グローバル・マスの育成/関西外国語大学

アクティブな外国語大学

 関西地域には、9つの外国語大学・学部がある。このうち4つの「外国語大学」を歴史の古い順にならべると、現在、大阪大学外国語学部となった元・大阪外国語大学、関西外国語大学、神戸市外国語大学、京都外国語大学となる。大阪外国語大学は、その設立を戦前期に求めることができるが、関西外国語大学、神戸市外国語大学、京都外国語大学の設立は、いずれも終戦直後である。この3校が終戦直後の同時期に設立されたことに、新たな日本の創生、国際理解に長けた人材の育成、そのための外国語の修得という、当時の社会の思いをみるようだ。

 これらのうち学生数という規模でみると、関西外国語大学が群を抜いて大きい。大学だけで約1万1000人、短大を含めれば約1万3000人という規模は、その次の京都外国語大学が約4600人、大阪大学外国語学部や神戸市外国語大学は2000人程度、関西大学外国語学部は約700人であることと比較すれば明瞭である。また、全国の大学のうち学生数が1万人を超えるものは、たかだか8%である。外国語に特化したいわば単科大学でもって、どのようにしてこれだけの規模を有するに至ったのだろうか。

 関西外国語大学は、1945年に谷本英学院として創設され、1953年に短大、1966年に大学となって、現在では、英語キャリア学部、外国語学部、国際言語学部の3学部体制をとっている。定員割れに悩む大学が出現する2000年代に入っても、外国語学部、国際言語学部ともに入学定員を増加し、さらに2011年にはグローバル時代に即した英語キャリア学部を設置するという発展は順調である。

 こうした発展とともに、いろいろな全国一があることに注目したい。その1つは、外国大学への派遣留学生数である。短期・長期含めて年間1700人が留学しており、これは全国一である※。学生の約13%が留学しているといえば、その多さが納得できる。常勤の外国人教員は108人で全国第2位※、非常勤を含めると約200人になる。教員数は600人ほどであるが、その3分の1が外国人なのである。面白いところでは、キャビンアテンダント採用数が全国一※、国際ボランティア参加学生数が全国で2番目※といったものもある。これらの結果からみえてくるのは、国内に閉じていないアクティブな外国語大学であるということだ。ちなみに、欧米を中心とした大学から留学している学生は約600人にのぼる。

キャンパスは“ちきゅう”

 国境を越えて学生が移動しているアクティブな状況を、もう少し詳細に追ってみよう。外国の大学との交流協定の締結は今やどこでも当たり前だが、関西外国語大学は、早くも1971年に交換留学制度を設け、その後、協定校数を大きく伸ばしている。20年間かけて1990年には単位互換制度を持つ外国大学を100校にし、その9年後の1999年には200校、その8年後の2007年には300校という増加は驚異的である。

 2012年現在、その数は337校、地域は50カ国・地域に及んでおり留まるところを知らない。交流協定の締結といっても実のところ形式的なものが多い。しかし、関西外国語大学の場合、実質的な交流を行うために協定を締結するという。派遣留学生や国外からの留学生の多さは、その証左であろう。

 ところで、専門教育として体系的に教えられている言語は、外国語学部では英語とスペイン語、国際言語学部は英語以外の外国語として、中国語、フランス語、ドイツ語である。大学の規模、また、交流協定国の多さからすれば、専門教育として提供されている外国語は意外なほどに少ない。ここには、仕掛けがある。これらの専門教育での言語を母語としない地域でも英語で授業を行う大学は多くある。50カ国の中でアフリカ、韓国、ベトナム、ロシア、トルコ、北欧などへの派遣学生がいるのは、こうした理由による。

 派遣されている留学生約1700人中、短期は約1100人(65%)、長期は約600人(35%)と全体としては短期留学が多いが、これは短期大学部生の留学の多くが短期であることによる。外国語学部をみれば短期と長期はほぼ半々となっており、長期留学生は多い。また、英語キャリア学部では、3年次に1年間の長期留学を原則必修としているが、2012年現在はまだ2年生までしかいないため、短期留学生しかいない。したがって、来年度以降、長期留学生の比率はさらに上昇しよう(図表1)。

