認証評価と大学独自戦略の併存に向けて/関西学院大学

 関西学院(以下関学)は幼稚園から大学(11学部)、大学院(13研究科)を擁し、7つのキャンパスに計10の学校を設置し、2万7000名近くの学生・生徒が学ぶ総合学園である。2009年の聖和大学との合併、2010年の千里国際学園との合併などの大きな動向に注目が集まっている。関学における大学評価の現状と課題について、企画室の小野宏氏、評価情報分析室の森田光男氏にお話をうかがった。

自己点検・評価の経緯

 関学では1991年の大学設置基準の大綱化を受け、自己点検・評価が努力義務になったことを契機に自己点検・評価活動が本格的に始まった。1994年、1997年、2000年、2003年と3年おきに関西学院大学白書(自己点検・評価報告書)をまとめる形で点検・評価活動を行ってきた。この10年強の間に4回の自己点検・評価活動を行い、問題点を認識するようにはなってきたものの、それが改善という次のステップに十分につながってこないという反省が学内で上がるようになってきた。こうした課題認識を抱くのとほぼ同時期に、認証評価を義務づける学校教育法の改正議論が進みつつあり、内外の事情を踏まえて、2003年に学長のもと「大学の質保証プロジェクトチーム」を設置し協議を重ね、2004年度に「新たな自己点検・評価」実施大綱を定め、新たな自己点検・評価の目的、基本方針、実施体制、実施時期、実施方法を定めた。それ以前の相互評価においては現状と課題を点検・評価してきたが、新しい認証評価制度では、大学が目標を定めることが求められた。設定した目標に基づく評価という初めてのことに戸惑いながら、2004年度に目標を作成して2005年度に自己点検・評価をし、2006年度に認証評価を受けたという(図表1)。

図表1 年表

PDCAサイクルの循環を目指した新しい仕組み

 関学で現在も採用されている自己点検・評価の枠組みはこの2004年度に定められたものから変わっていない。特徴を挙げれば、下記の5点に整理できる。

(1)「進捗状況報告シート」という形での毎年実施

 各学部・部局で1年間の自己点検・評価を毎年行い、その結果を「進捗状況報告シート」に記述し、評価推進委員会(事務局)に提出する。設定した目標と指標に対して、自ら評価を行う。これを2007年度以降、毎年、実施しているが、評価をするためには立てた目標を必ず読み返さねばならない、というプロセスが組み込まれていることによって、目標を常に意識するようになるメリットがあるという。

(2)評価指標データベースの構築

 認証評価に必要な根拠となるデータを各部局で各々に持つのではなく、それを一括に集め、活用しやすい形のデータベース「関西学院自己評価統合ウェブシステム」を構築していることである。事務作業の効率化、簡素化の実現や他部局のデータの共有・連携を進められるメリットがある。大学基準協会に提出する基礎データだけでなく、学内の様々な情報や調査結果なども収集してここに掲載し、グラフ化するなど、わかりやすい形で見られるようになっている。

(3)ウェブによる評価結果の完全公開

 各学部・部局で作成された報告書はすべてホームページで公開している点である。学外を含めて公開することにより、シートの提出先の評価推進委員会ではなく、社会を意識して自己点検・評価活動を行ってもらうためである。学内の他部局のシートも見ることが可能であり、学部・部局の使い方次第では貴重な資料として活用することも可能である。実際に「他の学部の動きがわかるようになった」との声も聞かれるという。

(4)学内第三者評価制度

 外部の目の活用という点で、この制度も重要である。学内第三者評価を行う評価専門委員会には評価情報分析室長、同副室長をはじめ認証評価の評価者を経験したことのある教員など学内者10名以外に、学外委員6名から構成される。さまざまな視点を入れることにより、政策の動きや世間からの評価という観点で求められることへの理解が進むメリットがある。

(5)各学部・部局との丁寧な話し合いのプロセスの重視

 何よりも重要なのが以上のやりとりをメールや書面のやりとりだけですませずに、丁寧な話し合いで進めている点である。学内第三者の評価が的外れであれば修正することもあるし、記述が足りないものがあれば、「我々はこういうことをやっている」という追加や修正をしてもらった上で、最終的な学内第三者評価結果を確定する。1部局1時間程度の話し合いを行うだけでも1カ月間かかるほど大変であるが、非常に効果的だという。各部局が達成すべき目標の設定においてもこうした話し合いを行うことがあるという。例えば、かつて図書館は達成すべき目標指標として、継続的に統計が取られてきた蔵書数、利用者数、貸し出す冊数の3つを掲げていた。しかし、話し合いをする中で、図書館の目標はできるだけ多くの学生に利用してもらうことであり、なぜ利用されないのかを調べるために利用者だけでなく全学生に対する調査を実施することになった全学生への調査をした結果、図書館の機能が十分に知られていないことがわかり、広報活動を行い4年ごとにその効果をチェックするようになったという。

