長期計画を通じた全学改革の推進/龍谷大学 〈第5次長期計画〉
1639年に西本願寺の学寮を起源として始まり373年の歴史をもつ龍谷大学は、3キャンパスに8学部1短期大学部9研究科1専門職大学院で約1万9000名の学生が学ぶ総合大学に発展してきた。現在は、第5次長期計画(2010年度-2019年度)のもと、全学的な改革に取り組んでいる。このねらい、計画内容、推進体制などについて赤松徹眞学長にお話を伺った。
国際文化学部の移転と農学部(仮称)の新設
第5次長期計画(図1)では、10年後である2020年の目指すべき大学像を「世界で躍動する大学」「自律的・主体的な学生を育成する大学」「多文化共生を展開する大学」と定め、教育、研究、社会貢献、大学運営、財政の5領域について、約50の具体的なアクションプランにまとめている。計画内容は多岐にわたっているが、その目玉は2015年4月に予定されている国際文化学部の移転と農学部(仮称)の新設である。龍谷大学では、2011年に政策学部を新設したが、これは法学部政治学科からの独立であり、純粋な意味での学部増設は、1996年の国際文化学部新設以来、約20年ぶりの大事業といえる。
第5次長期計画策定時には、国際文化学部移転と、移転後のスペースに新学部を設置する構想は書かれているが、具体的な中身までは決まっていなかった。国際文化学部はその教育内容やコンセプトを考えれば京都の深草キャンパスで展開するのが自然なことであったが、当初は工場等規制法により京都で開設できず、大津市の瀬田キャンパスに設立したという事情があった。そのため、どこかの段階で京都へ移転すべきだという意見は学内に継続的にあり、第5次長期計画の中に、国際文化学部の深草キャンパスへの移転と移転後の瀬田キャンパスに新学部設置をすることが盛り込まれ、検討されてきた。2年半をかけて議論する中で、農学部を新設することが決定された。
なぜ農学部なのか。①「浄土真宗の精神」を建学の理念を具現化できるもの、②将来にわたり社会からの要請にこたえられる人間育成に資するもの、③瀬田キャンパスの既存の2学部(理工学部、社会学部)との相乗効果が期待できるもの、④学生募集・就職の両面において見通しが立てられるものといった大きく4つの観点から、総合的に検討した結果であったという。純然たる農学部の設置は国内でも35年ぶりで関西の私学でも2校めだが、食の安全への関心の高まりといった社会環境の中で、農学系学部の人気はこの5年ほどは急増しており、龍谷の農学部新設はその象徴的な動きとして、新聞等でも大きく取り上げられ注目を集めている。農学部では食の生産・流通から消費、生産活動や食糧消費によって生じる廃棄資源の再利用に至る「食の循環」に注目し、人文科学、社会科学、自然科学の学問領域を総合したカリキュラムを展開し、食料経済学科、生物生産学科、農業生産基盤学科、食品栄養学科の4学科体制になる予定だ。担い手がいなくなり放置されている農地へ学生を派遣し、農村地域の活性化にも取り組む予定だ。地域社会への貢献、さらには世界規模の人口増と食糧問題といったグローバルな課題に学術的にチャレンジする新学部に対して滋賀県や大津市といった地元の期待もきわめて高いという。また、大学の規模について学長は「教学内容、学生生活、研究活動の充実のためには財政基盤が重要で、そのためには学生規模は2万人くらいが望ましい」と考えており、収容定員1660名を予定している農学部新設は大学経営上の課題としても重要な施策と位置づけられる。
キャンパス移転による相乗効果の期待
農学部の新設は単に1つの学部を増やしただけでなく、瀬田キャンパスにおける理工学部、社会学部との相乗効果も期待されており、国際文化学部の深草キャンパス移転についても大きな相乗効果が期待されている。移転によって深草キャンパスは、文学部(1・2年生)経済学部、経営学部、法学部、政策学部、国際文化学部の6学部体制となり、人文科学、社会科学を総合した効果的な教学連携を実現し、深草キャンパスの特色化を図る予定だ。国際都市「京都」という抜群の立地環境を活用した国際文化学部の貢献が期待されている。留学生数が最も多い国際文化学部の移転により、約500名の留学生が深草キャンパスで学ぶことになる。国際文化学部で展開する4年間英語で学べるコースを活用して、他学部の学生も履修できるようにしていく構想もあるという。また深草キャンパスへの寮の建築などの準備も併せて進めており、国際化を牽引する教学資源を集中させ、全学的な国際化の進展、多文化共生キャンパスの実現を目指すという。国際文化学部の移転と農学部の新設が、第5次長期計画の目玉であるというのはそれによって、教学改革や国際化の進展、研究拠点の育成や社会貢献、キャンパスごとの運営体制の検討など、学内のさまざまな改革実現の推進力になりうることを期待されているためであろう。
