高い就職率を支える地域連携と学内協力/福井大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、各種の大卒就職率ランキングで常にトップランクに位置する福井大学で、教育地域科学部・工学部の2学部がある文京キャンパスでの取り組みについて、寺岡英男副学長、岩井善郎副学長にうかがった。

就職に強い大学

 福井大学は「複数学部を有する国立大学において5年連続1位」「卒業生1000人以上の国公私立大学で2年連続1位」(大学通信調査「全国240大学就職率ランキング」)と、全国トップレベルの高い就職率を誇る。しかし、就業力育成や就職率改善を目的とした取り組みをしてきたわけではない。

 前工学部長・工学研究科長の岩井善郎副学長は、「今工学教育はいかにあるべきかという根本からの取り組みによって、結果としてこうなった。ぜひそのようにご理解いただきたい」と言う。理事(教育・学生担当)の寺岡英男副学長も、「義務教育の子どもたちに今どんな学びが必要なのか、そのために教員にはどんな能力が求められるか、試行錯誤してきた結果です」と口を揃える。

 学士力の再構築に地道に取り組んできた履歴は、文部科学省の各種GPの採択実績にも表れている。GP(Good Practice:大学教育改革の推進のための支援プログラム)が始まった2005年度から2012年度までに、単独申請での採択だけで16件(医学部も含む)にのぼっている。

地域や学校現場と連携した教員養成

 教学改革は、座学だけでないアクティブラーニングの導入を軸に行われてきた。2学部ともに達成目標が明確な学部構成のため、導入はしやすかったという。

 教育地域科学部の場合、きっかけは90年代前半、教育実習の見直しだった。教員養成課程では一般的に、3年次で約1カ月の教育実習を行うが、「学生にとって非常に意義があると同時に、中途半端なものでもあります」と寺岡副学長は言う。そんな問題意識から、1年ぐらいのロングスパンで子どもたちに接し、学生自身が学習を組織するアクティブラーニングが企画された。ちょうど学校週5日制への移行期で、土曜が休みになった子どもたちを公開講座として大学に集め、小中学校のカリキュラムではできない学習をしてもらうプロジェクト「探究ネットワーク」が立ち上がった。特定のテーマについて1年かけて持続的・探求的に取り組むもので、いわば、2000年度から段階的に全国で導入された「総合的な学習」の先駆けともいえる。

地域社会と協働したカリキュラム

 2003年度には「地域と協働する実践的教員養成プロジェクト」としてGPに採択され、現在は学校教育課程で必修化されている。ただしこれは、単に福井大学生の能力形成のみが狙いではない。小中学生に、これからの社会を見据えた新しい能力をつける取り組みでもある。

 「今子どもたちには20世紀型とは違う能力が求められていると思います。大学生に求められている社会的な基礎学力・基礎能力と通じるところがありますが、それらを形成するためには、1時間目国語、2時間目理科、といった細切れのカリキュラムで活動が寸断され、持続的・探求的な学びの機会が保証されていない点が問題だと考えました。私たち研究者にとっても、従来の学習指導要領に基づく学びやカリキュラムのあり方を超える、新しい学校のスタイルの探求でした」(寺岡副学長)。

 地域をフィールドとした他のアクティブラーニングとしては、不登校の子どもたちに学生が対応する「ライフパートナー」という独自の取り組みもある。地域からの絶対的な信頼を受けて「探求ネットワーク」と並ぶプロジェクトに育ち、文科省もモデル事業として注目した。

 また、大学の教員と県内の学校との共同研究も、地域あるいは学校現場との連携を重視した活動といえる。

 「研究主任クラスの現職の先生に大学院に入学してもらい、しかも、学校現場を離れて大学院に通うのではなくて、大学の教員のほうがその学校に出かけて行く。そこに学部卒で進学した若手の院生も加わりながら、授業やカリキュラムの改善、あるいはそれを通しての学校改革について、単発的ではなく数年にわたって、協同でやっていく仕組みをとっています」(寺岡副学長)

 「学校を拠点に教員の協働実践力を培う大学院」として2005年度にGPに採択され、その後は教職大学院で継承・発展されてきたが、地域や学校と結びついた形の教員養成は、学部レベルの改革にも取り入れていきたいという。

 一方、工学部の改革の端緒は、数学・物理・化学などの基礎教育だった。

 「基礎教育を担当している先生方が、委員会のような堅苦しいものではなく、懇話会形式で自由に意見を述べ合い、その中から基礎教育科目の授業改善が自然発生的に上がってきたのが、スタートになりました。

 座学だけではなく、より実学的で実践的な、創造的な行為は何だろうというのが次のステップ。そこで学科・学年の枠を超えた少人数グループで、学生主体で課題解決に取り組む『統合型体験学習』の科目を立ち上げました」(岩井副学長)