自己点検・評価の効果と限界

 こうした仕組みで自己点検・評価活動を行ってきたことの効果について尋ねてみた。この5つの特徴で実施してきたことにより、評価文化が少しずつ醸成されてきている実感があるという。評価専門委員会のメンバーも「各部局からの記述が年々良くなっている」と評価しており、長い時間をかけて評価文化を作る上で現在の仕組みは一定の機能を果たしている。政策で求められていることを理解し確認する視点や他学部の動きがわかるようになったなどのメリットも大きいし、上述の図書館のように各部局での改善につながっている面も多々あるという。

 ただし、「こうした改善が本当に自己点検・評価による効果なのかはよくわからないのが担当者のジレンマ」「自ら考えてやってもらう、トップからの押し付けはしないということと裏返しではあるが、現在の資源の範囲内で改善努力してもらうしかない面がある」と森田氏は述べる。また、小野氏は「各部門でも様々な改善は行われているが、根本的で大きな課題の改善、あるいは制度問題の改革に十分につながっていない面がある」と指摘する。

 また大きな課題は、認証評価を念頭に置いたPDCAサイクルと、大学独自で立てる戦略的計画のPDCAサイクルの2つのサイクルが統合されないことだという。

大学独自の戦略計画

 まずは関学独自の戦略的計画について簡単に説明しよう。関学では長年、法人と大学が別々に将来構想を策定してきたが、大学の立案する将来計画は経営や財務的な観点が弱くなりがちで、結果的に将来にわたる戦略性を十分に高めることができない、責任の所在が不明確になる、立案から実現に至る意思決定過程が複雑で時間を要するなどの問題点が浮かび上がってきた。理事長と学長が同時に新しくなった2008年度を契機に、法人と大学が一体となった戦略計画作りに着手した。トップダウンとボトムアップを融合した形で進めるために、民主的な手続き、参画の機会の保証、情報公開の仕方に配慮した。具体的には、大小23のワーキンググループを立ち上げ、学長が声をかけてメンバーを選び、全学集会による中間案の検討や学内構成員の意見を聞きながら、 「新基本構想」は制定された。

 図表2に示した6つのビジョンを実現するために、ビジョンに基づく計13の実施計画作成小委員会が設置され、学内から400名弱のメンバーが参画して施行リストが作成された。素案(方向性)、実施計画(概要)、実施時(具体案、規定、人事など)の各段階において、新基本構想推進委員会、大学評議会、理事会で承認を得る形で学内の意見を丁寧に聞きながら進められている。現時点では72施策が掲げられているが、各施策の責任者や担当部署、現在、どの進捗段階にあるのか(素案段階、実施計画段階、実施段階)、その進捗度は何%なのか、順調なのか遅延しているのかの一覧表は、ホームページでも公開されている。2011年3月末時点で実施計画段階の施策が82%、素案段階の施策が18%であった。

 法人と大学が一体となった戦略計画、ビジョンに基づく計画であることから、新規事業に対して予算や人員を重点配分するという「選択と集中」が初めて可能になったという(既存の事業はゼロシーリングである)。財務・業務改革本部が新基本構想を実現するための財源を確保し、ビジョンに基づき、新規事業への配分額を決定している。特に国際化の施策はこうしたプロセスを経ることによって順調に進捗するようになったという。

 また、上述のように自己点検・評価によるPDCAでは、改善しても予算等の充当が難しかった。例えば、自己点検・評価で学外者からの意見で、「入試改革の効果は追跡調査をしてみないとわからない」とコメントをもらったが、経費がかかるので実施できなかった。しかし、新中期計画に施策として組み込むことで、予算をつけて追跡調査を行うことになったことなど、自己点検・評価をきっかけに大学独自の戦略計画が充実した例もいくつかあるという。