遂行方法の工夫-第5次長期計画の特徴
こうしたさまざまな改革効果が期待できる第5次長期計画であるが、どのような体制で策定・遂行されているのか。これをさらに突っ込んだ問いとして言いなおせば、下記の2つに集約できる。なぜ龍谷大学では1996年以降、学部を新設してこなかったのか。そして、なぜ現在、新学部設置に至ったのか。この10年ほど日本の多くの私立大学では新学部の設置や改組がきわめて熱心に行われてきた。龍谷大学の競合グループと社会的に認識されがちな関関同立や産近甲などもまさにこうした改革の典型的な動きをしており、龍谷だけ異なる動きを見せる背景を今回の取材を通じてぜひ探ってみたいと思っていた。
新学部を作るという案はそれまでにも何度かあったが、具体化できずに消えてしまっていたという。学部の対立や反対勢力があったというよりも、むしろ「大学全体としての方向性をリードするような推進力が出てこなかったため」であり、執行部の意思決定のあり方が強く影響していたという。では、具体的にどのように変更したのか。第4次長期計画(2000年度-2009年度)では多くの成果も上げたが、全学的な観点の計画実現や個々の事業の連携による相乗効果の発揮という点に課題が残り、結果的に社会の変化に対して施策の推進が遅れてしまった。こうした意識は執行部だけでなく、全学構成員の間でも課題として強く認識されるようになってきたという。こうした点を改善するために、第5次長期計画ではさまざまな工夫が行われた。主要な変更点は、以下の4点である。
第一は、これまで10年間を一区切りとしてきたが、5年ごとに区切った中期計画を策定し、そこで達成する目標を掲げたことである(図2)。長期的な観点から大学運営を考えることが重要だが、社会や政治状況の変化が激しいため、中期計画をあわせて策定することにした。
第二は、第4次長期計画で各学部の意見を積み上げたものを全学の方針とする形で策定していたが、第5次長期計画では執行部がより積極的に関与していく体制に変更したことである(図2)。大学執行部の下に、「中期計画推進委員会」を設置し、学長が委員長となり、学内理事を中心に構成した。またこれとは別に長期計画推進委員会の運営を円滑に進めるための調整会議体として「5長推進会議」を設置し、各部局と大学執行部間の調整・協議機能を担わせる。この会議は担当副学長が座長となり、学内理事を中心に構成されている。龍谷大学では、学長指名の副学長3名も理事であるし、学部長全員も理事になる「学部長理事制」を長年導入している。彼らに理事としての担当を割り当て、それぞれの分野について責任をもって、統括するように変更したという。
第三は、PDCAサイクルを意識した業務推進体制を明確にしたことであり、アクションプランごとに、責任者や担当部局、実現時期や到達目標を定めたことだ。例えば、国際化方策であれば、担当副学長、担当の学部長、および主管部署(国際部)の部長、それぞれの役割を明確にし、彼らが連携を図りながら推進する仕組みだが、上述のように、担当理事としての業務推進を強化することによって、各部局との連携も円滑になっているという。
第四は、こうした計画を学内すべての構成員が理解し、実現に向けて努力することが重要であるため、構成員による現状の課題共有の重要性をより意識し、内部のコミュニケーションのあり方に工夫を凝らしている点である。そのひとつとして、学長室(企画推進)による、第5次長期計画の学内浸透冊子「Concept Book」の作成・配付である。長期計画の全体像と約50のアクションプランが簡潔にまとめられているだけでなく、龍谷大学が置かれた環境状況や競合校とのポジショニングに至るまで、エビデンス(データ)を効果的に使いながら、簡潔に説明されている。
参加型の意思決定とそれを生かすための工夫
この工夫が功を奏し、第5次長期計画は全学の合意を得た形で順調に進んでいるという。龍谷大学にとってこうした工夫がなぜ重要で意味をもつのか。それはその意思決定・執行のあり方を考えると非常に納得がいく。
あえて単純化して言ってしまえば、龍谷大学の意思決定・執行の特徴は、ボトムアップ型の民主的な大学運営を基本しているということだ。学長指名の副学長3名と学部長が理事を担当する学部長理事制を導入していることからも推察される。大学の意思決定の中でも、常務理事会(別名「学長会」で学長、副学長、事務局長等から構成)、常任理事会(別名「部局長会」で常務理事会のメンバーと学部長理事から構成)が非常に重要な役割を担っている。また、学内の重要な課題なども、基本的には教員から構成される委員会で検討する。例えば、入試の問題であれば、入学試験委員会で検討するが、この委員会は学長、副学長のほか、全学部長、事務方トップの総務局長等によって構成され、個別学部の状況を、各教授会で報告・審議して共有させている。このように学部を基本とした参加型の大学運営を行っている。
