反転授業を使った入学準備教育で主体的学習者を育む/帝京大学

 大学教育において「反転授業」がにわかに関心を集めている。あまり聞き慣れない言葉が市民権を得て定着するにはもうしばらく時間を要するかもしれない。しかし、この新しい教育実践が持つ可能性に対しては、早くも大学関係者の期待が高まりつつある。

 背景にあるのは、大学教育における「教育」から「学習」へのパラダイム転換だ。大学はこれまで、「いかに効果的に教えるか」を考えてカリキュラム改革に頭をひねり、教授法の改善も模索してきた。もちろんその重要性は変わらず、今後も一層の努力が必要だ。しかし同時に、今世界における大学教育の潮流は「いかに学生の学びの質を上げるか」にある。学生による質の高い学習が問われるようになった。日本でも、主体的に学び考える学生を育てることが、大学教育改革を貫く中心的テーマになっている。

 では、実際にどうすればいいのか。そのためのアプローチの一つが反転授業だ。帝京大学は2013年秋、大学入学の決まった高校生を相手にこの反転授業を導入することを決めた。どのような狙いの下に実施されたのだろうか。導入にあたられた土持ゲーリー法一教授にお話をうかがった。

図表1「帝京学」の構成

「帝京学」を反転授業で学ぶ

 反転授業では、学生が事前の教室外学習で一定の知識修得を済ませ、教室内ではそれを前提に討論や演習を行う。教室内での知識伝達とその修得、その後の教室外での応用という従来の教育方法からみると、教室内外の活動が「反転」する。これを大学教育で行う場合、どの専門分野においても実践可能なのか、どこまで「反転」すべきなのかについて、日本はもちろん、世界でも試行錯誤が続いている。

 帝京大学における反転授業の試みも緒に就いたばかりだが、そのユニークさは、反転授業を入学準備教育に応用したところにある。対象はAO入試や推薦入試に合格した高校生。帝京大学への入学を来春に控えた高校生に、オンライン講義の事前視聴と、対面型のディスカッション授業を組み合わせた反転授業を提供するというものだ。

 素材として用いるのは、2013年4月に開講した「帝京学―実学・国際性・開放性を培う―」という1 年生向け基礎科目だ。土持教授がコーディネーターを務める。講師陣は学長を筆頭に、5つの学部から准教授レベルの若手・中堅教員で構成される。その内容は、自校教育を含み、帝京大学で学ぶことの意義について幅広く学ぶものとなっている(図表1)。

 土持教授は、1年生対象ということもあって、授業担当の先生たちが入念な準備をしてくれたと振り返る。そんな授業を放っておく手はない。ビデオ収録していたこともあり、これを入学準備教育に活用することを思いついた。

 帝京大学では以前から、AO入試等で早期に入学の決まった高校生に各種の入学準備教育を実施してきた。高校から大学への進学に際してはいわゆる「学びの転換」が必要になる。大学教育では、受け身ではない、主体的に学ぶ姿勢が求められるからだ。土持教授は、それにはタイミングが重要だと強調する。「鉄は熱いうちに打て」で、合格が決まって学生が希望に燃えているうちにやることが必要だという。

 その意味で、「帝京学」を用いた反転授業は、入学準備教育の効果を高める可能性がある。高校生は、入学前から帝京大学の成り立ちや学問の基礎を自律的に学んだうえで、今度は実際にディスカッションをして学びを深める機会を持つ。体験を通して主体的に学ぶ姿勢を身につけてもらうことが期待できるわけだ。

反転授業の醍醐味

 それでは、高校生達は具体的にどんなステップで入学準備教育を受けることになるのだろうか。

 高校生らは、全12回の授業のうち、冲永学長と増田助教の2つの必修授業を含む5つの授業を選んで事前に視聴する。オンラインによる教室外での自学自習。自分のペースで学ぶことが可能だ。講義映像を何度も視聴して理解を深めることもできるし、友達に聞いて学ぶこともできる。反転授業の利点の一つだ。

