地域を軸に高校/大学/企業をつなぐキャリア教育/小樽商科大学

 文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」は昨年度で廃止となったものの、就業力育成はますます大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 開始から丸1年が過ぎたこの連載では、文科省の就業力育成事業採択校に限らず、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は「地域との協働による実践的キャリア教育」に意欲的に取り組み、就業力育成事業にも採択された小樽商科大学を取り上げる。山本眞樹夫学長と大津晶准教授(商学部/教育開発センターキャリア教育開発部門)にお話をうかがった。

伝統ある実践教育

 小樽商科大学の就職実績は、1911年に小樽高等商業学校として開校以来100年の歴史に支えられている。

 「先輩達の実績と幅広いネットワークはあるし、非常に強力な同窓会の協力も得られる。ですから、就職面で深刻な課題を抱えていたわけではありません。しかし一方で、それにあぐらをかいていていいのかというと、そういうことでもないのは当然です」と山本眞樹夫学長は言う。

 「実学・語学・品格の育成が建学時代からの教育理念です。2008年度の経済産業省『体系的な社会人基礎力育成・評価システム構築事業』や2010年度の文部科学省『大学生の就業力育成支援事業』は、いずれも本学の理念と伝統にかなうということで申請し、採択されました」

 経済産業省の採択事業には、地域の課題解決に取り組むPBLが含まれたが、大津晶准教授は、「この頃定着してきた『PBL』という表現に合わせていますが、本質的には本学が何十年も前から行ってきた実践教育のDNAそのもの」と言う。というのも、例えば戦前、学内に石鹸工場があり、原料の仕入れから生産管理、市内での販売までを授業の一環として学生が行っていたという。学生が町に出て学ぶという伝統があったのだ。

地域課題に取り組む「本気(マジ)プロ」

 このPBLを本格導入したのが「地域連携キャリア開発」だ。「商大生が小樽の活性化について本気で考えるプロジェクト」、通称「本気(マジ)プロ」である。5年目の2012年度は73名が15のグループに分かれて「小樽・後志の地産地消の推進」「デジタルサイネージを活用した地域情報発信」など12の課題に取り組んでいる。授業が何コマという概念はなく、導入オリエンテーションの後、学生達はすぐに町に出る。指導担当者は、グループウエアやSNSを活用して学生のプロジェクトを管理しつつ、学外の連携先と緊密に連絡を取りながら、プロジェクトの目標達成と学生の教育効果の最大化という両立が難しい課題を改善してきた。

 小樽商科大はこの科目を、地域というフィールドで学生を育てる「地域インターンシップ」と位置づけている。北海道/小樽というのは、人口減少や高齢化が進行している日本中の地方都市を象徴するいわゆる“課題先進地域”であるが、これは裏返せば学生の教育のための素材がふんだんにあるということでもあり、地域と100年間の信頼関係に裏付けられた、学生を受け入れ育む素地が整っている。その実践教育を行うのに最適な“資源”を活用し、地域の課題に大学と学生が市民との協働で取り組む枠組みがこのカリキュラムの本質だ。

 大津准教授は、企業か地域かという受け入れ先の形態の違いよりも、まさにこの『協働』の枠組みこそが「地域インターンシップ」の特徴だと言う。

 「従来のインターンシップは、この協働という視点が欠けていたように思います。地域とやっていくインターンシップはそれと違って、ある課題に対して両者が協働で取り組む。学生は学生の能力という資源をもって、地域は地域の受け皿でもって、課題解決に共に取り組むパートナーなんですよというのでなければ、持続的でないと思います」

高校から大学卒業までつなぐ「10年支援プログラム」

 小樽商科大の「キャリアデザイン10年支援プログラム」の大きな特徴は、在学中だけでなく、入学前(高校)3年-大学4年-卒業後3年間の合わせて10年間のキャリア支援を一貫した理念で行う点だ。

 「入口戦略は、大学で何を勉強し、社会にどう関わっていくかのビジョンを持った学生を本学が求めているということ。いわゆるアドミッションポリシーですね、出口戦略は、社会にどういう人材を供給していくのかという考え方。その両方にきちんと串を通そうということがあります」(大津准教授)

 「マジプロ」は、10年支援の出口戦略寄りへのアプローチであり、入口側へのアプローチの一つが、2006年度から行われている「世代間交流インターンシップ」だ。小樽商大生と連携校の高校生とが、同じ職場で同じ時期に、一緒にインターンシップを行う。これによって、高校生には「大学生というのはこういうレベルの考え方をするのか」「その先はこういう社会につながっていくのか」と、ある種のキャリアパスを発見させる効果があるという。

 「ミソは、大学生がほんの数日早くインターンシップを開始して、擬似的な先輩・後輩、あるいは上司・部下という関係性を作ることなんです。そうすると、3日後に来る高校生達に対しては君達大学生がコーチしなければいけない、だから仕事を早く覚えてください、という状況に陥るわけですね。これは大学生にも非常に教育効果が高い。高校生と大学生がお互いに学びながら、高大連携の厚みを大きくしていくという取り組みをしているわけです」(大津准教授)

キャリアデザイン10年支援プログラム概要図

入試・学務・キャリアの3課で連携

 小樽商科大学のキャリア教育プログラムは、入試課、学務課、キャリア支援課の3課が支える形になっている。入口戦略、在学中の教学、出口戦略を通貫した「10年支援」に対応した組織構成とも言えそうだ。