図表1 2011-12年度 学部別海外派遣学生数

 他方、この大学に来ている留学生は約600人であるが、それが214大学に及ぶと聞けば誰しも驚く。交流協定のアクティブな実質化は、ここにもみることができる。留学生別科に在籍する留学生は、話し言葉としての日本語が必修とされている。読み書きの日本語も合わせて、それぞれ7段階のクラス分けのもとで、関西外国語大学が独自に開発した日本語教科書で学習を進める。大学独自に開発した日本語習得用の教材は、非常に充実したものという評価を得ているそうだ。また、外国人留学生が日本に馴染むために、例えば、スピーキング・パートナー・プログラムと称する、日本人学生と外国人学生一人ずつがペアになって、外国人の日本語習得や日本社会への定着を大学の内外で補助する仕組みもある。とはいえ、来日留学生が日本語だけで学習ができるケースは少ないため、留学生別科では並行して英語ネイティブ教員がオール英語により国際教養などを講義する科目が開講されている。このオール英語科目に限って、日本人学生も単位取得が認められている。こうしてみると、来日する留学生のための各種プログラムは、実は、日本人学生が外国語を習得し、外国に留学するためにも、大きな役割を果たしている。日本人学生にとっては、キャンパス内で留学の疑似体験ができるのである。

英語キャリア学部の魅力

 関西外国語大学では、すでに国内外における十分な外国語習得環境があるなかで、2011年にグローバル時代に即した最新の学部である英語キャリア学部を設立した。1学年定員120人であり、既存の学部と比較すればきわめて小規模である。新設学部であるにも拘わらず、定員に対する志願者は、2011年度は18倍、2012年度は14倍である。今の時代、純増の新設学部がこれだけの志願者を引きつけることは、まずない。こうした状況に対し、谷本義高学長は「正直申せば、必ずしもこれだけの数字がでる自信があったわけでありません。しかし、開設までにいろいろ考えてきましたから、特段に驚きというわけではありません」と話す。

 すでに外国語学部、国際言語学部という2つの学部を持つ中で、あえて外国語習得に関する第3の学部を創設した理由、高い志願倍率に「驚きではない」という学長の狙いは、どのあたりにあるのだろう。

 新学部の構想は2000年頃から始まったという。それについて、学長は「確かに、外国語学部は長年の歴史の中で定評を得ています。しかし、外国語学部は外国文学や言語学を重視する伝統があり、他方で学生が求めるのはコミュニケーション・ツールとしての外国語、特に英語であり、両者に乖離が生じてきました。ただ、現代ビジネスの世界で求められるのは、スキルとしての英語ではありません。英語で仕事をするためには、社会科学的な知識が必要です。そうした社会の要請を汲んで小規模ながら、新たなミッションを持つ新学部を創設することにしたのです」と話す。グローバル化時代に必要な社会科学の専門科目を英語で学習することで、英語で社会科学的な思考のできる学生の育成、言い換えれば、英語のコミュニケーション力の習得ではなく、英語でのネゴシエーション力を涵養することを、新学部は目指している。「英語を使ってビジネスの世界で仕事をするためには、英語が話せるだけではだめなのです。社会科学的な知識と思考力、それを日本語と英語とで習得することによって、初めて英語で仕事ができるのです」。学長の説明には説得力がある。志願者の増加は、こうした時代の趨勢を読み取った受験生の反応だろうか。

 さて、英語で仕事をすることをミッションに掲げた新学部を象徴しているのが、クロスオーバーカリキュラムである。そのコアは、1年次からの社会科学的な内容を教える英語の必修授業である。20名強という小規模のクラスで週4回開講されるLgD(Language Development)というプログラムでは、社会科学的な内容に特化して、読み書き聞き話すという訓練を行うことに特徴がある。この英語で社会科学を学ぶというミッションを確固たるものとするために、さらに週4回開講されるLgD補完科目に加えて、専門科目をオール英語で講義するEIP(English Intensive Program)でコミュニケーション・ツールとしての英語を徹底的に学習するプログラムとともに、社会科学の基礎(特に経済学)に関する日本語での理解を補強する授業を配置している(図表2)。

図表2 クロスオーバーカリキュラム

 さらに、「実戦」を積むために、3年次に1年間(正確には春から12月)の長期留学を原則必修とした。就職活動が気になりだすであろう3年次にあえて長期留学を置いたのは、1・2年次にコミュニケーション・ツールとしての英語と社会科学の基礎を身につけた上で、英語圏の大学で300番台の高学年を対象とした専門教育を学習することを目標としているからである。従って、2年次中にTOEFL®で500点以上を取得することを要件としている。かなり高いハードルと思われるが、第1期生の2年次6月の時点では、この基準を半数以上が余裕を持ってクリアしたという。

 この留学のための支援は手厚い。提携先の大学に留学する場合は、関西外国語大学の授業料を納めることで留学先の授業料は奨学金として支給され、さらに「交換留学プログラム」で提携校へ留学する場合は住居費・食費も奨学金として支給される。保護者にとっては、安心ができる仕組みである。

