地元密着で“地産地消”の人材育成/鹿児島国際大学

 大学の就業力育成の取り組みを紹介する当連載の第3回めは、地方の文科系私立大学の事例として、鹿児島国際大学を取り上げる。瀬地山敏学長と大久保幸夫教授(就業力育成プロジェクト室長、経済学部長)にお話をうかがった。

 鹿児島国際大学は、入学生の約9割が鹿児島県内の出身者であり、就職者の75パーセント程度が県内で就職するという、地元密着型の大学である。そのような条件での就業力育成のあり方はどのようなものなのだろうか。

始まりはブレーンストーミングから

 鹿児島国際大学の就業力育成事業は、本格的な教学改革だ。「オムニバス講義」「フィールドワーク」「演習(ゼミ)」の3科目(群)を全面的に再編・改革した。

 その発端は、瀬地山敏学長を中心に4、5人で2010年2月に始まったブレーンストーミングだった。

 「就業率・就職率対策を議論していた際、演習に入っている学生と入っていない学生で就職率は違うのか、という疑問が出ました。しかし、誰もそういうデータを見たことがない。さっそく調査をしたところ、全学にわたって、演習を受けている学生の方が就職率が高いことがわかりました。しかも、卒論が必修の演習を受け卒論を書いて卒業した学生のほうが、卒論が必修でない演習だったために卒論を書かずに卒業した学生よりも就職率が高かった。いずれも、有意差どころか、はっきりと差が出たんです」(瀬地山学長)

 この段階でもう一つ、学長の強い気持ちが入ったのが「フィールドワーク」だ。

 「今の平均的な家庭構成のなかで、子どもや少年や青年が育つ環境を思い浮かべてみると、1人で閉じこもりがちで、縦横に人とつながる経験が不足していると思いました。それをカバーする教育の体系として、フィールドワークを絶対やるべきだという気持ちが非常に強くなりました。それをフットステップとして、どの演習を選ぼうかと考え、 卒業論文に何を書こうかと考える、そういう心のウォーミングアップみたいなものをここでしっかりしてやりたいという趣旨でした」(瀬地山学長)

 文科省が「就業力育成支援事業」を発表し募集を開始した2010年4月の時点では、フィールドワークと演習を中心にして、論文を書いて卒業する学生を育てようという基本構想は固まっていたという。

実務型フィールドワークで成長

 まず、効果が立証された演習の改革に着手。2011年度入学者から全学部全学科で演習を履修指定(必修ではないが履修が必須)とし、かつ、すべての演習で卒業研究・論文を必須化した。

 フィールドワークでは、4タイプに大別したうち「免許資格型」を除く「探究型」「協同型」「実務型」について再編が行われた。特に力を入れたのが、国内外でインターンシップを行う「実務型フィールドワーク」だ。

 本格的な実施は2012年度からだが、先行して2011年度も実施された。そのなかで、地元紙などで報道されて注目を集めたのが「3日間社長のカバン持ち」というインターンシップだ。鹿児島相互信用金庫との産学連携事業で、同金庫の取引先中小企業で3日間、マンツーマンで社長に密着するというものだった。

 「社長のカバンを持ってぴったりついて歩く。社内の会議はもちろん、商談のときも横に座って、それをじーっと聞いているということです。1人の学生の例をビデオで見ましたが、取引先の社長さんとこちら側の社長さんが話していて、ある方向でまとまりかけたときに、両方がある微妙な微笑みを浮かべられた瞬間、横に座っている学生も、一緒に、にこやかな表情をするんですよ。人が笑うから笑うんではなくて、話の進み具合をずっと聞いていて、ああうまくいっている話なんだというので、自然に微笑みがこぼれる」。瀬地山学長は、「学生はこうして育つんだ」と、フィールドワークの有効性を改めて確信したと言う。

 2012年度には中国・大連でのインターンシップも予定されている。受け入れ先は、「社長のカバン持ち」と同じく鹿児島相互信用金庫と協力して開拓した。

 「現地企業で1週間の就業体験に入る前に、鹿児島国際大学と協定を結ぶ大連外国語学院で語学研修を1週間受けますが、それでもおそらく挨拶程度の中国語しかできないかもしれませんから、就業体験などとても無理だろうと考えていました。けれど相信の方が、大連は日本語ができる人が多いから大丈夫だと言ってくださった。加えて、受け入れ先は鹿児島と縁のある企業という安心感もあって、踏み切ったわけです」(大久保教授)

フィールドワーク アクションプログラム

演習の公開でレベルアップ

 全学的な教学改革には、当然、全学の教員が本格的にかかわる。例えば、演習を全学で履修指定にすれば、演習指導する教員がより多く必要になる。

 さらに、単に人数の問題ではなく、演習の内容の改善も求められる。大久保教授は「各学科で演習の取り組み方は違いますし、先生方によっても違います」と言う。確かに、演習(ゼミ)の運営は各教員に任されており、教員自身の研究に基づいたテーマに、その教員の方法論に沿って学生が取り組むというのが、ほとんどの大学で一般的な光景だろう。

