キャリア科目は積極的に地域との学外連携を目指す/長浜バイオ大学
大学の就業力育成の取り組みを紹介する当連載の第5回目は、地域との強い連携をもつ大学の事例として長浜バイオ大学を取り上げる。三輪正直学長と松島三兒教授(就職・キャリア部長)にお話をうかがった。
産業振興に寄与する人材育成を目的の1つとする長浜バイオ大学にとって就業力育成は、就職率向上のような「出口」の問題ではなく、「入口」もしくは「学内そのもの」の問題として取り組むものだったようだ。
1期生にあった元気が徐々に薄れてきた
新設大学の第1期生には、既存の枠にはまらない元気な学生が集まるということはよく聞かれる。2003年開学の長浜バイオ大学も例外ではなかった。
「開学当時からいらっしゃる先生方には、『1期生は元気だったよね!』という印象が強くて、最近は違ってきた、小さくまとまってきた、という感覚があるようです」(松島教授)。課題認識の根底にはこの感覚があったようだ。
三輪学長は「社会の風潮としても最近の学生は、友達が少ないとか、面と向かってのコミュニケーション能力が高くないとか、学力も低下傾向だとか、いろいろな変化があります。私どもが大学の中で学生を育てて、産業界で役立つ人材にするためには、付け焼刃ではなく、もともとの人間力からやらないと駄目だという認識がだんだん深まりました」と話す。
一方で、2008年3月に中教審の「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」が発表され、キャリア教育を教育課程の中に位置づけるべきとする方向性が提示された。これを受けて教育課程を見直すにあたり、まずは学生の特性を見ようということになり、2回生を対象にR-CAP(リクルートが開発した自己分析・適職発見プログラム)を実施したのだという。
「そのデータを他大学と比較してみると、一様性が高い、仲間内の人間といるのは好むけれど知らない人といるのは居心地が悪いという特性がありました。また、自分から仕事をどんどん考えるというよりは、こういう仕事をしなさいと言われたらコツコツ継続してやる感じの学生が多いというのも、本学の特徴がよく表れていました」(松島教授)このデータを踏まえて、社会人基礎力(経産省)の12の要素を参考に、「柔軟力」「自律力」「論理的思考力」の強化がキャリア教育のゴールとして設定された。
系統的、段階的に力をつけるカリキュラム
入学から卒業までを見通したキャリア教育プログラムの冒頭には、2009年度から選択科目だった「ライフデザイン」が配置された。「入学してすぐの1年次前期に、あなた方は大学生になって、これからの人生の方向を最初から考えないといけないですよ、という認識をもってもらうもので、2011年度からは必修にしました」(三輪学長)。続く1年次後期の「長浜バイオ大学魅力発見発信プロジェクト」は、学生がチームごとに大学のPRビデオやPRパネルを作り、発表会までするというもの。
2年次前期の「キャリア開発Ⅰ」は論理的思考力を養う講義で、2012年度から必修化された。「論理的思考力開発」は夏季休暇中の集中講義で、長浜の企業から講師を招き、製品開発やマーケティングなどの課題で演習を行う。2年次後期の「長浜まちづくり魅力発見発信プロジェクト」は長浜の町をより魅力的にするための新しい提案や取り組みをする実践型授業。最後の発表会は学外の会場で行い、商工会議所の会頭にも意見をいただくなど、地域とのつながりを意識した科目だ。
3年次前期の「キャリア開発Ⅱ」は進路選択・職業選択について考える科目。これがインターンシップ実習につながって、キャリア教育科目はひととおりとなる。
「最初にかなり重点を置きつつ、系統的に段階的に、学生が漸次力をつけていくように配慮してカリキュラムを作りました」(三輪学長)
全学組織「学習・就業力支援機構」
就業力育成を支援する全学的体制としては、2011年10月に「学習・就業力支援機構」が発足した。
「文部科学省の就業力育成支援事業に採択されたのが2010年度ですが、それに先立つ2009年度に、大学教育・学生支援推進事業【テーマA】大学教育推進プログラムに『バイオ学習ワンダーランド』が採択されていました。学生全員に持たせたiPodを通じて一人ひとりの学習状況を把握し、個別指導を行うものです。
これは2つのGPとして採択されましたが、本来は一体として考えるべきものですし、文科省の採択事業期間が終われば統合を考えなければなりません。学習力と就業力とを一体として進める組織が必要になるのです」(三輪学長)
もとより、大学という組織のなかでのキャリア教育に際して一番難しいのは、教務のかかわり方だと松島教授は言う。
「教務は結局、今までの一般教育や専門教育というなかでのかかわり方が多いです。そうすると、キャリア科目と言った途端に『それは就職・キャリア課で』といった話になりがちである。キャリア科目も正規の科目ですから、本当は教務もかかわらないといけないのですが、ではその立ち位置はどこかということが非常に議論になるところがありました」。
