教育改善推進室が就業力育成のエンジン/東京電機大学

 大学の就業力育成の取り組みを紹介する当連載の第4回目は、工学系私立大学の事例として、東京電機大学を取り上げる。

 理工系大学・学部は伝統的に、技術系企業との密接なつながりをもって、文科系学部とは異なる就業支援活動を展開してきたところが多い。「就職の電大」といわれた東京電機大学も同様だ。さらに2012年4月には、東京・北千住駅前東京千住キャンパス開設を控える。

 これまでの就業力育成の取り組みと、新キャンパスでの新たな取り組みについて、古田勝久学長と大松雅憲氏(教育改善推進室次長)にお話をうかがった。

工学の社会貢献と就業力

 東京電機大学は、「社会に貢献する技術者の育成」を大学の使命として掲げている。実績としても、技術系企業に優秀な人材を多くの輩出してきた。しかし古田勝久学長は、近年、学生の質が変わってきたと言う。成績によって、大学や学部・学科を選ぶ傾向が強まっており、「自分は工学を学びたい・学ぶのだ」という信念がないまま入学する学生が増えているというのだ。

 「工学とは何か、技術とは何か、それを使って自分はどう社会に貢献できるかということをしっかり認識したうえで勉強することが大切だと思います。その認識があってこそ、社会の問題にも気がつくし、その問題解決に貢献するために自分がどういう能力をもつべきかを考えることもできるのだと思います」(古田学長)

 そこで、入学してくる学生が工学を学ぶ心構えを自習するための本として『「工学」のおもしろさを学ぶ』という書籍を制作して新入生に配付した。この書籍は、入学後も「工学とは何か」を身につけることの重要性を学生に再認識させることにもなったようだ。

 「工学とは何かをきちんとわかっていることを前提に、社会に出てから活躍できる人材、企業が求めている人材を育てる教育を本学はやっていく。つまりは『就業力』だということになってきました。それと、就業力育成を含めてさまざまな教育改善を検討していたところへ、文科省から例の就業力育成支援事業の募集がありましたので、検討していたことを具体的に申請したという経緯です」(古田学長)

TDUの就業力「3つの力」

 東京電機大学の就業力育成では、「人間力」「社会人基礎力」「実学的即戦力」の3点を基本としている。

 人間力が最初に書かれているのは、初代学長の丹羽 保次郎先生が唱えた「技術は人なり」を念頭においてのことだ。技術者のつくるものには、人柄も含めて技術者のすべてが表れる。だから技術者としてしっかりしたものをつくるためには、人間としてもしっかりしていなければならないという理念だ。

 「技術者には、倫理も含めて人間として考えなくてはならないことがたくさんあります。このたびの震災のことでも、技術者の人間力が問われる場面が多々ありました」(古田学長)

 社会人基礎力(論理的な思考能力やコミュニケーション力)は、社会人一般に求められる能力だが、技術者としても一番重要な力ではないかと古田学長は言う。

 「技術者というものは結局、問題発見と問題解決を求められる人材であるわけです。問題発見とは、まず問題が『ある』と認識すること。私は、『センサー能力』と言っているんですけれども、問題を発見できる検知能力の中には、コミュニケーションというのが非常に大きな役割を果たすのではないかと思っているわけです。問題の解決にあたっては、経験を積む、その経験を参照する、他から情報をとる、誰かと協働する、などの行為がありますが、どれをとってもコミュニケーション能力が必要になってきます」

 そして実学的即戦力は「学んできた知識をストックして、自分自身のデータベースをしっかり作っている。必要な専門的知識を学び、その知識を実際に使う能力をもっている」ことを指していると古田学長は説明する。

 この3つの基本を身につけた、就業力のある人材を具体的に実現するための科目として、1年次に「フレッシュマンゼミ」、2年次に「キャリアワークショップ」、3~4年次に「TDUプロジェクト科目」が配置された。

 フレッシュマンゼミは、初年次教育としてキャリアイメージや職業観を培うものである。

 「技術者のロールモデルというのが少ないんですよね。技術者というとどんな人ですかと聞くと、いまだにエジソンの名前があがったりする。医師や弁護士は、テレビを見てもイヤというほど出てきますけれど、技術者はなかなか出てこない。ですから、技術者がどんな仕事をしているのか、どんな能力をもつ人材かなど、フレッシュマンゼミで1年生に学ばせたい」(古田学長)

 2年次のキャリアワークショップは、従来の「実験」「実習」などの科目を再編したもので、問題解決型実習で専門性を高めるとともに、グループ学習を通じて協調性やリーダーシップといった社会人基礎力の育成を意図している。

 3年次~4年次のTDUプロジェクト科目は、千葉ニュータウンキャンパスにある情報環境学部で先行して行われてきた。協力関係にある近隣地域の企業や自治体から与えられたテーマを、学生主体のプロジェクトグループが担当する課題解決型実習で、実学的即戦力を育成するものだ。