 「他の教員がどんなふうに演習をしているのかということをお互いに知らないのが現状ですから、情報を共有しようということで、演習を公開してお互い学び合おうと」(大久保教授)

 授業科目の公開や討論が行われる場としてあるFD(Faculty Development)の「演習版」というわけだ。しかし、講義とは違って演習の公開には教員の抵抗感が大きい。そのため、コンペへの応募という形で公開を促し、いい演習には援助を出す予算化を検討しているそうだ。

 「ある専門が設定されているなかで、講義ではなくて演習という場で、年配の教師が、若い人たちにどう語りかけて、フィールドワークを含めた形でどういう刺激を与えるかということは、教え方の原点にかかわる、最高のアートだと私は思っています。だから、抵抗感を克服して演習を公開する勇気のある人には、大学の予算で手当が出る仕組みを作るだけの価値があると考えています。その手当はもちろん、学生のために使ってもらう。飲みに連れて行くのでもいいんですが(笑)」(瀬地山学長)

 また、インターンシップ(実務型フィールドワーク)についても、教員の協力が求められている。従来は県庁の組織なり、学内の職員なりが開拓してきた受け入れ先を、全学の教員で探そうということになった。

 「先生方が手分けして企業にお願いに行き、インターンシップ先を確保してくる形が、今実際始まっています。おそらく今まで、そういうことは教員はやらなかったんじゃないかなと思います」(大久保教授)

5年先を見据えて教職協働を推進

 このように、教員の果たす役割は大きいが、全学を挙げてのキャリア支援という意味を考えると、職員の果たす役割もそれに劣らず大きいはずだ。それに関して鹿児島国際大学では、事務的な全体を統括する「就業力育成プロジェクト室」、事業内容を審議する「就業力育成プロジェクト委員会」を、いずれも教員・職員の合同で編成している。

 「あえて教職協働ということは言いませんでしたが、このプロジェクトで成果が上がったものは、近い将来、全部通常の大学の業務の中に入っていく。そうするとどうしても、それを迎える職員の人たちがこのチームに参加して、企画の段階からよく知っているということが必要です。そうでないと、定着させようがないんですよね。学生も大変だろうなと思うけれども、本当はこういうことをやると教員も職員も大変です。同じ大変なら、5年後には定着させる。そういうことを考えています」(瀬地山学長)

 長らく教員・職員という二分法が支配してきた大学という組織では、就業力育成のような「教員と職員が協働しないと実らない事業」は、今まで誰もしたことがないのだと瀬地山学長は言う。

 「ですから、この取り組みをうまく進めて成果を上げていくには、教員にも職員にも、タイミングを心得た理解をお願いする呼びかけを繰り返していく。おれたちに相談しないでやったとか、教員までがそういうことをしなきゃいけないのかとか、心にもっておられるそういう壁を、繰り返し繰り返し、壊してくださいとお願いする。この努力しかないんだろうという具合に思います」(瀬地山学長)

人材の「地産地消」と国際化

 大学独自のインターンシップは、地域密着型大学の就業力育成事業として大きな意味があった。

 「学生側から見て、おそらく今までこんな会社があったということさえ知らない、およそ就職先として考えていなかったようなところだと思うんですけれど、実際に行ってみると、中小企業というのは、大企業と違って、全部が見渡せるという魅力がありますよね。まして今回は社長さんに密着していますから、本当に交渉のところとか会議の場とか見せてもらって、中小企業はおもしろいぞというのを感じた学生はいると思います。安定志向化するとどうしても大企業を考えがちなんですけれども、地域に根を張った、中小でも優良な企業に学生が目を向けてくれて、少しずつでも就職先として出て行ってもらうと、いいかなと思います」(大久保教授)

 意識の変化は、学生を受け入れた企業側にもあった。大学卒が1人もいない企業の社長から、「将来は大学卒を取ろうかと考え直した」という声が聞かれたという。例えばそんな形でも、地元企業の中に今までとは違うビジネスマインドが育ち、何か発展していくなら嬉しいことだと瀬地山学長は言う。

 「本学の卒業生の就職先の分布は、鹿児島が76%台です。鹿児島が疲弊しようと、東京がうんと発展しようと、これはもう変わらない数値であるというふうに、私としては直観しています。それを前提にすると、必然的に、できるだけ地域に密着して、地域の企業が盛んになってほしいという願いをもち、そのためには大学も協力をするという姿勢をとる。地域に根を張りつつ世界にパートナーをもち、国際的な取引ができる企業を、今3社ほど見つけました。そういう企業を掘り起こすことも私の務めだと思います」(瀬地山学長)

 鹿児島国際大学が目指すのは、優秀な人材の「地産地消」だが、地元の企業に就職しながら世界を相手に仕事をしていくならば、それは瀬地山学長の言う「地産国際消」にほかならないだろう。


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所所長)


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