“Smart and Human”な総合大学へ/摂南大学

 摂南大学は、1975年に大阪工業高等専門学校を母体として創立された。建学の精神を「世のため、人のため、地域のために『理論に裏付けられた実践的技術を持ち、現場で活躍できる専門職業人の育成』を行いたい」とする。そして教育の理念を「建学の精神に則り、全人の育成を第一義として、人間力・実践力・統合力を養い、自らが課題を発見し、そして解決することができる知的専門職業人を育成する」とし、一貫して“専門職業人の育成”を掲げている。

 創立当初こそ、工学部のみの単科大学であったが、もともと総合大学を視野に入れており、着々と学部の増設に取り組んできた(図表1参照)。現在では7学部13学科体制となり、総合大学の特長を生かして、社会の多様な要請に応える人材を育成している。

 同大では、いかなるビジョンや課題意識を持って学部増設を重ねてきたのだろうか。今井光規学長にお話をうかがった。

図表1 学部・学科改革の沿革

総合大学に向けた80年代の拡大

 工学部に次いで、1980年代には、社会情勢を睨み、時代のニーズを先取りしながら4つもの学部を立て続けに開設し、5学部体制の総合大学となった。

 1982年に開設された国際言語文化学部(現 外国語学部)は、グローバル化する社会情勢を睨み、国際人の育成を目指して開設された。「国際交流の場で活躍できる人材の育成」を目的に、世界の主要な言語及び文化について総合的な知識を身につけ、歴史、経済、政治などについて、比較文化的視野と国際的視野から教育・研究を展開している。

 同じく1982年には経営情報学部(現 経営学部)も開設している。時代を先取りした新学部の誕生は、当時、関西唯一の存在として注目されたという。伝統的な商習慣から脱皮して経営の近代化やコンピュータ化、国際化などにも対応できる新しい経営者の育成に貢献している。

 翌1983年には「衛生薬学科」と「薬学科」の2学科からなる薬学部を開設している。社会貢献という教育理念に基づいた教育で、薬剤師国家試験合格率全国トップレベルの実績を誇る学部へと羽ばたいた。

 1988年には専門知識を活用できる実務型の人材育成を目指し、法学部を開設した。社会生活の多様化、情報化、国際化が急速に進み、法的諸問題の発生件数も増加する中で、必然的に法学の専門知識を必要とする学生の育成が急務となったことを受けての開設であったという。

 こうした1980年代の学部設置の展開を見ても、総合大学として拡大していくにあたり、建学の精神に基づく明確な展望と教育ビジョンが一貫していることがうかがえる。

経済学部、理工学部、看護学部の狙い

 近年、学部・学科増設を含む大学改革の動きを再び活発化させている。

 まず2010年に、経済学部(経済学科)を開設した(入学定員200名。2013年より220名に変更)。グローカルの視点に立ち、地域と世界の両方の課題に取り組む専門職業人を育てようと、今日の社会でニーズが増大している「地域経済」「観光経済」に焦点を当てている。あえて「地域経済」「観光経済」のコース分けは行わず、専攻として学びの領域を示すにとどめ、幅広い見識と豊かな人間性を持った人材を育成している。数学が得意とはいえない学生にも、入学後のフィールド調査やインターンシップなどを通して実践的な分析方法を学べるよう環境を整えているという。

 同じく2010年には、創立当初より設置している工学部を改組した。理学系に特化した「生命科学科」と、住宅、医療・公共施設などのあらゆる住環境や都市のエコを意識した「住環境デザイン学科」の2学科を新たに増設し、理工学部へ名称変更している。

 さらに2012年には、看護学部(看護学科)を開設した。総合大学のメリットを生かし、既存の薬学部や理工学部生命科学科とのシナジーを期待した「薬に強い看護師」の育成を目指している。地域の医療と連携し、一層の発展が見込まれる高度医療に対応できる教育・研究体制の充実を図っている。

 看護学部で必要とされる人間性、奉仕精神、倫理観は、同大学全体としても非常に大切にし、尊重してきたという。収支以上にその意義に着目し、入学定員100名に対して40名を超える教員をあてている。全くの新設であったため、教員は学外から新規採用され、就任予定者をはじめ薬学部の教員も設置準備に参画し、協力し合って看護学部を開設したという。

