大学の将来をどこまで見通すか/明治大学 〈明治大学グランドデザイン2020〉

計画不要の時代から計画必須の時代へ

 民間企業であれば、経営理念のもとに経営ビジョンがあり、それにもとづいて5~10年程度のスパンの長期経営計画や3~5年程度の中期経営計画を策定する。組織をどのような方針と戦略で運営し利潤を高めるか、そのためには計画が必要になる。大学も、1つの組織であるが、経営理念に相当する建学の精神や理念はともかく、これまで経営ビジョン、長期計画や中期計画を策定することはあまりなかった。それは、そうした計画がなくとも右肩上がりの発展が見込める時代が長く続いたためである。

 第二次世界大戦以後の高等教育は成長産業であり続けた。それは、高等教育進学率の上昇のみをさしていうのではない。入口においては、増大する教育需要を個々の大学が設定する学力基準でもってふるい落とすことができ、出口においてはホワイトカラー正社員として送り出すことができた。とりたてて経営努力を必要とせずに自動的に成長を見込めることができる、超優良産業だったのである。

 そうした状態が反転したのは、いうまでもなく少子化であり、また、大卒者の雇用の悪化である。大学の原資である入学者の確保が容易ではなくなるとともに、卒業者の就職先の確保も困難になるなかで、大学は組織としての生き残り戦略が必要になる。そこで、経営ビジョンの確立、長期計画や中期計画の策定が求められるのだが、これまでの経験不足や高等教育市場の将来の不安定さから、長期にわたる計画を策定することは、どの大学にとっても容易なことではない。しかし、だからこそ、計画の必要性は増大する。日本の大学の多くはこうした状況に置かれている。

「明治大学グランドデザイン2020」と「学校法人明治大学長期ビジョン」

 明治大学は、そのなかでいち早く長期計画を策定し公表した大学である。10年後の明治大学の将来像を見据え、向かうべき方向性を定めた、「明治大学グランドデザイン2020」が2011年3月に策定された。図1にみるように、グランドデザインとは、建学の精神と使命にもとづき、10年後の大学の将来像を定め、それを実現するための重点施策をまとめたものである。これをもって、学長が全学に対して示す「学長方針」、機関別に作成される「長・中期計画書」、それをブレークダウンした「単年度計画書」の指針とする。

図1 全学グランドデザインの位置付け

 「もちろんこれまでも、単年度の計画書は作成していました。しかし、10年先を視野に入れて本学の在り方や将来像を本格的に考えたのは、このグランドデザインが初めてでした。」と、福宮賢一学長は語る。グランドデザイン策定の作業は、2009年10月から当時の納谷葊美学長の音頭のもとで始まった。明治大学は、現在、駿河台、和泉、生田の3キャンパスに分かれているが、2013年度には中野に4つ目のキャンパスが誕生する。キャンパスごとに学部の特性が異なるため、まずは全学の将来構想委員会のもとにキャンパス別の専門部会を設置し、各キャンパスのグランドデザインが検討された。その答申が2010年3月に出され、それを踏まえて全学の方向性が検討された。キャンパス別のグランドデザインと全学のグランドデザインを総合して、「明治大学グランドデザイン2020」 ( 【外部リンク】http://www.meiji.ac.jp/gakucho/granddesigin/index.html ) として完成したのは、1年後の2011年3月である。この起草には、学長室専門員9名が、全学グランドデザイン起草ワーキンググループとしてあたり、将来構想委員会や学部長会などで全学的に意見交換を繰り返して公表に至った。学長室専門員とは学長に任命された教員で構成されており、学長の指示を受けて特定課題についての立案を担う、学長補佐のような立場と考えればよい。

 他方で、法人としても同様な長期ビジョンを作成した。「学校法人明治大学長期ビジョン」 ( 【外部リンク】http://www.meiji.ac.jp/chousaka/6t5h7p000008xdc2-att/homepage_tyoukivision_sashikae.pdf )であり、これは経営企画部企画課が担当し、2009年7月から始めて2011年11月の完成まで約2年をかけている。グランドデザインと長期ビジョンとは並行して作成されており、当然ながら目指す方向性は同じであり、重なる内容も多い。ただ、「長期ビジョン」では、施設設備整備計画、財務戦略、組織・運営体制といった「グランドデザイン2020」では扱っていない項目についても検討されている。

