「生きる力」を育む反転授業/近畿大学附属高等学校
iPadとポータルサイトが学校生活をサポート
近畿大学附属高等学校(大阪府東大阪市)では、2013年から新1年生1,048人全員にiPadを導入した。1,000人を超える学年全員に対し1人1台のiPadを導入することは、国内の高校では初の試み。生徒が社会で力強く活躍するための総合力を育成するにあたり、iPadをその強力なサポートツールにしたいと考えている。
2012年12月、まずは教員にiPadを配布し、講習会を開催。基本的な使い方を教員自身が理解することで、導入への不安を解消。保護者にもオリエンテーションを実施し、導入の意図や利用方法を共有した。
また、同校のiPadにはCYBER CAMPUSという学内ポータルサイトが搭載されている。このサイトでは、授業や実験などの動画教材、テストや課題プリントなどが配信されるほか、学習コミュニティなどの作成・参加が可能。また、掲示板機能で学校・教員と生徒間の連絡、スケジュールや提出物の管理も行われており、24時間どこでも使える学校生活のマネージメントツールとなっている。
社会が変われば、授業も変わる
iPad とCYBER CAMPUS を活用する形で、同校では2013年4月より、1年生の一部の授業で反転授業が導入された。同校の中西洋介教諭(英語科)は、8年前から独自に英文解説の動画を作成し、授業に利用していた。「生徒たちは今後、急速にIT化、グローバル化する世界を生きていきます。社会で求められる能力も従来のものとは異なってくる。指示を待つのではなく自主的に、様々な背景を持つ人々と協力しながら、新しい価値を生み出すことが求められます。そんな彼らに教員ができることは何か。それは、教科を通じて、単に入試を突破する学力だけではなく、社会を生きるために必要な力をつけることです。そのための方法として、生徒が主体的に学び、他者と関わって学習する機会の提供、つまり反転授業が有益ではないかと考えたのです」(中西教諭)社会が変わり、求められる力が変われば、教育や授業も変化するはず。同氏は海外でのMOOC等のオープンエデュケーションや、反転授業の広がりもキャッチしており、生徒にも体験させたいと考えていた。
しかし当初は、生徒の家庭でのネット環境が完全に整っていないこと、教材の著作権の問題などから、e-ラーニング形式の実施には至らなかった。2013年にiPadとCYBER CAMPUSというインフラが整ったことで上記の問題が解消され、同氏の考えに賛同した校長や教員が中心となって、反転授業が導入されることとなった。
「活用力」を身につける英語の授業
同校で反転授業を実施しているのは、中西教諭の「コミュニケーション英語Ⅰ」、そして数学科の芝池宗克教諭の「数学A」「数学Ⅰ」である。まず、英語の実践事例から見てみたい。
「英語における反転授業導入の目的は、今まで教室で行っていた文法の解説や英文の日本語訳の説明などを解説動画に任せ、生徒が英語を利用し、身につけることに授業の時間を割くことです」(中西教諭)
生徒は、事前に予習としてCYBER CAMPUSにアップされている動画を視聴。動画は一面ホワイトボードのような状態となっており、レッスンの英文の訳及び解説が行われる。講師の説明とともに文字が動き、重要な部分にマーカーで線が引かれる。
動画は教諭のオリジナル。一般販売している教材もあるが、クラスの生徒の理解度に合わせるため、教科書をベースに自ら作成している。1つの動画の時間は10分ほどとなっており、高校生が気軽に視聴でき、集中力が続くようになっている。もちろん、自分が分かりにくい部分だけ反復して視聴する、予習に加えて復習としても利用するなど、生徒の理解度に合った活用方法が可能である。
教室ではデジタル教科書を前方スクリーンに投影。オールイングリッシュで、日本語は使わない。英文を何度かリスニングした後、スラッシュ音読、オーバーラッピング、シャドーイング、など6回~7回ほど生徒全員で英文を読む。レッスンの内容について先生が質問を投げかけ、生徒が答えたり、生徒同士のペア活動を行うなど、コミュニケーションとアウトプットを意識した場となっており、生徒が話す英語が常に教室中に響いている状態である。生徒に背を向けた教員の声がメインである従来型の授業とは全く異なった空間だ。
反転授業によって1冊の教科書が10月に終了したため、11月以降は同じ教科書の2回目に加え、新しい教科書を利用する。同じ教材を、1度目は英文や文法の確認とインプット練習、2度目はアウトプットを強化するなど、観点を変えて利用することで、生徒の新たな発見、気づきを促すことができる。
数学では協働学習で理解を深化