 「そういうと完璧にまわっているかのように聞こえてしまうんですが、何であれ新しい教育研究の体制を作ろうとするときには、学内の協力体制が難しいものです。問題は起きて当然という前提で、いかに工夫しながら実践していくか。そういう捉え方がいいと考えています」

 問題は起きて当然。そう言う一方で山本学長は、「私自身は、困難というのは特に感じてない」とも言う。

 「われわれがこれやってくれということではなくて、先生これやりましょうと言ってきた、下から湧き上がってきた活動でしてね。現場では具体的な困難っていうのは当然、随分感じているんでしょうけれど…」

 現場の大津准教授も、それほど大きな問題は起きていないと言う。

 「非常に自由な風土、雰囲気の大学でして、基本的に、自由にやっていることに対してほとんどお咎めを受けない。そういう文化があります」

 学長自らがプランを練り、強力なリーダーシップをもってトップダウンで進めることで成果を上げる大学もあるが、そこは大学のカラーというものだろう。

長期スパンで地域を支える人材を育成

 引き続き「現場の困難」を尋ねてみたが、大津准教授は、同窓会にも小樽という都市にも、みんなで学生を教育しようという雰囲気と体制があり、恵まれた環境だと言う。また、都市のサイズもプラスに働いているようだ。

 「あるゼミで、小樽のラーメン店を全店調べて、ラーメン事典というのを作ったことがあります。全部調べると60店ぐらいあったそうですが、指導した先生が言うには、もしこれが札幌ならとても全店なんてできない。人口約13万人の小樽市というのは、社会科学の実験場としてはちょうどいい規模じゃないかと」(山本学長)

 もちろん「サイズ」だけではなく、地域の信頼関係の形成も非常に重要だ。小樽と小樽商大の関係・距離感だからこそ、何か“トラブルの芽”のようなものがあれば、きちんと情報が入るという関係性が成り立っている。「有り難いことに、小樽商大の学生が小樽の活性化を唱って活動すれば、実際のところかなり『予選免除』なことが多いわけですが、逆に言うとそういうことをあまり良くない方向に利用しようとする大人がまったく居ないわけではありません。そもそもこのようなことも含めて、大学のキャンパスから外に学生を出すのはリスクと言えばリスクに違いありませんが、これを完全に排除して社会人として通用する力を育てる方がむしろ難しいとも言える。つまり『ほどほどの距離感』にある実社会のフィールドに学生を放ち、地域との信頼関係をベースにして『大ケガ』につながりそうなことはきちんと未然に防ぐ、というリスクマネジメントが重要であってこれは大都市圏にある大学では難しいことではないでしょうか」(大津准教授)

 一方で大津准教授は、一見、地域との協働で学生を育てることは分かりやすいしきれいに見えるが、実際のマネジメントはそう簡単ではないと言う。

 「手段と目的というのが、地域と大学とで入れ替わりやすい。つまり、われわれは学生を育てるために地域の課題に取り組ませたい。目に見える成果が出なくても、学生の意識が変わったから、学生のモチベーションが高まったから、教育効果はあった、と判断するけれども、地域の皆さんは、地域の活性化という観点でもっと成果を出してくれと思う。

 こうした食い違いやギャップをいかに埋めていくかが、われわれのコーディネーションと技術でして、これはそう簡単には解決し得ないところがあります」

 一方、山本学長は「小樽商大らしい教育手法として良いものができつつあると受け止めているが、強いて課題をあげるなら、こうやって育てた優秀な学生は、当然企業からも高い評価を得ますので、結果として東京の大手企業に就職し地元に残らないということになりがちなのですね。そのような意味では、もしかすると短期的には地域からの期待に応えられていないかもしれません」というジレンマを指摘した。

 例年入学者の約95%が北海道内出身である一方、卒業生の5割から6割は道外に就職する。地元産業界からは本州への人材流出を批判されることもあるという。

 「ただ、道外に行くのは決して悪いことじゃないと思います。道外に出て、偉くなって北海道小樽の応援団になってくれればもっと力を持つこともあるでしょう」

 道外からの応援の一例として、ふるさと納税制度が始まった初年度、小樽市への納付のうちのかなりの件数/金額が(必ずしも小樽市出身ではない)小樽商大の卒業生だったらしい。

 「若いときには大変ご迷惑をおかけしましたとか(笑)、色々あるのかもしれませんが、そういう関係も本学にとっての大きな財産です」(山本学長)

 それは同時に、卒業生にとって「4年間、いい町に育ててもらった」という財産であり、町にとっても道外各地に持つ「含み資産」であるはずだ。

 「地元の人によく話すのが、大学、特に地方大学というのは、4年間のインターンシップと思ってくれということです。小樽の人と4年間触れ合って色んなことを学んだ学生が、いずれ地域を支えてくれる。それぐらいの長期スパンで評価して頂くと、地域の人材を流出させていく一方だというような非難は受けなくて済むと思います。北海道ですからサケに例えて言うんですけれど、小樽の匂いを身にまとった学生はいずれ故郷の川に帰ってくるんじゃないですかと。長い目で見てやって頂きたいんです」(山本学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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