 18倍の競争を勝ち抜いた第1期生が留学するのは2013年、卒業生が出るのがその翌年。英語キャリア学部の成果の判断には、もう少し猶予が必要であるが、期待は大きい。

進むカリキュラム改革

 新学部の設置に連動したのか、既存の2学部にも地殻変動が起きているようである。外国語学部も国際言語学部も、ここ1、2年志願者が増加に転じた。ここ10年ほどの志願者の推移をみると、どの学部学科も志願者の逓減は免れえず、大学全体では、2003年の約1万4000人から2008年には約1万200人へと30%弱の減少があった。それが外国語学部では2012年に、国際言語学部では2011年から志願者は増加し、2012年には2007年と同水準になった。新設学部も加えれば、2004年の数字を大きく上回る(図表3)。

図表3 関西外国語大学志願者数推移

 追い風を利用しての飛躍を目指して、外国語学部もメディア英語カリキュラムを導入した国際言語学部もともに、改革を進めている。具体化したものの1つは、2013年度から開設する外国語学部の小学校教員コースである。2011年度から小学校でも英語の授業が始まっているが、英語を担当できる小学校教員はまだ少ないのが実情である。入学定員は1学年30人と少人数であるが、そのメリットを活かして英語が使える小学校教員の育成を目指す。

 また、両学部とも2014年から一新したカリキュラムでの教育を行うべく、現在、それに向けてのプランを策定中である。外国語学部は英語キャリア学部との差異を小さくする方向に、国際言語学部はむしろ英語キャリア学部との差異化を明確にする方向での改革を方針としていると学長は話す。具体的にいえば、外国語学部は、語学や文学から脱皮して外国語の学習に社会科学的な思考を多く取り入れたカリキュラムに変更し、国際言語学部は、従来の英語ともう1つの外国語という多言語学習の特徴を活かしつつ、卒業までに通訳や翻訳ができるように、中国の大学における外国語学習をモデルにし、実践的語学力の訓練に特化したカリキュラムの導入を計画しているという。

 また、短期大学部は、表にもみられるように志願者数の減少は著しい。ただ、短期大学部への進学者は、家庭の経済的な事情による4年制大学の受験がかなわなかった者、関西外国語大学の受験に失敗した者が多く、学習意欲は総じて高い。したがって、短期大学部は関西外国語大学をはじめ国公私立大学への編入を進めており、毎年40%程度の卒業者が3年次の編入生となっている。2012年から英語の習熟度別クラス編成を導入し、英語の運用能力を一層強化するカリキュラムを導入し、編入の支援体制の一層の強化を図っている。ちなみに、3年次編入者数は全国一である※。

グローバル・マスを育てる

 英語キャリア学部や外国語学部のように、社会科学的知識を学んで英語でビジネスができる者の育成と、国際言語学部のように、即戦力となるスキルとしての英語を徹底的に身につけた者の育成。関西外国語大学は、外国語教育の蓄積を武器にして、この2方向から攻めている。これまで言語と文学とは近い領域の学問とされ、学部学科組織は、「○○語○○文学」が伝統的な名称であった。しかし、近年、そこから「文学」の色彩は薄れ、「言語」のコミュニケーション・ツールの側面に重きを置く大学が増加している。その場合に、時代のニーズに即した方向性は無限の可能性があることを、関西外国語大学の事例は教えてくれる。

 卒業生の就職先は、キャビンアテンダントも含んだ航空業界、ホテル業界、旅行業界、商社関連が多く、英語やその他の外国語の使用が日常的な場であることは一目瞭然である。それはまた、英語や外国語を不可欠とする職場で卒業生が実績を示していることの証左でもある。これについて学長は、「われわれは、何も、グローバル・エリートを育成しようというわけではありません。社会の土台・中堅を担う、外国語を仕事で普通に使える会社員、あるいはビジネス・パーソンをきちんと、育成しようとしているのです」と、謙遜して話す。確かに、グローバル・エリートではなく、言ってみれば、グローバル・マスの育成かもしれないが、「外国語を仕事で普通に使える」ことはそんなに容易なことではない。だからこそ「使える英語」が強調され、小学校から英語の授業が行われるようになったのである。その普通でないことを、普通であるとしてこれだけ大規模に行っていることが、関西外国語大学の力であるといってよいだろう。

 今後の課題や展望について、学長は「関西にある大学ですが、関西から出ていけるような大学になりたいです」と語る。この言葉の背後には、学生募集のマーケットを全国に拡大したいという思いもあれば、教育活動を全国あるいはグローバルに知らしめたいという考えもあるだろう。後者に関しては、充分にグローバルであり、すでに関西を出ている。学生も西日本出身者が多いものの、4年間でグローバルな視野を持つまでに成長している。教育活動の諸成果が、学生募集マーケットの拡大に結びつくか、なのであろうが、おそらくその成算があっての、英語キャリア学部の新設であり、既存学部の改革であるように思われる。


(吉田 文 早稲田大学教授)


  • 『2013年版 大学ランキング』(朝日新聞出版)より

【印刷用記事】
グローバル・マスの育成/関西外国語大学