図表2 新基本構想 New Strategic Plan<2009-2018>

なぜ2つのPDCAサイクルの統合が難しいのか

 こうして話を聞くと、自己点検・評価により問題を発見し、大学独自の戦略に生かす形でうまく機能しているのではないかという印象も少し抱いたが、小野氏と森田氏は口をそろえて「この2つのPDCAサイクルのC(check)を一つにできないかとずっと考えてきたが、うまくまとまらない」という。これはなぜなのだろうか。話を聞く中で、いくつかのポイントが浮かび上がってきた。

(1)評価の目的・観点の違い

 認証評価は、一定の水準に達しているかどうかという「ミニマム・リクワイヤメント」が主に問われているのに対して、大学独自の戦略計画はあくまでも「大学の発展」が目的である。最低基準に達しているかどうかと長所を伸ばすための評価は全く異なる発想で行われる。そのため最低基準を満たしているか否かで問われる情報は必ずしも戦略立案に役立つ情報とは限らず、認証評価だけを熱心にこなしても、次期の戦略計画にはつながりにくいという構造的な問題をもっているようだ。7年に一度というサイクルが大学の戦略計画の評価にうまく合う場合とそうでない場合もあるだろう。

(2)分類の仕方の違い

 上述の違いがもたらすものだが、目標は、認証評価において評価項目ごとに分類されるのに対して、戦略計画においては、ビジョンや施策ごとに分類して、一連のPDCAサイクルを実施する。基礎的な情報やデータベースなどで共通化できる面もあるが、実際の進捗管理において、この分類基準の違いは統合しづらいという。

(3)実施主体の違い

 認証評価を念頭に置いた自己点検・評価は、各部局の自主性や自己改善が重視されている。そのため局所的な問題点の把握や改善にはつながりやすいが、大学全体の発展や課題には結び付きにくい。一方、大学独自の戦略計画は、構成員の参加を重視して策定されたといえども、計画遂行の責任者は、学長を中心とした本部に重点が置かれがちである。何らかの仕組み等がない限り、学部の年度計画の遂行義務にしづらい面がある。

解決の方策──認証評価、ガバナンスのあり方

 認証評価を念頭に置いた自己点検・評価活動を丁寧に行っている(それゆえに様々な効果ももたらしている)関学ゆえにきわめて大きな難題となっているが、多くの大学にとって共有の課題である印象を受けた。それならば、認証評価に対応するための自己点検・評価という義務化された評価と大学が自ら策定した戦略計画の評価をどのようにいい形で融合できるのか、アイデアや現場からの提案はないかと尋ねてみた。小野氏は「現在の認証評価制度は、ミニマム・リクワイヤメントのための標準化を求める部分と、個性化を求める部分が混在している。ミニマム・リクワイヤメントの評価をできる限り簡略化し、各大学の戦略計画で内部質保証を評価する仕組みもありえるのではないか」という。確かに認証評価において指摘を受ける内容は、外部から言われる前に当事者が分かっている面が多々あるように感じる。大学に評価文化が十分に浸透していなかった段階において、自己点検・評価、認証評価と新たな制度が政府によって導入され、こうした活動が当たり前のようになってきたことは政策に一定の効果があったと評価することができる。しかし、筆者らが日本私立大学協会の加盟校を対象に行った調査によれば、独自の中長期計画を策定する大学は2006年時点で25%、2009年時点で55%と急増している。大学独自の発展戦略のためのPDCAサイクルが定着してきたステージにおける認証評価の役割はもう少し限定されたものになっていってもよいのかもしれない。どの大学においても評価コストは相当に大きいし、認証評価の基準の変更や大学以外の初等・中等学校に対する学校評価の義務化も総合学園にとって大きな負担になっているそうだ。認証評価において、何を、どこまで、何のために評価するのかを問い直す時期に来ている。

 同時に感じたのは、自己点検・評価の結果を大学の経営陣がどのようにとらえ、活用するのかも考える必要があるのではないかということだ。大学教員の筆者としては教職員の自律的な活動を保証することは、大学という組織にとって不可欠なことだと強調してもしすぎることはない。例えば、これを何らかの査定につなげる経営陣が出てきてもなかなか受け入れ難いだろう。かといって、多大な作業が求められる自己点検・評価活動をどこまで誠実にやるのかを考えたとき、何らかのメリットやモチベーションが全くないところでどこまで機能するのかという疑問も湧かないこともない。関学に限らず、改善の効果がどこにどのように表れているかの総合的な調査や検証は、学内リーダーの強い問題認識とリーダーシップがないと難しく、多くの日本の大学の課題となっている。学内のガバナンスについてもさらなる研究と実践が必要だと改めて感じた。


(両角亜希子 東京大学大学院 教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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