こうした背景で立ち上げられた機構には、教務、就職・キャリア、学生の3つの部署から教員・職員が集まっている。1年次が中心の学習力支援の個別指導を担当する教員もいれば、キャリア科目担当の教員もいる。就業力育成に取り組むにあたって、このように複数の部署を1つに束ねて組織化する例は、実は稀だ。学長直下の組織ではあるが諮問機関ではなく、各部署からの職員も同じ組織に属して、事務機能をもつ組織になっているのも特徴的だ。2011年度は教員・職員共にまだそれぞれの出身母体に籍を置いた形の試行的な運用で、4月からの本格運用でうまく機能させていくことが課題とはいうが、新しい試みとして注目したい。
三輪学長の思いは、「学習力と就業力と、両面から包括的に学生を見ていくには、この機構が中心になるべき」だと言う。三輪学長はまた、これを「逆転発想」とも言う。教務委員会、学生委員会、就職委員会、といった従来の体制では、委員会が中心でその先に学生がいるような発想に陥りがちだが、中心は学生であるという「逆転」が必要というのだ。中心にいる学生をどう育てていくかに全学を挙げて取り組むという発想に立つと、さまざまな変革が必要で、「学習・就業力支援機構」もその1つというわけだ。
プロジェクトへの参加促進が課題
2つの実践型授業「長浜バイオ大学魅力発見発信プロジェクト」「長浜まちづくり魅力発見発信プロジェクト」に参加した学生の満足度・成長実感度は極めて高い。2011年度の「長浜バイオ大学魅力発見発信プロジェクト」に履修登録した43人のうち、途中脱落者はわずか4人という数字からも満足度の高さはわかる。自己評価による就業力要素も全般的に向上し、特に人とかかわるスキルが向上した実感をもった学生が多かったという。
インターンシップ実習も、参加した学生はそうでない学生に比べて内定獲得時期が早いという形で確実に成果を挙げている。こうした成果が挙がっているなかでの課題は、学生参加の促進と参加学生の目的意識の明確化だという。
インターンシップ実習の場合、就職希望者が180人程度いるのに対して、教員の研究上のつながりや職員による企業開拓などによって約100人の実習枠を確保しているが、参加学生は減少傾向で、70人~80人程度だ。
「どうも最近の学生は、自分が直接就職するところでないとメリットと感じない、自分の住まいの近くでないと行きたがらないなど、イージーな傾向が見えます」(三輪学長)、「『既にアルバイトをしているのでいいです』などと言って参加しない学生も少なくない。社会人として働くということと、アルバイトで働くこととの違いが、十分認識できていないのかもしれません」(松島教授)と、口々に憂慮する。
参加促進が課題となっているのは実践型授業も同様で、「長浜バイオ大学魅力発見発信プロジェクト」の参加者は前述のとおり40人前後、「長浜まちづくり魅力発見発信プロジェクト」は10人前後だ。松島教授は、「いくら『これいいよ』と言ってもそれだけではなかなか受けてくれませんので、外堀から攻めるような仕掛けも考えていきます」と言う。
例えば、この4月から長浜の中心市街地に町屋を借りて、学生が自由に使える活動の拠点とする計画だ。キャンパスから見て、長浜の市街地は一駅北にあるため、通学時に長浜の市内を通らない学生が圧倒的に多い。まずは長浜の町に行こうと思わせるために、そういう拠点づくりが有効と考えたわけだ。
「長浜の町に関心をもって、町の人たちとかかわり、ボランティアやまちづくりへの参加などに入っていきやすくする。そういうことによって、キャリア科目への参加率も高めたいところです」(松島教授)
学生と地域の連携拡大を目指す
今後は、就業力のなかでも汎用スキルは通常の教育科目の中で身につけるものとし、キャリア系の科目では、学内では触れにくいさまざまな年齢層やさまざまな価値観の人と協働する経験を積めるような授業の作り方によって柔軟力・自律力を育てていく方針だ。そのためにも地域との連携を強めていくという。
長浜バイオ大学は、地域の水産資源である琵琶マスの養殖に関連する技術、鮎の冷水病対策、植物工場のシステム開発・商品開発など、具体的な産学連携の成果を挙げるなかで、教員と地元企業との関係を築いてきた。これを学生が介在する形に発展させていくことも課題という。
「個別の企業というよりは地元の経済界全体に広く連携をお願いしたいということで、2009年に長浜商工会議所と協定を結びました。例えばキャリア科目に企業から送っていただく講師の選定は、商工会議所にお任せしています」(松島教授)
地域の経済界にも学生の教育に関与してもらい、それを通じて学生がもっと町を親しく感じるようになれば、さまざまないい効果が生まれるだろうという考えだ。
長浜の人たちは「学生も町衆になってほしい」という言い方で学生への期待を語るという。地元で働く若い人が少しでも増えてほしいし、地域のイベントにも企画段階から入ってほしいという声がある。大学側もその声に応え、実践型授業などを通じた草の根的な連携を強めていくことを、地域に根ざす大学として産学連携の次のステップと位置づけているそうだ。
(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所所長)
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