな形で地元に貢献できる仕組みも作った。ひとつは防災拠点である。高槻市の住民のために3日から1週間分の非常食や毛布などを備蓄。室内プールの水はいざという時の飲料水として使えるようになっている。大学の食堂は一般に開放、児童図書館を作り運営は高槻市にまかせるなどしている。このように、外から見ると関西大学は大きく変わったように見えるかもしれないが、学理と実際の調和という「学の実化」に沿った改革を変わらずに行ってきただけだという。


図表1 戦後の沿革──学部の設置を中心に


拡大路線から質的向上への転換

 相次ぐ学部設置によって2007年以降に大学の規模も拡大してきた。入学定員は2006年時点で5285名であったが、2011年には5935名へと大きく増加した(図表2)。今後も規模拡大を続けるのか、尋ねてみたところ、「拡大路線から、内容の充実に転換しなければならない」と学長は強調する。将来構想に特化した会議は、現在は設置されていない。これまでの学部設置は、志願者が減少するなどの具体的な危機感があっただけではないものの、受験生が減少してしまってからでは展開が難しくなるため、良いタイミングだったと評価はしているという。今後は教育研究の質的向上に力を注ぐべきだと、2009年10月の学長就任以来、この方針を全面的に打ち出してきたとのことだ。

(1)ハブ大学構想──国際ネットワークの拠点へ

 これをわかりやすくイメージするために「関西大学のハブ大学構想」を学内外で繰り返し訴えている。ハブ空港と同じように、大学も国際ネットワークの要衝として機能すべきだ。日本の規模の大きい総合大学は、全国各地から多くの受験生を集め、同じく卒業生を全国へ送り出すことで、地方の政治・経済・文化を発展させる役割をこれまでも担ってきた。大学は知の集積拠点であったわけだが、今後は国際ネットワークの中でのハブ機能も担っていく必要があるという。グローバル化した日本企業の多くが留学生などの外国人採用を活発化し、採用した人材を幹部にする企業も出てきている。こうしたグローバル社会の中で大学は、世界と人・情報を結びつけるネットワーク機能を構築することが重要である。

 関西圏の大学が協力して行っていく方向もあるかもしれないが、関西大学独自でもいくつか取り組みをスタートさせている。関西大学は125年間、大阪に立地して発展してきた。大阪は歴史的にも東アジアとのつながりが強く、世界の中でも特にアジア太平洋地域のハブ大学として機能していきたいという。2007年から開始された文部科学省「グローバルCOEプログラム」において関西大学の「東アジア文化交渉学の教育研究拠点形成」が採択され、2011年度からは東アジア文化研究科を開設して、さらなる充実を図っていく。この研究科では中国、台湾、韓国、ベトナムなどからの留学生も多く学んでいる。

 留学生の受け入れ、学生の海外送り出しの両方を行うことで、大学の活性化を図りたいと、既存の学部についても異文化体験や異文化コミュニケーションを充実化させていく考えだ。内向き志向と言われ、確かに海外プログラムも定員に達しないことが多いが、彼らが就職する企業はグローバル化しており、採用方式も国籍を問わないところが増えているという状況を理解させ、どんどん海外に出ていくように促していく。外国語学部では、関西大学のグローバル教育の拠点として、英語・中国語を核に国際関係を学べる。2年生には1年間の海外留学である「スタディ・アブロード」が全員必修となっており、商学部でもBLSPというワシントン大学で3カ月間ビジネス英語を学ぶユニークなプログラムなどをもっている。

 同時に、優秀な留学生をいかに獲得するかにも力を入れており、昨年は上海オフィスを開設、現在はタイにもオフィス設置を計画中である。将来的には台湾、北京、ベトナム、インドネシア、インドなどに海外オフィスを置きたいという。また、学部独自で専門科目を英語で学べるプログラムの開発にも取り組んでおり、総合大学のメリットを生かし、外国語学部と他学部の間でダブルメジャーや副専攻を導入することも教育推進部で検討しているという。さらに、新たな国際化構想の一環として、2012年4月に関西大学南千里国際プラザを新設し、その新しい学舎で関西大学留学生別科を開設予定だ。

(2)教育の充実──「考動力」ある人材を育成

 グローバル教育もその一環と位置づけられるが、教育研究の質の向上を図り、学生が自らの頭で自主的に考え、自律的かつ積極的に行動する「考動力」をもった人材を育てることに全学をあげて取り組んでいる。