学長室企画課を中心に推進

 学部の開設にあたっては、学長室企画課が学内のシンクタンクとして中心的な役割を担っている。具体的には、企画立案を行い、マーケティングなどから分野や名称を考え、教員や関係部署とも協働・協力しながら、教育の中身を決めていく。

 分野においては、急激に変化する社会でどういう分野が必要なのかがポイントとなる。「総合大学といえるためには、人間の様々な活動の範囲をできるだけカバーできるようになるべきだが、それまでの5学部体制では十分ではなかった」と学長は当時を振り返る。

 また、建学の精神や教育の理念といった「想い」を生かしながらも、そこには当然ながら、受験生の確保という狙いがある。

 同大では、1990年代には志願者数が2万6000人を超える年もあったが、年々右肩下がりの傾向が見られるようになり、2007年には9000人を割る事態となったことも大学改革を加速させるきっかけになったようだ(図表2参照)。

 さらに、学部を開設する際に問題となることの一つに、その名称をどのようにするかという点がある。学部で扱う内容を少しでも多く網羅して伝えようとした結果、どのようなことを学ぶことができるのかが逆に不明瞭となるケースが近年みられる。しかし同大の学部名称は、極めてシンプルで伝統的である。2010年には既存の経営情報学部を、経営学部に名称変更するなど、あえてシンプルにしていることがうかがえる。

 その理由には「就職の際や社会全般での“とおり”を意識し、大学で学生が何を学んだのかを広く認知してもらえないようでは困る」といった考えがあってのことだという。「大学がつけたい名称ではなく、社会から見て分かる名称を優先させたい」とのことだ。

図表2 志願者数の推移(合計・学部別)

開学40周年に向けた中期計画ビジョン

 摂南大学では、開学40周年に向けた「中期計画ビジョン」を2011年11月に策定した。学部設置の展開からも分かるように、明確な展望やビジョンは創立以来一貫して有しているが、こうした形でまとめたのは初めてのことだという。

 「何より大事なのは、ミッションにあたる経営理念と教育の理念です」と学長は語る。理念を実現するためにこそ、全経営資源をつぎ込むべきで、理念を忘れ、ただ教育が充実してさえいればいいというわけではないという考え方だ。

 経営理念には「四位一体」を掲げ、「学生・生徒」「保護者」「卒業生」「教職員」を一つの「家族」(絆)ととらえた経営を行うことで、全員が一丸となって多くの優秀な人材を世の中に送り出し、社会と学園(学校法人常翔学園)の永続的な成長と発展を目指している。「面倒見のいい大学」として知られる同大学であるが、それはこうした理念がいたるところに自然と根付いているからこそであろう。

 その一方で、教育の理念には「自律した人材の育成」を掲げている。面倒見のいい大学から変革し、「自分で自分の面倒をみる(=自己を律する)ことができる人材に育てたい」との思いがあるという。

 こうしたミッションを具現化するために、中期計画として「5カ年実行プラン[2011-2015年度]」を定め、ビジョンにあたる「大学力」「実践力」「連携力」ごとに、具体的な施策を位置づけている。

 こうしたミッションを具現化するために、中期計画として「5カ年実行プラン[2011-2015年度]」を定め、ビジョンにあたる「大学力」「実践力」「連携力」ごとに、具体的な施策を位置づけている。

Smart and Humanの精神

 摂南大学ではSmart and Humanをタグラインとし、中期計画でもその精神をふまえている。

 「賢明な」という意味を持つ“Smart”。この言葉は、全学部・部署が緊密に連携して強力且つ柔軟な「知のネットワーク」を構成し、人類がいかに持続可能性を確保するかという地球規模の課題の解決に取り組む姿勢を表しているという。「大学改革を進めるにあたり、多くの教職員からの理解を得られるよう、時間やエネルギーをかけて説得を重ねている」と学長は言う。その甲斐あってか、当事者意識を持って、お互いの職種を理解しながらの教職協働がうまくなされている。

