地域の現場を重視する教育で、島根県を活性化/島根大学

 大学の就業力育成の取り組みを紹介する当連載の第6回めは、地域からの期待の大きい国立大学の事例として、島根大学を取り上げる。小林祥泰学長と肥後功一副学長(教育・学生担当理事)にお話をうかがった。

 社会体験(インターンシップ)という形で地域での学生の活動が浸透していくことが、「運命共同体」である大学にとっても地域にとっても、活性化の要になっている。

学生の7割が県外からの流入

 小林祥泰学長はまず、「社会に貢献する人材を育てることは大学の最も大事なところなので、就業力が大事なのももちろん当然のこと」という認識を示す。しかしこれはあくまで一般論。島根県唯一の国立大学としての役割を考えれば、「島根大学の就業力」が、都会に出て大手の企業から内定を取るという意味でないことは明らかだ。

 いま地方にとって最も深刻な問題の一つが人口の減少だ。島根県の場合、2000年には約76万人だった総人口が2010年には約71万人に。平均すれば毎年5000人の減少ということになる。そんな地にあって、島根大学が毎年千人強の新入生を、しかもその7割を県外から迎えることには重要な意味がある。

 「地域というのは、とにかく人です。産学連携も活性化も、とにかく人から始まる。活性化すればまた人が集まってさらなる活性化の基盤になるといういい循環が生まれる。こんなに若人が入ってくるところは、県内でどこもありませんから、そういう面での島根大学に対する地域の期待も大きい。県内唯一の国立の総合大学で、他に私学があるわけでもないので」(小林学長)

 もちろん流入数の問題だけでなく、その学生たちが地域を支える人材として成長し定着することが期待されている。大手に就職する卒業生もいていいが、地元の中小企業で、面白い取り組みをしているところ、アジアなど海外に進出して成長しているところなどに人材を送り、そこで活躍してもらう。それが島根大学の就業力のゴールイメージだ。

現場での社会体験学修が柱

 「社会というのは人間がコミュニケーションで成り立つところですので、人間力もしくは社会力を育てることが、すなわち就業力を育てることだと思っています。

 この社会力を身につけるには、いくら講義で教えても、はっきり言って意味がない。現場に出ないといけないだろうと思います」(小林学長)

 そこで、今年の10月頃から試行し、来年度から正式に導入する予定なのが、社会体験学修だ。就職への関心が高まり、専攻分野の知識もある程度得た3年生を対象に、行政や企業の協力を得て現場での体験をするものだ。毎週1日・3カ月間通う形を標準とし、約12日・90時間ほどのボリュームになるので、かなりコミュニケーション力がつくだろうと期待する。

 「ほんの3カ月、場所も1カ所では、効果は限られるかもしれませんが、大学の中にだけいるのとは大きな違いがあるでしょう。

 例えば中小企業の社長さんを呼んできて大学の中で講義をしていただくよりも、その企業に3カ月通って、その間に社長さんと一対一で話すことが1回でも2回でもあれば、まして酒でも飲むことがあれば、講義では絶対聞けない話があって、全然違うと思うんです。そういう、本当の意味の人間の付き合いを通じて人間力を培ってほしいと思います」(小林学長)

 今秋の試行のためには、今年度就任した学長自らがその挨拶も兼ねて県や市、商工会などに赴いて依頼し、すでに約30カ所の受け入れ先を確保している。そこに2、3人ずつ派遣して約100人を試行の規模とみているが、次第に拡大して、最終的には対象となる学生700人ほどが全員体験できるようにしたいという。

 「義務となるといろいろ問題もあるので、最初は希望をとってマッチングしていこうと思っていますけれど、軌道に乗れば希望者も受け入れ先も増えると思います。

 いまどきの学生は…というようなことがいろいろ言われますが、私たちの世代だって、彼らの年頃にそんな立派だったわけじゃない。若者の本質は変わっていないと思います。ちゃんと教えれば、きっちりやりますよ。社会全体・地域全体が、学生の先生になって、学生の力を引き出すようなものができればと思います。

 また、地域と大学との間の壁が低くなり、もっといろんな面で一緒にできるようになることを期待しています。例えば、本当に地域に根ざした、必要性のある産学連携です。ニッチ産業と言い換えてもいいかもしれないけれど、メインで目指していないところに需要がいっぱいある。それが本当のニーズですね。そういうものは、地域の現場の中小企業とかに入り込んで初めて見つかるものだと思いますから」(小林学長)

教育学部の1000時間体験学修がモデル

 この社会体験学修には、実は先行モデルがある。教育学部の「1000時間体験学修」だ(図1)。いわゆる教職実習ではなく、「基礎体験」「学校教育体験」「臨床・カウンセリング体験」の3領域で、4年間で合計1000時間の学外体験学修を卒業要件とするプログラムで、いわば非常に充実したインターンシップだが、これが目覚しい成果をあげているのだ。2004年度には全国の国立の教員養成学部の中で最下位だった教員就職率が、2011年度には全国7位へと躍進した。

