2020年、立命館の目指すもの/立命館大学 〈R2020ビジョン〉

中国にIT系新学部設置を計画

 5月14日の夕刻、中国から帰ったばかりの立命館川口清史総長を、朱雀キャンパスに訪ねた。立命館大学は、中国の大連理工大学と共同でIT(情報技術)系新学部を設立する。大連市では国内外のIT・ソフトウエア関連企業の集積が進み、それを担う人材育成が求められている。立命館大学は、情報理工学部での教育の経験を生かし、教員の派遣、転入生の受け入れも行う。日中の大学による共同学部の設立は初めてという。

 新学部は、大連理工大学の学部として設立され、立命館大学の分校ではないが学部名称は「大連理工大学-立命館大学国際情報ソフトウエア学部」。4年制で、1学年の定員は100人、うち40人が3年次から情報理工学部に転入し、両大学の学位が取得できる。立命館大学からは24名の教員が教鞭を取ることが決まっている。

 2011年度からスタートしている「立命館学園の基本計画」には、この新学部についての具体的言及はないが、計画の主要な柱のひとつであるグローバル化への対応として、チャンスを生かして即行動に移し、新規事業として形にする、立命館らしい動きである。

 川口総長は、立命館の新たなビジョン・計画を策定するに当たって、2020年を展望して、知識基盤社会への移行、グローバル化の進展、18歳人口の減少傾向の加速を、時代の動向のキーワードとして重視した。中国進出にあたっても、このグローバル化への対応と共に、日本の18歳人口だけに依拠する訳にはいかないという、強い課題意識があった。

質向上の重視への転換

 立命館は、2011年7月15日、2020年を最終年度とする「未来をつくるR2020」(学園ビジョン、3つの指標、基本目標)、それを実現するための前半期(2011年度から2015年度)の計画要綱「立命館学園の基本計画」を策定・公表した。

 もちろん、これは立命館の30年以上にわたる長期計画の到達の上にあり、継承している課題も多いことは確かだ。しかし、これまでの計画とはっきり異なる点がある。そのひとつは「量から質の重視への転換」。これまでの学生数規模の拡大を伴う改革から、教育・研究の中味の充実に舵を切ったという点だ。前述の中国進出も学生数を増やすことが目的ではない。

 川口総長は「量は求めない。基本的に今の規模、現在の学生総数を基礎に、時代のニーズに応え、必要な改組を行って教学充実を進め、学生の真の成長にシフトする」という。これまでの長期計画の、全学の力を一点に集中し、巨大事業をやり遂げてきた方式を、今回は大きく転換したということだ。

 もとより立命館は、日本における長期計画に基づく大学運営の元祖である。今や国立大学法人をはじめ中長期計画に基づく運営はスタンダードになりつつあるが、当時、こうした運営は全国的には皆無であった。1980年代から始まる長期計画に基づく大学運営は、「立命館方式」と呼ばれ、独特の運営システムをとる大学と見られていた。

 大学マネジメントそのものが馴染みのなかった時代から、目標と計画を鮮明にし、その到達状況や評価を、学生、教職員を含む全大学人で構成される全学協議会で厳しく総括、徹底した議論で検証し、妥協のない課題設定を行うことで改革を前進させてきた。

 特に第3次長期計画以降は、国際関係学部や政策科学部設置など学部新設を急速に推し進め、第4次長期計画でBKC(びわこ・くさつキャンパス)への移転・拡充、第5次長期計画でAPU(立命館アジア太平洋大学)新設と思い切った展開を進めた。その後も情報理工学部、映像学部、生命科学部、薬学部、スポーツ健康科学部と学部増設は続いた。これにより学生規模は20年間で1.5倍以上に達し、大学の社会的位置を急速に高め、志願者10万人規模の全国有数の大学を作り上げた。

 もちろん、これまでも質を軽視してきた訳ではない。しかし、強力なリーダーシップの下、合意された政策の推進にあたって、ある意味トップダウン型で進められてきた大規模事業は、結果として内部の充実への力の集中を弱め、急成長に伴うひずみ、教職員の一部には計画疲れの雰囲気を作り出したことも否定できない。

 こうした反省から、今回は計画策定にあたって、学園構成員の「参加・参画」のキーワードを極めて重視した。HPでは次のように述べる。「学園に関わる一人ひとりのアイデアを集め、ともに議論し、私たちの進む方向を見出していく。これまでの私たちの学園づくりを振り返ったとき、このことがもっとも重要だと考えるからです。」

図表1 新中期計画策定体制

主体的学び、学習者中心の教育へ

 R2020ビジョンの中核は、3本柱で成り立っている。

 「1.多様なコミュニティにおける主体的学びの展開、2.立命館らしい研究大学への挑戦、3.学ぶことの喜びを実現できる学園づくり」だ。つまり、ビジョンのトップに、学生の主体的学び、学習者中心の教育の本格的充実を掲げる。

