実社会で必要な力を育む 「興動館教育プログラム」/広島経済大学

 2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索する中、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

 この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

 今回は、10年近く前から「人間力」の開発に取り組み、独自の「興動館教育プログラム」を実施してきた広島経済大学で、前川功一学長と友松修氏(興動館課長)にお話をうかがった。

多人数教育の変革

 広島経済大学が「『ゼロから立ち上げる』興動人の育成」を教育目的に掲げ、その核となる興動館教育プログラムを開始したのは2006 年度のこと。翌2007 年度に教授として赴任した前川功一学長は、「スタートした直後でしたので、興動館に関わるスタッフや学生は一所懸命やっているけれども、まだ全学に浸透していないなというのが、率直な印象でした」と語る。「2008年度に学長になり、この非常にユニークなプログラムは、一部の学生、教職員だけではなくて、全学に広める必要があると思ったんですね」(前川学長)。

 「興動館」の構想は、遡って2004年度に石田恒夫理事長(当時学長)が立ち上げた少人数の「新しい教育プログラムを考える会」から始まった。並行して、教育改革を総合的に議論する「カリキュラムコーディネート委員会」(以下、CC)も編成された。

 「CCは、人間力開発の興動館教育プログラム、基礎知識開発の学科科目・共通科目、プレゼンテーション能力開発およびゼミを『3本柱』として、「『ゼロから立ち上げる』興動人の育成」と位置づけることとしました。従来の講義やゼミについてもあわせて改革して、2006年度以降の全学的な教育体制になっています」(前川学長)

 「新しい教育プログラムを考える会」やCCの一員だった友松修氏(興動館課長)は、当時の課題認識をこう語る。

 「社会科学系の大学が、多人数のいわゆる大箱での講義主体の従来の教育で、本当に社会に合った人材を育成できているのかという問題意識がありました。座学だけではなく、経験とか実践とかを積ませなければという観点で、1年間議論を重ね、2005年の5月には興動館準備室を立ち上げました」

興動館教育プログラムの全体像

プログラムを支える教職協働体制

 「興動館教育プログラム」は、「興動館科目」と「興動館プロジェクト」の2つの柱からなる。

 「興動館科目」では、「人間力」を構成する「元気力」「企画力」「行動力」「共生力」の4フィールドに、対話やプレゼンテーション、実体験を重視し、学生の自主性、可能性を引き出す教育手法を取り入れた計31科目38クラス(2013年度)が配置されている。

 「興動館プロジェクト」は、国際交流・社会貢献・地域活性・経済活動等の分野において、学生が主体的に企画、交渉、予算管理、準備・実行、報告・発表等の全般について取り組むもの。2013年度は19プロジェクトが認定され、活動した。

 「興動館プロジェクト」のあらゆる局面で学生を指導・サポートするコーディネーターは、教員だけでなく職員もその任に就いている。また、コーディネーターの統括やプロジェクトの審査を行う「プロジェクトセンター」も教職協働によって成り立っている。

 広島大学から転じた前川学長は、広島経済大学の職員の積極性や、教職の分け隔てのなさに驚いたという。どんな委員会でも職員がいるのが当たり前、そこで職員が教員同様に発言するのも当たり前、という。

 「例えば、CCの30人は、教員と職員が半々ぐらい。教育問題の議論ですけれど、職員もよく発言するし、教授、理事長も含め、率直な意見交換が行われています」(前川学長)

 「委員会では、どの様な意見が出ても『恨みっこなし』と最初に確認します。また、委員に限らず誰でも自由にオブザーバーとして入れる環境もあります」(友松課長)

 興動館教育プログラムをはじめとする教学に関することや学生指導はもちろん、研修から歓送迎会、忘年会まで、あらゆることを教職員が一緒になってやるという。そのような気風は、「和を以って貴しと為す」という建学の精神からきており、開学当初からの伝統であるらしい。

プログラムを支える教職協働体制

 18歳人口の減少に伴い、広島経済大学のような中小規模の地方大学は、定員確保が難しくなる傾向にある。「本学も、入試の合格ラインを下げれば確保はできるのですが、2013年度から定員確保を第一目標にするのは止めて、ボーダーラインを上げました。その結果、予想どおり定員割れになりました。しかし、それをしばらく続ける覚悟でやることにしています」(前川学長)

 また、2008年度からは入試改革の一環として、入学後の興動館プロジェクトを必須とするAO入試を始めた。全体説明・一次面談にエントリーし、興動人の人材像や興動館プログラムなどの説明を聞いた上で出願、小論文と二次面談で選考、という流れで、今年度はエントリーが52人、志願者が24人、合格者6人だった。

