小ささの良さを生かした学園内連携/成城大学

 大学の就業力育成の取り組みを紹介する当連載の第2回目は、首都圏の比較的小規模な私立大学の事例として、成城大学を取り上げる。油井雄二学長と長尾繁樹氏(就業力育成支援室)にお話をうかがった。

 成城学園は、幼稚園から大学院までがすべて一箇所の敷地内に立地しており、その一貫性を生かした長期的な視野での就業力育成の可能性を感じさせる。また、2006年度から正課外の独自プログラム「キャリアサポートプログラム・MAP(My Advanced Project)」を実施してきた実績があり、今年度から本格的にスタートした「就業力育成・認定プログラム」は、その経験と実績を踏まえたものとなっている。

学園内の中学・高校と連携した教育プログラム

 「成城大学就業力育成・認定プログラム」でまず目を引くのは、「多角的連携による重層的で多様な展開」だ。産業界・地域・卒業生との連携を謳う大学は少なくないが、「学園内各校との連携」は、幼稚園から大学院までの「フルコース」をもつ成城学園ならではといえるだろう。

 大学の1学年約1100名のうち、成城学園高等学校の出身者は150名弱。約15%という数字を見れば小さいようだが、高校の1学年は280名なので、およそ半数は成城大学に進学していることになる。大学4年間だけではなく幼・小・中学校・高校と「キャリア教育」を経る中で「就業力」が積み上がっていくと考えるとき、この緊密な関係性は非常に意義深い。「少人数教育や手づくり教育は、学園創設以来の理念であり、人と人との距離の短さなども含めて、『小ささの良さ』を生かしていくために、大学と高校以下の学校との連携をもっとしっかりしていこうというのは、大局的な流れとしてあります」(油井学長)

 とはいえ、各校の独自性もあり、同じキャンパス内に立地するだけで自然発生的に連携ができるわけではないともいう。そこで大学側から展開されたのが、MAPから派生した「高校生向けプログラム:MAP HIGH」だ。

 MAP(My Advanced Project)とは、2006年度に全学共通教育の正課の授業科目として「キャリア形成論」が設定されたのと並行して始まった、正課外のキャリアサポートプログラムである。「自分・他者・社会」を知ることで「気づき」を得る、グループワークやディスカッション中心の内容で、初年度は1年次・2年次混成の20名の学生で実験的にスタートし、その後、各学年向けの「MAP1~4」に各50名程度が参加するまでになった。

 「MAP HIGH」はそのスピンオフで、2008年度に始まった。MAPに参加する学生がチームをつくり、成城学園高校の3年生を対象に、「なぜ大学に行くのか」「大学で何をどのように学ぶのか」「大学生活はどんなものか」などを伝えるプロジェクトである。

 「大学生が高校へ説明に行くと、『この学部に行ったらどういう就職先がありますか』『就職活動中に成城大学でよかったことを聞かれたらどう答えていますか』など、けっこう鋭い質問が出てきます」(長尾氏)

 これは高校生に対するキャリア教育であると同時に、大学生にとってもいい気づきになっているという。改めて自分の高校時代を振り返って「なんでこの大学・この学部に来たのか」を考えるきっかけになるからだ。自分の所属以外の学部のことを勉強するのも、いい自己理解につながっているらしい。

 高校側にも好評で、このような企画を「就業力育成・認定プログラム」にも取り入れて、学園内各校との連携をはかっていく予定だという。

外部の識者を中心に就業力評価

 成城大学の取り組みでもう1つ注目されるのは「客観的な評価システム」だ。

 3年次後期の「チャレンジ・プログラム」は、個人またはグループで自ら設定したテーマを研究・実践する、就業力発展科目の総まとめ的な位置づけだ。この科目の発表会で評価委員会が学生の就業力を評価し、それぞれ段階に応じて「就業力ディプロマ」をはじめとして「EMS(Excellently Motivated Student)認定証」、「学長賞」を授与して就業力の質保証とする。

 実はここにも「多角的な連携」が生かされる。評価委員は、学長以外すべて外部の識者とする予定なのだ。地元自治体の世田谷区、産業界からは人事・採用部門だけでなくいろいろな部門の部長クラス、それに卒業生を合わせて、10名ぐらいの委員会になるイメージという。

 「就業力の評価というと対象は学生だけですが、同時にこのプログラム自体も評価していただき、見直すべきところは見直し、修正していきます」(長尾氏)

通常科目も大切で、過度に就業力と言わない配慮

 プログラムの運営には、特任の准教授が当たるほか、各学部の教授も授業を担当している。また、就業力育成支援室も全面的にバックアップしている。

 しかし実は当初、現場の教職員はこの就業力プログラムを新たに企画することに対しては非常に慎重で、必ずしも積極的ではなかったという。すでに5年目を迎えていたMAPに自信をもっており、それとは異なる新たな取り組みを構築することは難しいと感じたからだ。油井学長は「今回はそこを私がトップダウンで突っ走ったところがあるので、まだ先生方のご理解が100%得られているか、若干わからないところがあります」と言う。