 2020年に向け立命館が目指すもの、あるべき姿、未来をつくる中核に、今後の日本、いや世界が求める人材像、その育成のための教育・学習の構築を掲げる。これは2012年3月に発表された中央教育審議会・大学教育部会の提言「予測困難な時代において、生涯学び続け主体的に考える力を養成する大学へ」(審議のまとめ)が目指す、今後10年を展望する日本の大学教育のあり方、改革方向と軌を一にする。

 しかしこれは生半可な課題ではない。

 この「主体的学び」の構築に向け、基本計画では、「学びのコミュニティと学習者中心の教育」を掲げ、その施策として、「4年間一貫した小集団教育の充実、卒業時の学びの質保証、正課・課外にわたる学びと成長のコミュニティづくり、学生の自主的活動の活性化、自律的な学びと成長への支援、推進のための総合学生支援機構の構築」などを提起した。

 そのために、まずは教員の増員、特に教えることに専念するティーチングスタッフの抜本的な充実を目指す。1年次の基礎演習の少人数化やゼミの小規模化など、少人数教育の抜本的充実を通して、S/T比(教員一人当たり学生数)の大幅な改善を目指す。このためには相当な財政負荷の覚悟がいる。

 昨年、衣笠キャンパスの図書館に「ぴあら」という新たな施設を立ち上げた。大型ディスプレー付きのパソコンや可動式の机をたくさんそろえ、図書資料を使って自由に学生がグループ学習を行える場だ。また上回生が新入生に学生生活のいろんなことで相談・支援に乗る「キャンパスライフデザインカフェ」、レポートや論文の書き方を支援する「ライティングサポートデスク」を設置するなど、主体的な学びの充実に着々と手を打つ。

学びのコミュニティ、ピアサポート

 特に重視するのが、学びのコミュニティづくりだ。もともと立命館には、上回生が下回生を指導、支援するピアサポートの長い歴史があり、大学もそれを重要な教育活動と位置付けてきた。教室での教育だけでなく、同じ学生同士で教え合い学び合うことで、教える側も教えられる側も大きく成長し、講義の中だけでは得られない自主的・主体的に学ぶとは何かを体得できる。そして、この学び合いを通して自ら考え探求できる力を身につけ、自己主張できる人材を養成してきた。

 その代表的なものに、オリター・エンター制度がある。オリエンテーション・コンダクターなどに由来する立命館独自の呼称だが、学習支援や生活面でのサポート、自治活動など新入生が大学生活にスムーズに馴染むための上回生による支援システムである。もともと学生の自治活動の中で培われてきた文化で、1991年にクラス支援担当者制度として発足した長い歴史を持ち、立命館学生の自律的な学びの確立に大きな役割を果たしてきた。主な活動は、履修相談、新入生向け情報誌の発刊、プレオリエンテーション、フレッシュマンリーダーズキャンプ(クラスリーダー養成のための合宿形式の研修会)、クラス懇談会の企画・運営、クラス合宿、基礎演習やサブゼミの援助など。一緒に昼食をとったり、休み時間、放課後を一緒に過ごすなどきめ細かい、親身なアドバイスを行う。昨年度は、オリター772人が活動、一人平均7.6人の新入生を担当した。

 その他にも、授業の補助や自学自習のサポートなど教員と学生をつなぐエデュケーショナル・サポーター(ES)634名、就職内定者が就職活動の体験に基づいて後輩への助言・援助を行うジュニア・アドバイザー(JA)229名、キャリアアドバイザー3000名、留学アドバイザー280名、ティーチング・アシスタント1039名、オープンキャンパススタッフ137名、ライブラリースタッフ152名、パソコン利用支援のためのレインボースタッフ179名など挙げたらきりがない。これら層の厚い学生同士の支援制度が、強いピアサポートの立命館文化を作っている。

 これらは一朝一夕にできるものではない。教育体制の整備、教育環境の充実と併せ、立命館が先駆的に取り組んできたこの学生同士の教え合い・学び合い、学習コミュニティづくりの長い積み重ねとその一層の強化なしには、「主体的学び、学習者中心の教育」は絵に描いた餅となる。これは、中央教育審議会の提起する「主体的に考える力を養成する大学」作りに不可欠の要素でもある。

図表2 立命館大学キャンパス創造の基本構造 俯瞰図

目標・方針の明示と総括の伝統

 立命館は、長期計画に基づく全学的な運営に長い伝統を持つだけではない。学部や事務局を含め、方針と総括の運営システムが現場に浸透し、PDCAサイクルが実際の運営に根付いている。