 また「人間的な」という意味を持つ“Human”には、コミュニケーション、法令遵守、奉仕精神など「人と人との絆」を何よりも大切にするという思いが込められている。過去の歩みを振り返り、創立以来受け継がれたものを大切に守りながら、社会の動きを洞察し、今大学に何が求められているかを検証して紡ぎ出された言葉だという。

 Smart and Humanの精神は、課題解決に対するアプローチとして、インターンシップやPBL型学生プロジェクトの充実度からもみてとれる。同大では、現在のように多くの大学が取り組む前から、就職課の積極的な開拓のもとでインターンシップを推し進めてきた。春期休暇を利用し、約3週間アメリカの企業などで就業体験を行う「海外インターンシップ」や、連携先である藤田観光(株)が運営するホテルなどでの長期インターンシップも実施している。PBL型学生プロジェクトも盛んに展開されており、2012年度は「過疎地域を大学生の力で活性化するプロジェクト」など11のテーマを設定し、多くの学生が活発に参加しているという。

 こうしたオフキャンパス型の取り組みは、学部を横断する形で、今後ますます広がりをみせていくだろう。大学側から連携先を開拓し交渉を重ねることで、経済学部では、前述の藤田観光や地元プロ野球球団のオリックス・バファローズとの連携協定を結んでいる。それは「現場で活躍できる専門職業人の育成」を謳う建学の精神につながるものであり、現場をよく知る人からの実践的な学びにほかならない。その指導は厳しく徹底的な場合もあるが、学生の元気ややる気を高めることにも一役買っているという。

課題を毎年の学長方針に落とし込む

 近年の大学改革の成果は、学生募集にも表れている。2007年を底として、その後の志願者数は順調に伸びており(図表2参照)、2012年には1万8000人を超えている。一般入試の志願者数だけみても1万2000人を超えており、関西地区では、いわゆる“関関同立・産近甲龍”に次ぐ数となった。これほどの人気は初めてで、「ブランドとしても一つのポジションを確立しつつある」とのことだ。にもかかわらず、「受験生に対する広報は苦手とするところで、『ちゃんとしているのに見えてこない』と評されるほど」との課題意識を学長は持っている。

 ほかにも「(5カ年実行)プランに縛られすぎていることが課題。資金や人も限られる中で、優先順位を整理して、創意工夫をしていかないといけない」と現状を冷静に分析する。

 こうした課題に対応すべく、計画を必要以上に固定せず、毎年の学長方針で最重要課題を設定し、計画の調整をしているという。2013年は5カ年実行プランの折り返しの時期でもあり、振り返るのにもちょうどいい年である。例えば、入試アドバイザーをおき、相談会や高校訪問といった対面型の広報をメインにこれまでも進めてきたが、徹底した「見える化」と「見せる化」を行うことにより、ブランド構築とUSR(大学の社会的責任)の推進をはかることを、2013年の学長方針の一つに挙げている。関西地区でのポジションを上げるだけでなく、中四国地区も視野にいれていくという。

 ほかにも、「グローバル人材の育成強化」「連携力の強化」を2013年の学長方針として挙げ、2011年に策定した計画を柔軟に調整しようとしている。今後の学部の設置・再編などに対しても、その影響がみられるかもしれない。

 摂南大学では、いずれの学部でも、社会が求める「現場で活躍できる専門職業人」を育成するため、少人数制や実践を通じた学習を徹底し、学生一人ひとりに向き合い、志向や適性に応じて個性を伸ばす姿勢を貫いている。建学の精神を体現し続けた成果は、時代・地域貢献型の教育機関としての実績につながっている。

 総合大学への進化も、時代や地域のニーズに応えるとともに、学生の可能性を広げることを目指した結果であろう。学生を第一に想い、「四位一体」で「自律した人材の育成」を目指す姿勢は、学長と職員の会話やキャンパスの雰囲気全体からも十分に伝わってきた。

 「総合大学といえるためには、一つの有機体である以上、学部の数を増やしてもそれぞれがバラバラに広がるだけでは…」との学長の意気込みが耳に残る。7つの学部を持つ大学となった今、学部間の連携を一層強化し、各学部で独自に取り組む教育やプログラムの重複を整理するなど、一つの有機体としての摂南大学のさらなる進化に期待したい。


(望月由起 お茶の水女子大学 学生支援センター准教授)


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