建学の精神に基づく学びそのものがキャリア教育に/日本女子大学

 文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」は昨年度で終了したものの、就業力育成はますます大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 開始から丸1年が過ぎたこの連載では、文科省の就業力育成支援事業採択校に限らず、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、社会で広く活躍する女性を輩出し続ける日本女子大学を取り上げる。蟻川芳子学長・理事長(以下、学長)と学生生活部キャリア支援課の黒田文子課長にお話をうかがった。

社会進出を建学時から支援

 2011年に創立110周年を迎えた日本女子大学は、「就業力育成」や「キャリア支援」の概念が登場するはるか以前から、相当する人材育成を行ってきた長い歴史を持つ。蟻川芳子学長は、「この課題に対する認識は、創立者の建学の精神に表れています」と言う。

 「女性が社会で働くなどとは考えられていない時代に、女性を社会に進出させようという精神に基づいて創立した大学です。女子を『人として、婦人として、国民として教育する』という方針を掲げました。現代風に言えば『人として、女性として、社会人または国際人として』となります」

 創立初期から、卒業生には各界で女性の道を切り開いていった錚々たる顔ぶれが並ぶ。女性科学者のパイオニアとなった丹下ウメ、日本の家政学を確立した井上秀(第4代校長)、女性解放運動で知られる平塚らいてう。心理学者で戦後参議院議員となった高良とみ。第6代学長も務めた上代タノは新渡戸稲造に師事した平和運動家だ。

 「社会に進出していったこのようなロールモデルが1回生からいるので、それを見て次の世代が自分たちも頑張ろうと奮い立つ、そういう連鎖が創立以来ずっと続いているのです」(蟻川学長)。

 より身近なロールモデルとして、教員の男女比率がほぼ1対1という現状がある。職員は約65%が女性だ。

 「本学は学内保育園も1971年にでき、子どもを預けながら休まず仕事を続けられる職場環境も整っています。私も2人の子どもがお世話になりました。学生はそうして働く女性の姿を常に見ているわけです。そのようなことも、学生への一つのメッセージになると思っています」(蟻川学長)

女子大である日本女子大学の特徴

 男子の学生がいない女子大では、女子学生が何でも自分でするのがごく自然だ。それに加えて日本女子大学では、創立者が学生の自治を重んじたため、学生が自治によって学業と学生生活を営んでいく風土が色濃いという。

 また蟻川学長は、「特に女性は男性よりも協働、人と助け合いながら作業ができる気質を持っているように思えます」と指摘する。学内の日常に協働性を組み込むことを意図しているわけではないが、実験系学科の共同実験をはじめ、家政学や理学系統での実践的な授業など、数人のチームで作業を上手く進める経験には事欠かない。

 「リーダーシップを発揮することも、共同作業をすることも、社会に出てからの就業力につながっていきます。結局は『自治』が大きな力になっていると思います」

 蟻川学長は続けて、「女子だけの環境では、本音で話すことができ、日常生活でもゼミでも、常に本音で話すことができる環境は、女性の能力を開発します」と言う。自分の意見を正確に、ストレートに伝えることの日常的な繰り返しが、社会で必要とされるプレゼンテーション力、コミュニケーション力の訓練になっているというのだ。このような教育環境と就業力との結びつきも女子大の利点の一つというのが、蟻川学長の考えだ。「女子大ではあらゆるところに女性が自立する環境があります。だから女子大には魅力があります、手前味噌ですが」

ベースとなる3つの教育

 日本女子大学のキャリア教育は、教養特別講義、キャリア形成科目、女性のキャリアに関連する副専攻の三つを特徴としている。

 全学部で必修の「教養特別講義」の原点は、創立者自らが手がけた講義「実践倫理」にある。

 「宗教、哲学、文学、社会学、自然科学と、いろいろな視点から講義を行い、人格形成に資するとともに、女性の生き方に示唆を与えるような奥深い講義でした。まさに今でいえばキャリア教育だと思いますね」(蟻川学長)

 現在、「教養特別講義1」は1年次の科目で、夏に軽井沢の学生寮で行われる「軽井沢セミナー」では、日本女子大学の歴史や建学の精神、教育理念・教育方針という自校教育や、大学で学ぶとはどういうことかの意識づけをしている。「教養特別講義2」は2年次と3年次の科目で、「現代女性とキャリア」をテーマに「女性と職業」「家族と女性の生き方」「女性と社会参加」など、六つの柱で講義が構成される。「講師は、卒業生を中心に、男女を問わず様々な分野で活躍している方を学外からお招きしています。女性が働くとはどういうことかをいろいろな角度から学生に示す、本来の実践倫理の講義を引き継ぐ伝統的なキャリア教育です」(蟻川学長)

 「キャリア形成科目」には、「仕事・結婚・わたし」「ライフステージと法」「国際協力・ボランティア論」などがあり、1年次から履修できる。就職して、結婚や出産、子育てを経て、どのように社会に復帰するかということも含めて、男性とは異なる女性のキャリアや生き方を学ぶことが目的だ。