 「1000時間体験がすべてとは言いませんが、非常に大きな役割を果たしています。地域でのこの活動が浸透してきたことによって、地域社会の教育委員会等が、地域で力をつけている島根大学の学生を取りたいという傾向が非常に強くなってきた。しかも単なる経験ではなく、卒業の要件にして、ある程度必修化しているということの効果を、市民社会が評価してくださっていることが大きいかなと思っております」(肥後功一副学長)

 もう一つの先行モデルは医学部だ。医学科・看護学科ともに臨床実習に僻地医療研修を組み込んでおり、全員が3週間の僻地派遣を体験する。2011年度まで付属病院長を務めた小林学長は、この取り組みを間近に見てきた。「卒業するところまで6年間を見て、教育効果を実感しています。こういう体験をした学生は、地域医療に対しての気持ちがまったく違ってきます。

 この研修を始めた当初は、指導する側の皆さんも心配されました。開業医の先生や小さな病院などですから、どうやって教えればいいんだとか。実際にやってみると、学生がたくさん来てくれるというのが励みにもなるし、患者さんからも『先生のところは大学から学生さんが来てすごいですね』と一目置かれるというようなこともあって、好評です。

 何事も現場体験だと思うんです。例えば、軍隊がいくら図上演習をしていても、実際に敵が来る戦場で鉄砲が撃てなきゃまずい。われわれ医学部で言えば、患者さんに対応するというのが実戦ですが、大学病院で研修していても戦車の中から撃っているようなもので、僻地はわけが違うんですよ。満足に武器もないところで一人で谷間に隠れて撃っているような、白兵戦になる。そういうのが本当の社会力、人間力につながると思いますね」


図1 1000時間体験学修プログラム(教育学部)


課題は手間と責任の所在

 教育学部、医学部のそれぞれで成果を確認できた「社会体験」を全学部に展開するにあたっての課題を尋ねた。

 「両学部の実績もあり、就業力育成支援事業に採択されて総合理工学部や生物資源学部でもいろいろな検討をしてきたという積み重ねもあって、総論では大きな問題はなさそうです。各論で問題になるのは、手間がかかるということと、責任の所在ですね。果たして本当に学生が参加するのかということを言う人もいます。

 ですからまず、教員の負担を増やさないように、受け入れ先の行政や企業は、全部私が交渉して用意します。全部準備するからとにかく行かせろと。自分らの手間ひまがかからなくて、実際できてということになれば、教員としてもやりたいわけですから」(小林学長)

 全学の事業として運営する一方で、教員に負担をかけずに各学部の特性に合わせた運用ができるよう、コーディネーターを学部ごとに配置する。加えて、全学的な情報化への取り組みの一環として、社会体験学修用のデータベースを構築し、コーディネーターを支援するマッチングシステムを導入する予定という。

 「責任問題については、ちゃんと保険をかけるというようなテクニカルなことを一つひとつクリアしつつ、もしも問題があったときは、学部の担当の先生でなくて、すべて学長の私が責任を取る体制を明確にします。学部単位でなく大学として実施する以上、それは大事なことではないかと思います」(小林学長)

 参加率を高めるためには、当事者である学生のニーズをできるだけ拾うことを重視する。例えば、学長が学生との「昼メシミーティング」を始めるという。それだけでは1回に7、8人と人数が少ないので、Facebookなど別の方法も検討中とのことだ。

中小企業をしっかり支える人材を

 地方の大学には、地方に立地しているゆえに不利な点が多々ある。小林学長の言葉を借りれば、「島根県は新幹線もないし、非常に不便で、みんな都会に行ってしまう」ということになる。しかし、不利な点ばかりではない。大学と地域とが運命共同体的に期待しあい、支えあう。その支えの強さは東京などにはないものだという。続けて小林学長は、不利な点ばかりが目に入るのは、すべての大学が「ミニ東大」を目指そうとしてきたからではないかとも言う。

 「島根大学がいきなり東大と同じように国際競争力とか言ったって、できるものではない。これは国家戦略としてそれぞれそういうふうに作られてきているわけですから。我々は我々の使命をちゃんと果たせばいいとある程度割り切って、この大学はどういう人材を育てるか、その目標をちゃんと見据えていきたいですね。

 ではその目標とは何か。日本の全体を支えるのは8割から9割を占める中小企業です。そうした一番大事なところに、しっかりした人を作ることです。その部分から、アイデアにしても何にしてもいいものがいっぱい出てくる。1割もいない旧帝大がいくらトップを引っ張っても、中小企業も伸びて全体が元気にならないと、日本の国力というのは上がらんわけですから」


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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