 一連の入試改革後に入ってくる学生に対する教育のあり方について、「基礎学力のある興動人育成」をテーマに第2次CCが始まり、現在「国語力」「英語力」の2つの改革案の骨子が固まったところだという。

言わば改革特区のプロジェクト

 「『人間力の開発』を10年ぐらい前から考え始め、正式にカリキュラムがスタートしてから8年目ですが、今どこの大学でも似たようなことをやり始めているので、マラソンに例えれば、先頭を独走していたのが、だんだん先頭集団に飲み込まれてきたようにも思うんですね。

 一方で、簡単には抜かれないと思うのは、興動館という建物があり、6人の専任職員がいて、年間2500万円のプロジェクト費があるという点です」(前川学長)

 施設も人も金もつける、それはいわば、「改革特区」だと前川学長は言う。

 「組織としては学部外に置き、施設はキャンパスから600メートルぐらい離れた別の敷地に建てています。大学の中で何か新しいことをやろうとすると、なかなかうまくいかない。いっそ外でやるべしと、理事長はそういう発想だったと聞いています。外のほうが活躍すれば、内部も活性化するだろうと。そして、長い目で見れば、改革特区だけの特例だったことが普通になっていくわけです」(前川学長)

プログレスシートで検証

 「興動館教育プログラム」の評価は、2008年度、2009年度に経済産業省「体系的な社会人基礎力育成・評価システム開発・実証事業」に採択されたのを機に、「社会人基礎力」の定義を取り入れ、学生の成長度を定量的に評価するシステムを構築・実施している。「プログレスシート」に事前と事後の自己評価を学生が記入し、レーダーチャート化して、成長が一目でわかるようになっている。ただ、この評価システムは興動館教育プログラムに参加した学生だけが対象なので、参加していない学生との比較はできていない。

 定性的には、個々の学生の成長は実感されているという。「例えば『カンボジア国際交流プロジェクト』。3年前に行程の一部に同行しましたけれど、そのとき1年生だった女子学生が今リーダーになって、70人規模のプロジェクトを率いています。まあよく成長したなと思いますね」(前川学長)就業力という面で、企業からの評価はどうか。

 「興動館プロジェクトに参加した学生は面接で目立ちますからね。それで採用された学生も出てきたと聞いています。体験に裏付けられていますから、話をすると非常にしっかりしている。説得力が違います」(前川学長)

 「ただし、プロジェクトをやったからそれだけで就職に有利というのはない。面接で目を引くのは、本気で取り組んだ学生だけです」(友松課長)

全学生に『興動人教育のシャワー』を

 興動館教育プログラムに参加する学生は現在、「科目」が約1000人、「プロジェクト」は約450人。前者は全学生約3600人の約4人に一人、後者は約8人に一人にあたる。前川学長は、「着実に浸透してきてはいますが、まだまだ少ない」と言い、参加者を増やす方策を議論しているという。

 興動館プロジェクトに採択されるには、厳しい審査を乗り越えなければならない。「公認A」なら最高1000万円、「公認B」で最高500万円の予算を獲得し、1年の時間を費やすのに見合う厳しさではある。その一方、参加者が少ない一因とも考えられることから、審査を最小限にした小規模の「入門プロジェクト」を2011年度から制度化した。成果次第、学生の意欲次第で公認・準公認プロジェクトへの格上げも可能な仕組みだ。これを始めたことで、参加する学生も、関わる教員も増えたという。

 「プロジェクトというのはかなりお金もかかるし、学生も時間を取られるし、相当意欲が高くないと続かない。だから、今より増やしたほうがいいのは確かだけれども、倍の規模にする必要はないと考えています」(前川学長)

 前述の通り『ゼロから立ち上げる』興動人は『3本柱』で育成することになっており、興動館教育プログラム参加者数を増やすことが興動人育成を全学に広げる唯一の方法ではない、と前川学長は考えている。「1年後期の、学問というか勉強の仕方入門という位置づけの『入門ゼミII』という科目を、『興動人入門ゼミ』のように変えて、興動館プロジェクトの間口を広げる試みをしてみたらどうかということを、検討しています」(前川学長)

 半年2単位にすぎないが、全ての学生にそこを通過させることによって、興動館教育について知らせる効果がある。今まで興動館に携わっていない教員側にも浸透することを期待しているという。

 「さらに、興動館科目を受講したり、プロジェクトに参加しなくても、全学の学生に『興動人教育のシャワー』を浴びせる感じで、興動人とは何かという教育をしたいとも考えています。普通の講義やゼミの中でも、例えば先生方が、自分はこうやってゼロから立ち上げたという経験談をするとか。そのような形でも興動人精神が伝えられるのではないかと思い、それを言い始めたところです」(前川学長)


(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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