 そうしていくつかの核ができると、空いているところが見えてきたのでそれを埋めていったという。例えば、学部では様々なアクティブラーニングがあるのに、大学院が座学だけ、あるいは研究だけで終わっていいはずはない。いわゆるMOT(Management of Technology:技術経営)教育の必要性が見えてくる。

 「そうして今、高大連携・初年次教育から大学院の博士後期課程まで、全て一貫したポリシーで工学教育が成り立っている形になりました」(岩井副学長)

 改革のプロセスは、常に地域と密着して進められてきた。この地域の極めて高度な技術集積は、工学部にとって大事なポイントだったと岩井副学長は言う。「中京東海地区のように、技術力の高い大企業が密集しているのとは違いますが、世界トップレベルの技術力を持った中小企業が、眼鏡枠とか繊維とか、この地域には数多くあります。そういう中で、地域との産業のコラボレーション、産学連携・産学協同研究には、早いうちから取り組んできました」。

夢をかたちにする技術者育成プログラム

高い就職率を支える学内協力体制

 工学部では、基礎科目の教員の協働がスタートだったし、教育地域科学部の試みも、数名の教員による半ば自主的な公開講座の形で始まった。福井大学の取り組みは、教員同士の協力体制と「下からの」改革が印象的だ。

 学内の協力体制についていえば、就職活動支援の面では、就職支援室の働きが欠かせない。学部・学科ごとの就職担当教授による企業への推薦・紹介や、自由応募で就職を決める学生も多いが、「能力はあるけれどもサポートを必要とする学生」は、面談指導も含めて就職支援室がサポートする体制をとっている。好調な就職実績のベースは学士力の再構築によるものだが、就職支援室の「最後の一押し」がランキングを押し上げる。就職支援室長の大橋祐之氏は「本学の場合、1人就職すると約0.1%就職率が上がります。就職率ランキングの上位は僅差ですから、そこの数人の差、0.1%の積み重ねで1位になったと思います」と言う。もちろんそれはランキングを上げる目的ではなく、一人ひとりの学生に目を向けた「最後まで諦めずにこの学生をなんとかという教員の思いが就職支援室に伝わり、就職支援室の取り組み姿勢が学部の教員に伝わり、という相乗効果」(岩井副学長)なのだ。

量より質の追求

 「就職率ナンバーワン」は確かにひとつの看板にはなるが、今後は「量より質」をいっそう追求したいという。

 例えば採用した企業による「責任感」「誠実さ」「やる気がある」などの評価。集約すると「安心していろいろ任せられる人材」なのではないかという。あるいはまた、早期離職率の低さ。過去3年間、卒業生が1人でも就職した企業へのアンケートで約200社から回答を得たところ、3年以内の離職率は8%だった。全国平均の30%と比べて格段に低い。

 教学上の今後の展開として、工学部を中心に進んでいるのが2012年度「グローバル人材育成推進事業」だ。

 「工学系が主体となってグローバル人材育成推進事業に採択されたのは、国立大学では福井大と東工大と山口大、この3大学だけです。工学系のグローバル人材とは何かというのを、採択校の事業を通じて定義づけをして、育てるべき人材像を明らかにして具体的にカリキュラムを作り上げていくのだろうと思います」(岩井副学長)

 そこで福井大学の強みとなるのは、やはり地域との結びつきだ。「地元の中小企業が、ベトナム、マレーシア、タイなどに進出している現状で、こんなエンジニアが必要だ、大学ではこんなマインドを持つ人材を育てる教育が必要ではないか、みたいなことが、われわれの肌に感じられる。それがグローバル人材育成推進事業につながっていくんです。

 カリキュラムの中に、産業界の意見を積極的に取り込んでいきたいと考えています。言われたことをそのままやるということではなく、地元の産業界の人たちが、今まで大学で改革を進めてきたカリキュラムに対してどういうふうに考えておられるかを取り込んで、見直し改善を進めていくことによって、より実践的就業力の高い学生を育てられると思っています」(岩井副学長)

 寺岡副学長は、教育・学生担当理事として大学全体の教育改革に取り組む立場から、今後の課題は全体のマネジメントだという。

 「例えばグローバル人材育成推進事業に採択されて、海外インターンシップや英語学習の時間数を増やしたい。近年GPを中心に取り組んだ各種の成果も、できるだけカリキュラムに組み入れたい。ところがそうすると、様々なものが大量に、カリキュラムという皿の中に入ってくる、入りきらないわけです。これを単位の実質化と学生の学修時間の確保増大という観点でどうやって再構成したらいいのかが、大変大きな課題だと思っています。

 とはいえ、社会で求められている力が身につくカリキュラム実現は本当にやらなければならない。その中で、狭い意味でのキャリア教育とか就業力とかではない、本当に大学生としてふさわしい基礎的な知識と技能を形成させたいということです」(寺岡副学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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