紐帯たるべき建学の精神と使命

 明治大学は、1881年に明治法律学校として創立され、教育の中心は個人の権利と自由な社会の実現を目指すフランス法であった。岸本辰雄、宮城浩蔵、矢代操という3人の創立者は、近代市民社会を担う若者の育成を目指し「権利自由、独立自治」を建学の精神に掲げた。学問の独立を基礎として自立の精神を涵養し「個」を確立する、それが近代市民社会を担う若者だとされた。その後、建学の精神は「個を強くする大学」という理念へと発展的に継承され、現在は「世界へ―『個』を強め、世界をつなぎ、未来へ―」を使命として位置づけている。「個を強くするとは、自立した個人となることを言いますが、それは自分の使命や役割を自覚して行動できる個人を意味し、他者との連携や共生ができる個人のことです。本学の建学の精神は決して古くはなっていません。ある意味、人類普遍の原則とも言えるものです。」と、福宮学長は強調する。創立130年を2011年に迎え、この建学の精神や使命の重要性が再確認され、「グランドデザイン」や「長期ビジョン」もここから出発している。明治大学の建学の精神と使命が、2020年の世界環境に適応するものであることを示した図2からも、「権利自由、独立自治」という理念が、明治大学の将来を考えるうえでの紐帯になっていることがわかる。


図2 世界へ ─「個」を強め、世界をつなぎ、未来へ─


 グランドデザインでは、教育、研究、社会連携、国際連携、学生生活支援、大学の社会的責任の6項目について、全学のビジョンと各キャンパスのビジョン、それらにもとづく重点施策が記述されている。ビジョンは包括的に項目を示し、重点施策はそこからいくつかの項目に特化した選択がなされるという書き分けがなされている。

 教育と研究に絞って内容をみていこう。教育に関する全学ビジョンでは、1)研究力に裏付けられた専門教育、2)全学的な教養教育、3)ICTによるユビキタス教育、4)実践型の少人数教育、5)多文化共生の環境、6)学際的な教育、7)研究者養成、8)高度専門職業人養成の8項目が列挙されている。これらのビジョン実現のための全学重点施策では、1)全学的な教養教育、国際教育、学際教育プログラムの整備と実践、2)社会人に対するリカレント教育、専門職教育の推進、3)ICTの戦略的活用によるユビキタスカレッジの拡充と実践、4)教育の質の保証・向上を図るための仕組みと手法の構築と実践、5)計画的な教育環境の整備と、5項目にまとめられている。全学重点施策のうち、「1)全学的な教養教育、国際教育、学際教育プログラムの整備と実践」に関しては、「従来の学部縦割り教育に加えて、基礎的学習能力、幅広く深い教養、国際化対応力、総合的人間力を育むため、全学的な教養教育、国際教育、学際教育のあり方を検討したうえでプログラムを整備し、実践していきます。また、大学院においても研究科間の連携を図り、学際研究に対応できる人材を育成します。」といった、説明が加えられている。

 そして、この役割を主に担うのが和泉キャンパスである。理工学部、農学部以外のすべての学部の1~2年生は和泉キャンパスで教養教育を受け、また和泉キャンパスには国際日本学部が設置されている。したがって、和泉キャンパスの重点施策は、1)教養教育プログラムの開発と実践、2)留学生および海外留学・研修のための相談・支援および基礎教育プログラム、3)収容学生数の適正化となっている。いや、むしろ、これら和泉キャンパスの個別課題が、全学の重要施策として取り上げられていると言った方が適切だろう。

 2009年度にG30の拠点大学に採択されたことは、教育の国際化を進めるうえで弾みになった。国際日本学部には、2011年度よりEnglish Trackという英語による授業のみで学位取得が可能なコースが開設されており、留学生の受け入れの増加とともに、日本人学生の海外への送り出しの活発化を目指している。

 研究に関しては、2008年度に「現象数理学の形成と発展」がGCOEに採択されたことの意味は大きく、それがベースになって2013年4月に開設予定の総合数理学部の設置につながっている。大学全体としての研究水準の向上と、そのための支援が重要項目に挙げられている。全学ビジョンの最初の項目は、「グローバルCOEプログラムに採択された『現象数理学の形成と発展』に加え、人文科学、社会科学においても世界レベルの先端的研究拠点を形成」とあり、重点施策においても「世界的研究拠点形成のための仕組みの整備」が、筆頭にあげられている。