 就職率アップや、優良な就職先を見つけるための目先の対策をしている気は「さらさらない」のであり、学生一人ひとりの「生きていくうえで重要な力」を鍛えていくことが目的と油井学長は言う。プログラムの達成目標「自ら考え行動する力」と言い換えることもできる。

 「自分も関与したから言うわけではありませんが、これはいいプログラムだと思っています。実施に当たっても現場がとてもよくやってくれている。でも、『これだけ』ではいけない。日々の勉強をきちんとやることがベースにあって、その上で自分のキャリア、人生設計に目を向けさせるということが必要になるのですから、通常のもしくは本来の学部学科の科目と、就業力プログラムとが『車の両輪』になってこそ、学生に『真の就業力』がつくと思います。ですから、『就業力』に過剰にスポットが当てられるのは、果たしてどうなのかという思いもあります」(油井学長)

 そんな思いもあってか、学内の教員に対して「就業力という方向性で、ということは、あえて言わない」のだそうだ。大学での専攻や就職先の業種・職種にかかわらず通用する、ものの考え方、情報の取り方、自分の考えをまとめて相手に通じるように話すやり方、などを身につけさせる「方向性」を揃えるのがいいというのが油井学長の考えだ。

 「就業力のプログラムは計画どおり進めつつ、直接関与しない先生方にはそれぞれの授業を通じて『自分の頭で考える癖をつける』教育をしていただき、それが車の両輪として回転していくようにもっていくのが、学長としての課題だと思っています」

成城大学就業力育成・認定プログラム 5つの特徴

成城の学生は鍛えれば伸びる素材

 産業界での成城大学生の評価は「人当たりがいいというポジティブな評価はいただいていますが、集団を牽引する力が弱く『惜しい』というご指摘もあります」(油井学長)

 プログラムの達成目標の一つ「他者と協調しながらも自らを高め、集団を牽引する人材」に照らせば、前段の協調性・向上心は評価されているものの、後段のリーダーシップが弱点ということだろう。「駄目」ではなく「惜しい」というところには、鍛えれば伸びる素材だというニュアンスもある。

 「成城の学生というのは、仕掛けなんかなくても伸びていくというほど主体的・能動的ではないかもしれませんが、スイッチを押しても動かないほど錆びついた素材ではない。だからわれわれが、手間ひまをかけて適切なスイッチ、起爆剤を用意してやることが必要なんです。1年次から、必修でなく選択で受講する就業力プログラムは、まさにその起爆剤といえます」(油井学長)

100年後にも生き残るために

 「就業力育成・認定プログラム」を受講している学生は現在160名。MAPの50名に比べれば3倍になったが、それでも1学年約1100名の1割程度でしかない。人数を拡大、あるいは必修化してはどうかという声も学内外からあるが、大幅な人数増は考えていないとのことだ。MAPでの経験からみて、グループディスカッションなどをファシリテートするには、この規模が限界というのも理由である。また、キャリアを考える時期は個々人で違うので、選択の余地を残すために必修にはしないという。

 さらに言えば、全員に実施しなくても、また実施した全員に目覚しい成果が出なくてもいいという。

 「種みたいな学生が出てくればいいし、現に出てきています。そういう学生がまわりの学生にいい影響を及ぼすんですよ。つくる種の数は少なくても、それを培養して広げていけばいいと考えています」(油井学長)

 油井氏は現在、成城大学の学長であるだけでなく成城学園の学園長でもある。その立場から実感するのは、学校、あるいは教育者の「責任」だ。

 「小学校なら6年間、中学校なら3年間に責任の範囲はとどまらない。その期間だけでなく、次の段階の学校に行ったときに伸びてくれるのかということも考えながら授業をしていかないといけない。永遠に責任がもてるのかというと、実際問題、無理はあります。けれども気持ちとして、教育というのは本来そういうものではないかと思います」

 大学に当てはめれば、卒業後の社会人としての活躍を考えながら、大学の中で何をどう教えるかを決めていくということになる。今の大学生が現役で活躍する21世紀半ばぐらいのことまで射程に置いて考えるべきというのだ。成城大学自体の生き残りも、その射程の先にあると油井学長は考えているようだ。

 「2017年の学園創立100年を前に、2013年に公表予定の『第2世紀プラン』を作成中ですが、これまでの100年間は、先人が築いてくださったいろんな恩恵があったからこそだと痛感しています。今までと同じことをしてこれから100年生き残れるかといったら、大間違いです。昔は生徒と保護者ぐらいしか視野になかったけれど、今は卒業生や企業の方々を含め、社会に対して責任を負っているというか、いろんなステークホルダーを意識して、学園のあり方を考えていく時代なのだと思います」(油井学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所所長)


【印刷用記事】
小ささの良さを生かした学園内連携/成城大学