教養教育の再生から始まる地方国立大学の教育改革/長崎大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、国際社会のリーダーを育てるために教育を大胆に変えるという「教育改革宣言」を行い、戦略的な取り組みを続ける長崎大学で、片峰茂学長にお話をうかがった。

地方大学としての教養教育

 長崎大学が教育改革の目標に掲げた「国際社会のリーダー育成」は、産業界はもちろん日本の社会全体が求める、ある種の就業力育成事業と考えられる。片峰茂学長はさらに「東京ではなく地方がそれを育てるのがキーワード」と強調する。

 長崎大学は昭和24(1949)年に新制大学としてスタートしたが、その前身は旧制長崎医科大学、長崎師範、長崎高商といった専門学校だ。このため、開学時5学部、現在8学部を持つ総合大学でありながら、理学部、文学部、社会学部、法学部がいずれもないという独特の学部構成になっている。

 「さらに97年度には、教養教育を担っていた教養部がなくなりました。教養部の教員は、同時にできた環境科学部を含む各学部に分散されましたが、その教員が辞めると各学部の専門教員に置き換わり、リベラルアーツや数学・物理などベーシックなサイエンス分野の人が減ってきました。その意味でも、『リベラルアーツと言われても、教える人がおらん』という状態でした」

 教養教育はすべての学部の教員がイーブンに負担することになり、名称も「全学教育」に変わった。「それで10年ぐらいやったのですが、学生の満足度も高くはなかったし、僕がいた医学部でまわりの先生たちを見ても、本気で取り組んでいるかというとクエスチョンマークもありました」と片峰学長は振り返る。

 こうした「反省」もさることながら、社会の要請に応える人材育成を行い、地方の国立総合大学としての基盤を再構築するという「前向き」の問題意識が教育改革宣言への出発点だったという。

 「中教審では『学士力の保証』という話が出てきた。知識の量ではないという、グローバル人材概念のはしりですよね。やはり、学士力のベースになる教養教育はきちっとしないといかんと。しかし、具体的に考えていくと、東大・京大・九大のような、文学部等々、あるいは教養学部がある大学と同じものは作れない。長崎大学モデルの教養教育を作ろうというのが1つの結論でした。

 もう1つの結論は、そうは言っても、責任を持って、あるいは中核となって、新しい教養教育を作り上げていく教員集団が必要だということ。これは新学部構想にもつながっていきます」

モジュール方式の導入

 2011年度に策定された「長崎大学 学士教育改革 元年」には、大きく3つのラインで取り組み内容が示されている。第1のラインは、世界レベルで活躍する学生を育てる教育そのものである「世界標準学士課程教育創生」だ。

 「このライン上に、『21世紀型学士課程教育=アクティブラーニングによる主体的学修力の涵養』というものを考えたわけです。ただ全体を一挙にやることはなかなか難しいので、学長主導でまずは教養教育改革をやって、それを専門教育に波及させようという戦略です」

 すでに2012年度から実施されている大きな柱が、「全学モジュール」と名づけられた教養教育だ。6~7科目をまとめて「モジュール」とし、学生は1つを選択(学部によって選択できるモジュールは異なる)して、1年次の後期から1年半にわたって受講する。各科目にはアクティブラーニングの手法が積極的に導入される。

 「モジュールには色々ありますが、例えばアメリカなどのカレッジでいうサブメジャーに近い考え方で科目をまとめたタイプがあります。経済経営系の科目をまとめたモジュールを医学部の学生が取れば、経営に明るい医師が育つというイメージです。

 テーマに関連する学際的な科目群を入れ込んだタイプもあります。分かりやすい例としては、『核兵器のない世界を目指して』というモジュール。核爆発や核分裂についての物理学的な科目もあれば、国際関係論の中で核兵器とは何かという科目もある。長崎の被ばく者は何を考えているのか、被ばくの健康影響なども学ぶ」

 全学モジュールには、全教員1000人弱のうちの約200人が各学部から参画している。この200人の教員を、片峰学長は「教育改革のコアとなる教員集団」と見込んでいるわけだ。

 全学モジュールの授業開始から約1年の現時点では、E-learningの利用時間・回数が学生・教員ともに飛躍的に伸びたり、アクティブにディスカッションする工夫がしっかりとされているモジュールは2年目の受講希望者数が増えたりと、好影響といえそうなものもあるが、まだ学生も教員も戸惑いのほうが大きいようだという。

 「モジュールあるいは科目ごとに学生の成績分布が大きく違うとか、学生の満足度に大きな差があるとか、やってみてわかった課題を、一つひとつ検討し、着実に修正している段階です」

長崎大学 学士教育改革 元年(2011年度策定)