 しかし、反転授業の真の醍醐味はここからだ。学習のあり方をしっかり「反転」させるためには、高校生達が講義映像を通して学んだ知識を持ち寄り、それを応用し発展させていく機会が必要になる。

 そこで土持教授は、高校生達が一堂に集まる「フリップトクラスルーム(flipped=反転させること)」を設定した。オンラインで事前に修得した知識を対面型授業で応用させる場、それがフリップトクラスルームだ。さらに、一連の学びを振り返る機会としてポートフォリオの作成も組み込むことにした。こうした位相の異なる学びが一つのプロセスのなかで共鳴し合うことで、反転授業が完成するという作りになっている(図表2)


図表2 反転授業による入学準備教育のプロセス


 初めてのフリップトクラスルームは、昨年(2013年)12月の土曜日、152名の高校生が参加して開催された。当日のスケジュールは図表3 の通りだ。参加者は事前に増田助教による「クラブ襲撃事件と刑法」を視聴することが必須。当日はその講義内容を踏まえたグループ学習が活動の中心となる。

 最初の準備確認試験(10分間)では、事前視聴による授業の理解度がチェックされる。10の質問に各自が解答する。続くグループ学習では、それぞれがなぜそのように解答したのかをめぐって議論。議論を通してどれを「正解」とするかをグループで決定し、スクラッチカードをコインで削っていく。★印が出れば正解だ。★印が出なければ、正解にたどり着くまで議論を続ける。分からないところがあれば、その場で増田助教に質問することも可能だ。逆に、早く正解を出せた最高点のグループはご褒美がもらえるという仕組みもある。ゲーム的要素も加わり、グループ内の議論が活性化するよう工夫されている。

 さらに、昼には大学のカフェテリアでグループごとに食事をして交流を深め、午後のグループ・ディスカッションにつなげていく。高校生がどれほど議論できるか心配したが、ふたを開けてみれば時間が足らないほどに白熱したと土持教授は振り返る。

 このように、反転授業で重要なのは、一連の活動を通して参加者の学びが深まっていくように設計することだ。個人で学んできた知識が、グループの活動を通して応用されていくような流れを周到に準備する必要がある。その点、増田助教の授業はうってつけだったと土持教授は指摘する。刑法という難解なトピックに、テレビを賑わせた事件を事例にアプローチしようとするもので、高校生も関心を向けやすかった。実際、事前にネットでしっかりと情報収集してきた高校生もいたという。さらに、関心を集めるテーマだけに議論にもつながりやすかった。まさに、反転授業が意図する教室内外での学びを刺激するのに好適だったというわけだ。

図表3「フリップトクラスルーム」のスケジュール

反転授業の醍醐味

 土持教授は、反転授業の有効性を、毎年参加しているアメリカのPOD ネットワークを通して学んだという。PODネットワークとは北米におけるFD専門家の集まりだ。教育から学習へのパラダイム転換で先を行くアメリカの大学では、反転授業の導入を通して、学生の主体的な学びを導くアクティブラーニング(能動的学修)を活性化させようという動きが出始めている。特に、チーム・ベースド・ラーニング(TBL)が重視されていて、チームを編成して学生同士の学び合いを促す仕組みが取り入れられているという。

 そんなアクティブラーニングは、とりわけ多面的な能力を特徴とするAO入試合格者にとって有効だというのが土持教授の考えだ。近年はAO入試の広がりもあって、入学してくる学生の質は確実に多様化してきている。多様化する学生を前に教壇に立つ大学教員は、どのレベルの学生に合わせて話をすべきか迷うことも少なくない。帝京大学でも学生のバラツキは大きい。にも拘わらず、教員が学生の多様化に必ずしもうまく対応できていない。従来のような講義を中心とする画一的な授業には限界があると土持教授は指摘する。土持教授がアクティブラーニングを促す反転授業に着目する理由はそういうところにある。