 例えば、学部ごとに、毎年「開講方針」が決められ、教育実践を経て年度末には「教学総括」が委員会や学部教授会で審議され、全学の教学委員会で確認される。

 また、学部ごとに「教育改革総合指標」を設定し、それに基づいて到達度を評価するしくみをつくっている。事務局でも、部方針、課方針が明確に出され、それに基づいて個人目標を立て、その到達状況が検証される。

 さらに、大学基準協会の評価項目別に、毎年度の活動を総括・評価し、翌年度事業計画に生かす運営も確立している。学外者により構成される「大学評価委員会」の評価も継続し、「恒常的な内部質保証システムが機能している」と認証評価機関からも評価された。

 こうした、あらゆる分野での方針と評価による運営改善の積み上げが、立命館の改革推進を支えてきた。

 学園全体を貫くビジョン、基本計画の具体的実践にあたっては、事業計画や予算編成方針、さらに各部局ごとの方針への具体化、そして、その到達度評価なしには、目標達成は現実性を持たない。「参加・参画」による政策の共有と浸透が、立命館のこうした部局ごとの方針の明示と総括の伝統と一体となることで、より強い力を発揮すると思われる。

「参加・参画」による計画原案の策定

 R2020は、「参加・参画による民主的な学園づくり」を掲げている通り、その立案・推進過程もこれまでとは大きく異なる。これまでの長期計画は、どちらかというと原案はトップ機関で固め、それを基に議論するスタイルだった。今回は、原案そのものを「参加・参画」方式で、一から作る方式に転換した。いわば「改革の仕方の改革」である。そのため、案がまとまるのに当初予定を大幅に超え、立命館としては異例の2年半をかけた。テーマ、領域別に5つの委員会、「第1・計画のフレーム、第2・学習者中心の教育創造、第3・学生支援政策、第4・グローバル化時代の研究大学、第5・社会と共にある学園創造」を置き、また、キャンパス問題や財政計画は特別委員会を作り、各委員会からの答申を「総合調整会議」で統合して全体計画を練り上げた。現場からの発信を重視、全学の構成員を議論に巻き込み、各機関討議も重視した。議事録も初めて全面公開、教職員からの意見や提案は、批判的内容も含め今でもHPで誰でも見られる。

 計画作りの中核を担う総合企画室も、それまでのトップダウン的色彩のあった総長・理事長室から改組して作られた。政策原案の策定にあたって現場のヒアリングを重視、政策テーマ別の部局横断の議論を組織し、その意見を取り入れるなど仕事の仕方も変えた。

 「参加・参画で、互いに力を発揮する学園へ」「学園運営への構成員の多元的参加」「双方向型、参加型、対話型コミュニケーションの重視」(基本計画)が前進しつつある。

未来をつくる未来志向の運営システム

 こうした運営への転換の背景には、2008年におこった「特別転籍問題」(入学者が多かった学部の学生を他学部に転籍誘導した)がある。文部科学省から管理運営に適切さを欠くとの指摘を受け、社会的にも、教職員の間にも波紋が広がった。これを契機に、「学園運営の改革に関する検討委員会」を設置、2011年の自己評価報告書の冒頭に記載するガバナンスの基本原理、6つの柱を定めた。また委員会では、こうした問題が発生した原因を厳しく総括、「集権的かつ縦割りで情報共有を軽視、多キャンパス、複数大学の下での管理運営改革の不足」(同評価報告書)と指摘、組織・運営の基本原理の抜本的な見直しと改革に着手している。

 この点は、基本計画でも「社会から支持される学園へ」と題し、「社会への説明責任を果たすことのできる意思決定」「積極的情報公開」「学園運営の透明性を高める」などを提起、その実現のため「部門の自律的運営、分権化」「組織の見直しと簡素化」「業務の縦割りの克服」「現場に近いレベルでの意思決定」などを掲げる。常任理事会権限のあり方、法人と大学の責任と権限の明確化などこれまでの運営原則を見直す検討にも着手、具体策を取りまとめる予定だ。

 R2020はビジョンの3つめに「学ぶことの喜びを実現できる学園づくり」を置き、そのために、学生と共に「教職員も自己実現できる学園づくり」という目標を掲げる。未来に生きる学生を作るビジョンを実現するためには、それを担い推進する人、教職員も計画遂行に主体的に参画し、課題を共有し、生き生き活動する、未来をつくる未来志向の運営が不可欠だ。

 長期計画作りに長い歴史を持つ立命館が到達した、質向上を重視する政策、参加型の政策立案・推進システムは、厳しい環境の中、大学の明日を目指す全国の大学の将来構想づくりに共通する原理である。


(篠田道夫 日本福祉大学常任理事/桜美林大学大学院教授)


【印刷用記事】
2020年、立命館の目指すもの/立命館大学 〈R2020ビジョン〉