 1番核になるのは、2012年度開講のキャリアワークショップだという。PBL(Problem Based Learning)の手法を導入してコミュニケーション能力や課題発見能力を培い、一歩先のプロジェクトベース「TDUプロジェクト科目」に学生をスムーズに進ませようとしている。


東京電機大学「3つの力で就業力を育成する教育プログラム」


教員の授業改善への意識を高めたPBL

 ひとことで「PBLの手法を導入」とは言うが、実践はそう簡単ではない。教育改善推進室次長の大松雅憲氏は「先生方の意識改革が一番大きいですね。今まで『教えて』いたのを、学生に『自ら学ばせる』にするのは、大きな変化ですから」と言う。

 「グループ学習、正解が1つではない課題、先生は教えるのでなくファシリテーターになる。そんな程度のゆるい縛りで、授業のやり方を変えてみてくださいという、ぼやかした感じで始めました。これまで先行している大学のまねではなく、東京電機大学の特徴を出したPBLが実行されることを期待しています」

 2011年度には学内公募型によるPBL試行への経費支援を始めた。23件の応募があり、審査を経て12件に絞り込んだものが実施中で、3月に成果発表会が予定されている。2011年9月には、PBLの先進的事例として三重大学の教員を招き、全学教職員対象のフォーラムを開催した。PBLワークショップの定期的な開催やハンドブック制作も計画しており、これらを通じて少しずつPBLの学内への普及が図られている。

 「成果はまだ十分ではありませんが、授業を改善しようという教員の意識の高まりは実感しますし、実際に少しずつ目に見えてきたこともあります」と大松氏は言う。

 例えばPBLを導入する際、グループ編成に始まって科目の終了までを1つのプロジェクトと考えると、その運営にはプロジェクトマネジメントの手法が役に立つ。そこで、プロジェクトマネジメントの専門家ではない教員が、PBL科目を一緒に教える大学院生とともにワーキンググループをつくり、外部からプロジェクトマネジメントの専門家を呼んで勉強会を始めた例がある。

 また、従来のカリキュラムでは、1つの科目は1人の教員が教え、他の教員は何をどう教えているのかわからないのが普通だったところを、授業科目のシラバスを何人かで相談し、授業の内容や手法をガラス張りにしてしまう試みも始まっているという。

教職協働のハブ組織「教育改善推進室」

 教員・職員が協働する学内の体制づくりの要として、教育改善推進室が2011年5月に新設された。室長の教員(井浦雅司理工学部教授)、次長の職員(大松氏)をはじめ教員・職員双方で構成され、教育改善のための全学的な「ハブ」的組織と位置づけられている。教育改善推進室は、学内の組織と連携しながら、先に挙げたPBLの普及などを展開し、就業力育成事業を推し進めている。

 同時に教育改善推進室は、学長室とともに、就業力育成を含む中長期的な教育改善の計画策定に取り組む役割も担っている。例えば、PBLを重視しつつ、実はそれはあくまでも教育手法の1つに過ぎない、という見解をもっているという。

 「PBLは、コミュニケーション力など学生のいろいろな力を育てますけれど、行き着くところは就業力です。座学と実学の融合に関しては、コーポラティブ・エデュケーションというのがあって、カナダやアメリカでは100年の歴史があり、インターンシップを積極的に取り入れながら非常に普及しているそうです。そうした先進事例なども参考にして、東京電機大学の目指す教育の形を、少し時間をかけるつもりで研究し始めています」(大松氏)

 あるいは、教育のアウトカム(成果評価)の方向性も長期的な研究課題だという。例えば「TDU exam の検討」というテーマがある。教育の質保証の一環として浮上したアイデアで、通常、必修科目を押さえて124単位取れば自動的に大学卒業が認められるところ、卒業生の「質」を保証するために、全学的な統一試験「TDU exam」をプラスしてはどうかというものだ。

 検討の第一歩として、学生に米国のFE(Fundamentals of Engineering)を受験させてみたという。受験料を大学が全額負担する条件でチャレンジする学生を公募し、7名が受験し、すでに合格者も出ている。「本学の学生が、アメリカンスタンダードでどのくらいに位置しているのかを確認して、それからTDU examの検討に進もうと考えています」(大松氏)

 工学教育はグローバルな性格が強いので、「工学で社会に貢献する」ために大学生に何をどのように学ばせたかという大学の教育力が、評価される。

 「人材育成の目標をつくり、どういうカリキュラムをつくるかというプランから、PDCAのサイクルを実際に回し、その結果を次のステップに反映させていくことまで、これから教育改善推進室の役割はますます大きくなると思います。そういうことで具体的なわれわれの目標が実現できていけばいいと思います」(古田学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所所長)


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