 「女性のキャリアに関する副専攻」は、目白キャンパス(家政学部・文学部・理学部)では、「現代女性とキャリア連携専攻」、西生田キャンパス(人間社会学部)では、「キャリア女性学副専攻」が開講されている。名称や実施内容は二つのキャンパスで多少異なるが、いずれも現代女性としてのキャリア形成に役立つ多様な知識を身につけることを意図している。「卒業時の就職率の良さ、就職後の離職率の低さはこのような徹底した教育環境の賜です」

女性の就業力を開発する日本女子大学のシステム

卒業後も続くキャリア支援

 結婚・出産・育児などによる就業の中断は、女性のキャリアの特徴といえる。蟻川学長は、「女子大学は、卒業したら終わりというのではなく、アフターケアも必要です。生涯にわたって女性が学び、社会で活躍することを支援するのが、女子大学の使命であり意義でもあると思っています」と語る。

 この観点で日本女子大学は、長年「生涯学習」に力を注いできた。まず、1909年に設置された長い歴史を持つ通信教育課程がある。大学に進まずに結婚する女性が多かった時代には「家庭に居ながら教育を受け、年月をかけても学位を取る」という通信教育は、女性の生涯学習としての必要度が高かった。現在は女子の大学進学率が高くなったため、そのニーズは減少しているものの、他大学の法学部や社会学部を出た女性が幼稚園教諭の免許を取りたいなど、資格取得のために学ぶ人が増え、現在約2,000名が通信教育課程に在籍している。

 近年、生涯学習の一環に加えられたのが、離職した既卒者の再教育・再就職プログラムである「リカレント教育課程」だ。文部科学省の2007年度「社会人の学び直しニーズ対応教育推進事業委託」として採択されて同年9月から実施、事業期間終了後は生涯学習センターの下で続けられている。

 春と秋の年2回開講で、受講期間は1年間。各期20人程度の受講生のうち半分以上は他大学の卒業生という。年齢層で見ると、30代から40代が約7割を占める。授業内容は、金融や社会保険等の最新知識、少しレベルの高い英語特訓、ICTの新しい技術など、女性がブランクの後で社会に戻ろうとするときにすぐ役立つものが設定されている。

 「修了時には修了証のほか、履修証明書、成績証明書が交付されます。履修証明書は厚生労働省の『ジョブ・カード・コア』に記載でき、再就職の際に履歴書として使えます」(キャリア支援課・黒田文子課長)

 「再就職のための再教育課程」はさまざまな名称でいくつかの大学にあるが、再就職の支援まで行う点が他大学とは異なる特長だと黒田課長は説明する。

 「学部卒業生の就職を担当するキャリア支援課とは別に、リカレント教育課程で独自に支援していますが、既卒者も可という求人情報などは、キャリア支援課、リカレント教育課程、同窓会組織で共有しています」

 その同窓会組織も、キャリア支援のシステムとして見逃せない。同窓会「桜楓会」の人材銀行の部門は、学部卒業生、大学院修了生への再就職、情報提供に約40年の実績があるという。

 桜楓会の正式名称は「一般社団法人 日本女子大学教育文化振興桜楓会」といい、1903年に組織されている。1回生の卒業1年前という設立時期は、単なる親睦目的ではなく、卒業生の社会進出や社会活動の支援を目的に作られたことの表れだと、蟻川学長は説明する。「設立には大学創立者の強い意向があり、女性が社会に出て働くという建学の精神を実現するものでした。当初は牧場、養鶏、菓子・パンの製造などの事業を行い、労働を重んじ、独立自営を母校の校風に加えようとしていました。昔は女性が働く機会がなかなかなかったので、働く機会をつくることも組織の役割の一つだったのです」

 イギリスには、大学のキャリアセンターが企業と協力してスモールビジネスを作り、職業教育をして就業につなげたり、卒業生を雇用したりという取り組みがある。これが110年前の桜楓会を思わせるのは、大学を出た若者の働く場がない現代のイギリスと、女性の働く場がなかった1903年ごろの日本とで状況に共通性があるからだろう。大学やその関連組織が働く場づくりをしていくのは、社会情勢に応じて必要なことなのかもしれない。

グローバル人材育成を今後の柱に

 将来の方向性として蟻川学長は「グローバル人材の育成」を挙げる。国際人教育を、教養特別講義、キャリア支援プログラムと並ぶ「学びの柱」の一つとして、英語教育の充実などのカリキュラム改革や、国際交流の実践的な場づくりに取り組んでいくと言う。

 「例えば、カリフォルニア大学からの留学生を40人ほど受け入れて夏期の日本語集中講座を開く際、授業のサポートや日本文化を紹介するプログラムの企画・実施役として、学生ボランティアを募集します。学生たち自身、積極的に海外の人たちと交流したいと思っているようで、100人以上も応募があり、選抜が必要なほどです。

 協定校への派遣留学生には、相手校の学費を全額奨学金として支給したり、国際シンポジウム参加なども積極的に支援していますが、それで海外に出る学生は一部ですから、それ以外にもなるべく多くの学生に国際交流の機会を提供することを考えています。そのような経験によって、国際社会で自信を持って活躍できる学生になり、社会に出てからのキャリアに結びつくと考えています」(蟻川学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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