 その意味で、入学準備段階における反転授業の試みは、帝京大学におけるさらなる授業改善の推進の始まりにすぎない。もっと学生たちが主体的に学ぶ機会を増やさなくてはいけない。土持教授は、入学前に反転授業を経験した高校生達が、実際に大学に入学してみたら反転授業は一切なかったなどという事態は避けたいという。

 そこで今注目するのが、1年次教育の「ライフデザイン演習」や「基礎ゼミ」だ。例えば、ライフデザイン演習は1年生必修で150クラスほどが開講されている。ここに反転授業を導入して、学生のアクティブラーニングにつなげられないか。15回全てを一挙に反転授業に変えることはさすがに現実的ではないが、最初はそのうちの1回を反転授業でやってみるというところから始めてもいいと土持教授は考えている。まずは、隗より始めよ。土持教授が自らの授業に反転授業を入れて先導するつもりだ。

 ただ、実際のところ、反転授業の実施にはかなり周到な準備が必要になる。例えば、通常の講義を撮影して見せるだけでは、本当の意味で有効な反転授業にはならないと土持教授は強調する。単純な講義映像は、授業についていけない学生向けの補習用としてはいいが、反転授業の事前学習用としては不十分だという。

 例えば、アメリカでの反転授業は、収録時間が15分程度に抑えられていて、YouTubeなどでも手軽に見られるようになっているそうだ。つまり、教室内と教室外の学習が単純に反転するのではなく、教室外での事前学習は教室内における学生達の能動的な活動を支えるものとして設計されている必要があるということだ。前もって学生に答えを全て見せてしまうのではなく、学生に考えさせる余地を残しておく工夫が求められる。

 同時に、教員も、知識の教授者という立場からファシリテーターへとその役割を転換させることが必要になる。大学教員は口を開ければつい長々と話し始める癖があるが、それでは学生達が自分達で答えを見つけるチャンスを奪うことになってしまう。反転授業では、教員は講義し過ぎず、学生のやる気を引き出し、学びを促す役割に徹することができるかがカギになると、土持教授は話す。

 さらに、土持教授は、反転授業には筆記試験による成績評価はそぐわないともいう。結果として、評価方法はリポートかポートフォリオになる。評価方法にも柔軟性が必要になる。反転授業の導入は大学教育のあり方全体に変化を促す可能性が高い。

学生を中心とする改革へ

 「教育から学習へ」のパラダイム転換とは、「教員から学生へ」の転換を示唆するものでもある。学生を主体的に学ぶ存在に転換することと合わせ、学生を中心とした大学教育への転換が問われるようになっている。

 帝京大学では、土持教授がセンター長を務める高等教育開発センターが中心となって、教育改善に取り組んできた。例えば、帝京大学(八王子キャンパス)ではティーチング・ポートフォリオの提出を全教員に義務付けているのに加え、FD活動への参加が評価される仕組みも導入されている。教員による教育改善に熱心な大学の一つだと言っていい。

 さらに、ここ数年力を入れているのは、先の大学教育におけるパラダイム転換を意識した、学生の力を活用した授業改善だ。SCOT(スコット)と呼ばれている。

 Students Consulting on Teaching の略で、「学生による授業コンサルティング」を意味する。高等教育開発センターの提供する研修を受けた学生達が教員の授業に参加し、学生ならではの視点で、教室内活動に関する情報を収集して教員にフィードバックしていく授業改善プログラムである。教員からSCOTへの依頼も増えてきているという。

 今後の反転授業の導入や拡大には、教員の意識改革がどうしても必要になる。そして同時に、学生にも、大学教育の質を支える当事者としての意識を育んでもらうことが大切だ。反転授業が大学に定着するためには、その手法を学びリソースを確保することと合わせ、教職員や学生が大学教育の質の向上を目指して協働するコミュニティが醸成される必要があろう。そうした意味で、帝京大学の意欲的な挑戦は今始まったばかりだ。


(杉本和弘 東北大学高等教育開発推進センター准教授)


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