 「研究のレベルアップ、とくに若手の研究者の養成には、今後力を入れていきたい。そのための研究支援策をいろいろ考えているところです。」と、学長は意欲的である。外部資金の公募には、すべからく応募するようにしているという。こうした活動を支えているのが、2005年度に設置された研究・知財戦略機構である。

ガバナンス体制の構築

 2009年度から策定が始まったグランドデザイン、長期ビジョンであるが、昨今の明治大学と言えば、新学部の増設、一般入試志願者数全国一の記録、GCOEやG30の採択など、一段と勢いが増している時期である。なぜ、このような時期に10年も先を見据えてのグランドデザインを、それも初めて作成したのだろうか。

 やはり18歳人口の減少は、もっとも大きな脅威である。2018年まで120万人前後で推移する18歳人口は、それ以降は減少に転じて2031年には87万人になると予測されている。その時点で生き残るためには、今から備えねばならない。大学の基本的役割である教育と研究の質を、長期的視点にたって向上させるほかないのである。

 こうした備えを可能にしたのは、納谷前学長が2期(2004年度~2011年度)学長を務めたことが大きいと、福宮学長は話す。それによって学長を中心とするガバナンス体制が構築され、改革のスピードも上がったのだという。たとえば、2005年度には総長制が廃止され、理事長と学長による二長制に移行し、また2006年度には副学長制度を導入し3名の副学長が置かれた。この副学長制度は拡充し、現在では7名に達している。また、先述したように学長のもとには、学長室専門員が置かれている。学長がリーダーシップを発揮しやすいガバナンス体制が構築され、教学運営が強化されてきていることがうかがえる。納谷学長時代に商学部長であった福宮現学長も、自ら商学部の改革に取り組みつつ、大学全体の動きが早くなっていく様子を目の当たりにしていたという。大学が勢いを上げたことと、グランドデザインを策定したことは、同源から発しているのである。

 大学という組織は、教員による共同体的性格をもつことに特徴があり、それをよき伝統として守ってきた。しかし、危機と競争の時代には、将来を見据えた計画のもとでトップが迅速に判断を下すことが求められる。そうした状況への対応は、経営組織体のような仕組みをもつことが効率的なのだろう。

新体制への移行

 2012年4月より福宮学長による新体制が始まった。学長方針は、もちろんグランドデザインを下敷きにしたものである。2013年度の「教育・研究年度計画書」のキャッチコピーは、「次代を拓き、世界へ発信する大学」とあり、教育研究環境の質的飛躍が課題として掲げられている。それについて、学長は次のように語る。「確かに、これまで学部改革は進めてきましたし、情報発信にも力を入れてきました。それが志願者数の増加、オープン・キャンパスの来場者の増加に、影響を与えていると言ってよいかもしれません。しかし、数の増加だけを目的にしているわけではありません。そうした競争はデッドヒートになり、他の大学にすぐ追い抜かれます。むしろ、教育や研究の水準を上げることで大学の魅力を高めていかなければなりません。」

 そのために、まず、教学運営体制を整備することが重要課題として指摘されている。学長によれば、明治大学では学長も理事の1人ではあるが、教学予算の執行権がないという。教学に関する施策の迅速な実施のためには、学長への予算執行権の委譲が必要であり、今後の課題となっている。また、現在の理事会は、教員や職員から選出された理事のほか、校友から選出された理事によって構成され、相互の立場から大学の発展に寄与している。しかし、国際化の急速な進展と教育研究の質向上の加速的展開を図るには、教員から選出された理事の役割が重要となるので、その増員が望まれている。

 このように理事会における学長の権限を強化しようとするのは、「教育研究中心の大学であり続けるためであり、専横なトップダウンによって教員をないがしろにするものではありません。学部長会などで教員(学部)の意見をよく聞いて積極的に受け入れていきたいし、他方でさまざまな学長提案をして教員に諮っていきたい。これからの大学は、今まで以上に素早い判断が必要になると思う。何か問題に突き当たったら、それは無理、できないとは言わずに、どうやったらできるかを、まず考えていきたい。」と、話す。

 8年後の2020年。「グランドデザイン」や「長期ビジョン」は、どのように実を結んでいることだろう。「個を強くする大学」は、どのように強い大学になっているだろうか。


(吉田 文 早稲田大学教育・総合科学学術院 教授)


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