ドライビングフォースとしての新学部

 2つめのライン「国際レベル語学力創生」は、グローバル人材育成に欠かせない語学力(英語力)強化だ。2012年度からは、学部ごとにTOEIC®テストの目標値を設定して、入学から卒業まで4年間一貫した英語教育を行うことになった。一貫教育のマネジメントをする組織として「言語教育研究センター」を新設するとともに英語の教員を倍増、IT学習システム「CALLシステム」も導入された。

 3つめのライン「世界標準学部システム創生」は、秋入学、学長主導の人事システム、授業の英語化、教員の多国籍化など、学部の仕組みそのものの改革を指す。2014年度開設予定の新学部「多文化社会学部」で先行的に導入し、既存学部に拡大していく戦略だ。

 「学士教育改革に大学全体で断固取り組まねばならん、となったときに、学部を新設してロールモデルとなる人材を作るというのは、非常に効果的なわけです」と片峰学長は言う。「長崎大学教育改革の、ドライビングフォースとしての新学部という観点」というわけだ。

 学部新設のもう1つの観点は「長崎大学が他の大学と差別化され、光り輝くために何が必要か」だと言う。長崎の特性といえば、日本の西端にあり、大陸とも近いという地理。そして、幕末の出島などの国際交流、原爆被ばくといった歴史。それらと真正面から向き合えるサイエンスとして人文社会科学系が選ばれ、長崎の歴史や地政に根付くオランダと中国、それに、長崎大学が熱帯医学研究所を中心にケニアなどで長い活動実績を持つアフリカを加えた3つをキーワードに、2014年度新設に向けて「多文化社会学部」の計画が出来上がっていった。

 全面的なアクティブラーニング、海外留学はほぼ必修、教員の多国籍化、講義の半分は英語、正課の授業を1年次の後期に開始する準秋入学制、徹底的な英語力強化を中心とする入学から半年間の「トランジション・プログラム」。教育改革のモデルケースにふさわしくこれらの要素が盛り込まれた新学部は、グローバル人材育成、学士力保証、学修時間の確保・増大など、「文科省の高等教育局が望む改革要素がほとんど入っている」ものになった。そのため、「長崎大学教育改革のドライビングフォースと位置づけてきたものが、今では日本の国立大学改革のドライビングフォースという位置づけに変わっているんですよ」と片峰学長は言う。

意思決定のプロセスを改革

 学長が主導する改革の過程では、ときに「(学長の表現によれば)強行突破」もあったというが、一方で、それほど大きな困難はなかったとも学長は言う。「というのは、学長に就任して最初に、案件ごとに学長室にワーキンググループを作るという、大学としての意思決定システムを作ったんです。学内外から人選した、オーソライズされた企画立案のコミッティーから出された答申を受けて、学長が提案する。学長の個人的な考えではなく、学内外の視点で検討されたものという形で提案するわけです」。ワーキンググループの設置、人選、答申などは常にオープンにされる。このプロセスを踏むことで、比較的スムーズに改革を進めることができたのだろう。

 それでも残る最大の困難として、片峰学長は「教員の皆さんの意識改革」を挙げた。

 「組織の1割か2割が頑張れば何とかなると企業などではいわれているでしょうけれど、大学の教育はそういうわけにいきません。学生にフェイストゥーフェイスでやっていただく先生全員、同じレベルでやっていただかないと。新しい学部の先生たちだけが頑張って、後の人たちは知らんぷりとかいうのでは困るんですよね」

課題は改革の継続

 「国際社会のリーダー育成」は、卒業生が社会に出て行く数年後以降に成果が問われるが、英語力があり、海外経験を積み、専門教育も身につけた学生となれば、就業力という意味では十分だろう。片峰学長も「それは企業には就職できますよ」と自信を持って言い切る。

 「だけどそれだけではなくて、国内外の大学院にも進んでほしいし、国際機関、国際NGO、あるいは大学などの研究者・教育者として頑張る人材が、1割とか2割とかは出てほしい。そうでないと、国立大学としてはどうなのかという話ですよね」

 片峰学長は、「僕がやったのはおそらく、『とんがった部分』を作ることだったんです」と自らの役割をまとめたうえで、今後についてこう語る。

 「モジュール型の教養教育や新しい学部が、長崎大学の個性として光っていくだろうという確信はあるんですけれど、それにどう魂を入れていくか、あるいはどう継続して成果を出していくかを考えていく必要があるでしょう。

 こういう根源的な改革は、すぐに成果が出るものではないし、そもそも何を成果というのかも難しい。ただ、大学自体がアクティブになることは大事で、『何か動いている』というその雰囲気が、幸い、今の長崎大学にはある。僕はそれがプラスに働いて、この改革は進んでいくと思います」


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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