一方、同じ反転授業でも、数学では方法が異なる。教科書の内容理解や問・練習は解説動画で予習という部分は同じだが、教室では個別学習・協働学習・一斉指導を織り交ぜることで、生徒が自律的に授業に参加し、内容定着や理解が深化するような仕組みをとる。
協働授業にはジグソー法※の動きを取り入れている。当初は通常の協働学習を実施していたが、毎回教える生徒が同じ、事前学習をしていない生徒は意見が言えず発言が少ない…などの問題があったため、2学期から変更した。
教室は4~5人の机が1グループとなっている。事前に配布している演習問題から、教諭が重要な問題を4問程度選択。1問につき1人の生徒が解説を担当し、計4名が同時に教室の前後にある黒板に解答を板書。それぞれの問題の担当生徒が各グループから集まり、生徒の解説に耳を傾ける。
その後、生徒は自分のグループに戻り、担当した問題の解答を共有する。分からない部分はお互いに質疑応答しながら理解を深め、最後は個人で演習問題のプリントに取り組むという流れだ。iPadで黒板の写真を撮ることで、板書の時間は省略化し、コミュニケーションに集中力と時間を割く。
基本的には生徒同士で教えあい、質問し、協働してよりよい答えを生み出していくプロセスとなり、ある程度授業の流れはあるが、個人の理解度によって授業中の活動は異なる。
グループで教えあったり、同じ問題が分からない生徒を教員が集めてマンツーマンに近い形で教えていたり、個人で考えたりと、一人ひとりばらばらだ。
生徒の感想はどうだろうか。「自分が分かっていないと、グループの皆に教えられないので、解説は真剣に聞くようになりました。」「分からない部分をみんなの前で質問するのは嫌だけど、友達同士なら気軽に聞くことができます」
つまりこの方法では、全員に「教える側」と「教わる側」の両方の機会が与えられるため、自分の意識や行動が自分だけでなく他者にも影響を及ぼすという認識が生まれる。従来の一斉授業ではハードルとなっていた「理解の多様性」が価値をもち、教室全体で協力して課題に取り組む姿勢が見られるようになるのである。このような方法は、授業時間に余裕のある反転授業だからこそできる取り組みであろう。
最も重要なことは「目的の明確化」
同校では、反転授業を導入する際に最も重要なのは、授業の目的を明らかにすることだと考えている。「私たちの最終的な目標は、生徒たちにしっかり生きていける力をつけること。そのためにはどんな授業をすればよいのかを追求した結果、英語と数学は反転授業を利用した授業になったということです。言い換えると、チョーク一本と話術で実現できる先生は反転授業を利用する必要はありません」(中西教諭)
つまり、反転授業は目的ではなく手段だということである。実際、反転授業というと解説動画に注目が集まるが、同校では逆だ。授業で何を教えるべきか、という部分が出発点であり、その時間を捻出するために家庭学習に何を委ねることができるかという考え方である。動画の作成は、簡易にできる作成ソフトを探して可能な限り効率化する。「ビジョンがなければ授業のデザインはできません。授業の目的を言語化し、生徒と共有・共感することはモチベーション形成という観点でも重要です」(芝池教諭)
教員はデザイナー・そしてファシリテーター
反転授業の実践において、教員の果たす役割は非常に大きい。反転授業に決まった形はない。同校では、同じ教科の授業でも、生徒の状況を見ながら、適宜授業形態は変化していく。
例えば数学では、事前に講義動画を準備していても、定着が難しい内容であれば、教員が再度授業をすることもある。定期試験の前は授業を協働学習から個人の定着活動に変え、試験の結果を見て記述力が弱いと感じた際には個別指導を強化する。数学が苦手な生徒がついてこれていないと感じれば、それらの生徒を集めて1対1の指導を行う。
英語も同じだ。教材は教科書だけではない。その日の海外のニュースに教科書で出てきた表現が使われていたら、すぐiPadにそのニュースをダウンロードし、生徒に聞き取らせる。教科書のテーマに関連した、海外の企業のCMを見せることもある。まさに、授業は変わり続けるのである。
また、授業のデザインは教員が行うが、取り組むのは生徒自身であるため、教室では教員は主体者ではなく、「ファシリテーター」となることが求められる。「ここでいうファシリテーターとは、会議の進行役ではありません。生徒同士、教員と生徒との効果的なコミュニケーションの場を作り、一人ひとりの能力を最大限に引き出す役割です」(芝池教諭)
数学の授業では、教諭は生徒に対して促しや後押しを行う。教室を回りながら、生徒の様子を見て適宜声をかける。指示や解答ではなく、「理解できていますか」「時間通りに終わりそうですか」といった質問を投げかける。状況によってはあえて口出しせず見守る。