こうした特徴をもっている背景として、龍谷大学の理事会組織の特徴が影響を与えているようだ。法人組織と教学組織の関係で、意見の相違やコンフリクトが生じる私立大学もあるが、龍谷の場合、こうした問題はほとんどないという。理事長は設置母体である浄土真宗本願寺派(西本願寺)の総長が兼任することが寄附行為に定められており、設立経緯から考えれば、理事長が非常勤になることが所与の条件となっている。そのため、大学運営は教職員によって選出された学長と学内理事が中心となり、学長会が提案し、部長会議のもとで意思決定を行うという慣行が法人理事会との信頼関係のもと、維持されてきたという。法人とのコンフリクトや調整に骨を折る苦労がほとんど生じない反面、痛みを伴うような改革議論が起きにくい、平等主義を背景とした仕組みの中でなかなか全学的な改革が進みにくいという面を構造的にもつガバナンス体制であるといえるだろう。
学部長理事は、学部長と理事という二つの相反する役割をもつうえ、学部長の短い任期等を考えても、うまく機能させることが難しい面をもつが、民主的な意思決定を支えるものとして今後も維持していくことが第5次長期計画にも書かれている。他大学と異なり、学部増設を長年してこなかったことから、学部長理事制のもつデメリットが表面化しにくい面もあったのではないかと考えられる。いずれにせよ、今後もこうした意思決定のあり方を前提としたうえで、そのデメリットをカバーするための工夫が、理事としての職務の明確化と実質化、構成員に対する課題共有の重視であるのではないだろうか。20年近く新学部を設置しなかったように、意思決定に時間がかかってしまう面は否定できないが、そこで議論されて出された内容には長期的視野と高い見識を備えるなどのメリットも感じる。
例えば、学部を新設するという構想も、中期計画推進委員会、つまり副学長や全学部長の中で議論される中で出てきたという。一部の大学では、学生の人気が高い学部が安易に設置され、完成年度を迎えたころには人気がなくなり、また改組を繰り返すこともあるが、龍谷の農学部構想は、学長が何度も強調して語ったように、「仏教の精神、建学の精神を具現化できる内容である」ことを重視して検討されただけあり、長い将来にわたって維持・発展されていく学部を選択した印象をもつ。学問的なバックグラウンドをもつ教員が積極的に熱心に議論したことの強みをも感じる。もちろん、こうした意思決定のあり方を基本としていることから、農学部が既存の学部とまったく重ならない新しい領域への挑戦であることも必然的なことであったことも推察される。
また、その議論の方向を適切なものにするためにも、中期計画推進委員会の事務部局である学長室(企画推進)において、検討に必要な情報や資料の収集、分析と学内者への提供が行われていることもまた重要な役割を担っていることも指摘しておかなければならない。
長期計画による大学改革は、策定するだけでなく、実現していかなければならないため、全学的な発想で考えつつも、同時に、構成員の参加をいい形で引き出していかなければならない点がどの大学においても共通の難題になっている。どのような形で、その2つの志向性に折り合いをつけるかをそれぞれの大学の事情(逼迫度等)やガバナンスの特徴にあわせて選択していく必要があり、こうした意味で、ボトムアップ型の志向性の強い龍谷大学で、全学的な相乗効果を生み出すための工夫やそれが動き出したところにこの事例のおもしろさや学ぶべきポイントがあるのではないだろうか。
教学改革においても、4年間で保証すべき包括的な概念として「龍谷スタンダード」を定め、これを非常勤教員も含めて共有させ、教員評価においても、自分がどのように教育改善をしているのかを自己評価してもらうなど、個々の構成員の課題意識の醸成・共有がどの施策においても非常に重視されていた。教員が研究会などで自ら学ぶカルチャーも高い特徴があり、不定期だが、学部長理事の間での研究会なども開催されているという。キャンパスの再配置による相乗効果をどのようにもたせてさらなる発展を遂げるのか、今後の動向も注視していきたい。
(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科 講師)
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