 実践的な体験的学習や研究調査で、地域活性化を図ると同時に、学生に学びのきっかけを与える取り組みも行っている。たとえば、この4月からは、新聞社と提携して新聞を題材にゼミ形式の全学共通科目「スタディスキルゼミ(新聞で学ぶ)」を開設した。新聞を用いた資料収集と整理、表現の基礎的スキルを養成するクラスで、今後、各新聞社との連携をさらに図っていく。社会貢献と教育の連携にも熱心に取り組んでいる。例えば、商店街の活性化など、地域課題を地域の人々と一緒に解決する取り組みは、地域に貢献しつつ、学生に対する教育効果も高い、WIN-WINの関係が成り立っているという。学生は実践の場においてはじめて自分の知識のなさを実感し、「学ぼう」という姿勢が出てくる。自分に知識がないことを悟らせるためにこうした体験型でのゼミ形式の授業を入学早々に行っている。

(3)学内研究費の戦略的再編で研究の活性化を促す

 研究力の向上にも力をいれている。学内研究費を組み替えて、大型の研究費を獲得するための仕組みを導入した。ひとつは特徴的な研究に結びつくシーズを引き出し、有望な研究組織を重点的に支援。その成果をもって大型研究費にチャレンジできるような初期段階での支援を強化し、研究拠点を形成させることだ。また次世代を担う若手研究者支援のプログラムも充実化した。科学研究費補助金の申請率を上げるために審査経験のある名誉教授にアドバイスをしてもらうなどの取り組みも行っている。

 また、関西大学では、新しいモデルの教育研究を促進するために、学内で応募、審査を行う予算が学長のもとにつけられているが、これまで予算枠の3分の1も使われていなかったという。学長に就任以来、各学部に広く周知し申請を促した結果、今年になりようやく、ほぼ100%の執行率となった。新しい教育モデルにチャレンジする意識が学内に出てきたという。先日、東日本大震災関連のプロジェクトを学内公募したが、たった2週間の公募期間にもかかわらず、個人研究14件(うち8件採択)、共同研究8件(うち3件採択)の応募があり、こうした教育研究の活性化の下地を作ってきた効果を感じたという。


図表2 過去10年間における入学定員の推移


全学で教育研究の質向上に取り組む仕組み

 大学改革として、学部設置や規模拡大よりも、教育研究の質的向上の方がはるかに実施が困難な課題であるように思う。教職員が一丸となって進めなければならないからだ。関西大学ほど大きな大学でどのような仕組みで動かしているのかを聞いてみた。

 ひとつは推進力となる組織を整備したことだという。3年前に寄附行為の改正とあわせて、大学内の組織体制も整理したが、その際に、教育推進部、研究推進部、社会連携部、国際部をつくり、副学長がこの部長を兼任するかたちになっている。もうひとつが、情報のオープン化だ。各学部レベルでの中長期計画を出し、何をやろうとしているのか、何をやっているのかを点検できる仕組みを取り入れている。それによって「やらなければ」といういい形でのプレッシャーが生まれ、各学部で考え、試行錯誤することにつながるのではないかという。

魅力の発信も今後の課題

 大学のハブ化、考動力をもった人材の育成など、魅力的なキーワードがいくつか出てきたが、これが高校生に選ばれる理由となっているのだろうか。関西大学の何が高校生をこれほど強くひきつけているのか、学長に尋ねてみた。

 学長は教育研究の中身を見て選ばれているというよりも、例えば千里山キャンパスでは、大阪の中心部から20分と非常に便利な立地で駅からも近く、「通える」大学であると同時に、静かで緑あふれる大学らしいキャンパスであることが関西大学の魅力に映っているのではないかと語る。また、13学部あり、学びたいものがあることや、いろいろな学部の学生の交流も多く、コミュニティとして魅力的で、キャンパスライフが楽しいものになるという期待も大きいだろう。また1年生から4年生までが当たり前のように同じキャンパスにいて、4年間一貫教育が行われていることも選ばれる理由かもしれないという。

 高校生からどれだけ質の高い教育を支持され、入学してもらえるようになるかも課題であり、フィギュアスケートなどスポーツの発信力だけでなく、大学本来の教育研究の魅力をさらにアピールする必要があるという。例えば、関西大学は文部科学省の「戦略的研究基盤形成支援事業」に14件も採択されており(2011年度、私立大学全体の採択率が38%であるのに対し、関西大学は67%)、この採択件数は日本でトップである。こうした研究力をもっていることは意外に知られておらず、もっと魅力をアピールしていくことも重要だという。また女子学生からの人気が非常に高い点についても、これがなぜなのかをさらに分析し、より多くの高校生をさらにひきつけていきたいという。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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