従来型の授業では、決まった方法で決まった単元を終了することが求められていたが、反転授業における教員の役割とは、生徒の状態をじっくりと観察し、一人ひとりと対話しながら、臨機応変に授業の場をデザインしていくことなのである。
ベースとなるのは教員と生徒の信頼関係
生徒のモチベーションをうまく引き出すこともポイントの一つだ。反転授業は予習が必須となる。協働学習も能動的に取り組む姿勢が求められる。しかし同校の対象は高校1年生。受験という危機感があるわけではなく、平均的な高校生で遊びも恋愛もクラブ活動も、という生徒たちだ。
同校が重視しているのは、人間関係の構築である。「特に反転授業では、教員と生徒、生徒同士の間に信頼関係ができていることが前提です。この先生がしてきてというならしっかり予習しようかなと思ってもらえるような関係の構築が重要です。生徒同士の関係も同じ。よく知らないクラスメートに数学を教えたり、わからないところを質問するというのは難しいでしょう」(芝池教諭)
同校では、勉強以外のクラブ活動や夏の勉強合宿・文化祭・体育大会などの学校行事にも力を入れて取り組んできた。教員と生徒が一丸となって、一つのことを成し遂げることで、人間関係を深めてきた。教室の中だけではなく学校生活全体が学びの場であり、その上に反転授業は成り立っているのである。
生徒の自律性をどう継続させていくか
反転授業が始まってまだ10カ月ということもあり、成績向上などの定量的な結果はまだ見えていない。しかし、生徒たちの意識や行動のなかに、手ごたえはある。授業中に、生徒が「なるほど」「分かった」「納得」という言葉を発することが増え、アンケートでも、「自宅学習の習慣がついた」「積極的に取り組めば理解が深まる」「自分が理解できているのか、どこが分からないのかを授業で確認できるから良い」といった声が並ぶようになった。
しかし、生徒を自律的に動かすというところではまだまだ試行錯誤が続いている。予習をしてこない生徒に対しては、学校に残らせて動画を見させ、ノート作りをさせることもある。また、予習の前倒しをかけることでペースを速め、授業の問題演習までに十分に予習をする時間が取れるようにするなど工夫も行う。
数学で、生徒が担当問題の解説を聞いてグループで共有する際、質問などもせず、聞いたままをただ繰り返しているように見えた時期があった。教諭は、急きょ、授業の最後に確認テストを追加。全員が全問正解するには授業のなかでどのような取り組みをしたらよいと思うかを生徒に考えさせ、グループで共有させた。その結果、「解説を聞くだけでなく自分で解き直す」「分からなければ動き回ってでも答えを見つけに行く」「予習をしっかりやって理解を深める」など、生徒から前向きな協働学習の姿勢を引き出すことができた。「点」で生まれるモチベーションを「線」「面」に広げていくには、日々の働きかけが必要不可欠。「目新しさで取り組ませることができるのは、最初だけです。重要なのは、本当の学力向上に向けて生徒のやる気を継続させるということです」(芝池教諭)
校外とも連携し、授業を改革し続ける
今後について、同校では反転授業の取り組みをより発展させ、全国に広げることで日本の教育全体に貢献していきたいと考えている。「そのためには日本だけでなく海外、高校だけでなく小・中・大学、そして企業など、校外の様々な方々との連携が重要です。公開授業や研修会でのリアルな交流はもちろん、関係者をつなぐハブとしての役割、研修促進や学習の場の機会提供の場として、「反転授業研究会」を運営し、オンラインでの連携も強化しています。私たちは先駆的に取り組みを行っているため、良い結果のみがでているわけではありません。成功例も失敗例も、オープンに情報共有することが重要だと考えています。」(芝池教諭)
見てきたように、同校の反転授業とは、自宅の講義動画の予習や教室のグループ学習を指すものではない。生徒の環境や人間関係を中心とした、生きる力を育む毎日の取り組みの総和なのである。「教科の知識や偏差値などを縦の線として考えると、私たちが横の幅として広げたいのは『体験値』なのです。プロジェクト学習という大きなイベントではなく、日々の授業のなかでも、教員が生徒に多くの刺激やきっかけを与えることはできると思っています。」(中西教諭)
生徒の未来を見つめて、今日、この瞬間も授業は変わり続けている。
- ジグソー法= テーマについて複数の視点で書かれた資料をグループに分かれて読み、説明を作って交換し、交換した知識を統合して全体の理解を構築したり、課題を解く協調的な学習方法の一つ。
(吉田 文 早稲田大学教授)
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